金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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終章 いつの日か家族全員が揃う日を信じて

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ファルガー・ニゲルは、桃花がレオンに付いて黒い金剛鳥に乗りアデルバートから立ち去るのを見送った後、放心状態のルーカスを置き去りにし、瀕死のアレクセイを背負って宮廷の庭園にある礼拝堂から天界ゲートを開き、ジャポネへと渡った。
そして活動限界を迎える前に、かつての冒険仲間であり現在はセラフィア神の神使となっているアルテア宛にアレクセイの解呪依頼のメッセージを送り、後のことを桜雅おうがに託すと、再び神の血を亜空間から取り出して自分の身体の中へと混ぜ込み、眠りについたのだった。

それから丁度1ヶ月が経過した8月18日の午前10時を回った頃─。
ジャポネの首都エドにある、ジャポネ代表の住処として知られる豪華な屋敷の離れの小さな庵にて、神の血がようやく身体に馴染んだファルガー・ニゲルは目を覚まし、布団からゆっくりと起き上がった。
少し開けられた網戸からは心地良い風が吹き込んで、彼の黒く真っ直ぐな髪を優しく撫でると同時に、─チリン・・・チリン・・・─と縁の下にかけられた硝子の風鈴を鳴らした。
窓際に置かれた一輪挿しには少し早咲きの秋桜コスモスの花が生けられており、秋がすぐ近くまで迫り来ていることを感じさせていた。
彼は壁にかけられた日めくりカレンダーの日付を確認したあと、その隣の棚に置かれた黒い通話器(※固定電話のような機能を持つ魔道具。彼の部屋のものは黒電話のような見た目をしている。)の受話器を取り、ダイヤルを回した。
3回の呼び鈴の後、
「はい、こちら執務室です。」
と、愛らしく馴染のある少年の声が耳に飛び込んできた。
「やぁ梅次うめつぐ、久し振りだね。
ファルガーだよ。
今しがた目が覚めたんだ。
悪いが、桜雅を離れまで呼んで来てくれないかな?
僕が眠っていた間の出来事を訊きたいんだ。」
桜雅は通常の業務に加えてここ1ヶ月は昏睡状態の主人に代わり、アデルバートからの亡命者が住まう新区画の管理や様々な問題の対応にも当たっており、毎日忙しく屋敷と新区画を中心に駆け回っていた。
しかし、
「父様!
ファルガー様がお目覚めになられましたよ!」
と、自分を呼びに来た梅次の声にホッとし、表情を緩めるのだった。

それからファルガーは、桜雅から自分が寝ている間の出来事の報告を受けた。
その中から急ぎ対応の必要なものについて桜雅に指示を出し終えると、浴室で軽く湯浴みをし、新しい着物に袖を通すと、庵を出てすぐのところにある彼専用の小さな神社の鳥居をくぐった。
そして社に入り、真正面に置かれた創造神ヘリオスの像にそっと触れ、御神像に備わっている機能の一つであるメッセージボックスを確認した。
メッセージボックスには、かつての冒険仲間であり今はセラフィア神の神使となったアルテアからのメッセージが一番最初に届いていた。
ファルガーはそれを再生した。

─クーヤへ

あ、今はファルガー・ニゲルだったわね。
昔の癖が抜けなくてつい・・・ごめんネ!
早速本題なんだけど、貴方に頼まれたアレクセイさんはちゃんと解呪して、刺し傷に治癒魔法をかけておいたから安心して頂戴。
その後のことはジャポネの医師に託したけれど、3日後には日常生活に戻れるんじゃないかしら?
それからラスターの子孫のアンジェリカさんの遺体の入ったアイテムボックスを貴方の側近のオーガから受け取って、セラフィア様にお見せしたわ。
そしたら、
「あら!
あの美しいラスターと同じ顔してるのに女性じゃないの!
こんなレアな子、このまま死なせてしまうには惜しいわ!
幸いにもこの子の魂はまだ天界には昇っていないみたいだし、私に任せなさい!」
と、ノリノリで蘇生を引き受けてくださったわ!
と、ここで蘇生術について簡単に説明するけど、まず身体を復元してから劣化しないように魔法をかけて、そこにその人の魂を呼び戻し、しっかりと定着させるの。
でももしアンジェリカさんの魂が既に天界へと昇ってしまっていたら、彼女の魂は国籍のあるアデルバート神の天界領域に還ることになるのだけど、セラフィア様がアデルバート神と交渉して彼女の魂を譲ってもらえたとしても、彼女自身が蘇生を望まなかったりして肉体と魂が結びつくことは叶わず、蘇生術が失敗してしまう事が多いそうなの。
だけどあんな殺され方をしてしまったから、残された人のことが心配なのでしょう。
アンジェリカさんの魂は下界に留まっている・・・。
だから身体さえ復元すれば、セラフィア様の呼びかけに導かれて身体に戻ってくれる筈よ!
民に関心の薄いアデルバート神のことだから、一人ぶんの行方知れずになった肉体と魂があったところで気付きもしないでしょうし、もし気付かれたとしても、彼女が気に入ったから頂戴って珍しい鉱石でも手土産にお願いすれば、お兄様なら譲ってくれるでしょうってセラフィア様は笑ってらっしゃったわ!
まぁそんなわけで、それら全てを終えて蘇生が完了するのは、セラフィア様の見込みでは下界時間で1ヶ月程・・・丁度貴方が目覚める頃かしら?
でも彼女の蘇生に伴い、ある問題が生じるわ。
今回の蘇生は、セラフィア様が創造神様には内緒で行うものでしょ?
蘇生した彼女がジャポネで暮らすとなると、創造神様に貴方かオーガから彼女の国籍変更の届け出を行うことになる。
そうすると、彼女は英雄ラスター・ナイトの子孫ということもあるから、普通の民よりもしっかりと創造神様が彼女について確認をなさると思うのね。
そしたらきっと創造神様に彼女の蘇生の痕跡を知られてしまうことになるから、当然蘇生を引き受けたセラフィア様も罰を受けることになる・・・。
だからセラフィア様は、彼女を蘇生後人々の暮らす下界へと返さず、そのままご自分の助手として迎え入れるのはどうかと提案なされているの。
本来土地神が天界へと招き入れられる民は神使だけなんだけど、セラフィア様は医療という極めて重要視されるその専門性から、創造神様から特別に有能な民を少数名”神助手”として天界に招き入れる許可を頂いているの。
神使とする者には神の血を分けることになるから、創造神様への届け出が必要不可欠なんだけど、神助手には神の血を分けないから届け出の必要もなく、その選別もセラフィア様に一任されているわ。
だから神助手としてなら、アンジェリカさんを蘇生したことを創造神様に知られることなく匿えるの!
勿論彼女の蘇生後、彼女の承諾を得られてから神助手として採用することになるけれど、貴方の国の民になる予定の人を奪うことになるから、貴方はそれで問題がないか、セラフィア様は返答が欲しいそうよ。
それからもう一つ。
アレクセイさんを解呪している時にわかったのだけど、彼・・・物体に触れずして操作する特殊な能力を持っているのよ。
そのことをセラフィア様に報告したら、彼は昔、セラフィア様が寵愛を与えた娘の子孫に違いないと仰るの!
セラフィア様は通常寵愛の印を与えた娘が神使になることを拒んだ地点で、印とお与えになられた力を取り上げているのだけど、たまたまそれを取り上げ忘れた娘がいたらしくてね。
その娘が誰かと子を成し、その特殊な能力が何代か後の彼にも引き継がれていたということみたい。
だから彼の存在も創造神様にバレるとセラフィア様はお叱りを受けてしまうし、彼の能力はセラフィア様のお仕事のお手伝いにも役立ちそうだから、出来れば彼の身柄も神助手としてセラフィア神国で引き取ることにしたいそうよ。
貴方のメッセージによると、アンジェリカさんとアレクセイさんは恋仲だったみたいだし、2人が同じ神助手として一緒にいられることは、幸せなことではないかしら?
まぁセラフィア様は男性をお嫌いで、特別なことがない限り傍には置かれないから、男性であるアレクセイさんは多少肩みの狭い思いをするかもしれないけれどね。
だからそのことを含めて、貴方から本人に気持ちを確認してみてくれる?
それじゃあアンジェリカさんとアレクセイさんを神助手として迎える件、確認をよろしくね!

アルテア・プリースト─

彼は顎に手を当て少し考えた後、そのメッセージにこう返信した。

─アルテアへ

今目覚めてメッセージを確認したところだ。
僕の呼び方は君が呼びやすいようにしたらいいよ。
クーヤ・サイジョーという名は僕の弟子にあげた名だけど、その弟子ももう亡くなってしまったしね。
まずはアレクセイさんの解呪、そしてアンジェリカさんの蘇生をセラフィア神にお願いしてくれてありがとう。
お二人の身柄についてだが、ご本人たちの同意が得られたのなら僕はそれで構わないよ。
アンジェリカさんの国籍の変更手続きについてもそちらに委ねる。
そして、今回セラフィア神が引き受けてくださったアンジェリカさんの蘇生並びに、アレクセイさんの先祖に当たる人の寵愛の回収し損ねに関しても、ヘリオス様に知られることのないよう情報の取り扱いには注意するから、どうか安心して欲しいとセラフィア神にお伝えしておいてくれ。
ただ、アンジェリカさんのごく近しい身内にだけは、彼女が蘇生されたことを知らせてあげたいんだ。
そして出来ればいつか、会わせてあげて欲しい・・・。
特に彼女の息子のレオンハルトくんは、母君を殺した相手への復讐心に囚われ暗闇に足を突っ込もうとしているが、きっとそのことが彼を救う光になるだろうから・・・。
だから、彼女の両親と息子にだけでもそのことを伝えていいか、セラフィア神に確認をしておいてくれるかな?
これからアレクセイさんに神助手となる提案をしてみて、彼の返事を訊いたらまた連絡をするよ。

ファルガー・ニゲル─

メッセージの返信を終えてもう一度受信欄を確認すると、メッセージボックスには彼の主である創造神ヘリオスからのメッセージも届いていた
ファルガーはそれを再生した。

─我が神使ファルガー・ニゲルよ

お前、私に無断で天界ゲートを開き、更には神の血を封じて行動を起こしたな?
今はその反動で昏睡状態に陥っているという所か・・・。
お前がそこまでの事態に追い込まれるとは余程のことだったのだろうが、何があったのか説明が欲しいから、目覚めたら天界に顔を出しなさい。
お前の好きな酒を用意しておいてやるから。

ヘリオス─

ファルガーは口元を緩め、
(あの方らしい、簡素でありながらも気持ちの込められたメッセージだ・・・)
と思いながら、こう返信をした。

─ヘリオス様

随分とご心配おかけしたようで、恐れ入ります。
今しがた目覚めた所です。
すぐに貴方様に会いに天界に参るべきなのでしょうが、アデルバートから亡命した民達の様子も気になりますので、彼らの様子を一通り確認後、貴方様のお好きな寿司を手土産に、天界へと報告に伺います。
酒、楽しみにしております。

ファルガー・ニゲル─

ファルガーはそう返事を送った後、他にメッセージが届いていないか確認をした。
だが、重要度の高そうなものはそれだけだった。
(桃花からのメッセージは無しか・・・。
あれから1ヶ月も経っているのに桃花からの連絡がないということは、大方ダルダンテ神によりメッセージボックスへのアクセス権を抹消されたのだろうな・・・。
今再度申請しようと試みているが、桃花が自国の民ではないという旨のエラーが吐き出されてしまうし、桃花の国籍もレオンハルトくんと一緒にダルダンテへと移されてしまったか・・・。
桜雅もさっき報告を受けた際、桃花からの文は届いていないと言っていた・・・。
きっと郵便配達人を介してアデルバートの者に、逃亡犯となってしまった自分達の居場所を知られることを避けてのことだろう。
桃花のことだ。
どこでも上手く立ち回り、無事でいるだろうとは思うが・・・。
監視者の役目に戻ったら、行く先々で桃花、もしくはレオンハルトくんらしき人物を見かけた者がいないか、聞き込みをしてみるとしよう。
だが、この世界は思いの外広い・・・。
アーシェのときも彼女が生きている間に見つけることが出来なかったというのに、桃花達を見つけることなんて出来るのだろうか?
いや・・・。
アーシェのときとは違い、2人はダルダンテ神国に連れて行かれたという手がかりがある。
それにレオンハルトくんはともかく、桃花には彼女の一族に与えられるヘリオス様の加護があるから、ダルダンテ神に印を刻まれて隠されることは無いはずだ・・・。
それに僕は以前、確かに感じたんだ。
桃花がいつの日か・・・とても悔しいけれど、彼の子をお腹に宿してジャポネに帰ってくるということを・・・・・。
なんの確証もない、ただの900年生きてきた僕の勘に過ぎないけれど、不思議とこの手の予感は外したことはないんだよ・・・。
だからきっと君とはこれきりではない。
いつの日か、また会えると信じてる・・・。)

それからファルガーは、アデルバートから亡命してジャポネで暮らし始めた人達の元を順番に訪ねて回った。
一番最初に訪れたジェイドは、元々アデルバートで宰相を務めていたほど優秀な人物なこともあり、緑山鉱山主としての仕事も順調のようだ。
そして、早くもジャポネ人の妻が出来ていた。
彼の妻は、桃花から訊いていたアデルバートでの彼の美人妻や専属メイド達とは違い、控えめで目立たないがよく見ると綺麗な顔をした色白で小柄な女性であり、ファルガーがそれとなく彼女との馴れ初めについて訊くと、どうやらジェイドのほうが彼女に一目惚れをし、猛アタックの末、ようやく結婚を受け入れてくれたとか。
ジャポネではアデルバートのように多重婚は認められていないが、そもそも彼女に愛想を尽かされては溜まらないので、浮気は絶対にしないのだと熱く語るジェイドの妻への溺愛っぷりにファルガーは度肝を抜かれ、苦笑せざるを得なかったのだった。
そしてジェイドの屋敷には彼の妹のベリルとその息子のスフェーンも同居しており、ベリルは幼い息子の世話をしながらも兄の仕事を手伝っていたが、そんなベリルをひと目見て恋に落ちた武骨な侍に求婚され、彼は息子のスフェーンのこともとても可愛がってくれるので、遂にはベリルの心が動き、近々彼と結婚し、息子を連れてその侍の屋敷へと移り住む予定なのだそうだ。
ファルガーはそんな彼らの近況を一通り聞き終えた後、表情を固く引き締め、恐らくはジェイドが一番自分に訊きたかったであろう彼等が亡命してからのアデルバートでの出来事、そして彼の腹違いの弟の現在について、知る限りのことを丁寧に話したのだった。
「そうか・・・。
アンジェリカはルーカスにより殺され、レオくんはダルダンテ神国へと連れて行かれてしまったんだね・・・。
でもモニカちゃんが付いて行ってくれたのならきっと大丈夫だよ。
ファルガー氏・・・いや、僕はもう地位を失ったただの鉱山主なのに、この国の代表でもある貴方にその呼び方と口調は失礼でしたね。
ファルガー様とお呼びしてもよろしいですか?」
そう言ってジェイドが恭しく頭を下げたので、ファルガーは両手を前に出し、困ったように笑いながらこう返した。
「いや・・・僕はあまり敬われるのは好きじゃなくてね・・・。
立場上そうもいかないことも多いけど、せめて貴方には今まで通り対等な関係でいて貰いたいかな・・・。」
それを訊いてジェイドはクツクツと笑ってからこう返した。
「・・・了解!
では早速お言葉に甘えさせてもらうけど、ファルガー氏に一つだけお願いがあるんだ。
もし監視者のお役目の最中にレオくんに出会うことがあれば、半分でも血の繋がった僕が、君の味方としてずっとジャポネで待ってることを伝えて貰えるかな?」
そう言って、ジェイドはファルガーに手を差し出した。
ファルガーはその手を取ると、
 「・・・多くの民達の中から彼を探し出すのは容易じゃないし、きっと何年かお待たせすることになるとは思う・・・。
だけど、必ず伝えると約束するよ。」 
と返すのだった。

続けてファルガーは、レオンの祖父母であるライオネルとタマラの元を尋ねた。
ライオネルは武器屋リエーフで扱っていた商品をジャポネに持ち込んでいたが、それらの武器はジャポネの人にとって珍しく、見た目も大変美しいことから、どれも高値で買い手がついた。
そしてそれらの売り上げを元手に”西洋武器屋・金獅子”を近々このエドの下町に開店予定なのだとか。
ファルガーは彼らにもジェイドと同じ知る限りの事実と、そしてアンジェリカの蘇生についてはまだ彼らに話してもいいかセラフィア神からの返答が無かったため、
「アンジェリカさんは・・・僕が判断を誤った為に助けられませんでした・・・・・。」
と、深く頭を下げつつ、彼女が死亡した真実のみを伝えたのだった。
「そうですか・・・。
あぁ・・・アンジェリカ・・・・・私達より先に逝ってしまうなんて・・・・・!」
とタマラは顔を覆い、泣き崩れてしまった。
ライオネルはそんな彼女を支えながら、
「・・・ファルガー様・・・。
アンジェリカについては、貴方様が眠っておられるこの1ヶ月の間に、何となく察しはついておりました・・・。
でもこうして改めて聞かされるとやはり・・・・・うっ・・・・・すみません・・・・。
ですが私達は決して、貴方様がそのことに責任を感じて心を傷めることを望んではいません・・・。
誰だって、直接目の当たりにした死にそうな人達のほうを助けてしまうでしょう・・・。
でも、レオンハルトは何処かで生きているのですね・・・?
しかもモニカさんが一緒とは心強い・・・。
いつか二人揃ってジャポネに帰ってきて欲しい・・・もし旅先で二人に会えたのなら、そう伝えて貰えますか・・・?」
ファルガーはそう言って差し出されたライオネルとタマラの手を取り、こう答えた。
「はい・・・必ず伝えます。」 

その後ファルガーは、公には自分の屋敷とされている立派な家屋の門をくぐった。
そこにはアデルバートの宮廷でメイド長を務めていたオリガが女中として働いていると桜雅から訊いたので、その彼女に会うためだった。
オリガを個室に呼び出し、ジェイド達に伝えたのと同じ真実を伝えると、彼女もその場で泣き崩れてしまった。
「そ、そうでしたか・・・・・。
オーガさんに未だジャポネに来られないアンジェリカ様とレオンハルト坊っちゃんとモニカさんがどうされているのかと何度お訊きしても、私からは何も申し上げられないとお答えになられるばかりでしたし、アンジェリカ様とご一緒だったと思われるアレクセイさんも酷いお怪我をなされていましたので、もしかして・・・とは覚悟しておりました・・・・・。
ですが、こうして改めて訃報を訊くとやはり・・・堪えてしまって・・・ひっく・・・ひっく・・・す、すみませんファルガー様・・・お見苦しい姿を・・・。
アンジェリカ様は私にとってお仕えしている奥様というよりも、娘のように大切な方でした・・・。
もうあのお優しい笑顔を見ることは・・・ひっく・・・ひっく・・・出来ないのですね・・・。
ですが、ぼっちゃまは生きてらっしゃる・・・・・!
モニカさんが付いてくださっているのなら、きっと大丈夫ですわね・・・!
いつの日か、お二人にお会いできますよね・・・?」
ファルガーは嗚咽混じりに言葉を紡ぐオリガの肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
「うん・・・。
僕もそう信じてる。」
オリガはその後何とか泣き止むと、自分と一緒にジャポネに亡命してきた家族たちは皆元気でやっていること、そして今ファルガーから訊いたことを自分から彼らに伝えると言ったが、ファルガーはオリガの子供達の中でも桃花と交流の深かったサーシャにだけは僕から直接伝えると言って、屋敷を後にした。

サーシャはジャポネの首都であるエドの城下町に、小さな店を開いていた。
店名は”刺繍屋 こころ”。
彼はアデルバートにいる頃と同じように女性の格好をし、アデルバートのレース編みや刺繍の数々を店に並べていた。
西洋人形のように愛らしい店主とジャポネにはない繊細なレースや刺繍小物はジャポネの女性の心を掴み、特に花言葉が込められた刺繍入りリボンは髪を結うためだけでなく、ジャポネの女性の日常着である着物の帯締めとしても人気で、順調に売り上げを伸ばしているとのことだった。
そして、彼がかつてドレスを手掛けた縁で招待されたニーナの結婚式にて偶然にも受け取ったブーケの効果か、刺繍を手伝ってくれている針子の女性と恋に落ち、先日婚約(サーシャはジャポネにおいてはまだ結婚が可能な年齢に達してはいないため)を果たしたそうだ。
ファルガーは一通り彼の近況を聞いたあと、彼にもジェイド達と同じ事実を伝えた。
「そんな・・・アンジェリカ様が・・・・・!
僕でもこんなにショックなのに、レオンハルト様はさぞお辛いでしょうね・・・・・。
ですがモニカさんが一緒ならきっとレオンハルト様の復讐心も徐々に薄らいでいき、いつの日か本当の幸せを見つけられると僕は信じています・・・。
もしファルガー様の旅先でお二人にお会いすることが出来ましたら、お二人の結婚式の衣装は僕に手掛けさせて下さいとお伝えください・・・!」
ファルガーは彼の手を取り頷いた。
「ありがとうサーシャくん。
必ず伝えるよ。
君も針子の彼女と幸せにね。」

続けてファルガーは、同じくエドにある町奉行所を訪ねた。
ヴィクトル、レフ、ライの三人の騎士達がそこで奉公人を務めていると桜雅から訊いたからだ。
彼らの上司に当たる町奉行所の所長の話によると、西洋鎧を纏った体格の良い彼等はただそこにいるだけで迫力満点であり、彼等のいる中悪さを働こうとする者もおらず、エドの治安は以前に比べて格段に良くなったのだとか。
しかも三人の騎士達を一目見ようと他所の町や村からエドに訪れる者も増え、観光の面でも彼等の存在は大いに役立っているようだ。
独身であるレフとライもジャポネの女性にはモテモテで、毎日鼻の下を伸ばしているようだ。
ファルガーは彼らに直接近況報告を聞いたあと、ジェイド達に話したのと同じ事実を伝えた。
それを訊いたヴィクトルは、
「そうでしたか・・・・・。
アンジェリカ様が・・・・・。
レオンハルト様はさぞお辛いでしょう・・・・・。
ですが、モニカさんが一緒ならあの方はきっと大丈夫です・・・!
もしも旅先でレオンハルト様にお会いすることがありましたら、お会いできる日を我々一同心待ちにしておりますとお伝えください・・・!」
と言って手を差し出した。
ファルガーはそんなヴィクトルの手を取ると、
「了解した。
君達の気持ち・・・いつか必ず彼に伝えると約束する。」
と答えるのだった。

その後ファルガーは、貧民街の人達が移り住んだ新区画を訪れた。
アデルバートではろくな仕事を貰えなかった大人達も、ジャポネでは開拓や農作業、調理補助等、それぞれの適正に合った仕事を与えられて、生き生きと充分した日々を送っていた。
アンナやニコライを始めとする元貧民街の子供たちは新区画の学校へ通い、学校が終われば梅次達ジャポネの子供達と日が落ちるまで遊んでいるようだ。
そして子供だけでなく読み書きの出来ない大人達も、夜間の学校で子供達を預かって貰えて心置きなく勉強を教えて貰えるので、学校は夜遅くまで明かりが灯され、賑わっているとのことだった。
そして、アルテアに解呪と傷の治療をして貰ったアレクセイは、未だ戻らぬアンジェリカはきっと死んだのであろうと一時期は後を追おうとしたようだが、自分を見舞いに来た子供達の顔を見てそれを踏留まり、今はアンジェリカを失った悲しみを振り払うかのように、新区画の学校長を精一杯努めながらも、子供たちに勉強を教えていた。
ファルガーはアレクセイの授業が終わるまで待つと、校長室で二人だけにして貰った。
そして、アレクセイが刺されて気を失ってからジャポネに渡ってくるまでの出来事─更にはアンジェリカの蘇生をセラフィア神に引き受けて貰えたこと─それから更に、アレクセイの先祖が昔セラフィア神の寵愛を受けた民であり、彼女は神使となることを望まなかったが、セラフィア神がその能力を回収することを忘れてしまい、彼女の子孫であるアレクセイにも寵愛の力が引き継がれていること─最後に、アンジェリカの蘇生と同時にアレクセイに引き継がれている能力のことも、創造神ヘリオスに知られたくないとセラフィア神が望んでおり、蘇生されたアンジェリカと共に、神助手となる気はないかとセラフィア神が言っていること─それら全てを順を追って説明した。
そして改めてアレクセイにどうするかを尋ねたのだった。
アレクセイは日常離れした話に驚きを隠せないようでもあったが、何よりも、死んでしまって二度と会えないと思っていたアンジェリカが蘇生され、彼女と一緒に生きる道を今目の前に示されているという真実に胸がいっぱいになったらしく、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら暫くの間顔を覆って震えていた。
彼はやがて何とか落ち着きを取り戻すと、情報を整理しながらファルガーにこう言った。
「・・・ルーカス様が投げられたあの赤い刀身の剣が急に軌道を変えたのは、僕が咄嗟に発動させた先祖から受け継いだその能力のためだったのですね・・・。
それでも結局アンジェは死んでしまい、セラフィア神様が創造神様に内密で蘇生を行ってくださったと・・・。
でも、アデルバートで死んだ筈のアンジェが生きた状態でジャポネで暮らすことは、創造神様に蘇生が行われたことが知られてしまうことになるから、アンジェを我々が今居る世界には戻せない・・・。
だからセラフィア神様の天界領域で、神助手としてアンジェを匿うことにした・・・。
そして僕のことも、このまま放置してもしその能力が創造神様に知られることになると困るため、アンジェと同じ神助手とすることで手元に置きたい・・・。
そういうことですね。」
「うん・・・。
理解が早くて助かるよ。
アレクセイさんがセラフィア神国に行くとなると、別の者に校長を頼むことにはなるけど・・・そこは隠居した桜雅の父君に頼んでみようと思う。
彼は子供好きで、この学校の手伝いにも前向きな気持ちを示してくれていたのだけど、その時は人手は充分だったから、万が一欠員が出たときの為に待機していてほしいと伝えてあったんだ。
もう時期70歳になるが、まだまだお元気で時間を持て余しているようだから、喜んで校長を引き受けてくれると思うよ。」 
とファルガー。
「わかりました。
では僕は後任の校長先生がいらしたらすぐセラフィア神国へと向かい、アンジェと同じ神助手になろうと思います。
女性ばかりの職場ということですので、確かに肩みの狭い思いをしそうですが、アンジェと一緒にいられるのですから、それくらいどうってことありません。
子供達にはどこに行くの?と訊かれるかもしれませんが・・・それまでにいい言い訳を考えておきます。」
アレクセイはそう言って微笑んだ。
「無茶な提案を引き受けてくれてありがとう、アレクセイさん。
セラフィア神もご安心なされると思います。」
そう言ってファルガーはアレクセイに頭を下げた。
「いえ・・・そんな・・・!
頭を上げてくださいファルガー様!
僕としても大変嬉しいお話なのですから・・・。
でも・・・レオンハルトくんのことが気がかりです・・・。
彼にはモニカさんが付いてくれているとはいえ、今もきっとお母さんを失った苦しみの中にいるのでしょうから・・・。
それであの・・・もしもファルガー様の旅先でレオンハルトくんに出会うことがあったのなら、アンジェが蘇生されたことを伝えてあげることは出来ませんか・・・?」
とアレクセイはファルガーに縋るように眉を寄せた。
それに対してファルガーも眉を寄せるとこう返した。
「うん・・・。
今アンジェリカさんの蘇生のことをレオンハルトくんとアンジェリカさんのご両親にも話してもいいか、セラフィア神に確認してもらっているところなんだ。
その返答次第にはなるけど、彼に会えたのなら話してあげたいと思ってる。
そして出来れば会わせてあげたい・・・。
もしそれが叶ったその時には、貴方も一緒に彼に会ってもらえるだろうか?
アンジェリカさんの傍にいつも貴方がいることを知れば、神助手となったアンジェリカさんの過ごしている日々がとても幸せなものであると、レオンハルトくんも信じられるだろうから・・・」
アレクセイは柔らかく微笑みこう答えた。
「はい!
それは勿論です・・・!
その日が実現されるよう、僕からもセラフィア神様に頼んでみます・・・!」

ファルガーは学校を後にすると彼の自宅の離れの正面にある小さな神社に立ち寄り、再び御神像に触れると、アルテア宛にメッセージを送信した。

─アルテアへ

今しがた、アレクセイさんから神助手となる件の了承をいただけたよ。
ただし彼の後任が正式に着任してからそちらに向かうことになる。
後任の者の手配は桜雅に任せるつもりだが、きっとすぐに来てもらえると思うよ。
だから少しだけお待ちいただけるようセラフィア神にお伝え願えるだろうか?
取り急ぎ要件のみで失礼するよ。

ファルガー・ニゲル─

神社を出たファルガーはまた屋敷へと戻り、桜雅と梅次の二人と話がしたいと言って彼らを離れの自室へと呼び出した。
そして揃ってやってきた二人に、アレクセイの後任の校長の手配等、これからお願いしたい仕事について一通り説明し終えてからこう言った。
「僕が眠っている間、亡命者達の受け入れ直後ということもあり、普段に増して大変だったと思う。
二人共、本当に協力をありがとう。」
桜雅が優しく微笑むとこう返した。
「いいえ、これしきのこと、お安い御用ですよ。
貴方の助けになれることが、私どもにとっての幸せなのですから。」
ファルガーは納得がいかないといった様子で左右に頭を振り、2人に向けて頭を下げるとこう言った。
「それだけじゃないよ・・・。
桃花を君達の元へと連れ戻せず、本当にすまなかった・・・・・」
今度は梅次がそんなファルガーの手を取り彼を見上げると、こう返した。
「いいえ、ファルガー様が謝られることではありません。
だって姉様は、ご自身の意思でそうなされたのでしょう?」 
「あぁ・・・。
母君を亡くしてしまった彼を、一人きりには出来ないと言ってね・・・。
でも彼は、桃花を突き放すことでジャポネに返そうとしてくれたんだ・・・。
だけど、桃花はそれでも彼の元へと行こうとした。
僕は桃花に行くなと言ったけど、結局選ばれたのは彼のほうだった・・・・・。
桃花はきっとダルダンテ神国か・・・もしくは別の地かもしれないが、今も世界の何処かで、愛する彼と共に過ごしている筈だ。
僕はこの後ヘリオス様に今回の件の報告をしに天界へと行くが、その後すぐに監視者の役目に戻ることにするよ。
1ヶ月も眠っていたから、そのぶんを取り戻さないといけない。
そして、旅先で桃花とレオンハルトくんを探してみるよ。
この世界は広いから、すぐにとはいかないとは思う。
だけどいつか旅先で会える・・・そんな気がしているんだ。
でも会えたからといって、僕からジャポネに帰るように説得しても、彼のほうの問題が解決しない限りは桃花は首を縦に振らないだろうけどね・・・。
そんな桃花も、彼の子をお腹に宿した時には必ず帰ってくるよ。」
「・・・・・それは貴方様がいつも仰る予感の話ですね?」
と、桜雅が微笑んで主人に尋ねた。
「うん・・・。
なんの確証もないけどとても良く当たる、900年生きてきた僕のね。
桃花は彼と一緒に過ごすうちに、ジャポネとは別の安住の地を見つけるだろう。
それでも桃花にとって君たち家族の待つこのジャポネは、永遠に忘れることのない大切な故郷であることには違いがないのだから、自分の中に新しい命が芽生えたとなれば、桃花は必ずそれを知らせに君達の元へと帰ってくるよ。
だから、その日が来ることを信じて桃花を待っていてあげてほしいんだ。」
桜雅は主人の言葉に頷きこう答えた。
「えぇ・・・。
ですが桃花だけではありませんよ。
貴方の予感にある桃花の腹に宿る新しい命も、そして桃花の選んだ騎士の彼も、更には世界中を忙しく駆け巡る貴方様もまた、私達にとってはかけがえのない家族なのです。
なので待ちますよ。」
桜雅と梅次は微笑み頷き合うと、同時にこう言うのだった。
「「いつの日か家族全員が揃う日を信じて・・・・・!」」

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現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

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