8 / 46
閑話
しおりを挟むレジーは質素な仕事部屋で頭を抱えていた。
片付けなければならない書類より重要だと言わんばかりに、部下が置いていった報告書を今しがた読み終わったばかり。
「……ルーシー……」
愛おしい娘の名を呼び、思いを馳せる。
妻にどう話すか、これからのことをどうするか。
そしてふつふつと、沸き上がる感情。
何の因果だ、と。
吐き棄てずにはいられなかった。
レジーは元貴族だった。
レジュメール伯爵家の三男として産まれ育ち、貴族的なしがらみとは離れていたため結婚相手も自由に探せた。
のちに妻となる平民女性と恋に落ち、婚姻と同時に貴族籍からも離れた。
長兄は家を継ぎ、次兄は他家へ婿入り。
自由に生きてきた負い目のようなものは感じていたが、ふたりの兄はしあわせそうであった。
下級文官として勤めていたが代官の引退に伴い領地へ移り、代官代理の職に就いた。
領地経営の知識はあったため、足らない部分は学びながら教わり、役目を果たせるようになる。
父や兄からは代官職への打診もあったが平民であるとそれは固辞し、代官代理として勤めてきた。引退後の代官の席は空席のままだ。
妻と幼い息子と、産まれたばかりの娘。
守るものが増えてゆくなか憂いなく仕事ができる喜び。
家族のありがたみを感じながら比較的平穏で、しあわせな毎日。
ーーそれ、は王都から突然もたらされた。
次兄の妻が、獣人に拐かされた、と。
血眼になって探し出し、見つけられたのは八か月後。
兄嫁の胎は膨らんでいた。
次兄は幼少期重い熱病に罹り子種がない。
それでもいいと、兄嫁に望まれたのだ。
復縁の希望は叶わず次兄は憔悴してゆく。
鏡に映したように日々、兄嫁も同じように。
胎の子が、奪っているのだ。
罪などないと理解していても、そう思わずにいられなかった。
犯人の処罰はとっくにされていた。
それでも希望が確実に目の前から消えてゆく。
最期に会えてよかった。
次兄ははらはらと壊れたように涙を流しながら言った。
その後、次兄もいなくなってしまった。
忍びないと、義両親からどれだけ離縁を勧められても頑なにそれだけはしなかった次兄が兄嫁の死後、あっさりそれをして皆の前から消えた。
まるで、自身の最期を悟らせないため煙のように姿を消してしまう獣と同じように。
獣人には運命の番などというモノがあり、片割れを失くすと生きていけないのだという。
皮肉だ。詭弁だ。
だが、しかし、次兄と兄嫁はーー。
娘が街へ行きたいと言ったとき。
恨まれようが何しようが止めるべきだったのだ。
レジーは後悔していた。
大きな街には奴らがいる。
理不尽だとわかっていても、差別や偏見だと思われてもかまわない。
近づかせるべきではなかった。
娘には知らせず密かに人を雇い、動向を探っていたことを恥だと罵られてもいい。
連れ戻すべきだった。
何度も、何度も、そうすべきだと思っていたのに。
娘が寄越す手紙にはしあわせが溢れていた。
青年は、立派な人物に思えた。
いつか、一緒に帰るから会ってほしいと、
それについて話していたとき、青年が髪を切るべきか真剣に悩む姿がかわいかったと、
綺麗な髪だから切らないでほしいんだと、
微笑ましくて、躊躇ったのだ。
だからいつでも戻っておいでと、返事を出したばかりだった。
何があったのか、真実は、紙の上だけでは、わからない。
だが報告書の御しがたい内容は、レジーに行動を起こさせるのに今度こそ、躊躇はさせなかった。
77
お気に入りに追加
1,774
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。


忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる