愛を乞う獣【完】

雪乃

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リツ⑦

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「…………リツさん昨日、は、ーーど、っどうしたんですかその傷…っ、くち、」

「……ちょっと、ぶつけてしまいました。見苦しくてすみません」


また痛い、と言ってるみたいな表情。

傷をつければ、もっと俺のことを見てくれるのかもしれない。


「…大丈夫ですか…?わたしもひどい顔してるからあまり言えないですけど…」


昨日は夕食も取らずそのまま眠ってしまったようだから、冷やすことをしなかったんだろう。
瞼は赤く、少し腫れぼったい。
恥ずかしいのか、やたらと髪を撫でるように忙しなく手が動いている。



どんなあなただって、俺はうつくしいと思うのに。


そう、言えたらいいのに。



「リツさん、…?」

「……いえ、……騎士団の方々が無事出発するまで外出は控えるようにと、そのためにお側にいるよう指示されています。よろしくお願いします。」


詳しい事情を話すことができなかったから、このひとは先ほど朝食の席で聞いたはずだ。
その証拠にわずかに顔が歪む。




ーー狼は、群れで狩りをする。




執念深く追いかけ、追い詰める。
距離などあってないようなものだ。

番がいるから感じることはできないのかもしれないが、それでも。


それこそ目と鼻の先にいる極上の餌このひとの匂いは、じゅうぶんなはずだ。


飢えているなら、余計。


そんなところにみすみす差し出す真似はしない。
このひとにも、それを自覚してもらわなければならない。





「…ルーシーお嬢様は活動的な方なので窮屈に感じると思いますが…。
どうか言いつけをお守りいただき、ひとりで行動することはお控えください」

「…わかってます。…でも、大袈裟ですよ…わたしべつに、問題は…」

「…」

「滞在する理由も聞いてないし…」

「知る必要はないと判断されたのかもしれませんね」

「、…………リツさん」

「はい」

「……何かわたしが知っておくことありますか……?」



また髪を触っている。
照れ隠しだと思っていたが、不安の表れなのかもしれない。

そんな表情をしてる。



「すみません。俺から言えることは何も」



嘘をつくことには慣れている。



「……わかりました……何しようかな、編み物でもしようかな、苦手なんですけどね」

「俺は得意です」

「え、」

「嘘です」

「……えぇー……リツさんてほんと、…ふふ、変わってるって言われません?」

「無表情って言われます」

「あぁ、…ふふっそうかもしれないですけど、笑顔増えましたよ?」

「そうでしょうか?」

「うん、そう思います」

「…………もしそうなら、それはあなたのおかげだと思います」

「……わたし?ですか?」

「はい」

「…」

「…」

「、……あ、じゃあ、お母さんのところに糸とかもらいに、「ルーシーお嬢様」



逃げようとしている。
そんなに怖いことを言ってるだろうか。
聞きたくないことなのか。



「……あなたは大切なひとです。お守りします、必ず」



曖昧にうなずく素振りで、行ってしまった。
家のなかとはいえ、ひとりにはさせない。


追いかけたけれど、その日はもう目が合うことはなかった。
会話はしてくれるが、どこかよそよそしい物言いにやはり失敗したのかと悟ったけれど、後悔はしなかった。


夜には雇い主がやっと帰ってきたので安心したようで、そのまま部屋へ送り届ける。





ーー連中は、食事が済めば窓からは見えない離れたところで鍛錬などをしているようだ。
体調の悪かった団員も回復に向かっていると言っていたし、長くは留まらず去るだろう。
気は抜けないが。






そうして何日か過ぎ、明日ストラトンへ発つ予定だと話があった日の夜。


食堂でのちょっとしたパーティーのような賑やかな雰囲気に、きっと自分は似つかわしくない感情を抱いている。
態度や表情に出さないよう気をつけながら、壁際から視線で追う。



ーー朝、最後なので挨拶を兼ねてご家族と晩餐をともにできないかという貴族籍の分隊長の申し出に当然雇い主含め皆渋ったが、あのひとは了承した。
代官代理で元貴族であっても、今は平民である父親の立場を慮ったのかもしれない。


様々入り乱れているから無礼講だとマナーなどあってないようなものらしいが、
そのせいだけではなく、表情は強張っているように見える。

そしてしきりに、一角だけを見ないようにしていた。



そこには見覚えのある男がいる。
何度か交えて、会っていたのを覚えている。


何か言いたげに視線を向けていて、それに気づいているんだろう。


癪に障る。


あの男がいないからといって、安心はまったくできない。



お開きになったタイミングで近寄り、急かすように外へと促す。
俺を見て、ほっとしたような顔をしたのは気のせいだろうか。ぎこちなさは続いていた。
それでも預けるように、差し出した手を取って素直に従ってくれるから、胸が詰まった。



「お疲れ様でした。戻りましょう」

「、…はい、あり、「ーー…待って、待ってくれ…!ルーシーちゃん…ッ」
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