愛を乞う獣【完】

雪乃

文字の大きさ
上 下
23 / 46

リツ④

しおりを挟む



飴細工のように煌めいていた髪は不揃いの長さで乱れている。
袖から見える腕も、表情も、何もかも別人のように見えた。動揺がとなりから伝わってくる。

傷ついている。
打ちのめされて、これ以上ないほど傷つけられて。

そんな姿を見るのはいやだ。
苦しそうに、つらそうにしている姿は見たくない。




けれど、リツは、

恐らく今、場違いな感情を抱いているのは自分だけだろうと思った。





ほんの数秒。それ以下。

目が合った。

うれしくてしかたなかった。



それがすぐ通り過ぎて雇い主に向けられ、その腕に抱かれていても。
いないもののように気づいてもらえないまま、背を向けられても。


初めて自覚する。



こんなに望んでいたのだと。

望まれないことが、こんなに悔しいのだと。









『ワード様、お願いがあります』

『なんだよ』

『代官代理様にご挨拶して許可をもらえたら、俺をそのまま雇ってくれませんか』

『は?そのつもりだけど』

『……そうですか、それは、ありがとうございます』

『何その意外みたいな反応。俺付きだって言わなかったっけ?許可ももらってるし。だから挨拶行くって言ったじゃん』

『……戻らなくても、いいってことですか?』

『戻ってどーすんの?頼んだ仕事は終わったろ。
こっちで仕事わんさかあんだよ離れてたらできねえだろ』


理解不能といった雇い主の表情など気にもせず、リツはこれからの日々に思いを馳せる。


そばにいられる。
そのために何でもしよう。
どんな仕事も、無理難題も必ずこなしてみせる。

そばにいられるなら、何だって。






少女は目覚めたが、相変わらずリツには気づかない。

なんでそんなにくっついているんだろう。
さっきぶつかりそうになったのに。

ーー俺ならそんなことしないのに。

だから声をかけてみたけど困ったような表情をするだけだった。
また目が合って、何度も合ったけど、リツは少し、おもしろくないと思った。

声が出ないから、声が聞けないのを残念に思った。



窓を見ながら泣いている姿を見て、
いやだと、綺麗だと思った。









食欲はないようだ。ぜんぜん食べてない。
果物はあるだろうか。あとで聞いてこよう。


……それにしてもこのふたりは仲が良い。
家族、だからだろうか。
雇い主は酒好きだ。そこにいたら危ないと思う。
周りに男が多すぎる。



『…』



リツはどこかに棘が刺さったような気になって、手を伸ばした。







震えているのがバレないように、いっぱい話しかけた。


抱き上げたときのやわらかさや感触を、思い出さないように。


こんなに近くで見つめていられることがどんなにうれしいか、気づかれてしまわないように。










家が見えてくると、少女は窓に手をつく。
リツは雇い主と会話しながらそれを見て不安になった。

帰りたいのか、戻りたいのか、どちらだろう。



そのとき少女がこちらを見て笑った。

胸が苦しくなって、呼吸の仕方を忘れる。




諦めることが当然だった。
流されることが楽だった。
だから多くは望んでこなかった。


望んでも手に入らないもののほうが圧倒的に多いのに、それでも望んでしまうのを止められない。

その気持ちが、わかった気がした。





両親と再会して子どものように泣く少女が部屋に戻る途中振り返り、雇い主に駆け寄り抱きつく。


そのあとリツを抱きしめて、ありがとう、と言った。
昨日の夜、自身がくちびるだけでおやすみと告げたときのように。




もう無理だ、とリツは思った。
覚悟した。


隠し通す。嘘をつく。騙す。


そばにいられるなら。
そばにいるために。


その望みを叶えるために、必ず。




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」  はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。 「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」  ──ああ。そんな風に思われていたのか。  エリカは胸中で、そっと呟いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...