15 / 46
ユラ⑧
しおりを挟むどうあっても、
「…いやよ…そんなのあり得ない…だってあたしたち運命の番なのよ…?別れる…?」
「…すまない。恋人がいるんだ」
「恋人…?すまないってそんな、…そんな…つがい、成立してるのよだって…噛んだでしょう…?」
取り返しはつかない。
「…」
ギリ、と噛み締めた犬歯がうずく。
そうだ、俺は、この女の頸を噛んだ。
この牙で。身体で。
犯して。夢中になって、貪った。何度も、
獣になって。
今だって、じっと座ってんのがキツい。
「で、でも同族ならわかってくれるわ…だって番は、「獣人じゃない、人間だ」
にんげん
片言のように呟く女の顔が歪んでいった。
ルーシーがずっと帰ってこない。
ただいま、も、おかえり、も聞こえない。
理由はもうわかってる。
俺が悪いのに仕事場まで押しかけて、ひどい言葉を投げつけた。
その場で、抱こうとさえした。
閉店後だったけど、店主たちが気づいて追い出されなきゃきっとそのまま押し倒してた。
俺は怒ってて。俺が悪いのに。
冷静になれば後悔して。
ルーシーが怯えながら、発情期は帰って来ないと約束して、向こうに行って、と言うからうなずくしかなかった。
俺がしなければならないことは、始末をつけることだ。
仕事もあるし、近い距離でもない。
夜を避けて、勤務後朝方に着くよう馬を走らせた。時間を調整して薬を飲んで。
女はうれしそうに笑っていた。
初めてじっくり顔を見た気がする。
兎獣人。赤い目。小柄。茶髪。
捜査対象のように特徴を確認する。
何の感情も湧かないのに、番だということはわかってしまう。腹の奥が騒ぎ立て、そんな自分に反吐が出る。
数回の話し合いは平行線で、到底解決なんかできなかった。当たり前だ。
「ーー…きっと子どもだってできてるわ!どうすれっていうの!」
「……責任は取る。育てる金も払う。……解消できないのもわかってる。だが期待しないでほしい。きみの望むかたちでは過ごせない。……すまない」
「メリンダよ!あたしの名前はメリンダ!」
「……そうか」
「ッ!…何よ…何なのよあたしはッ…あなたの番なのよ…ッ」
何の感情も、湧かない。
こんなこと言ったって発情期になれば俺はまたこの女が欲しくなるんだろう。
「……連絡することがあればこっちからする」
どうしようもないクズだ、俺は。
ー月に二度も来るなんておかしい。
俺は身体までおかしくなったのか?
熱っぽいなとは思ってた。風邪かと。同僚や上司にも心配され、ひどくなるまえにと早退を余儀なくされる。
苦しい。薬を飲んでも。
でもなんでかあの女のことは浮かばなかった。
頭にも心にも浮かぶのは、たったひとりだけだった。
ふらふらしながら家に着きドアに手をかけ、
物音に息を止めた。
……ルーシー、
やっと、やっとだ。やっと、帰ってきてくれた。
あまりの安堵に倒れそうになりながら部屋に入る。物音は寝室からだった。ばたばたと慌ててるようで俺に気づいていない。
半分ほど空いてるドア。
…………ルーシー、…………?
何を、してるんだ?
帰って来たんだろ?
なんで、トランクを開いてる?
そんなにたくさんの荷物、どうするんだ?
ルーシー。
ルーシー。
ーーそんなのは、だめだ。
「……ただいま」
久しぶりに会えた愛しい恋人が泣いている。
俺がいやだと逃げる。俺を怖がっている。
相手なんてしてない。ごめん。汚いなんて言わないで愛してるのは、ルーシーだけなんだ。
眩暈がする。
熱が、上がる。
うなじを舐めて噛んだとき、たまらなかった。
噛んだってなんにもならないのに。やっぱり俺はおかしい。
ひどいことしてんのに、愛おしくてたまらないなんて狂ってる。泣きたくなる。
ずっと触れたかった。
ずっと抱きしめたかった。
ルーシーさえいればいい。
お前さえ、いてくれればいいんだ。
逃したくない。
逃げないで。
お前は、俺のモノなんだから。
しあわせにする。
しあわせにしたい。
ただそれだけだった。
そんな夢を、見ていて。
『うそつき…っ、…愛してるなんて、二度と言わないで…っ』
夢から醒めた。
後悔なんて何度もしてももう取り戻せない。
俺がルーシーをこんな風にした。
変われるなんて、なんで思った。
『……普段どれだけヒトぶっていたって、やっぱり違うんだって思い知ったよ。』
なんで、振り払えなかった。
どれだけ願ってももう届かない。
あんなに好きだったルーシーの瞳は、もう二度と、俺を映さない。
96
お気に入りに追加
1,774
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。


婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる