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ラウンド7.
しおりを挟む上書きしようねと笑うお義兄さまが近づき、わたしのくちびるを舐めた。
しかも傷のところを。
「!?ぃ、た、…っ」
そうしてちゅ、っと離れて、どう?なんて言ってる。
わたしはさっきから顔が熱いなってわかってて、なんだか置いてけぼりな気持ちでいた。
「いやだった?」
「…痛かった…」
「…ふ、」
じゃあコレは?
ふふ、とおかしそうに笑いながらまた近づいて今度は、くちびるの真ん中で音がした。
ーーえ、これ、これは、
「きもちわるい?」
「…………キス…………?」
「どうかな。気持ち悪かった?」
どうかな、って。
ふるふると、首を振る。
お義兄さまにそんなこと、思うわけない。
ただ驚いて、色々追いつかないだけ。
「…よかった、じゃあ上書き成功だね」
「…」
「ミアの初めてをもらったのは俺だよ。それだけ覚えておいて、いやなことは忘れようね」
「ーーおにい、さま」
「できない?ならできるまでしよっか?」
ニコニコニコニコ。笑顔が迫る。怖い。
怖いからできます!と仰け反りながら宣言してしまった。
そうしたら、いい子、ってまた、された。
ーーこれは、これは、もう、
「っ、キス……ッ!!」
「ふは、」
声でけえ。聞いたことない口調でちょっと涙目になるくらいお義兄さまは笑う。
「わ、笑ってる場合ですか…!っわたしたちは義兄妹で…っ、!」
「…うんうん。…はー、笑っちゃってごめんね…ふふっ、あーほら、痛い…それにあんまり大きい声だと聞かれちゃうから、…ね?」
ぴりっとくちびるの端が痛んで噤む。
痛いし、たしかに聞かれるとまずいし、わけがわからなくて混乱するし、
「…っ」
ーー何考えてるの、お義兄さまは。
立ち上がるのをむっと見てるとまだ目は笑ってた。
「…さ、じゃ行こうか。」
「……どこに、」
「義母上のところだよ。痣見せて説明しなきゃ。診察も頼まないとね。……あと解消についても、先に話通しておこう」
「…」
それも、たしかに。
お父さまはまだ帰ってこないし、お母さまを味方につけとくべきだよね。
それでも反対される気はしないけれど念のため、はあってもいいし。
「行くよ」
差しだされた手を取る。
躊躇いと、警戒してるのは気づいているようで、部屋をでるまえ小声で、もうしないよ、と囁かれた。
ーー耳もとで。
寒気でぶるりと震わすと、お義兄さまは顔を背け肩を揺らしている。
ちょっともう、むかっとするし、いらっとする。
「…揶揄ってますね…?もう茶番はおしまいです、お義兄さま」
「…………浮気、はね」
だから何かをぼそりとつぶやいた言葉が聞こえなくても、聞き返すことはしなかった。
お義兄さまのことが、よくわからなくなってる。
ーーそして結論から言えば、トーリとの婚約は無事解消となった。
話している途中から診察中もそのあとも、お母さまは痛ましい表情をしながらぴくりと怒りを滲ませていて、わたしは痣が消えるまで学園を休むよう言われた。
夜遅く部屋にきたお父さまもおなじような表情で、明日にでも手続きをするよと頭を撫でてくれた。
お願いしたのは慰謝料も謝罪も要らないからその代わりに、わたしたちのあいだで起きたことを口外しない誓約。
違反した場合の対応云々はお父さまにお任せして。
文字通りわたしはキズモノになったわけだけど、そんなこと早く忘れたい。だからなかったことにする。
わたしたちはちょっとしたすれ違いで、別れるだけ。
噂されたってやっぱりねって勝手に察してくれればいいし、わたしには何も起きてない。それだけあればいい。
とにかくぜんぶ、忘れたい。
やさしかったトーリがいたこと。
大好きだったこと。
ぜんぶ、なかったことに。
後悔しないか、と。
お父さまに最終確認のように聞かれたけれど、返事に迷うことはなかった。
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