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ルーシー④
しおりを挟む小振りの窓がキャンバスとなって、雨の雫が模様を描いている。
田舎では、雨の日にはいたずら妖精が出ると言われていた。
雨と霧にまぎれて現れて、ひとりでいる子を連れて行っちゃうんだよと。
だからひとりで出歩いてはいけないよ、と。
そんな話を聞いてもわたしはひとりでどこでも行ってしまうような子どもだった。
むしろ会いたくて探して、会えないことが残念で、そんな妖精ほんとうはいないんじゃないかと落ち込んだ。
今なら信じられる。
わたしをここからさらってほしい。
連れて行ってほしい。
ここではない場所。ここではないどこか。
彼のいないところ。
誰もわたしを、知らない世界まで。
「…………また、食べてないのか」
雨音にまぎれて聞こえる声。
現れる彼。
驚きはしない。
彼は気配を消すのが得意だから。
わたしは返事もしないし、視線を向けることもない。
彼はわたしをさらってはくれない。
閉じ込める、だけだから。
食べ物を無駄にして申し訳ないと思う。
わたしの残した冷たい食事を摂ることに申し訳ないと思う。
彼は騎士だ。大事にしてほしいと思う。
わたしのことなんてほうっておいてほしい。
行くべきところへ行ってほしい。
わたしを、解放してほしい。
思うだけでそれらぜんぶ、声にならなかった。
ぽつりぽつりと彼が一日にあったことを話してくれる。
食堂の女将さんに迷惑をかけて申し訳ないと思う。
彼はなんと説明してくれたんだろう。
ごつごつした手がぎこちない手つきで、わたしの身体を洗ってくれる。
彼は騎士だ。体格も大きいのでわたしみたいなちっぽけで貧相な身体を抱えるなどものともしない。
疲れているのに申し訳ないと思う。
終わると彼は毎回、撫でるようにうなじに触れて、短くなったわたしの髪のさきを残念がるように梳く。
ーーあの日、目覚めたわたしは鋏で髪を切り落とした。
伸ばしていたのには理由があって、切ったのはもうそれが必要なくなったからだ。
結えるほうがドレスには似合うだろうって、勝手にわたしが思っていただけだから。
いつまでも未練がましくそう思うのを止められなくてそのままにしていたのを、断ち切っただけ。
髪が床に散らばってゆくのを見て、思い出も一緒になくなってしまったような気がした。
彼が気配に飛び起きて見たのは、空っぽのわたしだったろう。
死ぬ気なんてないのに、そういった類すべてどこかにやってしまったようだった。
要らぬ心配をかけて申し訳ないと思う。
そうしながらまるで必要のない贖罪のように甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼だが、週に何度か帰ってこない日がある。
今日は遅くなる、と告げるか、置き手紙に記して。
その日は一日じゅう匂いが消えないような錯覚になる。
彼はあの日から一度もわたしを抱かず、ただ抱きしめて眠るだけだがこうなった生活で唯一、それだけが苦痛だった。
身体を洗われてるときには思わないのに。
何度も暴れたが敵うはずもなく、彼も諦めない。
不毛だと思う。
他で発散しているとはいえ、そんな価値すらなくなったわたしをどうしたいのだろう。
おかげてわたしはすっかり寝不足になり、彼のいない日なかに眠るようになった。
「……そろそろ寝よう、ルーシー」
わたしは返事をしないし、視線も向けない。
憂鬱さを、どうにもできないからだ。
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