鏡に映る

雪乃

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「……わたしだってカリードを信じてる……でも、あなたのことは……?誰が守ってくれるの……?」

「ーー、俺…?」



物騒な思考を巡らせていたからか、反応が遅れた。



「あなたに何かあったらと思うと怖くて不安でたまらないの…カリード、お願いだから気をつけて自分の身を守って…王女殿下はきっとあなたのことを諦めていないわ…」

「レラ、」

「だってどんな手段を選んでくるかわからないでしょ…?命まで奪うようなことがあったら…?わたしではあなたを守れない…」


俺の剣の腕を、クインは知っている。
両手の数以上が相手でも負けはしない。それ以上は断言できなくても、


「…俺は閣下に仕込まれたんだぞ?そう簡単にやられるような無様はさらさないよ。それに王家の方々も目を光らせてる。」

「でも、…っ」


額に軽く触れると、やや赤らむくちびるをきゅっと引き結ぶ。



「……わかってるよ」




この世には信じられないほどの悪人が存在する。
想像もつかないような卑怯な手を使い、堕落に身を任せる人間が。




「気をつける」

「…約束よ」

「うん。…でもレラだって俺を守ってくれるだろう?何度もきみに打ち負かされたのを忘れた?」


気を逸らしたくてずるいことをして、少しでも安心してほしくて茶化すように言い、笑いかける。


「…十三のころまでだわ…今は剣も持たせてくれないじゃない…」

「だってさすがにもう負けたくないし」


クインは眉尻を下げそっと目を伏せた。

繋ぎ合ったままの剣ダコのある俺の手を、細い指が撫でる。


「……わたし、だから弱くなってしまったのかしら……守られることに慣れすぎて、あなたに寄りかかってばかり、」

「レラ…」


そうさせたのは俺だ。

剣を振るうきみのうつくしい姿を見せたくなかったし、独占したかった。


頼ってほしかったし、俺だけを見てほしかった。


俺がいなければ生きていけないと、依存してほしかったんだ。



ーーこんな仄暗い気持ちを抱いていることを知ったら、幻滅するだろうか。


呆れて、嫌いになる?
俺から離れてしまう?


俺はそれを、見逃すことなんかできないって知ったらーー。








「……愛してる」



くちびるをなぞれば、わかり易く震え俺を見る。

知らない奴らはただの灰色グレイだと思っているだろうが、
クインの瞳は近くで見れば青みがかり、とても綺麗な色をしている。





「…情けねえな」

「っ、」



クインが肩を揺らしたのは乱暴な口調に怯えたのでなく、

触れた俺の指が、震えているから。



「…わたしも愛してる、」



ぽろりと零れた涙が繋いだ手に落ち、


重なり合うよう影はひとつに溶けた。








互いにどこか、不安を抱えていた俺たちは、


俺は、


それでも信じて、疑わなかった。














会場の隅で壁にもたれながら、少し離れた場所で笑い合う集団を眺めていると気づいたクインがちらりと視線を向けてきた。
うなずくように微笑めば、安心したのか目を細め、会話へと戻る。

…かわいいな、ほんっと、…





馬車での余韻・・は、


入場して陛下の挨拶が終わり、卒業生一斉のダンスが終わるまで続いていたらしく、のことを気にかける隙をクインに与えなかった。
ついでに俺と目を合わすこともできない姿もかわいすぎて、やはり参加したことを改めて後悔したくらいだ。

友人に囲まれ、今少しふつうを取り戻した様子もかわいくてたまらない。



「ニヤニヤすんなよ気持ち悪い」

「うるさいどっか行け」

「お前のどこが"紳士的"なんだか。みんな騙されてるよな」



無礼極まりない言葉を吐くのは腐れ縁友人の、ロイ・ランページ。
おなじ騎士科で、伯爵家の次男。
中性的な顔立ちで蜂蜜色の髪をした優男風だがキレると手がつけられないこの男は、クインの友人であるフィニア・ストロー伯爵令嬢の婚約者でもある。


「フィーのドレスいいだろ?出来上がって試着したときは俺のまえで妖精みたいにくるくるまわってさーー」


フィニア嬢のまえでだけ、躾の行き届いた犬のように行儀が良くなる変人だ。


「お前もたいがいだろーが」


惚気にうんざりしてるとロイが来たのを皮切りに、わらわらとむさ苦しい男どもが寄ってきた。

卒業すれば皆各々の道へ進む友人たち。

こうして集まって語り合う機会も少なくなると思えば、悪くないのかもしれない。






「……あっち・・・はどうなってんの」


しばらくして、王族席のほうへ視線を向けながらロイが言った。


「…」


喧しく囀る鳥の数はほとんど減り、弁えず絡んでくる人間も今日はいない。


陛下の挨拶のあいだ、王女は顔を上げていなかったように思う。
学生主体の行事だから王族も参加はするが卒業生全員と個別に挨拶など設けることはないし、離れていたからよく見えなかったこともある。

何にせよーー


「近寄らないで済むのはありがたいな」

「ふうん」

「終わったらすぐ帰るし」

「そ。…ま、気ィ抜くなよ。クイン嬢に何かあればフィーが悲しむ。泣かせたら許さねえから」

「言われなくてもだ」


そんなこと、誰より俺が許さない。









「ーー…カリード!お待たせーー、…どうしたの?」

「よろけたエドウィンがぶつかってきた」

「え、…ふたりとも怪我は、」

「割れたりはしてないから平気。弁償させるし」


ひらひらと手袋を脱いだ右手を振ると、赤紫の染みが広がる腕にクインはほっとした顔を見せた。


思ったより楽しめてる様子に安堵する。表情もやわらかい。




ーーだが、もういいだろう。


まだ閉会の時間には早いし賑やかな雰囲気も続いてる。が、

こんなところに、長居は無用。



「そろそろ帰ろうか」

「そうね、…あの、でも、ちょっと…待っててくれる…?」

「……一緒に行くよ」

「、侍女エリがいるから、」

「わかってる、さすがにそこまでは行かない。見えるところで待ってるから」

「……わかった……ありがとう」



それぞれの友人たちに声をかけ会場を出た。











侍女たちの入場は許可されていない。先に到着し専用控室に待機してる侍女を呼び出し、そこでクインを見送る。

離れて、出入り口を見張れる場所に移動した。


着替えや、体調不良者のための休憩室がいくつも並ぶ廊下。侍女や侍従を伴い何人かが通り過ぎる。













ーーうつむきがちに、




急ぎ足でドレスを抱えた王宮侍女がひとり、目の前で転びかけ前のめりになる。


カリードは咄嗟に右手を差し出した。






「…っと、…大丈夫ですか?気をつけ、ーーっ、…ッ!?」




手袋を、脱いでいた右手。


じとり、と。


不快に湿った手に強い力で掴まれ刹那、ドクンと心臓が波打つように脈動した。
身体は痺れ、糸を切られたマリオネットのように急激に力が抜け足がもつれそうになる。



「ーー、!?ーー…ッ」




声が出ない。




なんだ、何をした、この、女、ーー




混乱する思考と。
霞む視界で目を凝らし、振り払おうともがく。









ヒュー。ヒュー。




「ーーーー……やあっと掴まえたわ」




搾り出すような呼吸に紛れ聞こえたのは悍ましい猫撫で声。




うつむいていた黒髪の侍女が顔を上げ、うっそりと嗤った。










振り子のように反動させ解放させた手のひらは燃えるように熱かった。



腰辺りを探る震える手はなんの感覚も得られない。




「…いったぁい…もうカリードったら…手間かけさせないでちょうだい。そんなことしても無駄でしょう?帯剣してない・・・・・・んだから」







ーーなぜ、





なぜだ、




王族は一足先に退出していた、
王女も、
多い人数の護衛に周りを囲まれていたのを見た、



だからそのまま、自室へ戻されたと、



思っていた、





ーーーーなぜ目の前に、いる、





「まあいいわ…さぁカリード…ーー歩いて・・・



べたりと抱きつかれ内臓が逆流しそうだった。


ふらふらと動く足は最早自分のものとは思えない。






王女は鼻唄を口ずさみ、奥まった場所にある扉を開いた。











情けなさや羞恥、怒りでカリードの青色の瞳が薄い膜を張る。




ーーーーあれだけ大口を叩き、平気だ、大丈夫だとのたまいながら。


あっさりと接近を許し罠にかかった自分。







守ると、誓ったのに。










「必要なのは既成事実なの。……ふふふっ大丈夫よ、わたくしがすべて、してあげるから」






残酷な音をさせ、扉は閉じる。








振り払いたいのに、もう自分の意思ではどうにもできなかった。








「ーー…ッ」




カリードは愛する婚約者の名を、いつまでも呼び続けた。
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