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ユラ④
しおりを挟むルーシーと恋人になってから一年が経ち、二年が過ぎようとしていた。
俺は王国騎士団の末端にいるがようやく少し昇進した。と言っても市外から市内警備に、だが。
それでも獣人の俺にとっては大きな変化だ。差別的なことがないわけじゃないが騎士団は実力主義。
もっと上を目指すためには変わらず地道に働いて実績を積むしかない。
ルーシーも食堂で働いているが、いつかは俺が養って生活したい。俺がいるのにちょっかいかけるクソが多いのもムカつくし。
俺の周りにも変な女が増えてきてる。靡くことなんてないのに不安がってやきもちを妬く姿を見てるとかわいくて仕方ない。
ルーシー以外なんて、あり得ないのにな。
獣人の発情期や性についてはきちんと話し合った。娼館に通っていたことも話した。
ルーシーと出会って恋人になってからは一度もないが、泣かせたから話したのは失敗だったのかもしれない。
でもルーシーがいてくれるから、乱れることもなく安定してるんだ。
精神状態も落ち着いているから、前みたいなどうしようない衝動は減ってきてる。
薬も効いているし。
それでも万が一、ということもある。
理性が飛ばされて、ルーシーを傷つけることになったら生きていけなくなる。
俺はそれが怖い。だから発情期のあいだは会わないように決めた。
ひどくなりそうな数日だけは仕事も休みをもらい家に閉じ籠る。
欲を発散できないのはキツいが自慰だけで済ませて、耐える。
これが終わればルーシーに会える。
俺は理性をなくす獣じゃない。
ヒトなら耐えられる衝動なんだから。
そう、思ってたのに。
目の前の光景に神経まで青ざめてゆく。
「ーールーシー、…?」
何よりも大事で、誰よりも大切な、愛おしい恋人。
俺の、唯一。
身体じゅうの噛み跡に、痛々しいそれにがちがちと歯が鳴った。
ぐしゃぐしゃなシーツに横たわってちいさく丸まるように眠っている。
部屋の中もひどい有り様だった。
テーブルは倒れ椅子はひっくり返り、ルーシーが選んだ花瓶は割れている。
萎れた花が散らばって。
ボロ切れのような残骸は服だ。
俺が買ってお気に入りだとルーシーがよく着ていた薄紫の、ワンピース。
「……なんだよ、これ、」
わかりきってるくせに、信じたくない気持ちが他人事のような虚しい科白を吐かせる。
わかりきってる。
獣が暴れ回ったあとの室内で、その暴力を受けた女が打ち捨てられたように転がってるんだ。
瞼が熱い。燃えてるみたいに。
覚えていない。
そんなことが、理由になってたまるか。
"運命の番"。
そのことについても話した。
父だった男のことも。
俺の恐怖をわかりたいと言い、ひとりだったガキの俺のことを想ってルーシーは泣いた。
俺は笑っていたと思うけど、ルーシーに抱きしめられて、頭をやさしく撫でられてるうちによくわかんなくなってきた。
笑っているのか、そうじゃないのか。
こんなにやさしい人間に、出会ったことがなかった。
そばにいれば、自分もそうなれるかもしれないと思った。
誓った、のに。
傷つけないと言ったのに傷つけて。
裏切らないと言ったのに裏切った。
ルーシー。
俺はお前に触れるのが怖くなってた。
自分が臆病な奴なんだって知って情けなくて、
ケモノにもヒトにもなれない中途半端な生き物だって、知られるのが怖くて。
わかりたいと言ってくれたのに。
最低なかたちで俺は、お前を裏切ったんだ。
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