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7話 ドSメイドの説得
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レオンに町を案内してもらい、特別な想いの込められたリボンを贈られて、海の見える二人だけの秘密の場所となった高台で、口づけを交わしたその数日後─。
朝の仕事に一段落がついたモニカは、中庭にてシンプルなブラウスに黒のパンツという服装で、アンジェリカに鞭の使い方を教えて貰っていた。
「そう。
腕に力を入れるのではなく、手首をしならせて鞭を操作し的を狙うの。」
アンジェリカの指示通り、麦藁を束ねて作られた的の印を付けた部位にビシッ!と鞭を当てることに成功するモニカ。
「驚いた!
鞭ってとても癖が強い武器なのに、貴方とても筋がいいわ!
今日一日でかなり的に当てられるようになったから、次回からは微細なコントロールを練習しましょう。
コントロールを覚えれば人に対しても使えるようになるわ。
貴方なら一ヶ月もあれば私の指導なんて必要無くなるでしょう。」
「ありがとうございます、アンジェリカ様!」
「さて、疲れたでしょう?
今日のレッスンは終わりにして、お茶にしましょう。」
「かしこまりました。
私顔を洗って参りますので、少々お待ちいただけますか?
戻り次第お茶の支度をしますので…」
モニカはそう言ってアンジェリカに頭を下げると、近くにある水飲み場まで顔を洗いに行った。
そしてそこで顔を洗いタオルで水気を拭ってからアンジェリカの元へ戻ると、彼女はフルーツ籠からリンゴを取って、その皮を剥こうとして怪我をしたらしく、手に持った果物ナイフとリンゴを下に落としてしまった。
「アンジェリカ様!」
モニカは慌ててアンジェリカに駆け寄り、ポケットからハンカチを取り出してその血を拭った。
そしてアンジェリカに患部を押さえて貰っている間にレッスン中に怪我をした時の為に持ってきていた救急箱を開け、テキパキと彼女の手当てを行った。
「ごめんなさいね、モニカさん。
貴方を待っている間にリンゴの皮でも剥こうと思ったのだけど、逆に貴方の手を煩わせてしまったわ・・・。
私、武器屋の娘だから色んな武器を扱えるように練習してそれは出来るようになったけれど、こういった戦うためじゃない武器の扱い方は得意じゃないのよ。
この不器用さがレオンハルトにも遺伝しちゃったのかしら・・・。
あの子、とっても不器用でしょう?」
モニカはそう言われてレオンの普段の様子を思い返してくすっと微笑んだ。
「確かにスプーンやフォーク、ナイフ等、剣以外の道具を扱われるのはあまりお得意ではないようですわね。
ですがジャポネの食具であるお箸の扱いはどんどん上達されていますわ!
それに・・・」
モニカはあのデートの日以来、1日に何度か彼にされるようになった口づけを思い出した。
レオンはその際、必ず優しくモニカの頬に手を添えてくれるが、その手はキスをするためだけに添えられたものではなく、さり気なく指先でモニカの耳の形を捉えたり、髪を指で掬って絡めたりの細かな動きが加わっており、そして重ねられる唇の動きも繊細で自分を慈しんでくれているようで、それが彼が自分に向けてくれている愛情の全てを示しているようで大変心地よく、モニカの胸を強く高鳴らせるのだった。
(キスもとてもお上手てすわ・・・。
こんなこと、アンジェリカ様にはとても言えませんけれど・・・・・)
とモニカは頬を赤く染め俯いた。
そして彼の口づけは、その回数を重ねるごとに激しさを増していくのが不安の種でもあった。
(昨夜の寝る前にされたキスでは舌を入れられそうになりました・・・。
レオン様に流されてつい受け入れてしまいそうになりましたけど、深いキスをするようになればきっとレオン様は止まらなくなります・・・。
そうなるとすぐに私の秘密を話さなければならなくなる・・・。
それにははまだ早すぎます・・・・・。
ですので、
「お、お待ちになってください!
舌を入れるのはまだ駄目です・・・!」
と胸を押して拒みましたら、
「ごめん・・・!
君とキスするのが心地よくて、つい欲が出た・・・。
お互いにゆっくり慣れていこう・・・」
と大人しく引き下がってくれましたけど、それもいつまで持たせられるか・・・・・)
モニカはそう思って切なげに長いまつ毛を伏せた。
そんなモニカをアンジェリカが心配そうに見ていたので、モニカは慌てて笑顔を作り、
「リンゴを剥きますね。」
と言って新しいリンゴを籠から取り、慣れた手付きで剥いていった。
そうしてリンゴを剥きながらまた考える。
(ですがこれでアンジェリカ様の血液を手に入れることが出来ました。
後はジェイド様の血液もしくは精液を手に入れるのみですが・・・レオン様以外の公子様とは接点が少なく、何かの行事でもない限りお会いする機会がありません・・・。
ファルガー様は当主様のものが手に入ったのならジェイド様のものは無理に手に入れなくて良いと仰って下さいましたが、お引き受けした以上、何とか揃えてお渡ししたいですわ・・・。
さて、どう致しましょう・・・・・)
そんなモニカの髪をまとめている紺色のベルベットに白のキキョウの刺繍が入ったリボンを見たアンジェリカが優しく微笑みながらこう言った。
「貴方のそのリボン・・・。
レオンハルトからの贈り物よね?」
「えっ?
えぇ・・・。」
モニカは頬を染めて頷いた。
「その刺繍の意味は訊いたの?」
と優しく問うアンジェリカ。
「はい。
レオン様は私にはまだその意味を伏せておきたかったみたいですけど、このリボンを作ったサーシャくんが話してくれました。」
「まぁ!
あの子ったらそんな大事なことを説明もせずに貴方に贈るだなんて、ずるい真似をしようとしていたのね・・・。
わかりました。
あの子には私から良く注意しておくわ。
それでもその意味を知って尚、受け取ってくれたのね・・・?
ありがとう・・・・・。」
アンジェリカはそう言ってモニカに柔らかく微笑んだ。
「いいえ・・・!
勿論レオン様がこのリボンに込めてくださった想いの全てを受け入れたわけでは御座いません・・・。
ですが、とても素敵なリボンですし、私もレオン様と同じ気持ちを幾らか持っておりましたから・・・。
申し訳御座いません。
ご子息様に対してメイドごときがそんなことを・・・・・」
モニカはそう言ってアンジェリカに頭を下げた。
「いいえ!
あの子が貴方を専属メイドにしたいと言ってここに連れてきたときからあの子の気持ちはわかっていたから。
ただ、あの子の気持ちをどうするかは貴方次第だから、余計な口出しはせずに見守るつもりでいたの。
だけと貴方も同じ気持ちなら私は二人の恋を応援したいわ・・・!
このリボンに込められた願いこそは、どうか叶いますように・・・・・」
アンジェリカはそう言って手を組み、祈るように目を閉じた。
「・・・こそ・・・?
もしかして、アンジェリカ様もキキョウの花の刺繍が施されたリボンを持っておられるのですか・・・?」
と遠慮がちに尋ねるモニカ。
「えぇ・・・私の瞳の色と同じ碧いリボンだったわ。
今はもう手元にはないけれど・・・。」
(手元にはない・・・・・?
ご結婚前に当主様から贈られたものではないのでしょうか・・・?)
モニカは疑問に思うも、それを訊くことはアンジェリカに対して失礼だと判断し、言葉を飲み込んだ。
そんなモニカにアンジェリカは優しく微笑むとこう言った。
「貴方には何れ話すわ。
あの子にとって特別な貴方は、私にとっても娘のようなものだから・・・。」
「ありがとうございます・・・・・・」
モニカが優しくアンジェリカを見つめながらそう答えたその時である。
芦毛の馬に乗ったレオンが、同じく馬に乗った同期の騎士見習い達と共に近くを通りかかり、こちらに向かって手を振りながら声をかけてきた。
「モニカに母様!
鞭の練習中か?」
「えぇ、さっきまではね。
でもモニカさんとても優秀だから、今日教えたことはすぐに出来るようになったわ!
だからレッスンはもう終わりにして、これからお茶にしようとしていたところよ。
レオンハルトは乗馬の練習?」
とアンジェリカ。
「あぁうん。
乗馬というか、馬上の戦闘訓練だよ。
騎士である以上馬上戦闘は必須だし、定期的にやらないと感覚が鈍るからな。
愛馬とのコミュニケーションも大切だし・・・。」
レオンは愛馬の首筋を撫でてやりながらそう話した後、同じ訓練場へと向かう同期の騎士見習い達に先へ行くようにと伝え、軽やかな動きで馬を降り、その手綱を引きながらこちらへ近づいてきた。
「よろしいのですか?
お友達とご一緒に行かれなくても・・・。」
とモニカ。
「うん、話が済んだらすぐに追うよ。
モニカ、花売りのニーナとその恋人と会うのは確か今日だったよな?」
「えぇ、この後カフェでランチをご一緒しながらお話をさせていただくことになっていますわ。」
とモニカは答えた。
「そうか・・・。
・・・どこの通りのなんという店だ?」
と訊いてくるレオン。
「3番通りのヤーブラカ(※リンゴの意)という喫茶店と訊いています。
そのお店、ニーナさんの彼の仕事場の近くみたいで、そこならすぐに店に戻れるし都合が良いからと仰って・・・」
「そうか・・・。
なら馬上訓練が終わったら僕もそこに行く。
馬上訓練の時は班の皆で食事を作って食べるから、それが終わって急いで駆けつけた頃にはランチタイム後半になるだろうし、君達の話は大分終わってしまっているかもしれないが・・・。
3番通りはそんなに治安が良いわけじゃないし、専属メイドの制服を着ていても君を一人で行かせるのはやはり心配だからな。
ニーナも一緒とはいえ、男とも会うわけだし。
もしそいつがニーナからモニカに心変わりでもしたらと思うと居ても立っても居られない・・・。」
アンジェリカはそんな息子のモニカに対する必死な様子をクスクスと笑いながらも見守っている。
「あら。
心配し過ぎですわレオン様。
それにレオン様がいらっしゃったら、ニーナさんはともかく、レオン様と初対面の彼は萎縮されてきっとお話にならなくなってしまいますわ。」
「それならこの間の平民服を着て行けばいい。
僕のことは君の恋人と紹介して・・・」
とレオン。
「意味がありませんわ。
ニーナさんからすぐ彼にレオン様のご身分が伝わってしまうでしょうし。」
「だ、だが!
男同士だからこそ話せる話もあるのではないか!?」
とまだ諦めずに食い下がってくるレオン。
それに対してモニカは、
(男同士だから、ですか・・・。
レオン様と彼とでは女性に対して全く別の考え方をお持ちに思えますし、共通点といえば私と出会う前までニーナさんに好意を抱かれていたという点くらいで・・・)
モニカはそこまで考えてピン!と何かを閃いた。
(いえ・・・!
その共通点は私が女の視点から説得するよりもずっと使えるかもしれませんわ!)
モニカはレオンに向けてニコッと微笑むとこう言った。
「たしかに、同じ殿方の意見も重要ですね。
それでしたらレオン様。
白の騎士服のままで宜しいので、馬上訓練が終わり次第店に来てくださいますか?
レオン様が来られましたら私が作戦を伝えますので、話を合わせてほしいのです。
それで彼の説得が上手くいけば、今夜はレオン様の食べたい夕食を作って差し上げますよ?」
「僕の食べたい夕食だって・・・!?
よしわかった!
任せてくれ!」
そう言ってレオンは嬉しそうに微笑むと、また馬に乗り、手を振りながら去っていくのだった。
アンジェリカを部屋まで送って行ったモニカは、レオンの部屋の鍵を開け、その奥にある自分の部屋へと戻ると、いつもの専属メイドの制服に着替え直し、太腿辺りに来ているストッキングの履き口のレース部分に革の鞭を差し込んだ。
そして鞭の練習の後に顔を洗った際にメイクは落としていたため軽くメイクをし直し、ハンドバックを手に町へと出かけた。
専属メイドの制服を着ているお蔭か、町を歩いていてもオリーブ隊、またはゼニス隊の騎士たちにナンパをされることもなく、ゼニス隊の中には軽く頭を下げてくる者までいた。
(専属メイドの制服は騎士様達には本当に効果テキメンですわ!
ふふっ、歩きやすくて大変助かります。
えぇと、3番街はアンジェリカ様のご生家の武器屋リエーフの二つ手前の通り・・・ここですわね。
・・・確かにガラの悪い人も少し見られるようですが、この時間で人目も多いですし、まぁ大丈夫でしょう。
いざとなればスカートの下に隠した革の鞭もありますし・・・。)
モニカは革の鞭の存在を頼もしく感じながら口角を上げ、堂々と胸を張ってその通りを歩いた。
すると、道の端に屯している遊び人風の若い男達が、
「お!いい女がいるじゃん。
メイド服ってことは宮廷メイドか。
声かけてみようぜ!」
とモニカを指差して何やら話し始めた。
だが彼等は専属メイドとフリーメイドの制服の差までは把握していないようで、
「やめとけよ。
もし偉い騎士様の専属メイドとかっていうのだったら、後でその騎士様に殺されるぞ?」
「専属メイドなんて数多いメイドのごく一部だろ?
無い無い。
やっぱ声かけようぜ!」
等と話しながら近づいてきたが、モニカが髪につけた紺色のベルベットに白のキキョウの刺繍が入ったリボンに気がつくと、チッと舌打ちをして、
「なんだ。
男がいるってよ!」
「めんどくせーな。
やっぱやめとこーぜ・・・」
と言って元いた溜り場へと戻って行った。
モニカは、
(キキョウのリボンは騎士以外の方にも効果があるようですね。
ありがとうございます・・・レオン様。)
と今は馬上訓練中の主人の姿を頭に思い浮かべて感謝するのだった。
そして間もなく、”ヤーブラカ"という文字とリンゴのイラストの描かれた看板のある、庶民的なカフェが見えてきた。
(ここですわね。)
モニカが来客ベルを鳴らしながら扉を開けると、既にニーナとその彼は店に来ていたようで、ニーナが笑顔で席を立ち、「あっ、モニカさん、こちらです!」と言ってモニカに向かって手を振った。
「ええと、私はリンゴのブリヌイと紅茶をお願い致します。
ニーナさん、それにユリスさんでしたね?
今日は私の勝手でお呼びしてしまいましたので、どうぞお好きなものを頼んでください。」
モニカが注文を訊きに来たウエイトレスに注文をした後に彼等に向かってそう言うと、淡い灰色の短髪と、レオンのものより淡い碧眼を持つニーナの恋人ユリスは、ニーナと顔を見合わせてからこう言った。
「いえ!
俺達のことでモニカさんが態々宮廷から来てくださったのですから、寧ろモニカさんのぶんを俺に支払わせてください!」
「あら、それでは申し訳が無いですし、ここはやはり自分のものは自分で支払うことに致しましょうか。」
と提案し直すモニカ。
「「はい・・・!」」
とニーナとユリスは納得し、笑顔で頷くのだった。
注文したものがそろうまで雑談を交わしながら席で待ち、皆のぶんが揃うと手を合わせ、食事を始めた。
その食事が少し進んだ頃、モニカはリンゴのブリヌイを食べる手を止めて、真剣な表情で斜め向かいに座るユリスを見つめながら切り出した。
「それで・・・何故ユリスさんはニーナさんと深い関係になることを拒まれるのですか?」
ユリスは美しいモニカに見つめられると、隣に恋人であるニーナがいてもやはりドキドキしてしまうようで、少しだけ頬を染めて目を逸らしながらこう答えた。
「・・・願掛けなんです。
俺が職人見習いを卒業し、一人前の職人になるまでそれは我慢しようと。
職人の修行はとても厳しいので、それくらいのことがないと俺、途中で投げ出してしまうと思って・・・。」
「成程・・・。
ユリスさんにとってニーナさんと結ばれることは、うんとお仕事を頑張られたご褒美というわけですね。
それで・・・見習いを卒業する目処は立っているのですか?」
と再びブリヌイにナイフを入れながら尋ねるモニカ。
「い、いえ・・・。
13歳のジュニアスクールを卒業してすぐ親方に弟子入りしましたのでもう3年目になりますが、親方は、
「お前は真面目で努力を惜しまねぇし、技術はなかなかなんだが、なんつーか、男としての自信みてぇなものが足りねぇ!
それがない限りは腑抜けた武器しか作れず、独立してもとてもやっていけないだろう。」
と言うばかりでして、正直いつ見習いを卒業できるのかはわかりません・・・。
兄弟子たちは、遅くとも20歳になる頃には皆卒業し、それぞれ独立をしていますので、遅くとも俺が20歳を迎える4年後には見習いを卒業出来るのではないかと思いますが・・・。」
ニーナはユリスの隣でそれを聞き、複雑そうに眉を寄せて俯いた。
モニカもニーナと同じ意見で、はぁ・・・と小さくため息を付いた。
「4年・・・。
ニーナさんの状況はかなり切羽詰まっています。
今すぐに手を打たれないと、ニーナさんは望まぬ相手と無理やり関係を結ばされることになりますよ?」
「それなんですけどモニカさん。
ニーナは確かに可愛いとは思いますが、モニカさんほど際立った美人でもありませんし、花売りという職業と若さから騎士様に声をかけられる機会が多いってだけで、純粋が故に彼等のリップサービスをいちいち真に受けてしまっているんじゃないかと思うんですよね・・・。」
とユリスは苦笑した。
それに対してモニカは眉を吊り上げて反論した。
「まぁ!
そんな事は御座いません!
私は実際にニーナさんがオリーブ隊の方たちに強引な交渉とも言えないようなやり方で路地裏に連れ込まれた挙げ句、強姦されかけたところを目撃しておりますのよ?
ニーナさんは同性の私の目から見ても大変可愛らしい方ですし、私が男でしたら口説いていたかもしれませんわ。
私の主人もニーナさんに大層ご執心ですしね。」
「えっ!?
ですが金獅子様は・・・」
ニーナは慌てて訂正しようとするが、モニカはそのことに対して何も言わないようにとユリスに気づかれないようニーナに目で合図を送った。
ニーナはそれを理解したのか、それ以上は何も言わずに口を噤んだ。
「本当にニーナは騎士様達に人気があり、そんな危ない目にも遭っていたと言われるのですね・・・」
と深刻な表情になるユリス。
「えぇ・・・。
まずはそれをユリスさんにきちんと理解していただきたかったのです。
そして本当にそんなことになる前に、恋人であるユリスさん、貴方にしか出来ない方法で、ニーナさんを守ってあげて欲しい・・・これがニーナさんの友人の私からのお願いです。
具体的には、その願掛けをやめてニーナさんと関係を持ち、結婚は今すぐとはいかなくとも、ニーナさんは既に先約済みだという意味を込めてキキョウの刺繍が施されたリボンを贈って差し上げることを提案します。
それでもニーナさんほど愛らしい方ならば、騎士様様達から交渉を持ちかけらることは止まないのでしょうが、騎士様達は処女を好む方が多いようなので、今よりはその割合も減ると思いますわ。
それに、貴方と関係を持つことでニーナさんのいつもの断り文句にも説得力が増しますし、ニーナさんも彼らをあしらいやすくなる筈です。」
そのモニカの提案に対し、ユリスは顔を真っ赤に染めてムキになって反論してきた。
「リ、リボンだって!?
職人見習いの俺がそんな浮わついたことをしていれば、親方にどやされてしまいますよ・・・!」
「どやされたって別に構わないではありませんか。
それでニーナさんを他の殿方に奪われる機会が減るのなら、安いものでしょう?
私にこのリボンを贈ってくださったお方もあのお店に入り、リボンを選ぶのは恥ずかしかったと思いますけど、私を他の誰にも取られないようにするためにと一生懸命で、私はそれをとても嬉しく思いましたよ?
実際に殿方避けの効果があることも認められましたし・・・。」
と自らの髪に留めたリボンにそっと大切そうに触れながらモニカは返した。
「・・・・・わかりました。
リボンは贈りましょう・・・。
ですがそれだけで充分ではないですか?
実際に処女であるかどうかなんて、貴族の方々のように特殊な魔石でも使わない限り、見ただけではわからないのですから・・・。」
とユリス。
ニーナは彼のその言葉に傷付き、緑色の瞳に涙を滲ませた。
それを見たモニカはユリスに怒りを覚え、冷たい口調でこう言った。
「・・・それならもうリボンは結構です。
ユリスさん。
そんなに風に義理だけで贈られたリボンなんて、ニーナさんも嬉しくないですわ。
私から友人を守る為に贈らせて頂くほうが、余程心がこもっています。」
ニーナは涙を零しながらモニカに同意し、コクン、と頷いた。
「ニーナさん。
この際だから今この場でユリスさんに言いたいことを全部言ってしまうと良いですよ。
貴方は優しすぎて今まで沢山の本音を飲み込んで来たのでしょうが、そこにユリスさんは甘えてしまっているのですよ。
恋人関係を続ける、続けない、そのどちらを選ぶとしても、一方が我慢しているこの状況は良くないと思います。
思い切ってぶつけてみないとわからないこともありますし・・・。」
とモニカは言いながら、ファルガーに初めて想いを伝えた時のことを思い出した。
あの時桃花はファルガーに拒まれ、失意のままアデルバートに発つことになると思っていた。
それがまさか、自分が望んだことの全てではなかったにしろ、彼なりに出来ることで応じてくれたのだから。
ニーナはモニカに手を握られて勇気が出たのか、か細い声でゆっくりと本音を語り始めた。
「私・・・願掛けしたいというユリスの気持ちも尊重してあげたいから、ずっと我慢してきた・・・。
でも私だって本当は、男の人に愛され求められる喜びを知ってみたい・・・。
でもユリス以外の男の人にそんなことをされるなんて、とても恐ろしくて嫌なの・・・!
貴方じゃないと駄目なのに、何故貴方は私から逃げるの!?
願掛けがそんなに大事?
貴方は私が欲しくは無いの・・・!?」
そう言って涙ながらに必死に訴えかけるニーナに対し、ユリスはバッと顔を上げて真剣な顔で答えた。
「ほ、欲しいさ!
君が欲しい・・・。
だが・・・・・・」
そう言ってまたすぐに俯いてしまうユリス。
「・・・本当に願掛けだけなのですか?
ニーナさんの気持ちから逃げる他の理由がユリスさん、貴方にはあるのではないですか?
正直に言わないと、本当にニーナさんと今ここでお別れすることになってしまいますよ?」
モニカの真剣な言葉にユリスは動揺して瞳を泳がせると、顔を赤く染め、俯きながらこう白状した。
「・・・・・俺には女性には言いづらい悩みがあって、男としてその・・・・・自信がないんだ・・・・・・・・・・。
俺は経験がないから、ニーナを上手くリード出来るかどうかもわからないし・・・・・。
だから少しだけ待ってもらえないか?
花街の遊女に筆下ろしをしてもらい、少し自信をつけてから、ニーナの望みに応える・・・・・。」
ニーナは彼のその言葉に眉を寄せると、泣きながら頭を左右に振った。
モニカは静かな怒りを込めた口調で彼女の気持ちを代弁するかのようにこう言った。
「本気で言っているのですか?
人それぞれ価値観は違うとは思いますが、それは浮気と取られても仕方の無い行為ですよ?
だってニーナさん以外の方で性的に興奮し、射精をする、ということを意味しているのですから・・・」
そこで「カランカラン♬」と来客を告げるベルが鳴り、白い騎士服姿のレオンが、キラキラの眩いオーラを放ちながら入店してきた。
訓練が終わって急いで駆け付けて来たのだろう。
よく見ると彼の息は少し上がっていた。
モニカは(いい所に来てくれました!)と思いながらも、説得を成功させるため表向きは主人の登場に驚いたような顔をすると、「少々失礼致しますわね」と向かいの席に座る二人に軽く断りを入れてから席を立ち、レオンの元へと駆け寄ってレオンに何かを耳打ちした。
レオンはそれに対して少し驚いたような顔をした後、
『それが君の望みなら協力はするが・・・くれぐれもそれが僕の本音だとかいう面倒な誤解だけはしないでくれよ?』
と声を潜めながら、心配そうにモニカに返した。
『致しませんわ。
私からお願い申し上げたことなのですから。
それでは、名演技を期待しておりますわね?
レオン様。』
モニカがそう囁くとレオンは真剣な顔で頷き、モニカに続いてニーナとユリスのいる席へと向かった。
「すみませんお二人共・・・。
私の主人がニーナさんのことを心配されてかここまで来てしまわれたので、この場に加えさせてもらっても宜しいですか?」
「「えっ、えぇ・・・・・」」
と驚きながらも頷くニーナとユリス。
特にユリスはレオンと初対面であり、尚且つ身分の高さを示す白の騎士服を着た大層美しい少年、しかも自分の恋人に好意を持っていると事前にモニカから訊いていたその彼が、実に優雅な動きで自分の目の前の席に着いたので、膝の上に置いた手をぐっと握り込み、緊張からかゴクッと喉を鳴らした。
「突然お邪魔してすまない。
僕はレオンハルト・ナイト。
この国の当主の3番目の息子だ。
今日君達の今後のことについて話をするとモニカから訊いていたから、ニーナの一番花を貰い受けたくて交渉中の僕にも無関係なことじゃないし、どうにも気になってしまって、ついここまで来てしまったんだ。
この場に加えさせてくれてありがとう。
それでモニカ・・・。
ここまで何を話したのか説明をしてくれるかな?」
モニカはここまでの話の流れをざっとレオンに説明した。
「成程・・・。
それでユリス君・・・いや、僕より二つ年上だからユリスさんとお呼びしたほうがいいのかな?」
とユリスに尋ねるレオン。
「い、いえ!第3公子様!
俺のことは呼び捨てで結構です・・・」
とレオンに萎縮して汗を飛ばすユリス。
「そうか。
なら僕のことも金獅子でいいよ。
それでユリス。
君は今まで職人見習いを卒業するまでの願掛けとしてニーナと深い関係にならないようにしていたと言っていたが、その実男としての自信がなかったから、願掛けを言い訳にして関係を避け続けていた・・・そういうことだな?
だからその自信をつけるために誰かに筆下ろしをして貰うから、それまでニーナには待っていて欲しいと。」
「は、はい・・・。
その通りです・・・。」
「それならニーナ。
君の一番花はやはり僕が買うのが一番いいと思う。」
とレオン。
「えっ・・・!?
ですが金獅子様・・・」
と声を上げ、戸惑いを隠せない様子でレオンとモニカの顔を交互に見るニーナ。
「まぁまずは聞いくれニーナ。
君にとって悪い話じゃないと思うよ?
君と僕が一晩関係を持ち、男の証を立てた相手としてニーナの名を世間に公表すれば、ニーナはもうオリーブ隊、またはゼニス隊の者達からは声をかけられなくなる。
そうなると、周囲からは妃候補と見られて多少の面倒はあるだろうが、僕は処女にしか興味がないからニーナの2番花以降を摘む気は一切無いし、僕がニーナを妃にしたいと望むことはない。
よって、君がその後で誰と関係を結ぼうが自由ってわけだ。
彼と君、お互いに童貞と処女を捨ててからやり直せば良いじゃないか。」
そのレオンの提案に対し、ユリスが耐えきれずに口を挟んだ。
「だ、駄目だ!そんなのは!!
はっ・・・!
す、すみません金獅子様・・・。
ですがそれだけは勘弁してください・・・。
ニーナが俺以外の男を知るなんて、とても耐えられない・・・」
「君も誰かに筆下ろしをしてもらってからでないと彼女を抱けないのだろう?
それなら当然彼女にも同じことをする権利があるはずだが?」
「・・・・・」
ユリスはレオンの言葉に反論出来なかったのか、暫く黙り込んだ後おずおずと席を立ちレオンの側まで行くと、彼の耳元で何かを小声で打ち明けた。
モニカにはその内容までは聞き取れなかったが、おそらく男性特有の悩みをレオンに打ち明けたのだろう。
顔中真っ赤に染めて、どうにも居た堪れないといった顔をしていた。
それに対してレオンは顎に手を当て少しの間考えると、ニーナとモニカに聴かれないように小声で何かを答えた。
するとユリスは意外そうな顔をしてからその表情を徐々に明るく変えていき、最終的にはレオンを慰めるようその肩をぽん、と叩いた。
そして「よし!」と気合いが入ったような顔をして席に戻ると、ニーナに対してこう言ったのだ。
「ニーナ、今さっきの他の女で試すというのは忘れてくれ・・・。
やっぱり俺は君がいい。
正直君を感じさせる自信なんて全く無いし、情けない姿を見せて君をガッカリさせるかもしれないが、今夜、俺の部屋に泊まりに来てくれないか・・・。
そしてキキョウの刺繍のリボンも、ちゃんと俺から心を込めて贈らせて欲しい・・・。」
ニーナはぱあっ!と表情を輝かせると、嬉し涙を散らしながらユリスに抱きついた。
「うん・・・うん・・・!
私だって女としての自信なんてないよ・・・。
だから二人で一緒に手探りで関係を進めていこう?
ユリス、愛してる!」
「うん・・・そうだねニーナ。
俺も君を愛してる・・・!」
そう言ってユリスはニーナの背中に手を回し、抱擁を交わすのだった。
「「モニカさん、それに金獅子様。
今日は本当にありがとうございました・・・!」」
ニーナとユリスはカフェの前でそう言って頭を下げると、仲良く手を繋いで帰って行った。
二人に手を振り見送った後、モニカがレオンに微笑みかけてこう言った。
「レオン様、名演技でしたね!
お蔭様でユリスさんの説得が上手く行きましたわ・・・!
本当にありがとうございます!
それにしてもレオン様。
あの時一体ユリスさんと何をお話されたのです?」
「・・・それは・・・女性が好まないような下品な話になるぞ?」
「構いませんわ。
レオン様がお話できる範囲で宜しいので、お夕飯の材料を買いに市場通りに行く道すがら、話してくださいますか?」
「うん・・・。」
二人は市場通りの方へと歩きながら、会話を続けた。
「どうやら彼は、親方と兄弟子達とのわい談において、彼以外の者たちが大袈裟に自分のもののサイズを申告したのだろう。
そのため自分のものは相当小さいと思い悩み、それでニーナと深い関係に踏み切れなかったらしい。
そこで僕は彼を励ますつもりで、自分のもののサイズを正直に伝えたんだよ。
君は親方と兄弟子達に誂われただけで、実際はこんなものなんだと安心させるためにな・・・!
そうしたら彼は自分の悩みは杞憂だったと思ったらしく、最終的には肩を叩いて励まされてしまった・・・。
く、悔しい・・・・・」
と項垂れるレオン。
「まぁ!レオン様ったら可笑しい!
うふふふふっ!!!」
モニカは足を止めると、お腹を抱えて目に涙を浮かべながら笑った。
「笑うな・・・!
僕は14だ!
まだまだ成長過程だからな・・・!」
「え、ええ・・・!
そうですわね!」
モニカは笑いながらそう答えると、自分のストッキングに出された彼の精液を採集した際、光源がベッドライトのみの暗い中とはいえ、射精直後の彼のものを見ていたので、頬を染めながらそれを思い浮かべた。
(あの時は射精された後なので少し萎えられていたとは思いますが、ファルガー様のものと比べて少し小さいかなというくらいで、気になさる程のこととは思えませんでしたわ。
ですがファルガー様もヘイズ・ハント様に言われたことを気になさっていたようですし、やはりどの時代、どの国においても、気になさる殿方は多いのですね・・・)
モニカはそんなことを思い、くすっと微笑んでから続けた。
「仮に今以上に成長されなかったとしても大丈夫ですわ!レオン様。
殿方は・・・あ、丁度良いサイズ感のものがこちらにございました。」
と言って、差し掛かった市場通りの八百屋にあった、長さ10センチ弱、指2本分程の太さのある小ぶりなキュウリを一本手に取って、満面の笑みを浮かべ主人に見せるモニカ。
「これくらいの大きさがあれば充分生殖が可能だと書物で読んだことがございます。」
レオンはそれを指差し眉間に皺を寄せると、つばを飛ばしながら反論した。
「流石にそれよりは大分大きいからな!」
「うふふっ、そうですか。
なら別に気にすることないではないですか。」
モニカはそのキュウリを籠に戻し、「1籠ください」と市場の売り子に言うと、お代を払ってそれを袋に詰めた。
「君は気にしないのか?
その・・・大きいほうがいいとか・・・」
「えぇ。
このキュウリ、新鮮で甘くて柔らかそうで美味しそうじゃないですか。
浅漬けにするのにぴったりですわ!
大きくて太いキュウリでは私の理想とする浅漬けにはなりません。
何でも大きければいいというものでも無いのです。」
「いや、だからキュウリの話じゃなくてだな・・・。
まぁ、この話はもういいか・・・。」
レオンは自分のモチモノのサイズについてモニカがどう思うのかちゃんと訊いてみたかったようだが、これ以上訊いてもまたはぐらかされると思ったらしく、赤い顔をしたまま「ふぅ・・・」と息を付き、パタパタと手で扇いで顔の熱を冷ましてから話題を切り替えた。
「ところで、説得が上手くいったなら僕の好きなものを夕食に作ってくれるって約束だったよな?」
「えぇ、何になさいますか?」
と笑顔で尋ねるモニカ。
「それなら卵かけご飯がいい!
後は甘辛い味付けの煮物だな。
他の副菜は君に任せる。」
「うふふっ、かしこまりました!
それなら煮物は筑前煮にしましょうか!
岩鳥肉が冷蔵庫にありますし、フクースナに干し椎茸、たけのこの水煮、レンコン、ゴボウ、蒟蒻も売っていましたから、作れそうです。」
「ちくぜんに?」
「えぇ、ジャポネの伝統的な煮物の一つですわ!
私も好きな料理ですが、レオン様とアンジェリカ様ならきっと気に入ってくださると思います!」
「そうか。
それは楽しみだ!」
ニーナとユリスはその晩無事結ばれ、ユリスは翌日ニーナに緑色のキキョウの刺繍のリボンを贈った。
そして男としての自信を得たユリスは、修行の方でも成果を上げて親方に認められ、今年いっぱいで見習いを卒業することが決まったそうだ。
その為、これから結婚に向けて双方の家で話し合いと準備を進めていくらしい。
モニカは次にニーナに会った際にそれを聞き、心より友人の幸せを喜ぶのだった。
朝の仕事に一段落がついたモニカは、中庭にてシンプルなブラウスに黒のパンツという服装で、アンジェリカに鞭の使い方を教えて貰っていた。
「そう。
腕に力を入れるのではなく、手首をしならせて鞭を操作し的を狙うの。」
アンジェリカの指示通り、麦藁を束ねて作られた的の印を付けた部位にビシッ!と鞭を当てることに成功するモニカ。
「驚いた!
鞭ってとても癖が強い武器なのに、貴方とても筋がいいわ!
今日一日でかなり的に当てられるようになったから、次回からは微細なコントロールを練習しましょう。
コントロールを覚えれば人に対しても使えるようになるわ。
貴方なら一ヶ月もあれば私の指導なんて必要無くなるでしょう。」
「ありがとうございます、アンジェリカ様!」
「さて、疲れたでしょう?
今日のレッスンは終わりにして、お茶にしましょう。」
「かしこまりました。
私顔を洗って参りますので、少々お待ちいただけますか?
戻り次第お茶の支度をしますので…」
モニカはそう言ってアンジェリカに頭を下げると、近くにある水飲み場まで顔を洗いに行った。
そしてそこで顔を洗いタオルで水気を拭ってからアンジェリカの元へ戻ると、彼女はフルーツ籠からリンゴを取って、その皮を剥こうとして怪我をしたらしく、手に持った果物ナイフとリンゴを下に落としてしまった。
「アンジェリカ様!」
モニカは慌ててアンジェリカに駆け寄り、ポケットからハンカチを取り出してその血を拭った。
そしてアンジェリカに患部を押さえて貰っている間にレッスン中に怪我をした時の為に持ってきていた救急箱を開け、テキパキと彼女の手当てを行った。
「ごめんなさいね、モニカさん。
貴方を待っている間にリンゴの皮でも剥こうと思ったのだけど、逆に貴方の手を煩わせてしまったわ・・・。
私、武器屋の娘だから色んな武器を扱えるように練習してそれは出来るようになったけれど、こういった戦うためじゃない武器の扱い方は得意じゃないのよ。
この不器用さがレオンハルトにも遺伝しちゃったのかしら・・・。
あの子、とっても不器用でしょう?」
モニカはそう言われてレオンの普段の様子を思い返してくすっと微笑んだ。
「確かにスプーンやフォーク、ナイフ等、剣以外の道具を扱われるのはあまりお得意ではないようですわね。
ですがジャポネの食具であるお箸の扱いはどんどん上達されていますわ!
それに・・・」
モニカはあのデートの日以来、1日に何度か彼にされるようになった口づけを思い出した。
レオンはその際、必ず優しくモニカの頬に手を添えてくれるが、その手はキスをするためだけに添えられたものではなく、さり気なく指先でモニカの耳の形を捉えたり、髪を指で掬って絡めたりの細かな動きが加わっており、そして重ねられる唇の動きも繊細で自分を慈しんでくれているようで、それが彼が自分に向けてくれている愛情の全てを示しているようで大変心地よく、モニカの胸を強く高鳴らせるのだった。
(キスもとてもお上手てすわ・・・。
こんなこと、アンジェリカ様にはとても言えませんけれど・・・・・)
とモニカは頬を赤く染め俯いた。
そして彼の口づけは、その回数を重ねるごとに激しさを増していくのが不安の種でもあった。
(昨夜の寝る前にされたキスでは舌を入れられそうになりました・・・。
レオン様に流されてつい受け入れてしまいそうになりましたけど、深いキスをするようになればきっとレオン様は止まらなくなります・・・。
そうなるとすぐに私の秘密を話さなければならなくなる・・・。
それにははまだ早すぎます・・・・・。
ですので、
「お、お待ちになってください!
舌を入れるのはまだ駄目です・・・!」
と胸を押して拒みましたら、
「ごめん・・・!
君とキスするのが心地よくて、つい欲が出た・・・。
お互いにゆっくり慣れていこう・・・」
と大人しく引き下がってくれましたけど、それもいつまで持たせられるか・・・・・)
モニカはそう思って切なげに長いまつ毛を伏せた。
そんなモニカをアンジェリカが心配そうに見ていたので、モニカは慌てて笑顔を作り、
「リンゴを剥きますね。」
と言って新しいリンゴを籠から取り、慣れた手付きで剥いていった。
そうしてリンゴを剥きながらまた考える。
(ですがこれでアンジェリカ様の血液を手に入れることが出来ました。
後はジェイド様の血液もしくは精液を手に入れるのみですが・・・レオン様以外の公子様とは接点が少なく、何かの行事でもない限りお会いする機会がありません・・・。
ファルガー様は当主様のものが手に入ったのならジェイド様のものは無理に手に入れなくて良いと仰って下さいましたが、お引き受けした以上、何とか揃えてお渡ししたいですわ・・・。
さて、どう致しましょう・・・・・)
そんなモニカの髪をまとめている紺色のベルベットに白のキキョウの刺繍が入ったリボンを見たアンジェリカが優しく微笑みながらこう言った。
「貴方のそのリボン・・・。
レオンハルトからの贈り物よね?」
「えっ?
えぇ・・・。」
モニカは頬を染めて頷いた。
「その刺繍の意味は訊いたの?」
と優しく問うアンジェリカ。
「はい。
レオン様は私にはまだその意味を伏せておきたかったみたいですけど、このリボンを作ったサーシャくんが話してくれました。」
「まぁ!
あの子ったらそんな大事なことを説明もせずに貴方に贈るだなんて、ずるい真似をしようとしていたのね・・・。
わかりました。
あの子には私から良く注意しておくわ。
それでもその意味を知って尚、受け取ってくれたのね・・・?
ありがとう・・・・・。」
アンジェリカはそう言ってモニカに柔らかく微笑んだ。
「いいえ・・・!
勿論レオン様がこのリボンに込めてくださった想いの全てを受け入れたわけでは御座いません・・・。
ですが、とても素敵なリボンですし、私もレオン様と同じ気持ちを幾らか持っておりましたから・・・。
申し訳御座いません。
ご子息様に対してメイドごときがそんなことを・・・・・」
モニカはそう言ってアンジェリカに頭を下げた。
「いいえ!
あの子が貴方を専属メイドにしたいと言ってここに連れてきたときからあの子の気持ちはわかっていたから。
ただ、あの子の気持ちをどうするかは貴方次第だから、余計な口出しはせずに見守るつもりでいたの。
だけと貴方も同じ気持ちなら私は二人の恋を応援したいわ・・・!
このリボンに込められた願いこそは、どうか叶いますように・・・・・」
アンジェリカはそう言って手を組み、祈るように目を閉じた。
「・・・こそ・・・?
もしかして、アンジェリカ様もキキョウの花の刺繍が施されたリボンを持っておられるのですか・・・?」
と遠慮がちに尋ねるモニカ。
「えぇ・・・私の瞳の色と同じ碧いリボンだったわ。
今はもう手元にはないけれど・・・。」
(手元にはない・・・・・?
ご結婚前に当主様から贈られたものではないのでしょうか・・・?)
モニカは疑問に思うも、それを訊くことはアンジェリカに対して失礼だと判断し、言葉を飲み込んだ。
そんなモニカにアンジェリカは優しく微笑むとこう言った。
「貴方には何れ話すわ。
あの子にとって特別な貴方は、私にとっても娘のようなものだから・・・。」
「ありがとうございます・・・・・・」
モニカが優しくアンジェリカを見つめながらそう答えたその時である。
芦毛の馬に乗ったレオンが、同じく馬に乗った同期の騎士見習い達と共に近くを通りかかり、こちらに向かって手を振りながら声をかけてきた。
「モニカに母様!
鞭の練習中か?」
「えぇ、さっきまではね。
でもモニカさんとても優秀だから、今日教えたことはすぐに出来るようになったわ!
だからレッスンはもう終わりにして、これからお茶にしようとしていたところよ。
レオンハルトは乗馬の練習?」
とアンジェリカ。
「あぁうん。
乗馬というか、馬上の戦闘訓練だよ。
騎士である以上馬上戦闘は必須だし、定期的にやらないと感覚が鈍るからな。
愛馬とのコミュニケーションも大切だし・・・。」
レオンは愛馬の首筋を撫でてやりながらそう話した後、同じ訓練場へと向かう同期の騎士見習い達に先へ行くようにと伝え、軽やかな動きで馬を降り、その手綱を引きながらこちらへ近づいてきた。
「よろしいのですか?
お友達とご一緒に行かれなくても・・・。」
とモニカ。
「うん、話が済んだらすぐに追うよ。
モニカ、花売りのニーナとその恋人と会うのは確か今日だったよな?」
「えぇ、この後カフェでランチをご一緒しながらお話をさせていただくことになっていますわ。」
とモニカは答えた。
「そうか・・・。
・・・どこの通りのなんという店だ?」
と訊いてくるレオン。
「3番通りのヤーブラカ(※リンゴの意)という喫茶店と訊いています。
そのお店、ニーナさんの彼の仕事場の近くみたいで、そこならすぐに店に戻れるし都合が良いからと仰って・・・」
「そうか・・・。
なら馬上訓練が終わったら僕もそこに行く。
馬上訓練の時は班の皆で食事を作って食べるから、それが終わって急いで駆けつけた頃にはランチタイム後半になるだろうし、君達の話は大分終わってしまっているかもしれないが・・・。
3番通りはそんなに治安が良いわけじゃないし、専属メイドの制服を着ていても君を一人で行かせるのはやはり心配だからな。
ニーナも一緒とはいえ、男とも会うわけだし。
もしそいつがニーナからモニカに心変わりでもしたらと思うと居ても立っても居られない・・・。」
アンジェリカはそんな息子のモニカに対する必死な様子をクスクスと笑いながらも見守っている。
「あら。
心配し過ぎですわレオン様。
それにレオン様がいらっしゃったら、ニーナさんはともかく、レオン様と初対面の彼は萎縮されてきっとお話にならなくなってしまいますわ。」
「それならこの間の平民服を着て行けばいい。
僕のことは君の恋人と紹介して・・・」
とレオン。
「意味がありませんわ。
ニーナさんからすぐ彼にレオン様のご身分が伝わってしまうでしょうし。」
「だ、だが!
男同士だからこそ話せる話もあるのではないか!?」
とまだ諦めずに食い下がってくるレオン。
それに対してモニカは、
(男同士だから、ですか・・・。
レオン様と彼とでは女性に対して全く別の考え方をお持ちに思えますし、共通点といえば私と出会う前までニーナさんに好意を抱かれていたという点くらいで・・・)
モニカはそこまで考えてピン!と何かを閃いた。
(いえ・・・!
その共通点は私が女の視点から説得するよりもずっと使えるかもしれませんわ!)
モニカはレオンに向けてニコッと微笑むとこう言った。
「たしかに、同じ殿方の意見も重要ですね。
それでしたらレオン様。
白の騎士服のままで宜しいので、馬上訓練が終わり次第店に来てくださいますか?
レオン様が来られましたら私が作戦を伝えますので、話を合わせてほしいのです。
それで彼の説得が上手くいけば、今夜はレオン様の食べたい夕食を作って差し上げますよ?」
「僕の食べたい夕食だって・・・!?
よしわかった!
任せてくれ!」
そう言ってレオンは嬉しそうに微笑むと、また馬に乗り、手を振りながら去っていくのだった。
アンジェリカを部屋まで送って行ったモニカは、レオンの部屋の鍵を開け、その奥にある自分の部屋へと戻ると、いつもの専属メイドの制服に着替え直し、太腿辺りに来ているストッキングの履き口のレース部分に革の鞭を差し込んだ。
そして鞭の練習の後に顔を洗った際にメイクは落としていたため軽くメイクをし直し、ハンドバックを手に町へと出かけた。
専属メイドの制服を着ているお蔭か、町を歩いていてもオリーブ隊、またはゼニス隊の騎士たちにナンパをされることもなく、ゼニス隊の中には軽く頭を下げてくる者までいた。
(専属メイドの制服は騎士様達には本当に効果テキメンですわ!
ふふっ、歩きやすくて大変助かります。
えぇと、3番街はアンジェリカ様のご生家の武器屋リエーフの二つ手前の通り・・・ここですわね。
・・・確かにガラの悪い人も少し見られるようですが、この時間で人目も多いですし、まぁ大丈夫でしょう。
いざとなればスカートの下に隠した革の鞭もありますし・・・。)
モニカは革の鞭の存在を頼もしく感じながら口角を上げ、堂々と胸を張ってその通りを歩いた。
すると、道の端に屯している遊び人風の若い男達が、
「お!いい女がいるじゃん。
メイド服ってことは宮廷メイドか。
声かけてみようぜ!」
とモニカを指差して何やら話し始めた。
だが彼等は専属メイドとフリーメイドの制服の差までは把握していないようで、
「やめとけよ。
もし偉い騎士様の専属メイドとかっていうのだったら、後でその騎士様に殺されるぞ?」
「専属メイドなんて数多いメイドのごく一部だろ?
無い無い。
やっぱ声かけようぜ!」
等と話しながら近づいてきたが、モニカが髪につけた紺色のベルベットに白のキキョウの刺繍が入ったリボンに気がつくと、チッと舌打ちをして、
「なんだ。
男がいるってよ!」
「めんどくせーな。
やっぱやめとこーぜ・・・」
と言って元いた溜り場へと戻って行った。
モニカは、
(キキョウのリボンは騎士以外の方にも効果があるようですね。
ありがとうございます・・・レオン様。)
と今は馬上訓練中の主人の姿を頭に思い浮かべて感謝するのだった。
そして間もなく、”ヤーブラカ"という文字とリンゴのイラストの描かれた看板のある、庶民的なカフェが見えてきた。
(ここですわね。)
モニカが来客ベルを鳴らしながら扉を開けると、既にニーナとその彼は店に来ていたようで、ニーナが笑顔で席を立ち、「あっ、モニカさん、こちらです!」と言ってモニカに向かって手を振った。
「ええと、私はリンゴのブリヌイと紅茶をお願い致します。
ニーナさん、それにユリスさんでしたね?
今日は私の勝手でお呼びしてしまいましたので、どうぞお好きなものを頼んでください。」
モニカが注文を訊きに来たウエイトレスに注文をした後に彼等に向かってそう言うと、淡い灰色の短髪と、レオンのものより淡い碧眼を持つニーナの恋人ユリスは、ニーナと顔を見合わせてからこう言った。
「いえ!
俺達のことでモニカさんが態々宮廷から来てくださったのですから、寧ろモニカさんのぶんを俺に支払わせてください!」
「あら、それでは申し訳が無いですし、ここはやはり自分のものは自分で支払うことに致しましょうか。」
と提案し直すモニカ。
「「はい・・・!」」
とニーナとユリスは納得し、笑顔で頷くのだった。
注文したものがそろうまで雑談を交わしながら席で待ち、皆のぶんが揃うと手を合わせ、食事を始めた。
その食事が少し進んだ頃、モニカはリンゴのブリヌイを食べる手を止めて、真剣な表情で斜め向かいに座るユリスを見つめながら切り出した。
「それで・・・何故ユリスさんはニーナさんと深い関係になることを拒まれるのですか?」
ユリスは美しいモニカに見つめられると、隣に恋人であるニーナがいてもやはりドキドキしてしまうようで、少しだけ頬を染めて目を逸らしながらこう答えた。
「・・・願掛けなんです。
俺が職人見習いを卒業し、一人前の職人になるまでそれは我慢しようと。
職人の修行はとても厳しいので、それくらいのことがないと俺、途中で投げ出してしまうと思って・・・。」
「成程・・・。
ユリスさんにとってニーナさんと結ばれることは、うんとお仕事を頑張られたご褒美というわけですね。
それで・・・見習いを卒業する目処は立っているのですか?」
と再びブリヌイにナイフを入れながら尋ねるモニカ。
「い、いえ・・・。
13歳のジュニアスクールを卒業してすぐ親方に弟子入りしましたのでもう3年目になりますが、親方は、
「お前は真面目で努力を惜しまねぇし、技術はなかなかなんだが、なんつーか、男としての自信みてぇなものが足りねぇ!
それがない限りは腑抜けた武器しか作れず、独立してもとてもやっていけないだろう。」
と言うばかりでして、正直いつ見習いを卒業できるのかはわかりません・・・。
兄弟子たちは、遅くとも20歳になる頃には皆卒業し、それぞれ独立をしていますので、遅くとも俺が20歳を迎える4年後には見習いを卒業出来るのではないかと思いますが・・・。」
ニーナはユリスの隣でそれを聞き、複雑そうに眉を寄せて俯いた。
モニカもニーナと同じ意見で、はぁ・・・と小さくため息を付いた。
「4年・・・。
ニーナさんの状況はかなり切羽詰まっています。
今すぐに手を打たれないと、ニーナさんは望まぬ相手と無理やり関係を結ばされることになりますよ?」
「それなんですけどモニカさん。
ニーナは確かに可愛いとは思いますが、モニカさんほど際立った美人でもありませんし、花売りという職業と若さから騎士様に声をかけられる機会が多いってだけで、純粋が故に彼等のリップサービスをいちいち真に受けてしまっているんじゃないかと思うんですよね・・・。」
とユリスは苦笑した。
それに対してモニカは眉を吊り上げて反論した。
「まぁ!
そんな事は御座いません!
私は実際にニーナさんがオリーブ隊の方たちに強引な交渉とも言えないようなやり方で路地裏に連れ込まれた挙げ句、強姦されかけたところを目撃しておりますのよ?
ニーナさんは同性の私の目から見ても大変可愛らしい方ですし、私が男でしたら口説いていたかもしれませんわ。
私の主人もニーナさんに大層ご執心ですしね。」
「えっ!?
ですが金獅子様は・・・」
ニーナは慌てて訂正しようとするが、モニカはそのことに対して何も言わないようにとユリスに気づかれないようニーナに目で合図を送った。
ニーナはそれを理解したのか、それ以上は何も言わずに口を噤んだ。
「本当にニーナは騎士様達に人気があり、そんな危ない目にも遭っていたと言われるのですね・・・」
と深刻な表情になるユリス。
「えぇ・・・。
まずはそれをユリスさんにきちんと理解していただきたかったのです。
そして本当にそんなことになる前に、恋人であるユリスさん、貴方にしか出来ない方法で、ニーナさんを守ってあげて欲しい・・・これがニーナさんの友人の私からのお願いです。
具体的には、その願掛けをやめてニーナさんと関係を持ち、結婚は今すぐとはいかなくとも、ニーナさんは既に先約済みだという意味を込めてキキョウの刺繍が施されたリボンを贈って差し上げることを提案します。
それでもニーナさんほど愛らしい方ならば、騎士様様達から交渉を持ちかけらることは止まないのでしょうが、騎士様達は処女を好む方が多いようなので、今よりはその割合も減ると思いますわ。
それに、貴方と関係を持つことでニーナさんのいつもの断り文句にも説得力が増しますし、ニーナさんも彼らをあしらいやすくなる筈です。」
そのモニカの提案に対し、ユリスは顔を真っ赤に染めてムキになって反論してきた。
「リ、リボンだって!?
職人見習いの俺がそんな浮わついたことをしていれば、親方にどやされてしまいますよ・・・!」
「どやされたって別に構わないではありませんか。
それでニーナさんを他の殿方に奪われる機会が減るのなら、安いものでしょう?
私にこのリボンを贈ってくださったお方もあのお店に入り、リボンを選ぶのは恥ずかしかったと思いますけど、私を他の誰にも取られないようにするためにと一生懸命で、私はそれをとても嬉しく思いましたよ?
実際に殿方避けの効果があることも認められましたし・・・。」
と自らの髪に留めたリボンにそっと大切そうに触れながらモニカは返した。
「・・・・・わかりました。
リボンは贈りましょう・・・。
ですがそれだけで充分ではないですか?
実際に処女であるかどうかなんて、貴族の方々のように特殊な魔石でも使わない限り、見ただけではわからないのですから・・・。」
とユリス。
ニーナは彼のその言葉に傷付き、緑色の瞳に涙を滲ませた。
それを見たモニカはユリスに怒りを覚え、冷たい口調でこう言った。
「・・・それならもうリボンは結構です。
ユリスさん。
そんなに風に義理だけで贈られたリボンなんて、ニーナさんも嬉しくないですわ。
私から友人を守る為に贈らせて頂くほうが、余程心がこもっています。」
ニーナは涙を零しながらモニカに同意し、コクン、と頷いた。
「ニーナさん。
この際だから今この場でユリスさんに言いたいことを全部言ってしまうと良いですよ。
貴方は優しすぎて今まで沢山の本音を飲み込んで来たのでしょうが、そこにユリスさんは甘えてしまっているのですよ。
恋人関係を続ける、続けない、そのどちらを選ぶとしても、一方が我慢しているこの状況は良くないと思います。
思い切ってぶつけてみないとわからないこともありますし・・・。」
とモニカは言いながら、ファルガーに初めて想いを伝えた時のことを思い出した。
あの時桃花はファルガーに拒まれ、失意のままアデルバートに発つことになると思っていた。
それがまさか、自分が望んだことの全てではなかったにしろ、彼なりに出来ることで応じてくれたのだから。
ニーナはモニカに手を握られて勇気が出たのか、か細い声でゆっくりと本音を語り始めた。
「私・・・願掛けしたいというユリスの気持ちも尊重してあげたいから、ずっと我慢してきた・・・。
でも私だって本当は、男の人に愛され求められる喜びを知ってみたい・・・。
でもユリス以外の男の人にそんなことをされるなんて、とても恐ろしくて嫌なの・・・!
貴方じゃないと駄目なのに、何故貴方は私から逃げるの!?
願掛けがそんなに大事?
貴方は私が欲しくは無いの・・・!?」
そう言って涙ながらに必死に訴えかけるニーナに対し、ユリスはバッと顔を上げて真剣な顔で答えた。
「ほ、欲しいさ!
君が欲しい・・・。
だが・・・・・・」
そう言ってまたすぐに俯いてしまうユリス。
「・・・本当に願掛けだけなのですか?
ニーナさんの気持ちから逃げる他の理由がユリスさん、貴方にはあるのではないですか?
正直に言わないと、本当にニーナさんと今ここでお別れすることになってしまいますよ?」
モニカの真剣な言葉にユリスは動揺して瞳を泳がせると、顔を赤く染め、俯きながらこう白状した。
「・・・・・俺には女性には言いづらい悩みがあって、男としてその・・・・・自信がないんだ・・・・・・・・・・。
俺は経験がないから、ニーナを上手くリード出来るかどうかもわからないし・・・・・。
だから少しだけ待ってもらえないか?
花街の遊女に筆下ろしをしてもらい、少し自信をつけてから、ニーナの望みに応える・・・・・。」
ニーナは彼のその言葉に眉を寄せると、泣きながら頭を左右に振った。
モニカは静かな怒りを込めた口調で彼女の気持ちを代弁するかのようにこう言った。
「本気で言っているのですか?
人それぞれ価値観は違うとは思いますが、それは浮気と取られても仕方の無い行為ですよ?
だってニーナさん以外の方で性的に興奮し、射精をする、ということを意味しているのですから・・・」
そこで「カランカラン♬」と来客を告げるベルが鳴り、白い騎士服姿のレオンが、キラキラの眩いオーラを放ちながら入店してきた。
訓練が終わって急いで駆け付けて来たのだろう。
よく見ると彼の息は少し上がっていた。
モニカは(いい所に来てくれました!)と思いながらも、説得を成功させるため表向きは主人の登場に驚いたような顔をすると、「少々失礼致しますわね」と向かいの席に座る二人に軽く断りを入れてから席を立ち、レオンの元へと駆け寄ってレオンに何かを耳打ちした。
レオンはそれに対して少し驚いたような顔をした後、
『それが君の望みなら協力はするが・・・くれぐれもそれが僕の本音だとかいう面倒な誤解だけはしないでくれよ?』
と声を潜めながら、心配そうにモニカに返した。
『致しませんわ。
私からお願い申し上げたことなのですから。
それでは、名演技を期待しておりますわね?
レオン様。』
モニカがそう囁くとレオンは真剣な顔で頷き、モニカに続いてニーナとユリスのいる席へと向かった。
「すみませんお二人共・・・。
私の主人がニーナさんのことを心配されてかここまで来てしまわれたので、この場に加えさせてもらっても宜しいですか?」
「「えっ、えぇ・・・・・」」
と驚きながらも頷くニーナとユリス。
特にユリスはレオンと初対面であり、尚且つ身分の高さを示す白の騎士服を着た大層美しい少年、しかも自分の恋人に好意を持っていると事前にモニカから訊いていたその彼が、実に優雅な動きで自分の目の前の席に着いたので、膝の上に置いた手をぐっと握り込み、緊張からかゴクッと喉を鳴らした。
「突然お邪魔してすまない。
僕はレオンハルト・ナイト。
この国の当主の3番目の息子だ。
今日君達の今後のことについて話をするとモニカから訊いていたから、ニーナの一番花を貰い受けたくて交渉中の僕にも無関係なことじゃないし、どうにも気になってしまって、ついここまで来てしまったんだ。
この場に加えさせてくれてありがとう。
それでモニカ・・・。
ここまで何を話したのか説明をしてくれるかな?」
モニカはここまでの話の流れをざっとレオンに説明した。
「成程・・・。
それでユリス君・・・いや、僕より二つ年上だからユリスさんとお呼びしたほうがいいのかな?」
とユリスに尋ねるレオン。
「い、いえ!第3公子様!
俺のことは呼び捨てで結構です・・・」
とレオンに萎縮して汗を飛ばすユリス。
「そうか。
なら僕のことも金獅子でいいよ。
それでユリス。
君は今まで職人見習いを卒業するまでの願掛けとしてニーナと深い関係にならないようにしていたと言っていたが、その実男としての自信がなかったから、願掛けを言い訳にして関係を避け続けていた・・・そういうことだな?
だからその自信をつけるために誰かに筆下ろしをして貰うから、それまでニーナには待っていて欲しいと。」
「は、はい・・・。
その通りです・・・。」
「それならニーナ。
君の一番花はやはり僕が買うのが一番いいと思う。」
とレオン。
「えっ・・・!?
ですが金獅子様・・・」
と声を上げ、戸惑いを隠せない様子でレオンとモニカの顔を交互に見るニーナ。
「まぁまずは聞いくれニーナ。
君にとって悪い話じゃないと思うよ?
君と僕が一晩関係を持ち、男の証を立てた相手としてニーナの名を世間に公表すれば、ニーナはもうオリーブ隊、またはゼニス隊の者達からは声をかけられなくなる。
そうなると、周囲からは妃候補と見られて多少の面倒はあるだろうが、僕は処女にしか興味がないからニーナの2番花以降を摘む気は一切無いし、僕がニーナを妃にしたいと望むことはない。
よって、君がその後で誰と関係を結ぼうが自由ってわけだ。
彼と君、お互いに童貞と処女を捨ててからやり直せば良いじゃないか。」
そのレオンの提案に対し、ユリスが耐えきれずに口を挟んだ。
「だ、駄目だ!そんなのは!!
はっ・・・!
す、すみません金獅子様・・・。
ですがそれだけは勘弁してください・・・。
ニーナが俺以外の男を知るなんて、とても耐えられない・・・」
「君も誰かに筆下ろしをしてもらってからでないと彼女を抱けないのだろう?
それなら当然彼女にも同じことをする権利があるはずだが?」
「・・・・・」
ユリスはレオンの言葉に反論出来なかったのか、暫く黙り込んだ後おずおずと席を立ちレオンの側まで行くと、彼の耳元で何かを小声で打ち明けた。
モニカにはその内容までは聞き取れなかったが、おそらく男性特有の悩みをレオンに打ち明けたのだろう。
顔中真っ赤に染めて、どうにも居た堪れないといった顔をしていた。
それに対してレオンは顎に手を当て少しの間考えると、ニーナとモニカに聴かれないように小声で何かを答えた。
するとユリスは意外そうな顔をしてからその表情を徐々に明るく変えていき、最終的にはレオンを慰めるようその肩をぽん、と叩いた。
そして「よし!」と気合いが入ったような顔をして席に戻ると、ニーナに対してこう言ったのだ。
「ニーナ、今さっきの他の女で試すというのは忘れてくれ・・・。
やっぱり俺は君がいい。
正直君を感じさせる自信なんて全く無いし、情けない姿を見せて君をガッカリさせるかもしれないが、今夜、俺の部屋に泊まりに来てくれないか・・・。
そしてキキョウの刺繍のリボンも、ちゃんと俺から心を込めて贈らせて欲しい・・・。」
ニーナはぱあっ!と表情を輝かせると、嬉し涙を散らしながらユリスに抱きついた。
「うん・・・うん・・・!
私だって女としての自信なんてないよ・・・。
だから二人で一緒に手探りで関係を進めていこう?
ユリス、愛してる!」
「うん・・・そうだねニーナ。
俺も君を愛してる・・・!」
そう言ってユリスはニーナの背中に手を回し、抱擁を交わすのだった。
「「モニカさん、それに金獅子様。
今日は本当にありがとうございました・・・!」」
ニーナとユリスはカフェの前でそう言って頭を下げると、仲良く手を繋いで帰って行った。
二人に手を振り見送った後、モニカがレオンに微笑みかけてこう言った。
「レオン様、名演技でしたね!
お蔭様でユリスさんの説得が上手く行きましたわ・・・!
本当にありがとうございます!
それにしてもレオン様。
あの時一体ユリスさんと何をお話されたのです?」
「・・・それは・・・女性が好まないような下品な話になるぞ?」
「構いませんわ。
レオン様がお話できる範囲で宜しいので、お夕飯の材料を買いに市場通りに行く道すがら、話してくださいますか?」
「うん・・・。」
二人は市場通りの方へと歩きながら、会話を続けた。
「どうやら彼は、親方と兄弟子達とのわい談において、彼以外の者たちが大袈裟に自分のもののサイズを申告したのだろう。
そのため自分のものは相当小さいと思い悩み、それでニーナと深い関係に踏み切れなかったらしい。
そこで僕は彼を励ますつもりで、自分のもののサイズを正直に伝えたんだよ。
君は親方と兄弟子達に誂われただけで、実際はこんなものなんだと安心させるためにな・・・!
そうしたら彼は自分の悩みは杞憂だったと思ったらしく、最終的には肩を叩いて励まされてしまった・・・。
く、悔しい・・・・・」
と項垂れるレオン。
「まぁ!レオン様ったら可笑しい!
うふふふふっ!!!」
モニカは足を止めると、お腹を抱えて目に涙を浮かべながら笑った。
「笑うな・・・!
僕は14だ!
まだまだ成長過程だからな・・・!」
「え、ええ・・・!
そうですわね!」
モニカは笑いながらそう答えると、自分のストッキングに出された彼の精液を採集した際、光源がベッドライトのみの暗い中とはいえ、射精直後の彼のものを見ていたので、頬を染めながらそれを思い浮かべた。
(あの時は射精された後なので少し萎えられていたとは思いますが、ファルガー様のものと比べて少し小さいかなというくらいで、気になさる程のこととは思えませんでしたわ。
ですがファルガー様もヘイズ・ハント様に言われたことを気になさっていたようですし、やはりどの時代、どの国においても、気になさる殿方は多いのですね・・・)
モニカはそんなことを思い、くすっと微笑んでから続けた。
「仮に今以上に成長されなかったとしても大丈夫ですわ!レオン様。
殿方は・・・あ、丁度良いサイズ感のものがこちらにございました。」
と言って、差し掛かった市場通りの八百屋にあった、長さ10センチ弱、指2本分程の太さのある小ぶりなキュウリを一本手に取って、満面の笑みを浮かべ主人に見せるモニカ。
「これくらいの大きさがあれば充分生殖が可能だと書物で読んだことがございます。」
レオンはそれを指差し眉間に皺を寄せると、つばを飛ばしながら反論した。
「流石にそれよりは大分大きいからな!」
「うふふっ、そうですか。
なら別に気にすることないではないですか。」
モニカはそのキュウリを籠に戻し、「1籠ください」と市場の売り子に言うと、お代を払ってそれを袋に詰めた。
「君は気にしないのか?
その・・・大きいほうがいいとか・・・」
「えぇ。
このキュウリ、新鮮で甘くて柔らかそうで美味しそうじゃないですか。
浅漬けにするのにぴったりですわ!
大きくて太いキュウリでは私の理想とする浅漬けにはなりません。
何でも大きければいいというものでも無いのです。」
「いや、だからキュウリの話じゃなくてだな・・・。
まぁ、この話はもういいか・・・。」
レオンは自分のモチモノのサイズについてモニカがどう思うのかちゃんと訊いてみたかったようだが、これ以上訊いてもまたはぐらかされると思ったらしく、赤い顔をしたまま「ふぅ・・・」と息を付き、パタパタと手で扇いで顔の熱を冷ましてから話題を切り替えた。
「ところで、説得が上手くいったなら僕の好きなものを夕食に作ってくれるって約束だったよな?」
「えぇ、何になさいますか?」
と笑顔で尋ねるモニカ。
「それなら卵かけご飯がいい!
後は甘辛い味付けの煮物だな。
他の副菜は君に任せる。」
「うふふっ、かしこまりました!
それなら煮物は筑前煮にしましょうか!
岩鳥肉が冷蔵庫にありますし、フクースナに干し椎茸、たけのこの水煮、レンコン、ゴボウ、蒟蒻も売っていましたから、作れそうです。」
「ちくぜんに?」
「えぇ、ジャポネの伝統的な煮物の一つですわ!
私も好きな料理ですが、レオン様とアンジェリカ様ならきっと気に入ってくださると思います!」
「そうか。
それは楽しみだ!」
ニーナとユリスはその晩無事結ばれ、ユリスは翌日ニーナに緑色のキキョウの刺繍のリボンを贈った。
そして男としての自信を得たユリスは、修行の方でも成果を上げて親方に認められ、今年いっぱいで見習いを卒業することが決まったそうだ。
その為、これから結婚に向けて双方の家で話し合いと準備を進めていくらしい。
モニカは次にニーナに会った際にそれを聞き、心より友人の幸せを喜ぶのだった。
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言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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