愛を乞う獣【完】

雪乃

文字の大きさ
上 下
12 / 46

ユラ⑤

しおりを挟む



自分は何をやっているんだろう。



思いながらも腰を振るのを止められない。
髪も、目も、匂いも、すべて違う。
甘く漏れ出る声も、求めていたものじゃない。
なのに止められない。
叩きつけるように腰を振りたくり、ぶるんぶるんと揺れる胸を鷲掴み、先端に噛みつく。
そうすれば女のなかがうねり、生き物のように蠢き締め付けるのをとっくに知っていた。











ルーシーに暴力的な行為を強いた日から触れることができなくなっていた。
スキンシップのような触れ合いはできても、その先へ進むことがどうしてもできなかった。
ルーシーは悲しそうにして何度も謝ってくれた。
もう終わるころだと思い、着替えを取りにきたんだと。
俺のせいじゃない、悪いのは自分だと、
約束を破ってごめんと。

ルーシーが謝ることじゃない。彼女の言う通り終わりかけてた。
ただ俺が、自制できなかっただけだ。その挙句傷つけて。
救いは身体に残るような傷がひとつもなかったこと。
傷つけたことには変わりないが心からよかったと思った。


ーー同時に、残ればよかったのにと思う自分がいることに愕然とした。
なぜ残さなかったと、怒りにも似た感情。
一生消えない傷を与えて、一生愛でて癒すのも俺でありたかったという、
所有欲や独占欲、そんなものよりもっとどろどろして薄汚れた感情が奥底で塒を巻いていた。
支配欲。それに近いものかもしれない。

俺は本気で、ルーシーを喰らってしまいたいと思うようになっていた。

その血と肉を身のうちに取り込んで自分だけのモノにしたい。
どれほど満たされるだろう。
すべてを捧げ合い、一生を共にする。
ヒトは短命だ。散る花のように儚い。
たとえ話すことも会うこともできなくなったとしても、俺のなかで永遠に生き続ける。

これほどの深い愛があるだろうか。




そんな狂ったことばかり、考えてた。



触れられない。
笑顔が減った。
喰いたい。

喰いたくない。



そんなことばかり考えていたからだ。




薬の効きが悪くなり、不安定になっている。
これ以上ルーシーを不安にさせたくなかったから強い薬に頼り、笑って過ごす。
それが切れればまたぐらつく悪循環。
いやでも溜まる行き場のない熱が身体を蝕んでゆく。




『いってらっしゃい。待ってるね』



仕事に向かう朝、いつものようにルーシーが見送ってくれた。
初めて会ったときのように、無造作にくくった髪で笑っていた。
わけもわからずたまらなくなって抱きしめる。
やわらかい髪が頬に触れる。
俺の腕のなかに収まって、ちいさな両手が背中にまわり俺を掴む。


『……戻ったら一緒に治療院に行こう、ユラさん』

『っ』

『王都に専門のところがあるらしいの。…わたしはわからないから、…つらいのに、何もできなくてごめんなさい…』

『…………愛してる、ルーシー、っ』

『わたしも愛してます、ユラさん』


潤んだ瞳が真っ直ぐ見上げてくる。
まぶしくて逸らしたくなる。
躊躇する俺にルーシーが近づいて。


ぴたりと重なったくちびるがあたたかくて、
いとおしくて、
このまま死んでもいいと思った。













『ユラ!お疲れさん交代だ』

『お疲れ。問題なかったか?』

『ねえよ。引き継いだら上がっていいってさ。飛ばせば暗くなるまえに街に戻れるぞ。愛しのルーシーちゃんが待ってんだろ?』

『あぁ、』

『あの笑顔は癒されるからなぁ~好みじゃねえけど。』

『……お前番持ちだろうが。好みとか言ってんなよ』

『妬くなって冗談に決まってんだろーがよ。じゃあな、早く戻って安心させてやれよ~』


虎獣人の同僚は同期でつき合いも長い。
粗野で乱暴な男だったが、番ができてから見違えるように変わった。

もうすぐ父親になるんだから、当然かもな。




手を上げ、帰り支度のため反対側にある詰め所の建物に戻る。


陽は沈んだばかり。たしかに飛ばせば帰れるな。




貴族の護衛任務で、初めて来たこの街にも獣人街があるらしい。
技術職人が多いらしく、アクセサリーが特に人気だと聞いた。


…指輪は一緒に選びたいからな…首飾り、もできればそうしたい。
今朝のやわらかい髪の感触を思い出し髪飾りにしようと、適当に目についた店に入る。
どれがいいのかさっぱりわからず店員と相談しながら決めたのは、
銀色のなかに星のように紫が散りばめられてる細かい細工の髪飾り。

俺と、ルーシーの色だ。


早く帰ってつけてあげたい。
喜んでくれればいいけれど、ルーシーは無事に帰って来てくれたとそれだけで喜ぶ女だ。


きっと似合う。


早くかえろう、家に。

俺たちの、家に。







隊服にしまって、馬留めに戻ろうと、


した。




ルーシー。


俺は、帰ろうとしたんだ。

帰りたかった。


ごめん。
ごめん、ルーシー。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!

まるい丸
恋愛
 獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで…… 「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」 「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」 「照れてないで素直になりなさい♡」  果たして彼女の婚活は成功するのか ※全5話完結 ※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...