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ルーシー⑥
しおりを挟む「ーー……ッ、ーーッッ、!」
…………なに、…………はなし、声、
ーーーー……だれ…、
のそりと起き上がり、耳をすます。
ーーーーーーうそでしょ
もう、これ以上ひどいことはないと思ってたのに。
バン!と乱暴に開かれた音に反応するまえから震えていた。
「……ッさっさと別れてよ!!弱小種族の阿婆擦れ!あんたはもう用無しなのよ!」
動悸がする。痛くて押さえても止まらない。
泣き腫らしたような赤い目。
甲高い声。
茶色の髪。
長く白い耳。
嗅いだことのあるような匂いが充満してゆく。
小柄な身体全身で、わたしが憎いと叫んでいる。
「…っお前勝手に…っ!」
「ここはあたしたちの家だわ!あたしたちの寝室よ!いつまでも居座ってなんて図々しい生き物なの…そうやって気を引くつもり?この人はあたしのモノなのよ!!」
「いい加減にしろ!勝手に押しかけやがって…出てけよ!」
「ッ、離してどうしてよ…ッ出て行くのはあたしじゃないアレでしょう!?あたしたちは運命なのよ…!忘れたなんて言わせない…!」
怒りに満ちていた男はその言葉に顔を歪ませる。くちびるを引き結んだまま腕を掴んで引き戻そうとしたとき、もぐり込むように女は胴に巻きついた。
「待ってろって言うから待ってたのよ…!
でもあなたは戻って来ない…。
…あたしだって我慢してたわ…申し訳ないと思ったわよ…!でもあたしたちにはそれがすべてじゃない…!あなただって知ってるはずだわ!決して抗うことのできない性…だからあたしを抱いたんでしょう…!?
それなのに放り出すの…っあたしに死ねってあなたは言うの…ッ」
男の表情はうつむいていて見えない。
だが、手が。
つい朝方まで自分を抱きしめていた男の手が、
今は違う女を抱きしめようと彷徨っているのが見え、
ベッドのうえでひとり、震える心を抱えていた女は思った。
まるで自分ではないか。悪いのは。悪者は。
邪魔をしているのは自分ではないか。
まるで芝居のように。道化のように。
まざまざと見せつけられる。
見たくもない光景を。
知りたくもなかった心を。
見たくもなかった、運命の番の姿を。
泣いている女を男が連れ出す。
男は思い出したように振り返り、言葉を発しようと努力していたがそれは実らなかった。
違う。打開しようとしていた。話をつけている途中だった。愛してる。家も教えていない。愛してるのはお前だけだ。こんなことするつもりはなかった。違う。別れたくない。
ごめん。愛してる。離れたくない。
嫌いにならないで。捨てないで。ごめん。
愛してる、ルーシー。
どれも虚しく通り過ぎる。
己の所業を。今まさにしていることを。
どれかひとつでも言葉にしてしまえば、もっと傷つけてしまうことに男は漸く気づいた。
最後かもしれない、最後にはしたくないと愛おしい女を双眸に焼きつける。
宝石のようにうつくしい女の瞳が、男を映すことはなかった。
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