愛を乞う獣【完】

雪乃

文字の大きさ
上 下
29 / 46

リツ⑥

しおりを挟む



「オッドさん」

「嬢ちゃんは、……平気そうじゃねえな……騎士服見て動揺しちゃったか」


トラウマとかになってなきゃいいけどなぁと、そばだてていたドアから離れる。


「…レジー様にはヨルムさんだけですか?大丈夫なのでしょうか」

「問題ねえよ、様子見てきてくれって頼まれたんだ。中にいんのグレタ?」

「そうです」

「なら大丈夫だな。リツは追い出されたか」

「……何の用でいらしたんですか?あの方々は」

「王都近くで事件があったらしくてな。その被害者がストラトンの人間なんだと。」

「…となり領の、」


近接しているとはいえ、馬で二日はかかる距離。
…その途中に立ち寄っただけか。


「こんな天気にって話だが身元がやっと判明したってんで、向かってたそうだ。
でも吹雪いてたからな、騎士でも限度があったんだろ。今は止んでるが慣れない若いのが体調崩したらしくて少し留まっていいかってお伺いにきたんだよ。」

「ひどい事件だったんですか」

「最悪のな。被害者は女ばっかだってよ、貴族も平民も。…ったく胸糞悪いぜ…嬢ちゃんのいた街からだ。……犯人獣人だとよ」

「ーー」


だんだんと静かになってゆく部屋から手招きされるまま、廊下の端で紙巻に火をつけ煙と吐かれた言葉に凍りつく。


不健康の証のような灰の匂い。

あのひとがいたら間違いなく、俺たちは水浸しになる。



ーーどうでもいいことを考えて、逃避したくなる。




「……レジー様も奥様も昔からあんまいい印象持ってねえの知ってるよな?で、嬢ちゃんの恋人に、今回の事件。
ここらは辺境近いし田舎だから周りにいねえだろ?俺は知り合いもいるけど、……騎士団の中に何人かいるってんで、まぁ、お互いに不可なく過ごそうって話だ。
…追い返せる訳もねえしな、王国騎士団様だ」

「……滞在先はどうなるんです?宿貸し切りなら俺が、「ワード様の家だ。だからお前は今日からこっちで寝泊まりな、ついでに嬢ちゃんの護衛も頼む」


念のためだよ。


黙り込んだ俺に、皮肉混じりな笑顔で投げられる。



「何か懸念があるなら教えてください」

「念のためだって。メシはこっちで食うらしいからな、時間ずらすにしてもどっかで会うことあるだろ。……騎士服アレ見てあんななるならパニクってもおかしくねえだろ?」

「…」

「じゃ戻るわ、頼んだぞ。レジー様あとで来るだろうからそれまで部屋から出ないように見とけーー念のため、な」

「ーーオッドさんあいつは、」

「…」

「…………いないんですよね?」

「いねえよ」























ここ・・にはな。









そう言って護衛が去る。




毛が逆立ちそうで、噛み締めてぶつりと切れた血がぼたぼたと床に落ちた。






ーーーーーーーーあいつ・・・


私道の手前で、ひとりだけ動かなかった奴。
馬がいたからそのためだと思ってた。
フードを被ってたから気づかなかった。


…………くそ。

目も耳も腐ってやがる。




この町の宿屋は三軒。
馬留めがあるのは一軒。
いちばん端。
町の反対側。
大丈夫だ。
近寄らせなければいい。
たった数日。
大丈夫。
言わないつもりか。
話すべきだ。
でも俺が決めることじゃない。
会わせたくない。
ぜったい会わせない。
俺が決めることじゃない、でもーー





怖い。




あのひとが望んだら、俺はそれを振り払えるのか。


傷つけたくない。
でもどうすれば、
どちらを選べば、


傷つかないでいられるのは、どっちだ。







怖い、のに。




ーーあいつを殺したら、あのひとは俺を、見てくれるのだろうか。





治らない気持ちのまま、立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

処理中です...