愛を乞う獣【完】

雪乃

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ユラ⑧

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どうあっても、




「…いやよ…そんなのあり得ない…だってあたしたち運命の番なのよ…?別れる…?」

「…すまない。恋人がいるんだ」

「恋人…?すまないってそんな、…そんな…つがい、成立してるのよだって…噛んだでしょう…?」



取り返しはつかない。



「…」


ギリ、と噛み締めた犬歯がうずく。
そうだ、俺は、この女の頸を噛んだ。

こので。身体で。

犯して。夢中になって、貪った。何度も、
獣になって。


今だって、じっと座ってんのがキツい。


「で、でも同族ならわかってくれるわ…だって番は、「獣人じゃない、人間だ」


にんげん


片言のように呟く女の顔が歪んでいった。

















ルーシーがずっと帰ってこない。

ただいま、も、おかえり、も聞こえない。


理由はもうわかってる。



俺が悪いのに仕事場まで押しかけて、ひどい言葉を投げつけた。


その場で、抱こうとさえした。


閉店後だったけど、店主たちが気づいて追い出されなきゃきっとそのまま押し倒してた。



俺は怒ってて。俺が悪いのに。
冷静になれば後悔して。


ルーシーが怯えながら、発情期は帰って来ないと約束して、向こうに行って、と言うからうなずくしかなかった。




俺がしなければならないことは、始末をつけることだ。


仕事もあるし、近い距離でもない。
夜を避けて、勤務後朝方に着くよう馬を走らせた。時間を調整して薬を飲んで。


女はうれしそうに笑っていた。
初めてじっくり顔を見た気がする。
兎獣人。赤い目。小柄。茶髪。
捜査対象のように特徴を確認する。


何の感情も湧かないのに、番だということはわかってしまう。腹の奥が騒ぎ立て、そんな自分に反吐が出る。


数回の話し合いは平行線で、到底解決なんかできなかった。当たり前だ。



「ーー…きっと子どもだってできてるわ!どうすれっていうの!」

「……責任は取る。育てる金も払う。……解消できないのもわかってる。だが期待しないでほしい。きみの望むかたちでは過ごせない。……すまない」

「メリンダよ!あたしの名前はメリンダ!」

「……そうか」

「ッ!…何よ…何なのよあたしはッ…あなたの番なのよ…ッ」



何の感情も、湧かない。


こんなこと言ったって発情期になれば俺はまたこの女が欲しくなるんだろう。


「……連絡することがあればこっちからする」


どうしようもないクズだ、俺は。





ー月に二度も来るなんておかしい。
俺は身体までおかしくなったのか?
熱っぽいなとは思ってた。風邪かと。同僚や上司にも心配され、ひどくなるまえにと早退を余儀なくされる。


苦しい。薬を飲んでも。
でもなんでかあの女のことは浮かばなかった。


頭にも心にも浮かぶのは、たったひとりだけだった。






ふらふらしながら家に着きドアに手をかけ、


物音に息を止めた。


……ルーシー、




やっと、やっとだ。やっと、帰ってきてくれた。


あまりの安堵に倒れそうになりながら部屋に入る。物音は寝室からだった。ばたばたと慌ててるようで俺に気づいていない。
半分ほど空いてるドア。







…………ルーシー、…………?




何を、してるんだ?
帰って来たんだろ?
なんで、トランクを開いてる?
そんなにたくさんの荷物、どうするんだ?


ルーシー。
ルーシー。



ーーそんなのは、だめだ。





「……ただいま」





久しぶりに会えた愛しい恋人が泣いている。
俺がいやだと逃げる。俺を怖がっている。

相手なんてしてない。ごめん。汚いなんて言わないで愛してるのは、ルーシーだけなんだ。



眩暈がする。
熱が、上がる。







うなじを舐めて噛んだとき、たまらなかった。
噛んだってなんにもならないのに。やっぱり俺はおかしい。
ひどいことしてんのに、愛おしくてたまらないなんて狂ってる。泣きたくなる。
ずっと触れたかった。
ずっと抱きしめたかった。
ルーシーさえいればいい。
お前さえ、いてくれればいいんだ。
逃したくない。
逃げないで。
お前は、俺のモノなんだから。
しあわせにする。


しあわせにしたい。
ただそれだけだった。


そんな夢を、見ていて。











『うそつき…っ、…愛してるなんて、二度と言わないで…っ』



夢から醒めた。




後悔なんて何度もしてももう取り戻せない。
俺がルーシーをこんな風にした。

変われるなんて、なんで思った。



『……普段どれだけヒトぶっていたって、やっぱり違うんだって思い知ったよ。』






なんで、振り払えなかった。




どれだけ願ってももう届かない。


あんなに好きだったルーシーの瞳は、もう二度と、俺を映さない。
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