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場外R.ローリー
しおりを挟むーー何か、あったかな、?
男は心配してというよりどこか愉快そうな面持ちで、目指す部屋のある廊下を進んでいた。
扉のまえにいる侍女が男に気づき、ほっとした表情を見せたあと、お帰りなさいませと深く頭を下げる。
「ミアは?体調が悪いと聞いたけれどどうしたのかな」
「…はい、坊ちゃまとお戻りになられるかとお待ちしていたところお嬢様だけが足早に歩いて来られました。…様子もおかしく何度もお声がけしましたが、とにかく帰りたいと仰るばかりで…。
馬車のなかではひとことも話さず青ざめ震えてらっしゃいました…具合がよくないからもう休む、と…それからはお部屋で…」
「義母上には?」
「お伝えしました。すぐに来られましたがお話をされたかどうかは…私どもは退室するよう言われたためわかりかねます。…奥様からはしばらくそっとしておくようにとご指示がありました」
「…………そう。」
男は憂うようなため息を吐いた。
何か決定的な場面を見逃してしまったようだと、後悔を滲ませながら。
『ーー…ローリー、今日からここがきみの家だ。
…ラダンとゾーイの分まで、きみをしあわせにすると誓うよ。私たちをきみの家族の輪に入れてくれるかい…?』
きぞくってずいぶんお人好しなんだな。
ローリーは父親の友人だというこのきぞくに会うたび思うことをまた思った。
父親は騎士で母親は洗濯女。
ふたりとも働き者の、ゴツゴツしてザラザラとした手でよく自分を撫でてくれた。
そんな両親は滅多に乗ることのない馬車で事故に遭い死んだ。
その日は結婚記念日で、ちょっとふんぱつした高級レストランで食事をする予定だった。
それを計画した父親が嬉しそうに自分に話してくれた。
そうして両親はたのしそうに、行ってくるねとゴツゴツとザラザラの手でローリーを撫でて、キスをして、手を振りながら出かけていった。
ローリーは。
両親が死んだと聞いて、もちろん悲しかった。
ーーでも少し、ほんの少し、ほっとした。
お人好しの父親はきっと真実を知らないままで、
しあわせなままで、死んでいったんだろうと思ったからだった。
ローリーの母親は、きぞくの家で働いていた。
ある日。
母親の手がザラザラだったのを気にかけていた父親がいい匂いのするクリームを買ってきて、それを家に置き忘れているのにローリーは気づいた。
母親がすごくよろこんで、いつも持ち歩いていたクリーム。父親の贈りもの。
それでもすぐよくなることもなかったけれど、指の痛みが減ってきたわと言ったのを覚えていたから、ローリーは届けてあげようと思った。
ふつうならきぞくの家なんかには行けないけれど、
自分たちはきぞくの端くれだったので、裏口からなら今まで何度も行ったことがあった。
父親と似たような制服を着た騎士はローリーのことを知っているので笑顔で通してくれた。
風が強く、洗濯物が白いオバケのようにローリーに襲いかかる。
さわらないように、隙間から母親を探した。
そのときいい匂いがした。ローリーが持ってるものとおなじ匂い。
母親のクリーム。父親の、贈りもの。
ーーザラザラのその手が、父親ではない男を抱きしめているのを、ローリーは白いオバケの陰から見ていた。
クネクネと動くふたつの物体が、重なってゆくのを、じっと。
そのことをローリーは父親に話せなかった。
だからきっと父親は知らないままだ。
そしてきっと、母親も。
知らないほうが、しあわせ。
ローリーはその日からずっと、母親という生き物が気持ち悪いと思うようになった。
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