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ユラ
しおりを挟む「いーから黙って腰振れよ」
「あッ、ちょ、あぁんッ」
獣人の発情期は種によっても個体によっても違う。季節も関係するし、不安定なままの奴もいる。
狼獣人の俺は、今まさにそれ。しかも春先だから毎月のようにやってくる。
かと言って見境なしに突っ込むケモノでもない。
薬も飲んでるし、それでも治らないときだけ獣人街の娼館で発散している。
特定の恋人でもいればべつだが、獣人にとってただの性欲処理に意味はない。
ヒトだってそうだろうと思う。
たまに勘違い女がフェロモンぶっかけようとしてくるが、そういう反応はしない。
けど運命の番なら、そうはいかないんだろうな。
抗えない純粋な種としての本能。
どうでもいいと嘯きながら、俺を含め結局獣人はそれを求めてる。
自分の存在意義を示すモノだから。
でも必ず出会えるわけでもないから、それこそ運命、に委ねるしかない。
出会えなくても、べつにかまわないと思っていた。
ーールーシーに出会ったのはその日、娼館からの帰り道だった。
狐どもに絡まれてるヒト族の女を気まぐれに助けた。
たまたま目についた。理由はそれだけ。
「…あり、がとう、ございます、」
小動物みたいにオドオドしてて、イライラする。
田舎臭え女だと思った。
化粧っ気のない素顔に、適当にくくったような飴色の髪。
汚ねえモンなんか、映したことないみたいに透き通った紫の瞳。
普段なら耳も尻尾も隠せるけど、今がっついてきたばかりの俺はそれができない。
怖がってんのに、逸らさないのなんでだろ。
「……獣人見んの初めて?」
「…は、ぃ」
「…」
ハナが利くからなのか、この女から匂うのは。
狩猟本能。狩の基本。
奪われる前に、奪う。
俺以外に食われる前に、俺が喰い尽くす。
「ーー送ってってやる。」
「え、でもーー「いーから、行くぞ」
そう言って掴んだ手は小さすぎて、剣ダコのある俺の手のなかにやわらかく簡単に収まる。
平然を装うのが大変だった。
なんで獣人街にいたのか聞けば、働くはずの食堂の場所を間違えたんだと恥ずかしそうに言った。
いくつも店舗をかまえている店だからと。
危なっかしい女だ。
こんな女がここをうろついてたら間違いなく襲われる。
「昼間だからまだマシなだけで危ないのは変わんねえからな。もう来んなよ、ぜったい」
「…はい、気をつけます。わたし、一週間前に田舎から来たばかりなんですけど、」
やっぱな。危なすぎる。
「しっかりしなきゃだめですよね…大きな街は田舎とは違うから…」
「だな」
「…気をつけます。」
「おう。…………あーほら、見える?角に看板あんだろ?お前の店は、」
下に視線を移せば、触れるくらいの距離に女がいて、俺の指のさきを追っていた。
息が止まる。
ぶわ、っと、匂いが強くなる。
ヒト族の女はこんなに匂いがするんだろうか。
フェロモンとは違う。
なんだ、これは。
「ーーあそこだから。……離れろよ」
「、あ、ごめんなさい」
警戒心がなさすぎる。
って自分の油断も女のせいにしてるのがだせえ。
「……じゃーな」
このままここにいたら、もっとだせえ自分になりそうだ。
「…っあの、ほんとに、ありがとうございました…」
いーけど。
名前は?とか、お礼にお店でご馳走します、とかねえのかな。ねえか。ねえな、だせえな、俺。
……あー、くっそ。
「俺ユラ、ての。アンタ名前は?」
「あ、名乗りもしないでごめんなさい!ルーシーって言います、……あの、助けてもらったお礼に今度、「行く。」
ぱちぱち紫が宝石みたいに瞬いた。
だからもう一度行くよって言ってやったらそれがキラキラ弾けて、まぶしさに目を眇めたんだ。
俺は、
そのとき見た笑顔は今だって忘れてない。
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