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為すべきアレ。
しおりを挟むびくり。
ドアに近づこうとしていたミーナリスの肩が跳ねる。
夫となった男が蒼白で寝室を飛びだしてから、ミーナリスはひとり、用意されていた果実酒を楽しんでいた。領地で採れる葡萄は品質も良く味も良い。
たぶん今日はもう夫は戻ってこないだろうと早々に諦め、気分を落ちつかせたいこともあった。
しばらくすると、どこかから何やら音がする気がしてグラスを待つ手が止まった。
コン…コン…と弱々しく何かを鳴らすような音に耳をすませば、どうやらノックをしているようでそれが夫の自室のドアから聞こえると気づき、立ち上がる。
「…」
戻ってくる勇気があるのかしら…。
と、思ったところで夫の叫び声がしたのだった。
「ーー…きみを傷つけて…っ、っ!」
かちゃりと開ければ負けず劣らず夫の肩も盛大に揺れる。
「…」
「っ、ぁ…あの、」
「…」
「…あ、の、」
「……よろしければ果実酒を召し上がりませんか?味は保証いたします」
「………………いただきます」
ミーナリスの提案に夫はちいさな声で頷いた。
テーブルへ戻れば大人しくついてきて、グラスに注ぎどうぞと渡せば、目も合わせず礼を言う。
夫は所在なさげに佇み、控えめに口をつけている。
……先ほどとはまるで別人ね。
ミーナリスはその様子を不可解に思い、何か話があるのかとしばらく待つが。
「…」
「…」
言い淀んでいる様子に埒が明かないと口火を切った。
「お味はいかがです?」
「、……美味しいよ」
「よかったですわ。公爵領は南にあるので気候にも恵まれているんです。ご存知ないかもしれませんが他にも、「知ってる」
被せるように言われ瞳を瞬いた。夫は早口で言葉を続ける。
「…出回っているほとんどはデュポル家で造られていて種類も豊富。代々受け継がれる醸造技術は秘匿の権利も得ている。
王家に献上されるほど価値の高い品もあって、温暖な気候、水、土、…そして携わる人間すべてが誇りを持って働いている。
三年前の水害の影響で収穫量は下降しているが品質は落ちていないし来年くらいには元の水準に戻るのではと、…予想している。
……領地のことはちゃんと、学んだんだ」
「…そうですか。…ありがとうございます、うれしいですわ」
心からの言葉だった。
兄が廃嫡され、公爵家を継ぐことになったミーナリスは必死に学んだが半年ではとても満足といえる出来ではないのを自覚していた。
これからも学び続けなければならず、多くのひとの助けが必要となる。
できればーー夫となる相手にも仕事についての知識や理解を深めてほしい。
ミーナリスが求めていたのはそれだけだったので、夫の言葉は素直にうれしかった。
自分に残された道はそれしかなく、そうして歩いてゆくと決めたから。
「…」
開け放たれた窓の向こうへ目をやる。
雲ひとつない夜空が愛しいひとのまなざしを想い起こさせる。
焚きしめた香は薄れ漂う程度。
思い描いていた夜とはずいぶん遠く離れてしまい、追いつくことは二度と、できないから。
ミーナリスはふう、と息をつき視線を戻す。
「……謝罪は要りませんわ、旦那さま」
「っ」
「お互いさまですから」
ばっと顔を上げた夫の表情は、やはり苦悶、といった風に見えた。
目が合うと歪ませ、くちびるを震わせている。
「っそれは…っ、…そう、かもしれないが、……ほんとうにすまない……きみの気持ちも考えずにあんなことを……心から恥じてるし婚約してからの態度も最低だった。……すまなかった、」
この短時間で、夫に何があったのか。
俺如きと聞こえたのは空耳だろうか。
ミーナリスは笑顔の下で大いに訝しむ。
しかしそういった夫の変化に特段、興味もなかったので。
「謝罪を受け入れます。ーーさて、では、いかがされますか?もう一度湯浴みなさるというのならお待ちしますわ。わたくしはこのままでけっこうですので」
初夜に夫婦が為すべき義務についての話に切り替え、笑顔で夫に問いかけた。
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