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閑話②
しおりを挟むーーーー許さねえ、クソ野郎。
今アパートから出てきたばかりの男女を苦々しく見つめながら部屋に向かうタイミングを伺ってると
「ワード様、俺行きます」
「、は、ちょ、待て!早いだろまだ近くにいるんだから!もうちょい様子見て、「悠長なことを。戻ってきたらどうするんです?」
淡々と言って、嫌味ったらしい長い脚が歩き出す。
「おま、ーーリツ…ッ」
この野郎勝手に…!あいつらの姿は、…見えない。行くしかねえか。
騎士団員相手に揉めるのも後々めんどうだ。
殴り合いするわけにもいかねえし…クソッ!
悪態をつきながら後を追った。
『わー、だあ、』
ちっちゃい手を伸ばして、抱っこをせがむ。
かわいいルーシー。天使みたいな俺の姪。
俺たち姉弟は早くに親を亡くし孤児院で育った。
貴族が運営していたそこに入れたのは運がよかったとしか言えない。文字書きも学べた。
会話なんて当たり前にできるのに文字に記す、読み解くことは恐ろしく難しかった。
絵本一冊読み終えることができた感動は今でも忘れてない。
週に一度貴族の令嬢が教えにもきてくれて、働ける年齢になるころには算術もできるようになっていた。
だから平民の孤児院育ちでも、俺たちは腐らずにまともな職に就くことができたんだ。
その令嬢の家で姉はメイドとして、俺は見習いとして雇われた。
そこでのちに義兄となる今の主人、レジー様に出会い、やがて二人が領地へ行くことになったときも補佐として手伝ってくれないかと声をかけてもらった。
姉夫婦には子どもが二人いる。
兄のルシアンはおっとりとした物静かな雰囲気で、虫を追いかけるより読書が好きな子どもだった。
平民学校に通っていたがレジー様のご実家のご厚意で王都の貴族学園に通えることになり、卒業後はレジー様の秘書をしている。
色恋にはまだ疎いようだが心配はしてない。
ゆっくりと慎重に物事を進めるタイプだし、最近は出入り商人の娘と庭を散歩したりしているのを見かけることもある。
反対にみんなが心配していたのは妹のルーシーだった。
お転婆で、目を離すと神隠しレベルですぐ消えてしまう。明るく好奇心旺盛。
そして田舎で育った少女らしく、空想好きで夢見がち。
ルシアンとは違い、おなじように貴族院で学べる話もあったのにルーシーはそれを断った。
だからレジー様は安心もしていただろう。
ーーある事件、が起きてから。
レジー様も姉も、子どもたちを領地の外に出すのを是としていなかった。
ルシアンは自ら行きたいと珍しく食い下がったため二人は折れて。
そして大丈夫だと思っていたルーシーさえ卒業後街で働きたいと強く申し出たために、二人は折れた。
ルシアンは帰ってきたが、ルーシーは帰ってこなかった。
しあわせならいいと、俺も思っていた。
どうしても心配だというレジー様に頼まれ、定期的に様子を見に行っていた。
俺がいないあいだも頼めるように昔馴染みのツテで紹介してもらったのがリツという男。
頭が良くて腕っぷしも強く、用心棒のような仕事をしているという。
細身で物腰柔らかな雰囲気。女のように綺麗なツラをしている見た目からは想像もできない。
仕事ぶりも真面目だし報告書もうんざりするほど細かい。助かるけど。
だからレジー様にも許可をもらい、正式に補佐付きとして雇うことにした。
それまでは砕けた口調だったのに、急にかしこまったものに変わった。真面目か。
それから特に問題もなく何年も過ぎた。
ルーシーはすっかり大人の女性になっていた。
もう泥だらけにはならないし、俺に抱っこと駆け寄ってもこない。
ルーシーは恋をしていた。
しあわせならいいと、思ってたのに。
リツは開きっぱなしの入り口のまえで待っていた。
物音一つしない。開いてるもう一つのドアから、見つけた。
ルーシーはベッドのうえで静かに泣いていた。涙だけが流れてるみたいに。
窶れて、痩せて、人形みたいに表情がない。
どうしようない怒りが湧く。
ただ恋をしていただけだ。
恋が終わることだってある。
そんなのわかってる。
でもこんな、終わり方ってあるか?
……やっぱり、もっと早く連れ出せばよかった。
女が来た時点で、いやそれよりもっとまえにーー
「初めまして、ルーシーお嬢様。俺はリツです。お迎えに来ました」
俺がもだもだ考えてたらまたリツに先を越される。
のろりと視線だけ動かしてリツを見るルーシーと目が合った。
姉譲りの紫色の瞳が大きく開いて、揺れる。
「……ルーシー、……帰ろう」
もう、ちっちゃな手の女の子じゃない。
『わー、』
なのに、震えながら両手を伸ばす姿が重なって。
大声で泣きたいんだと、言ってるみたいに俺の腕のなかで泣く姿はただのちいさな女の子だった。
とりあえずそのまますぐ抱えて部屋を出た。
荷物は?と聞いたが見もしないで首を振るだけなのでそのまま何も持たずに。
ーーリツが舌打ちしてるのも無視して。
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