金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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18話 亡命計画と因縁の対決

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時は少し遡り、レオンがモニカで男の証を立てた翌朝のことである。
朝食の後、レオンは黒く染まったバイコーンの指輪を父ダズルに見せに行くようにと執事長リチャードから声をかけられたため、彼についてダズルの部屋へと向かっていった。
その後レオンの部屋に残されたモニカとアンジェリカだったが、モニカは昨日の夕食時にレオンの口から出たモニカの秘密についてアンジェリカが気になっているだろうと思い、食後のお茶を勧めつつこう言った。
「アンジェリカ様、昨夜レオン様の仰っていた私のことについて色々とお話したいのですが、お茶をお飲みになっている間にお付き合いいただけますか?」
「えぇ、それは勿論なのだけど・・・貴方の身体は大丈夫なの・・・?
その・・・昨日の夜、あの子の相手をしてくれたのでしょう?
あのダズルの血を引いて体力馬鹿なあの子のことだから、貴方に相当な無茶をさせたのではないかと思って・・・」
と遠慮がちながらもモニカへの配慮を含んだアンジェリカの問いかけに、モニカはニコッと微笑んでからこう答えた。
「えぇ、私が主導権を握らせていただき、程々にセーブさせていただきましたので大丈夫ですわ!」
(それがなければ底なしの体力をお持ちの神族のファルガー様に、回数で勝っていたかもしれませんけどね・・・)
と昨夜のことを思い出して苦笑しながらモニカは続けた。
「私がこちらの面接の際提出した経歴書・・・あれは大部分間違いはないのですが、私がお仕えしていた最上朔也さいじょうさくや様というお方は実は・・・」
モニカは自分がジャポネの代表であり創造神ヘリオスの神使でありこの世界の”監視者”ファルガー・ニゲルの手のものであり、アデルバート、ダルダンテ間で起ころうとしている戦争を阻止すべく、神避けを使ってファルガーに隠し事をしているこの宮廷へ調査のために送り込まれたスパイであること、そしてレオンを好きになったことは任務とは関係がないことで、レオンを思う気持ちは嘘偽りのない真実であること、そしてジェイドがこの任務における唯一の協力者であり、そのジェイドの協力で、神避けを用いている人物がエカテリーナであると検討がつけられたこと、そしてレオンがロジウムの戦いに発つ前の晩、自分がスパイであることとファルガー・ニゲルと一晩を共にしたことを打ち明けたこと、そしてロジウムにドラゴンの軍を送り込んだのは、おそらくダルダンテ神であり、今後もアデルバート神国を内部から掻き乱そうと狙ってくる可能性があること、そして唯一の本物の英雄の血を引くナイト家であるレオンは、今後ダルダンテに利用される可能性が高いことなどを全て話した。
アンジェリカにはそれらの事実が衝撃的だったのから暫く言葉を失っていたが、やがて状況を整理して真剣な表情でこう返した。
「そう・・・
貴方は世界の監視者様の使いの人だったのね。
あの子がロジウムの戦いに行っている間、何度かジェイドと行動をともにしている姿を見かけたのも、その調査のためだったとういわけね・・・。」 
だが、
「それにしても・・・監視者様に信頼されてこの国に単身送りこまれるなんて、随分優秀で格好いいお嬢さんに恋をしたのね、あの子は・・・!」
と、最後にはクスクスと微笑んだ。
「優秀だなんてそんな・・・。
アンジェリカ様はスパイである私のことをまだ好意的な目で見て下さるのですね・・・」
とモニカは汗を飛ばした。
「勿論よ!
私だって戦争なんて望まないし、貴方はそれを阻止するために動いてくれてる、いわば正義の味方なんだもの。」
「ですが、私はアデルバートに行く勇気を得るためにファルガー様を誘い、初めてを貰っていただいたような女ですよ?
そのことでレオン様は随分とお苦しみになったのに・・・」
「あら、そんなのレオンハルトと出会う前の事なんだから仕方がないじゃない。
私だってダズルに見つかって宮廷に輿入れすることになったあの時、まだ清い関係だったアレクに初めてを捧げたいと思って誘ったもの。
あの人とのその思い出があれば、好きでもない男の3番目の妃にされることだって、乗り越えていけると思ったから・・・。
まぁアレクにはあの時、結婚が決まったのにそんなの良くないよって言われて拒まれちゃったのだけどね・・・。
それなのに今更私とどうにかなりたいなんて言って困らせてくるアレクもアレクだけど・・・。
でももしあの時アレクとそうなっていたら、私から誘った結果とはいえあの人は今頃ダズルに生かしてもらえていなかったでしょうし、これで良かったのかもしれないわ・・・。
大体女に初めてを求めるくせに、男は童貞が恥だなんて、この国の男の貞操観念は可笑しいわよ!」
そう言ってアンジェリカはプンプン!と怒ってみせた。
「うふふっ!私もそう思います。」
モニカはそう微笑んで返したが、今の会話で以前の学校視察の際、生徒の一人ニコライから聞いたレオンがアンジェリカとアレクセイの子ではないかと言う噂について、彼女が知っているのかを確認しておきたかったことを思い出し、こう尋ねた。
「アンジェリカ様。
あの・・・レオン様がアレクセイさんとアンジェリカ様のお子さんだという噂が花街や貧民街を中心に広がっているのをご存知ですか?
勿論私はアンジェリカ様がどのような思いで当主様を受入れてレオン様を授かり、お産みになられたか・・・同じ女として想像がつきますし、そのような心ない噂を信じたりはしませんが、おそらくエカテリーナ様の策略だと思われるこの噂がこのまま大きくなれば、アンジェリカ様のお立場が危うくなることが心配で・・・・・」
「・・・・・そうね・・・・・。
噂のことは知っているわ。
学校へ視察に行ったときにアレクの同僚の教員達がそのような噂話をしているのを何度か耳にしたし、私の両親の耳にも入っていて心配されたから・・・。
それでね、私、あなた達2人をこの国から逃がすためというのもあるけど、その噂対策もあって、学校の権利を他の貴族に譲ろうと思っているのよ。
本当はこのような状況なら暫く学校への視察を控えるべきなのかもしれないけど、月一の私の授業を楽しみにしてくれる子供達もいるし、私も子供達の笑顔に元気を分けてもらっているから、せめて学校の管理をお願い出来る人が見つかるまでは、できるだけ顔を出したいと思っていて・・・。
貴方だから打ち明けるけど、やっぱり、アレクにひと目でも会いたいしね・・・?
こんなこと言ったらレオンハルトの母親として失格かしら・・・?」
そう言ってアンジェリカは眉を寄せて苦笑した。
モニカは頭を振った。
「そんな事はございません。
アレクセイさんとはプラトニックな間柄なのでしょう?
それを私は罪とは思いません。
そもそも、想い合う二人の間を引き裂いたのは当主様の方ではないですか。
学校の管理を他の方にお願いすることになっても、アレクセイ様とはご友人として時々お会いになれば良いと思いますわ。
当主様に疑いを持たれぬよう、私がご協力いたしますから!」
「まぁ!ありがとう!
でも学校の管理をお願いできる方が見つかったら、貴方とレオンハルトは駆け落ちして国を抜け出すのですから、それは無理でしょ?」
「あっ、そうでしたね!」
そう言って2人はクスクスと笑い合った。
「・・・ですがアンジェリカ様。
レオン様が昨夜仰っていたとおり、私達のためにアンジェリカ様とライオネルさんとタマラさんが犠牲になることは、私達はやっぱり望みません・・・。
何か他にもっと良い方法が無いかファルガー様に相談してみますから、もう少し待っていてもらえますか?」
「まぁ・・・監視者ファルガー・ニゲル様に?
それは大変頼もしいけれど、それで貴方の立場が悪くなったりはしないの?」
とアンジェリカ。
「いいえ、全く。
あの方は私のもう一人の父ともいえる家族のような方ですから、私が少しくらい我儘を言ったって大丈夫です。
その我儘があの方でも叶えられない事でしたら、はっきりと断られるでしょうし。
あの方はそういう方なのです。」
「とても信頼しているのね・・・。
わかりました。
それではお願いします。
私の方も、少ししたら学校の管理をお願いできそうな方を当たってみるわ。」
そうしてモニカはその後礼拝堂に行き、ファルガーに貧民街の学校のこれからについて、なにか良い案が無いかと相談を持ちかけたのだった。

その3日後には第1公子グリントの葬儀が執り行われ、葬儀の終了後すぐに故人の母と第1妃が宮廷を出ていくことになったため、モニカはレオンがグリントの部屋だった場所へ引っ越しする作業に追われて忙しかった。
因みにアンジェリカの部屋の引っ越しはオリガが行ったようだ。
そして引っ越しが済んで少しするとエカテリーナが宮廷入りしてきて、花街に由縁があったりそちら方面の開発に力を入れている貴族達が盛り上がっており、今まで貧民街の支援に理解を示し、資金援助をしてくれていた数少ない貴族達も、他の貴族の手前、協力しづらくなってしまったようだ。
学校の存続自体は彼らの支援無しでもアンジェリカ個人の資産を切り崩すことで当面の間はなるとのことだったが、アンジェリカはそんな中でもめげずに少しでも見込みのありそうな貴族達を一人一人巡り、学校の管理をお願いしていたようだが、どうやら何処も今のこの空気の中、エカテリーナが目の敵とするアンジェリカに変わって学校の管理を引き継ぐ勇気のある者はみつからないでいるようだった。
モニカもその頃レオンの見合いの事で主人と喧嘩してしまったためメンタルはボロボロであったが、まだ具体的ではないにしろ、学校の件の解決策を含むファルガーからのメッセージが届いていていたため、主人が次期当主となるための学習でジェイドの部屋に行っている間に、ファルガーからの返事をアンジェリカに伝えることにした。
「アンジェリカ様。
ファルガー様から学校の今後について、まだ具体的ではないにしろ、ある提案をいただきました。
聞いていただけますか?」
「ええ・・・。
貴方も知っての通り、私の方はエカテリーナが宮廷入りしてきてからエカテリーナ派の貴族の勢いが増してしまった関係で全滅だったから、是非ファルガー様の案を聞かせていただきたいわ。
話してもらえるかしら?」
モニカは頷くと、レオンの身柄をジャポネで保護し、そのことにより影響が出そうな人物全てをジャポネで受け入れるというファルガーによる提案をアンジェリカに説明した。
「亡命される皆さんにはアデルバートを捨てて、皆さんにとって未知の国であるジャポネで新しい人生をやり直していただくという形にはなりますが、ファルガー様は子供達の学びの場を用意し、子供達の親に関しても身分や経歴など関係なく、住居と仕事の世話をして下さるおつもりのようです。
ジャポネでならアデルバートの法も適用されませんから、アンジェリカ様とアレクセイさんが御夫婦になることだって可能です。
勿論文化の違うジャポネへの移住はアデルバートの方にはハードルも高いでしょうし、受け入れられる方ばかりではないでしょう。
ですがジャポネに渡る決断をして下さった方には、ジャポネとアデルバート両国の文化を知る者として、精一杯不都合が無いよう努めさせていただきますわ。
まだ具体的な話はこれからファルガー様と詰めていく所ですので、詳しいことが分かり次第またお知らせしますが、まずは良いお返事があったことだけお知らせしておきたくて・・・」
「ありがとうモニカさん・・・。
誰も犠牲にならずに済む道があるとわかっただけで随分と気持ちが軽くなったわ・・・!
ファルガー様には私達のためにそこまでのお心遣いを頂き、何と感謝を申し上げればいいか・・・。
でもあなた達、あの子の見合いのことで今凄くギスギスしてるでしょ?
私、そのことも心配しているのよ・・・。
このままじゃあの子、本当に次期当主となる道を受け入れてしまうんじゃないかって・・・」
とアンジェリカはため息をついた。
「・・・ご心配おかけしてすみません・・・。
レオン様は私が初めてを捧げたお相手であるファルガー様のことを憎んでおいでですから、いくらファルガー様からのご提案が良いものであっても、あの方の手を取りたくないようなのてす。
私の方も当主様に言われて避けられない状況とはいえ、レオン様の見合いにはやはり良い気持ちがしませんから・・・。
確かにレオン様が次期当主になれば、当主様や周りの貴族の方々も納得され、アンジェリカ様とアレクセイさんの噂話の件は多少懸念されますが、レオン様が今より発言権を持つことになりますので、学校が取り壊しになるようなことにはならないと思います。
しかし、その為にレオン様の未来が犠牲になることを、私もさることながら、アンジェリカ様もライオネルさんもタマラさんもオリガさんもサーシェくんもアレクセイさんも・・・レオン様を真に案じてくださる全ての方が、望まれてはおりません・・・。
そして、レオン様自身も本心ではきっと・・・・・。
ですので、レオン様がどうであれ、ジャポネに亡命するための準備は進めさせていただくつもりです。」 
「えぇ、それには私も賛成よ。
でもさっき貴方も言ったように、あの子が次期当主になる道を無理矢理にでも貫いた時には、ファルガー様の計画の実行の必要が無くなり、ファルガー様に無駄な労力やお金や資材、人手を使わせてしまうことになるのではないかしら?」
「大丈夫です。
ファルガー様御本人はこぢんまりとした小さな庵・・・家屋で暮らされることを好まれるのですが、国の代表ともあろう方がそのような掘っ立て小屋でお住まいとは嘆かわしいと、大名の方々が好意で建ててくださった使われていない御屋敷が幾つかあるのです。
きっとそれらを皆さんの学びの場やお住まいとして提供なさるおつもりだと思いますわ。」
「まぁ・・・!
ファルガー様は臣下の方に大層慕われておいでなのですね・・・!
それに小さな住処を好まれる辺り、貴方が来るまでメイド部屋で暮らしていたレオンハルトに似ているわ・・・!」
とアンジェリカが微笑んだ。
「えぇ、私も最初そう思いました!
本当に・・・私のこと抜きで出会っていれば、同じ武に生き近い感覚をお持ちの方同士、親しくなれたでしょうに・・・」
(実際に884年前、レオン様のご先祖ラスター様とファルガー様は、仲の良いお友達だったわけですしね・・・)
とモニカは心の中で補足した。
「まぁ・・・!
ダズルとアレクは私のことや地位等関係なく出会っていても、仲良くなれるビジョンなんてちっとも浮かばないのに!」 
「うふふっ!
それは確かにそうですわね!」 
そう言って2人は笑い合い、レオンとの喧嘩でやさぐれていたモニカの心がほんの少し暖かいもので満たされたのだった。

レオンの初めての見合いが行われ、モニカがレオンとの見えない勝負に負けて、彼の都合の良い女になることを表向き受け入れる決意をした数日後のことである。
ファルガーからの次の連絡があった。

─桃花へ

そうか・・・。
ついにレオンハルトくんは、君に対して許されない裏切りを働いてしまったんだね・・・。
そこまでして彼は僕の手を取りたくなかった。
でも君を僕の元に返す気もないと言うんだね・・・。
わかった。
そっちがその気なら、僕もそれなりの対応を取らせてもらうことにするよ。
というわけで次に君と会う日、彼に直接会って確かめたいことがあるから、彼にも来て貰いたいんだ。
まぁストレートに僕から話があると誘ったところで彼は来ないだろうけど、本音では君が大好きな彼のことだ。
君がちょっといつもよりもおめかしして僕と会うことを匂わせれば、面白いくらいに食いついて、場所と時間を聞き出そうとしてくるはずだよ。
君はただその様子を楽しみながら、本当は邪魔されたくないのだけど・・・といった表情で、僕と会う場所と来て欲しい時間を教えてあげればいい。
待ち合わせの場所はそうだね・・・。
以前に君に頼んでいた宮廷内の見取り図と神避けの在り処を細かく示した図、そしてこれから君に新規で制作をお願いしたい書類があるんだけど、それらの受け渡しには人目につかず防音結界が貼りやすいところのほうがいいから、以前と同じくアデルバート教会にしよう。
その後、彼と手合わせすることになっても困らない広さのある所へと場所を変えようか。
ミスティルには大きな公園があったし、そこが丁度良さそうだね。
彼には僕達がミスティル教会で待ち合わせるその1時間後、公園にいることを知らせてあげるといいよ。

それからもう一つ。
君達が結ばれるのに巻き込まれそうな人達をジャポネに亡命させる計画のことなんだが、それを決行するのはレオンハルトくんのお披露目の日がベストだと思う。
何故ならその日はすべてのアデルバートの民が普段入れない宮廷の敷地内へ入ることを許され、当主ダズル・ナイトや彼の思想に準ずる貴族達に最も隙が生まれやすくなるタイミングだからだ。
それと、エカテリーナはルーカスを次期当主にしたいはずなのに、レオンハルトくんのお披露目と次期当主の発表が控えた今、やけに大人しいのが引っかかっていてね・・・。
あれ程アンジェリカ公妃に夢中だったダズル公が、エカテリーナへとその気持ちが傾き始めているようだしな・・・。
これはそれらの情報からの推測に過ぎないが、もしかしたらお披露目の日・・・あちらも何か行動を起こすのかもしれない。
とはいえあまりエカテリーナをガチガチに監視するのも、相手の警戒を生みかえって良くないだろう。
だから君は今までと変わらずに生活をし、何か小さな変化があれば僕に知らせてくれればいいよ。
亡命計画の実行をレオンハルトくんのお披露目の日にしたのは、君達2人と巻き込まれそうな人たちを亡命させるためだけではなく、何かあったときに僕がその場にいて対応できるようにしたいというのもあるんだ。
まぁあちらが何か仕掛けてくる来ないそのどちらにしても、こちらがやることには変わりがないわけだけどね。
そしてその日、桜雅おうが梅次うめつぐにもジャポネに来てもらい、脱出の手引きをしてもらうことにする。
その日ならお披露目を見るためにミスティル外部の町や村からも人々が集まるだろうし、宮廷でメイドとして働いている家族にこの機会に会いに来たという異国人が2人その場にいたとしても、さして疑われることもないだろう。
彼らには亡命希望者とお披露目の場で落ち合い、そのまま脱出を手伝ってもらう予定だ。
危険が無いとも限らないからまだ幼い梅次うめつぐにはジャポネで留守番をしてもらうつもりだったが、本人が姉様と姉様の騎士様に会いたいと言って訊かなくてね。
桜雅おうがの補助をお願いすることにしたんだ。
貧民街の学校の生徒たちも、同世代の梅次うめつぐがいるとホッとするだろうしね。
今回は沢山の人をアデルバートからジャポネに移動させるから、ミスティル教会にある天界ゲートの使用許可を創造神様から得られたらと思って申請中だ。
アデルバートの重大イベントの監視、そしてそのイベント内で危険に巻き込まれそうな民の保護のためにゲートを使用したいと伝えてあるから、問題なく許可は降りるだろう。
そして君には次に会う時までに、亡命希望者のリストを作って貰いたいんだ。
桜雅おうが梅次うめつぐは亡命希望者達の顔を誰一人として知らないから、出来れば二人にもわかるように写真付きのリストがいいな。
それには人の姿を写し取る魔道具・カメラが必要だが、それを君のもとに僕から送れば、その荷物を受け取った者に怪しまれるかもしれない。
だからジェイド殿にカメラを貸して貰えるようお願いしてくれないかな?
彼ならきっとカメラくらい持っているだろうしね。
次に君と会うまで残り1ヶ月もないし、そんな短期間でリストを作るのは大変かもしれないが、ジェイド殿、そしてアンジェリカ公妃にも協力を願って、何とかリストの完成を間に合わせて欲しいんだ。
あ・・・レオンハルトくん本人のリストは、僕がこの計画に絡んでいる以上用意するのは無理だと思う。
でもレオンハルトくんはラスターとよく似ているし、僕の方から彼の情報を桜雅おうがに渡せるから必要ないよ。
それじゃ、6月15日の14時、ミスティル教会で落ち合おう。

ファルガー・ニゲル─

モニカはメッセージを受け取ったその足ですぐ、ジェイドに協力を求めに行った。
するとジェイドは、
「いいよ。
カメラを貸してあげる。」
と快くカメラを貸してくれた。
そしてモニカにカメラの使い方を教えるついでに自分の亡命者リストを見本として作成し、同じ様式を複写器(※魔石じかけのコピー機のこと)にて充分な枚数複写してモニカに渡してくれた。
「後は僕の見本を参考に、他の亡命希望者の写真をこのカメラで撮ってこの枠の中に貼り、現在の住所や氏名、生年月日や家族構成等を書いて貰って、下の欄にサインを貰えばいいよ。」
「ありがとうございますジェイド様。
それにしても意外でしたわ。
私はただカメラを貸していただければと思ってここに来たのですが、貴方まで亡命を希望されるなんて・・・。
貴方がスパイである私と繋がっていることが周囲に知られでもしない限り、貴方のアデルバートでの地位は万全です。
わざわざジャポネに亡命なさらずとも、このままこの国の宰相として暮らしていくことだって出来るでしょう?」
とジェイドに尋ねるモニカ。
「うん・・・それはまぁそうだね。
だからこのまま何もなくレオくんのお披露目の日を迎え、ファルガー氏の計画通りにモニカちゃんとレオくんが巻き込まれそうな人達と共にジャポネに亡命出来そうで、尚且つ僕の裏切りがバレることもないのなら、僕は亡命を中止し、アデルバートに残ることにする。
レオくんが亡命して混乱したアデルバートを宰相としてどうにか立て直していかないといけないからね・・・。
でも僕、ハーレムにカタリナちゃん対策でエステシャン見習いの彼をスカウトしに行ったあの時、エカテリーナに君の協力者だとバレている可能性が結構高いんじゃないかと思うんだよね。
それでも僕に探りを入れてきたりしてこないということは、相手にとって僕の裏切りなど大した脅威でもないから放置されてるってところだろう・・・。
だからエカテリーナの気分次第で僕の立場は一気に危うくなるし、その時には有難くジャポネに亡命させてもらうよ。
この書類はもしもの時の保険ってわけだね。
僕としてはアデルバートで宰相をやってるよりは、ジャポネでファルガー氏に貰った鉱山の主をやりながら、ジャポネで新しくお嫁さんを貰って、1から自分の地位を築き上げいくほうが楽しそうだな・・・なんて思ってるけどね。」
そう言ってジェイドは微笑んだ。
モニカはキュッと口元を引き締めると、ジェイドにこう言った。
「・・・大変言いにくいことなのですが、もしそうなった時、ジェイド様にはお母様のエスメラルダ様、ディアナ様を始めとするお妃様やお子様方、ジェイド様の妹君のベリル様とそのお子様のスフェーン様等・・・沢山のご家族がいらっしゃいますが、皆さんをジャポネで受け入れることは難しいと思います。
この亡命希望者のリストを作るにあたり、ある程度こちら側の事情をお相手にお話する必要がありますが、何方どなたかの口から当主様やエカテリーナ様にこのことが漏れれば、亡命計画は台無しになってしまいますから・・・。」
それに対してジェイドは頷いた。
「わかってる。
基本的には僕一人で亡命するつもりだ。
アデルバートに残す家族のことはそれ程心配していないよ。
母エスメラルダと第1妃のディアナは僕と近い関係だからそれなりに僕の裏切りのとばっちりがいくだろうが、どちらも実家が力を持ってるから、ナイト家の貴族制度が形ある限り、彼女達の実家が彼女達を守ってくれるだろう。
第2妃以下の妃達や子供達となるとハーレム生活で僕と同居していないことから、共謀の疑いが向くこともないだろうしね。
まぁ皆ハーレムにはいられなくなるから、そうなる前に妃達の銀行口座にある程度のお金を振り込んでおいてあげるつもりだよ。
それがあればそれぞれの実家に帰ったり新しい住処に移ったり出来るだろう。
でも妹のベリルとスフェーンのことは心配かな・・・。
ベリルの夫はロジウムの戦いで殉職したから今は彼の籍を抜けていて、僕が居なくなったらベリルとスフェーンは母様の実家の方に身を寄せることになると思うけど、ベリルは僕程魔力が高くないから、魔力を重んじるお祖父様とは昔から折り合いが良くなくて、あの家では暮らし辛いんじゃないかと思うんだ・・・。」
そう言ってジェイドは不安気に眉を寄せた。
モニカは両手を膝の上に置いた姿勢でまつげを伏せると、
「そうですか・・・。
では、ベリル様にはジェイド様から亡命計画のことをお話になった上で、そのご意思を確認して下さい。
それでもし亡命を希望されるのであれば、ベリル様とスフェーン様をリストに加えさせて頂きますわ。」
と言った。
「・・・良いのかい?
君の秘密をベリルに話すことになるし、ベリルから父様に亡命計画が伝わる可能性だってあるのに・・・」
と驚き顔を上げるジェイド。
「そうですね・・・。
ですが、ベリル様は立派なお母様です。
スフェーン様の今後の事を思えばこそ、その情報は慎重に扱って下さると信じておりますわ。」
そう言ってモニカは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう・・・。
君の懐の広さに感謝する・・・」
ジェイドはそんなモニカに頭を下げ、感謝を述べるのだった。

そしてモニカはその日のアンジェリカと2人だけのティータイムにて、今朝ジェイドから借りたカメラと用意してもらったリスト用の用紙を見せて、ファルガーからの具体的な亡命計画の話を伝えるのだった。
「というわけで、レオン様のお披露目の日に亡命計画を実行することになりました。
それで私は次にファルガー様にお会いする6月15日までに、亡命希望者のリストを作らなければなりません。
ジェイド様が亡命される場合、ジェイド様はベリル様とスフェーン様の今後を特に案じておられまして、ベリル様には事情をお話し、スフェーン様を連れて亡命する意思があるかどうか、ジェイド様から確認してくださることになりました。
後亡命が必要になりそうな方は、私とレオン様とアンジェリカ様、オリガさん、ライオネルさんにタマラさん、サーシェくんを始めとするオリガさんのお子さん達、そしてアレクセイさんを始めとする学校の先生や生徒達、そして生徒達のご両親や兄弟達・・・といったところでしょうか。」
「そうね。
まずオリガにはすぐにでも私から話してみるわ。
サーシェ達オリガの子達にはオリガから話してもらえるよう頼むとして、私はアレクと両親には学校の視察の日にしか会えないわ。
でも少しでも早く伝えてあげたほうがいいでしょうから、それは貴方にお願いしてもいいかしら?
アレクに話せば、これから丁度保護者面談もある時期だから、アデルバートの緊急時にジャポネへの亡命を希望するかどうか、各ご家庭ごとに確認してくれると思うわ。
でも私達の庇護が無くなった貧民街が今後がどうなっても、このままここに残りたいと望まれるご家庭もあるでしょう・・・。
そしてその中には残念ながら、私とレオンハルトのことを貧民街の人達を見捨てて自分達だけ自由になろうなど無責任だと怒り、計画を外部に漏らそうとする人も出てくる筈・・・。
だから、学校の生徒達とご両親に与える情報は、本当のことを含めつつもそういったリスクが出にくいものにある程度調整したほうがいいと思うの。
例えば、エカテリーナ派の貴族達の影響で学校への資金援助が打ち切られてしまった。
今は私の貯蓄で学校の運営を継続しているけれど、それもレオンハルトのお披露目の時期には粗方無くなってしまう。
ここまでは本当のことね。
そこでジャポネに開拓される学校付きの新区画の住人として、貴方が貧民街の学校の人たちの受け入れをジャポネの代表であるファルガー・ニゲル様に推薦し、それをファルガー様は受け入れることにしたということにするの。
そこでなら衣食住が約束された上で勉強も続けられるし、生徒の両親や兄弟までもジャポネで受け入れ、両親には仕事を提供すると言っていると。
ただし平民達がこの事を知れば、貧民街の者達だけ狡いと言う声も出てくるでしょう。
でもファルガー様はあくまで生活困窮者達への救済措置として新区画での受け入れを認めたのであって、平民達の希望者まで受け入れる余裕はないから、その話を広められるとジャポネ側は迷惑だと言うの。
その事を口外した者はファルガー様により特定されて、迷惑料として罰金を支払わなければならなくなると。
それらを了承の上、ジャポネへの移住を希望する気はないかと尋ねるの。
そして、それを希望する人達だけに本当のことを話すようにする。
そうすることにより、亡命計画が事前に外部に漏らされるリスクはなくなると思うわ。
ファルガー様のお力を偽って皆さんを脅すことにはなるけれど・・・。
どうかしら?」
とアンジェリカ。
「流石はアンジェリカ様!
とても素晴らしい案だと思いますわ!
実際にファルガー様のお知り合いの神使様に、何でも見通すという千里眼のお力をお持ちの方がいらっしゃいますので、その方のお名前だけお借りすれば、より説得力が増しましょう。」
「まぁ!
そんな凄い方のお名前をお借りして、貴方が怒られたりしないかしら?」
「うふふっ、私ごときをいちいち視て怒られるほど暇な方とは思えませんし、お名前をお借りするくらい大丈夫ですわ!
それでは、アンジェリカ様。
リストに使用するお写真を撮らせて頂いても宜しいですか?」
モニカはそう言うとカメラを構えた。
「まぁ・・・カメラですわね!」
「ええ、リスト作りのためにジェイド様からお借りしています。
アンジェリカ様はお写真を撮られたご経験は?」
「えぇ、新聞社の方の取材を何度かお受けしたことがありますから、その際に・・・。
人の姿を魔石に写し撮り、紙に映し出す事ができるなんて不思議だけど便利な魔道具よね。」
「えぇ!
私も初めてジェイド様にカメラを見せられ、試しにと写真を撮られた時にはとても驚きました・・・!
それでは撮りますよ~・・・はい!」
という掛け声とともにシャッターボタンを押すモニカ。
そうして暫く待つと、カメラからアンジェリカの美しい姿を写し取った写真が出て来た。
モニカは写真を用紙に貼り、インクとペンをアンジェリカに差し出した。
アンジェリカは用紙に必要事項を記入すると、
「よろしくお願いね。」
と言ってモニカに手渡した。
モニカはそれを「はい、確かに。」と言って受け取ると、ジェイドのリストといっしょにクリップで留めるのだった。

モニカはその翌日武器屋リエーフに出かけてライオネルとタマラに会い、全ての事情を話したうえで亡命希望者リスト用に写真を撮らせて貰い、サインを貰った。
2人は、
「レオンハルトのためなら殺されてもいいって思っていたけど、皆で生きて行ける道があるだなんて・・・。
ねぇライオネル・・・!」
「そうだねタマラ・・・!
ジャポネで新しい武器屋リエーフを開き、2人で1からやり直してみよう。
モニカさん、どうぞよろしくお願いします。」
と涙ぐみながら頭を下げていた。

ベリルは翌日には兄と同じ条件での亡命を希望すると返事があったため、写真を撮るためにモニカは彼女の部屋を訪れた。
すると、
「お兄様とスフェーンと一緒なら、どこの国でだって平気よ!
それに、ジャポネでいい男を見つけて再婚するのもありって思うの!
私子持ちだけどまだ19だし、時には女としての幸せだって感じたいもの!
ジャポネの男って一夫一妻制で浮気しないんでしょ?」
とモニカに食い気味に尋ねてきた。
モニカは、
「ベリル様はとてもお綺麗なので、ジャポネの男性は皆ほうっておかないでしょう。
ですが残念ながら、ジャポネにも浮気性の男性は一定数存在しますね。
でもその割合はアデルバートに比べるとずっと少ないですし、仮にお相手が浮気した場合でも、証拠さえこちらがしっかり握れば有利な条件で離婚が出来ますよ。」
と答えた。
「本当!?
うふふっ!
お兄様が亡命をやめてアデルバートに残ると言うなら私達も残るけど、個人的にはジャポネに渡るのすごく楽しみにしてるの!
勿論この事は誰にも話さないから安心して?」
ベリルはそう言って笑うとスフェーンと共に写真を撮り、亡命希望リストにサインをしてくれたのだった。

一方でアンジェリカから事情を訊いたオリガは、モニカが世界の監視者の使いであったことに驚き、
「それならそうともっと早くに仰ってくださってたら、宮廷内の調査とか色々とご協力致しましたのに!」
と言いながら快く亡命に賛同してくれた。
そして、
「私の夫と子供達にも話しましたら、レオンハルトぼっちゃまが好きな人と幸せになれるのなら、皆住む国が変わるくらいどうってことないって言ってね!
でも結婚して家を出ている長男と次男は家族のことも考えて亡命はしないけど、念の為にお披露目の前にスティール辺りへ引っ越すって。
うちの息子達程アンジェリカ様、レオンハルト様と血が離れていれば、スティールまで足取りを追ってまで制裁を加えられることもないでしょうから。
そういうわけだから、モニカさんが都合のつく日でいいから、夜にうちに来てくれる?
日中は私も仕事があるし、夜なら亡命希望の家族たち皆家に揃っているから!」
と言った。
モニカは数日後、丁度レオンが2回目の見合いで留守にする夜にアンジェリカの夕食の配膳をリディアに頼んでオリガの家を尋ね、サーシェを始めとする亡命希望のオリガの家族全員の写真を撮らせて貰い、サインを貰ったのだった。

そして、一番の難関であった貧民街の学校の方はというと、モニカは武器屋リエーフにライオネルとタマラに会いに行ったのと同じ日に学校を尋ね、アレクセイにことのあらましを打ち明けた。
そしてアンジェリカの案を伝えると、アレクセイは丁度保護者面談の案内のプリントを作るところだったので、学校の今後についての大事な話があるため、出来るだけ生徒の両親揃って面談に参加するようにと内容へと変更し、面談は担任教師に任せず、校長である自分が自ら行うことにすると言った。
そして面談には出来る限りモニカにも同席して欲しいとのことだった。
そうする事によりその話に説得力が増し、尚且つその場で写真撮影とサインを頂戴することが出来るからだ。
モニカはアレクセイに賛同し、全ての面談へと同席した。
面談は5月下旬から6月上旬までの平日午後に行われ、専属メイドとしての仕事もこなしつつ面談に参加するために学校へ通うのは大変ではあったが、それでもその世帯にとってはとても重要な決断を迫る事柄のため、モニカは全部の面談に参加して丁寧に説明を行い、亡命を希望する者の写真撮影を行い、サインを頂戴した。
仕事などの事情でどうしても面談に来れない保護者もいたため、その世帯には夜にモニカが直接足を運び、面談で行ったことと同じ説明をしてから写真撮影をし、サインを貰ったのだった。
結局のところ、亡命を希望した生徒の世帯は約半数といったところだった。
その中にはモニカが以前に特別授業を担当したニコライとアンナもおり、モニカは彼等なら梅次うめつぐと仲良くなれるだろうと思い、表情をほころばせた。
教師達に対しても職員会議に参加させてもらい、保護者に行ったのと同様の説明を行い亡命の意思を確認したが、ジャポネに亡命する意思を示した教師は校長であるアレクセイのみであり、皆アデルバートに残って別の仕事を探す決断をしたのだった。
その為モニカは学校の教師を必要名ジャポネ側で用意する必要があることをファルガーに伝えた。
そうして6月15日のファルガーとの再会の日の3日前には、今回の騒動で巻き込まれる可能性のある全ての人に亡命の意思を確認し、亡命希望者のリストを揃えることが出来たのだった。

そして6月15日、ファルガーがアデルバートに来る日の朝─。
モニカはいつもより念入りにメイクを行い、髪を結うリボンもレオンから贈られた”永遠の愛”を意味する紺色ベルベットのキキョウの刺繍のものではなく、12歳の誕生祝にファルガーから贈られた少し色褪せた桃色のリボンを敢えて選択した。
朝起きたレオンは、いそいそと朝食をテーブルへ運ぶ桃色のリボン姿のモニカを見てハッとすると、みるみる不機嫌な顔になった。
「モニカ・・・そのリボンは・・・?
メイクもいつもと違う・・・。
一体どういうつもりだ!?」
それに対してモニカはにこやかに微笑むとこう返した。
「あら、おはようございますレオン様。
本日は午後から人に会う約束が御座いますので、お相手に失礼のないようにと思いまして。」
「フン・・・。
その相手、ファルガー・ニゲルだな?
”僕の贈ったリボンを着けていては、相手に失礼”か・・・。
確かにお前に未練タラタラの奴はそれを見て良い気分はしないだろうな!
それともその桃色のリボンには、”まだ貴方に気があります”と言う意味でも含まれているのか?
・・・やけに綺麗にしやがって・・・当てつけがましい・・・」
そうレオンはそう憎まれ口を叩いたが、モニカは構わず微笑みをたたえてこう続けた。
「申し訳ございません。
レオン様はファルガー様のお話をお耳に入れたくないようでしたので今まで伏せておりましたが、ご推測通り、本日お会いするのはファルガー様です。
桃色のリボンを選んだのは、贈って下さった方へ使っている所をお見せしたら喜ばれるかと思っただけのことで、他意はありませんわ。
明日になればまたレオン様から頂いたリボンへと戻させていただきます。
それよりも、レオン様は本日午後より3人目のお見合い相手のご令嬢とデートのご予定でしたね?」 
「・・・そうだ。
相手がどうしても僕とデートがしたいと言うから・・・。
まぁ確かに、今までの見合い相手とは夕食を共にしてそのままベッドインしていたから、今ひとつ気持ちが盛り上がらなかったというのもあると思った。
だから今日みたいに長めにデートの時間を設けて、互いをある程度知ってから抱くのも悪くないと思ってな。
そうすればきっと今夜だけに留まらず、今後ずっと抱いていけて妃に出来るくらいに気持ちが盛り上がるだろう・・・!」 
そう言って笑ってみせたレオンだったが、本当はモニカがファルガーと会うことが気になって仕方がなかった。
「そうですか。
それで、本日のデートには護衛をおつけにならないのですか?」
とモニカ。
「あぁ。
護衛くらい僕でもこなせるし、護衛が側にいてはキスも出来ないからな?
丁重にお断りしたよ。」
とわざと形の良い唇に手を当て、挑発的な視線をモニカに投げつけるレオン。
モニカはそれを華麗にスルーして笑顔のままこう返した。
「それでしたら本日のデートの装いは余り過剰に着飾らず、剣を抜いても邪魔にならないようある程度動きやすい服装にしたほうが宜しいですわね。
大丈夫ですわ。
レオン様は素材が素晴らしいので、シンプルな装いでも充分にお相手のご令嬢を虜に出来ます。」
すると、レオンはファルガーの予測通り、複雑な心境を現すかのように眉を寄せてこんな事を尋ねてきた。
「・・・・・奴との約束・・・何処に何時だ・・・・・?」
「あら。
そんな事を知ってどうなさるのですか?
私のことはご心配いりませんので、レオン様は本日のお相手に集中なさって下さいな。」
と言いながら味噌汁を椀に注ぐモニカ。
「い、いや・・・。
君にも奴と会う約束があるなら、僕の身支度に付き合う時間なんてないんじゃないかと思って、その確認をしただけだ・・・。」
レオンは少し取り乱しながらそう言い訳した。
モニカは内心ニヤリとほくそ笑むと、ファルガーに言われた通り、本当はファルガー様との時間を邪魔されたくないし、待ち合わせの詳細を教えたくないのだけど・・・と言わんばかりに眉を寄せ、小さくため息をついてからこう口にした。
「・・・本日15時・・・中央公園にて待ち合わせをしております・・・。
ですが私の身支度はもう既に済んでおりますから、レオン様がご心配なさらずとも、レオン様をお見送りしてから向かえば問題ありませんわ。」
「ふっ・・・公園だって?
奴はジャポネの代表であり世界の監視者だろう?
なのに随分とチープなデートだな。
モニカ、お前奴に安く扱われているんじゃないのか?」
レオンはそう言って鼻で笑い飛ばした。
「ファルガー様は隠密性の高いお役目をされておりますし、そのお姿もこの国では珍しく目を引きますから、一般のお店を利用するよりも公園のほうが都合が良いのですわ。」
モニカはここでわざと頬を染めて口元に手を運び、恥じらいを装いながらこう続けた。
「ですがあの公園・・・人目を偲べる茂みや生け垣が多く、恋人たちの逢引スポットとしても有名みたいなのですよね・・・」
そこでレオンがギリッと歯を食いしばり、拳を握りしめて感情をあらわに声を荒げた。
「何・・・!?
お前はそんな場所で・・・しかも僕のリボンを外した隙だらけの状態で、お前に未練のある男に会おうというのか!?
そんなの僕は許さないぞ!!」
「あら。
レオン様こそ私と性行為をなされる間柄でありながら、2回目からは当主様に言われるまでもなく意欲的に見合いをされ、本日も3回目のお見合い相手とデートの後ベッドインなされるおつもりではないですか。
ならば私が誰とどのような時間を過ごそうと、それを許さないと言う権利なんてレオン様には無いと思いますが・・・?
ですがご安心ください。
私はレオン様とは違い、恋人とまだ別れてもいない状態で、他の異性と関係を持ったりはしませんから。
今日ファルガー様とお会いするのは、私のスパイとしての最後のお役目を果たすためです。」
モニカのその言葉にレオンはハッとして顔を上げた。
「最後の役目だって?
それが何なのか僕にはわからないが・・・君は明日からはもう、アデルバートに居る必要がなくなるというわけか・・・?」
「スパイとしてはそうなりますわね。
ですがお約束したではありませんか。
貴方がどんなに私を裏切ろうとも、お披露目の日までは専属メイドとしてお側におりますと。」
レオンは不安気に眉を寄せてこう尋ねた。
「・・・君は僕のお披露目が済んでからも専属メイドとして傍で勤め、いずれは第2妃になってくれるんじゃなかったのか!?」
それに対してモニカは俯き、表情を翳らせてこう呟いた。
「えぇ・・・。
貴方は私にその要求を無慈悲にも押し付けたのですわね・・・。」
そして心の中でこう付け足した。
(ですがレオン様。
貴方がこの国の次期当主になる日は決して来ないのです・・・。
そのために私が出来る下準備は全て終わりました。
後はファルガー様にお任せするだけ。
それまでは私を傷付けていると知りながら、処女の方を抱くことでなけなしのプライドを満たせばいい・・・。
どうせ貴方は私意外で真に満たされることは無いのですから・・・)

そしてその日の13時30分─。
モニカはレオンをシンプルながらも上質なシルクを使った品のある装いにしっかりと整えると、何度もモニカを振り返りながら馬車に乗ってデートへと出かける主人を送り出し、自分もファルガーと待ち合わせているアデルバート教会へと向かった。
ファルガーは前回と同様先に来て奥の部屋で待っており、待ち合わせの15分前に教会へ到着したモニカを笑顔で出迎えてくれた。
「やぁ、桃花。
前に会ってから半年以上も経つのか。
ますます綺麗になったね。」
「ファルガー様・・・!」
モニカはかつて抱いていたファルガーへの恋心は完全にレオンへと移り変わり、彼のことは父親のような、家族として大切な存在だけになった筈なのに、やはりその懐かしい顔を見ると自然に涙が滲んできて、また涙を散らしながら彼の胸に飛び込んでいた。
「・・・桃花・・・」
「ごめんなさいファルガー様・・・
泣くつもりなんてなかったのに・・・貴方の顔を見たら何だか胸がいっぱいになって・・・」
「いいんだよ。
君の今の状況を思えば久々に会った家族に泣きつきたくなるのは当然だ・・・。
気の済むまで僕の胸を貸すから、好きなだけ泣いていいよ・・・。」

それから暫くしてようやく泣き終えた桃花は、赤くなった目をハンカチで拭いながら鞄の中から書類を取り出し、ファルガーに手渡した。
「こちらが宮廷内の見取り図と、神避けの在り処を詳しく記した図です。
そしてこちらが亡命を希望される方のリストになります。」
ファルガーはそれを桃花から受け取ると、中身を確認した。
「流石桃花だ。
見取り図もとてもわかりやすく丁寧だし、亡命希望者リストも完璧な仕上がりだ。
ありがとう、助かった。」
「いえ・・・。
この亡命者リストの様式を作ってくださったのはジェイド様ですから。」
「うん、君からそう訊いていたから彼にも感謝している。
でも君だって、この短期間に学校関係者の分のリストまで集めるのは大変だったろう。
本当に良くやってくれた。
約束通り、これにて君の潜入捜査は終了とする。
長い間一人で本当に良く頑張ったね。
ありがとう・・・。」
そう言ってファルガーは桃花を優しく抱きしめた。
「は・・・い・・・。」
桃花はファルガーの懐かしい匂いと温かさに折角引っ込んでいた涙がまた滲んで来て、嗚咽を零し始めた。
ファルガーはそんな桃花の髪を結った桃色のリボンにそっと触れると、
「リボン・・・今日は僕の贈ったものを付けてくれているんだね・・・」
と言った。
「はい・・・。
貴方にこのリボンを着けた私をお見せしたかったのもあるのですが、レオン様を公園におびき出すのに、こちらのリボンに付け替えることは非常に有効だと思いましたから・・・。
案の定、効果てきめんでしたわ。
彼・・・私が何処で何時にファルガー様と会うのかを訊いてきましたから・・・。
正直今は、レオン様から贈られたあのリボンをつけていることが、苦しくて腹立たしい時もありますので・・・こうして本日貴方の贈ってくれたリボンを身につけることで、私を裏切ったあの方にささやかな復讐が出来て清々しております・・・。」
そう言って桃花は涙を零しながらも舌を出して笑った。
ファルガーはそんな桃花を見て頬を染め優しく微笑むと、
「参ったな・・・。
君が愛おしすぎて、アーシェとの約束を破って口づけ・・・したくなった・・・・・。
・・・したら駄目・・・・・?」
と言って、焦げ茶色の瞳を細めて桃花の顔を優しく覗き込んできた。
桃花は驚きから目を見開くと、頬を赤く染めながらもそっと頭を左右に振った。
「それはいけませんわファルガー様・・・。
アーシェさんは既に亡くなられた方ですし、ファルガー様がいつまでもその約束に縛られる必要は無いと思います・・・。
ですが私はまだレオン様の恋人ですもの・・・。」
「あれ程酷い裏切りを受けているのに、それでも君は彼に操を立てるんだね・・・」
「はい・・・。
私はジャポネの女ですから・・・。」 
ファルガーはそんな桃花をそっと開放すると、
「わかった・・・。
彼の恋人である君を口説くことはもうしないよ・・・。
だが君のもう一人の父親として、大切な君を裏切った彼には厳しめの仕置きをさせてもらう。
ロジウムの戦いで彼の実力を近くで見せてもらったが、亡命計画の前に彼と直接手合わせもしておきたいしね・・・。」
と低い声でそう呟いた。
「おっと、そろそろ良い時間だね。
ここを出て公園に向かおうか桃花。」
ファルガーはそう言っていつもと変わらない優しい笑顔を桃花に向けた。
「はい・・・」
桃花はそう言って頷くが、彼が相当レオンに対して怒っている事がその背中から充分に伝わってきて、
(これは・・・・・。
公園で血の雨が降らなければ良いのですけど・・・)
と不安気に眉を寄せるのだった。

モニカとファルガーの2人が中央公園にたどり着いたのは15時5分程前だった。
2人は池の畔の遊歩道を歩くと、手頃なベンチを見つけて腰を掛けた。
近くにあるガゼボの影では、まだ昼下がりの明るい時間だと言うのに、若い恋人達が過剰なスキンシップを取っていた。
(どうやら例の噂は本当のようですわね・・・)
とモニカはファルガーと顔を見合わせて苦笑いをした。
「ここまで来る途中でレオン様らしき姿は見かけませんでしたわね・・・。
公園の中でバッタリお会いする可能性があるかと思っていたのですが・・・」
とモニカが言うとファルガーが、
「なんだかんだ言って彼はこういったプライドだけはやけに高いからね・・・。
きっと葛藤の末、ここに来るのは15時を回ってからだろう。」
と言ったのでモニカは 納得して頷いた。
モニカはそのままファルガーとお互いの会えなかった期間のことを色々と話していたが、15時15分を経過した頃である。
「モニカ、君に渡したいものがあるんだ。
任務終了のお祝いだよ。」
ファルガーが突然そう言って、懐から桃色に金箔が散らされた小さな包み紙を取り出し、モニカに手渡して来た。
「任務終了のお祝いですか・・・?」
「うん。
今開けてみてくれるか?」
ファルガーに促され、モニカは包み紙を開けた。
すると中には銀糸で繊細な桃の花が刺繍された白い絹のリボンが入っていた。
「まぁ・・・!
ジャポネのリボンですわね・・・!」
モニカはそれを手に取り目を見開いた。
「うん・・・。
前に君に贈ったこのリボン・・・君は大切に使ってくれているけれど、流石に色褪せてしまったからね。
白なら色褪せることもないし、大人の女性になった君にも似合い、どんな装いにだって馴染むだろう?」
ファルガーは優しく微笑みそう言った。
だがモニカは申し訳無さそうに眉を寄せるとそっと頭を振り、そのリボンをファルガーに返してこう言った。
「とても素敵なリボンをありがとうございます・・・。
ですがファルガー様・・・。
私はこのリボンを受け取るわけにはいきません・・・。
レオン様が私に贈って下さったキキョウの刺繍が入ったリボンには、特別な意味がございます・・・。
このリボンをファルガー様から受け取るということは、キキョウのリボンを贈って下さったレオン様の気持ちを踏み躙ることになりますから・・・。」
「知ってるよ。
桔梗の花言葉・・・”永遠の愛”だろう?
そんなプロポーズまがいのものを君に贈って縛り付けておきながら、君をこんなにも裏切り傷付けるなんて、本当に彼を許せないよ・・・。
それはさておき・・・このリボンには彼が贈ったリボンのような特別な意味はない・・・。
でもこれは君のために梅次うめつぐが一生懸命に選んでくれたものなんだよ。
だから受け取ってあげてくれないかな?
そして時々でいいから付けてあげて欲しい。
君の弟からの贈り物なら、彼の気持ちを踏み躙ることにはならないだろう?」
そう言ってファルガーはモニカの桃色のリボンをそっと解き、、真新しい白のリボンでその栗色の艷やかな髪を束ねた。
その直後、モニカの後ろにいた人物が風を切るようなスピードで剣を抜き、ファルガーに向けてその刃を振り下ろした!
ファルガーはすかさず腰に下げた刀を抜くと、その刃を軽く受け流した。
ファルガーに刃を向けた人物は案の定レオンであり、ここまで走ってきたのかその髪は少し乱れ、息を切らしていた。
「レオン様!!?」
モニカは驚きベンチから立ち上がり声を上げた。
「ファルガー・ニゲル!!
貴様よくもよくもよくも!!!
モニカの髪に触れていいのは僕だけなのに!!!」
レオンは血走った眼差しをファルガーに向けながらそう怒鳴った。
モニカは悟った。
ファルガーは持ち前の勘の鋭さでレオンが来るタイミングを見計ってモニカにリボンを渡し、梅次うめつぐが選んだものだと言ってそれを自分が受け取るしかないようにしてから、わざとその白いリボンを自分に結う所を彼に見せつけたのだと。
「危ないから君は下がっていてくれ。
ここからは彼と僕、男同士の戦いだ。
大丈夫。
誰も血を流すようなことにはならない。」
ファルガーはモニカに向けてそう言うと、スッと刀を構えた。
「血を流すことにはならないだって?
随分と余裕じゃないか・・・ファルガー・ニゲル・・・。
ただ長年生きて旅してきただけの癖して、伝説の英雄ラスター・ナイトの血を引き、尚且つ日々の努力も重ねてきた僕に敵うとでも?」
レオンはそう言うと、バスタードソードをスッと構えた。
「確かに僕はラスターに剣の勝負で勝てたことはないよ。
僕はただ足の速さだけが取り柄の異世界人で、彼は剣に愛された本物の天才だったからね。」
「イセカイジン・・・?
良くわからないが・・・まるで僕の先祖とやり合った事があるような口振りじゃないか・・・。」
とレオンは怪訝な顔で返した。
ファルガーはチラッとモニカに視線を向けて、
「あぁ・・・君はそのことまでは彼に話さないでいてくれたんだね。」
と言ってからまたレオンに視線を戻し、こう続けた。
「僕はこれでもその昔勇者と言われた男なんだよ。
その勇者は仲間と共に魔王を打ち倒した後、わけあって創造神ヘリオス様の神使となり、今もこうして監視者としてこの世に存在しているというわけだ。
ラスターとは共に魔王を打ち倒した仲間だったし、彼の剣技に憧れていた僕は、旅の途中で何度も手合わせを願ったよ。
さっきも言った通り、一度も敵わなかったけどね。
だが僕が神使となってから歩んできたこの884年の旅路は、決して平坦な道ばかりではなかった・・・。
そんな僕にまだ15にもならない君が、ラスターの血統というだけで敵うとは到底思えないな・・・。」
そう言ってファルガーはまたレオンを挑発するかのように口角を上げた。
「ま・・・さか・・・貴様が伝説の勇者だと・・・!?
・・・・・例えそうだとしても・・・僕が一番この世で欲しかったモニカの初めてを味わって優越感に浸っておきながら・・・今もまたこうして僕とモニカの間に障壁として立ちはだかる貴様に、負けたりなんか決してするものか!!!」
レオンはそう叫ぶと、ファルガーに向かって踏み込み、剣を斜めに振り下ろした!
ファルガーはそれをスッと躱すと、刀の刃ではなく峰の部分を向けて、レオンの左脇に払いつけた!
レオンは、
(この僕に対して峰打ちだと!?
ふざけやがって・・・!)
と悔しそうに顔を歪めると、その峰打ちを剣で受け止めた!


そのままジリジリと鍔迫り合いになるが、レオンが先にファルガーの隙を見つけてその刀を払い除けると、そのまま勢い良く剣の切っ先でファルガーの腹を突こうとした!
しかしファルガーは余裕の笑みを浮かべてそれを躱すと、レオンが見えない速さで刀を振り、彼の腹に峰打ちを繰り出した!
「ぐうっ!!」
レオンは腹に受けた強い衝撃で意識が遠のくのを感じながら、モニカに向けて手を伸ばした。
「レオン様!!」
モニカが叫び、駆け寄ってくる。
そして彼女の手が、自らの手を握ってくれた温かさを感じてホッとする。
「安心した。
この程度なら君を力付くでねじ伏せてジャポネに連れて行くことも容易い・・・。
それに君が僕の大切な娘をこれ以上苦しませるようなら、力付くで攫っていくことだって出来る・・・。
それが嫌なら、お披露目の日までなるべく大人しくしておくんだな・・・。」
レオンは自分に向けて放たれるファルガーのそんな勝ち台詞を聞きながら、完全に意識を手放した。

レオンが気がついたのは自分の部屋のベットの上だった。
「・・・モニカ!!」
レオンは目が覚めると同時にそう声を上げてガバッと上半身を起こした。
「はい、こちらにおりますよ。
やっとお目覚めになりましたね、レオン様。」
レオンはそう言って自分にいつもと変わらず微笑みかけてくるモニカの姿、そして彼女の栗色の髪を結ったリボンが自分が贈ったものに戻っているのを見てホッとした。
「モニカ・・・
僕はファルガー・ニゲルに負けた・・・
だからてっきり君を連れ去られたとばかり・・・」
「うふふっ、まさか!
私はまだ貴方の専属メイドなのですから、用が済めばこちらに戻るに決まっているでしょう?
確かにファルガー様は、レオン様があまり私を苦しめるようなら貴方から攫う・・・というようなことを仰られましたが、あれは貴方の今後の行動をいましめる為の警告ですわ。」
とモニカは説明した。
「・・・・・。
それにしても・・・伝説の勇者が恋敵だなんて僕は聞いてないぞ・・・・・」
レオンは眉間に深く皺を寄せて険しい顔でそう言った。
「申し訳ございません・・・。
ファルガー様がただの神使ではなく元勇者だったことは、ジャポネの大名にも知らされていない最重要機密事項でしたから、私の口からは言えなかったのです・・・。」
とモニカは頭を下げてそう答えた。
レオンは前髪を掻き上げて頭を抱え、はぁ・・・とため息をつくと、
「・・・もういい・・・。
あれからどうやってここに戻って来た?」
と尋ねた。
「レオン様が気を失われてすぐに馬車を呼んで宮廷まで送ってもらい、お部屋までゼニス隊の方にお声がけして運んで貰いました。
それから1時間ほどこのベットで眠っておられましたわ。」 
「そうか・・・。
・・・奴は?」
レオンはより一層眉間に深く皺を刻みながら更に尋ねた。
「レオン様を担いで馬車に乗せて下さった後、監視者のお役目に戻られました。」
「・・・・・クソ・・・・・。
奴に負けたうえ担がれるなんて屈辱的だ・・・・・」
レオンはそう呟くと、悔しそうにギリッと歯を噛み締めた。
そんなレオンにモニカは口元に手を運んで微笑みながらこう言った。
「うふふっ・・・!
ファルガー様に担がれるレオン様・・・お姫様みたいで愛らしかったですわよ?
それよりレオン様、デートを途中で放棄されて公園に来られたようですけど、お相手のご令嬢は宜しかったのですか?」
レオンはぶっきらぼうにこう答えた。
「あぁ、別に・・・。
相手の買い物に1時間程付き合ったが、その地点で相当貢がされた。
あれ以上デートを続けていたら、僕の小遣いでは足らずにジェイド兄さんに後で支払って貰わなければならず、小煩く文句を言われるところだった・・・。
身体の相性を確かめるまでもなく、あんなに散財する女が妃などありえない!
まぁ待たせてあった馬車には乗せてやったし、無事に家に帰れただろうさ。
あれだけ金を使ったのにヤれなかったのは正直腹立たしいがな・・・。
次はもっとまともな令嬢をジェイド兄さんに探して貰わないと・・・」
それを聞いてモニカは小さくため息をつくとこう言った。
「・・・近頃では当主様もあまりレオン様に口煩く言われなくなって来たとジェイド様が仰られておりましたわ。
でしたら別に無理にお見合いをなさらずとも良いのではないですか?」
「あぁ・・・。
確かに先月まではあんなにどんどん見合いをして早く婚約者を見つけろと煩かったあの父が、最近では覇気が無くなったというか、全てのまつりごとをジェイド兄さん任せにしているようだな・・・。」 
「そうですか・・・。」
モニカは主人の口から聞いた今の話で、自分がダズルの変化に気がつけずにいたことを自覚した。
(ここの所レオン様のお見合いでメンタルを削られ、更にはリスト集めで忙しかったのもあり、あまり当主様のご様子を気にかけておりませんでしたわ・・・。
アンジェリカ様のお部屋へのお通いもどんどん減っているようでしたし、もっと早くにその事に気がつくべきでした・・・。
当主様はもう既に、エカテリーナ様にをされているのかもしれませんわ・・・。
もう私のスパイとしてのお役目は終わりとなりましたが、やはり気になりますので、後でファルガー様に報告しておきましょうか・・・)
モニカがそんな事を思っている間もレオンは続けて口にした。
「頼みの綱のジェイド兄さんも、近頃では父様も煩くないんだし、見合いは適当にしてるってことにしておけばいいんじゃない?とか言ってあまり相手探しに乗り気じゃないし、次の相手を探して欲しいと急かしたところで、行動を起こしてくれるかどうか・・。
かといって、貴族にコネの無い僕が一人で見合い相手を見つけるなんて無理だし・・・。」
そこでレオンはある事を閃いた。
(いや・・・。
婚約者を無理にお披露目までに決めなくてもいいというなら、いっそのこと庶民が相手でも構わないよな・・・?
処女で、僕が勃起出来る程度のルックスがあれば、身分なんて関係ない・・・。
そうやってプライドが満たされれば、またモニカと最高の快楽が味わえる・・・)
「どうされましたか?
レオン様・・・」
レオンの様子を不思議に思ったモニカが眉を寄せてレオンの顔を覗き込んだ。
「いや・・・。
面倒な見合いをしなくてもいいなら、これからは前みたいに午後から町に降りてみようかと思ってな・・・。」
そんな主人の言葉を聞いたモニカは思った。
(・・・?
レオン様のこの感じ・・・嫌な予感しかしませんわ・・・。
当主様の変化に不安はあれど、折角見合いを無理にしなくても良い状況となったのに、レオン様はそれを求めてらっしゃるように思えます・・・。
また町に出るということは・・・貴族のご令嬢を獲物として用意してもらえないのなら、今度は自ら獲物を探せる町へと狩り場を移す・・・ということなのでしょう・・・。
処女の方を性的に支配することでプライドが満たされ、理想の自分に近付けることを知ってしまったレオン様は、今更元には戻れないのかもしれませんわ・・・・・。
レオン様のお披露目まで後約1ヶ月・・・。
出来る限りレオン様の動向を監視しませんと・・・。)
当のレオンはまだファルガーにやられた腹が痛むのか、苦痛に顔を歪めてもう一度横になると、布団を被りこう言った。
「あと少しだけ寝る・・・。
夕食が出来たら起こしてくれ・・・。」
「はい。
おやすみなさいませ、レオン様。」
モニカは主人が寝息を立てるまで傍に付き添っていたが、やがて彼がすーっ、すーっ、と寝息を立て始めると、ポケットからそっと白いリボンを取り出しそれを眺めた。
梅次うめつぐが選んでくれたというこの白いリボン・・・これはきっと、少し狡いところのあるファルガー様が梅次うめつぐの名を借りて、ご自分で選ばれた物なのでしょう・・・。
梅次うめつぐであれば、もっと元気で愛らしいリボンを選んでいたでしょうし、そうとでも言わないと、私が受け取らないとあの方はわかっていた・・・。
だから私はこのリボンを梅次うめつぐからの贈り物であると言って、レオン様の前で着けることは致しません。
ですが、これはファルガー様が嘘をついてまで私に受け取らせたかった特別な想いのこもった物・・・。
だから貴方という方が私を真剣に想ってくださった証として、大切に胸の奥にしまっておくことにします・・・。
貴方のその想いが、私の女としての自信を支え、強くいさせてくれるでしょうから・・・。
次に貴方とお会いできる1ヶ月後のお披露目の日・・・。
白いリボンを着けていない私を見て貴方は心を傷めるのでしょうか?
ですが私はどんなに裏切られても、レオン様のことが放っておけないみたいです・・・。
だからごめんなさい・・・。
そして、こんな私とレオン様が幸せになれる道を示してくださり、心より感謝しております・・・。
その1ヶ月後の亡命計画・・・。
順調にことが運ぶと良いのですが、何か妙な胸騒ぎがしてなりません・・・。
全てが杞憂であれば良いのですが・・・・・)
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