金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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4話 御主人様と過ごす尊い午後

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モニカはレオンには自分の部屋の方で待ってもらい、その間に自室となったフローリングの部屋にてオリガから受け取ったメイド服に袖を通していた。
上質なシルクのブラウスにネイビーブルーのクラシカルで長めの丈のワンピース、そして白のフリルが織り込まれたカチューシャに白のコットンのフリル付きエプロン─。
(ここに姿見がないので似合っているかどうかはわかりませんが、サイズは問題無さそうですわね。
あと忘れないように、例のものを取り出しておかないと・・・)
モニカは先程まで着ていたワンピースのポケットから第一公子グリントの血が付いたハンカチを取り出した。
(なるべく早くこれを入れる小瓶が欲しいですね。
当主様、ジェイド様、そしてレオン様と追加で採取しなければならないので、予備も含めて合計5個はあったほうが良さそうです。
一緒に付いてきてくださるレオン様に疑われずに済む言い訳を何か考えないといけませんが・・・。
一先ずこのハンカチはレオン様に見られると困りますので、小瓶が手に入るまでは持ち歩きましょう。)
モニカはそのハンカチをハンドバッグの中にそっと入れた。
(他に必要なものはネグリジェでしょうか。
ジャポネで着ていた寝間着はこちらでは目立ちすぎるので持って来ていませんから、昨日は私と体格の近いニーナさんのお義姉ねえさんからお借りしましたが、洗い替えを含めて2枚は買っておきたいです。
後の生活筆順品はニーナさんのお家にある鞄の中にあったから大丈夫なはずです。
そうそう、父様と梅次に出すお手紙の便箋も忘れずに買っておきましょうか。)
モニカは家族の姿を思い出すと懐かしさに表情を緩め、レオンの部屋へと続く扉を開けた。

「お待たせしましたレオン様!
制服のサイズは問題ありませんでしたわ!」
そう言って部屋から出てきたモニカの姿を見たレオンは、ボボボッ!と瞬時に顔を真っ赤に染めて、あおくて綺麗な瞳を見開き暫くの間言葉を失っていた。
だがモニカがキョトンとして「レオン様?」と彼の顔を覗き込むとようやくハッ!と我に返り、まだ赤い顔のままで何とかこう口にした。
「と、とても良く似合ってると思う・・・。
他の男達に見せたくないくらいだ・・・・・」
「まぁ!お上手ですのね!
でも・・・ありがとうございます。」
そう言ってモニカが嬉しそうに頬を染めて微笑むと、彼は胸がキュン!と締め付けられるような感覚を覚えてまた恥ずかしくなって、彼女から目をそらした。
そして照れ隠しにか、長めの金の前髪を指先で摘んで引っ張ることを数回繰り返した後、その手をモニカに差し出しこう言った。
「・・・それじゃあモニカ。
そろそろ一緒に昼食を食いに食堂に行こうか。」
「はい・・・!」
モニカははにかみながらその手を取った。

エレベーターを使って一階の食堂前に再び辿り着くと、ワゴンに乗せたランチを運んでくるオリガと再会した。
モニカがオリガに制服のサイズに問題がなかったことを伝えると、彼女は
「それは良うございました!
とてもお似合いですよ!
モニカさん!」
と言ってから会釈し、エレベーターの中へとワゴンを運ぼうとしたので、モニカはレオンに少しだけ待って貰い、彼女がエレベーターに乗るのを手助けしてからまたレオンの元へと戻り、一緒に食堂へと入った。
食堂では複数名のゼニス隊員達や、早めにランチ休憩を貰った庭師や一般のメイド達が本日のメインメニュー”ビーフストロガノフ”を食べていた。
「今日はビーフストロガノフか。」
とレオンが彼等が食べているのを見て嬉しそうに微笑んだ。
「ビーフストウガナツ?
ビーフが牛肉のことだというのはわかりますが・・・」
とモニカ。
「ビーフストロガノフだよ。
ストロガノフというのはこの料理を最初に作った家の名じゃなかったかな?確か・・・。
僕は料理の知識についてはさっぱりだが、牛肉と玉ねぎと何かの茸が入ってたかな?多分・・・」
とレオンがモニカと共に配膳に並びながら、ビーフストロガノフについてまるで説明になっていない説明をしていると、彼の目の前で配膳を行っている中年女性が、
「牛肉と玉ねぎとマッシュルームをスープとサワークリームで煮込んだものをライスにかけて食べる料理ですよ、レオンハルト様。
アデルバートにおいては有名な料理なんですから、説明くらいちゃんと出来ないと貴方様のメイドに対して恥ずかしいですよ?」
とビーフストロガノフについてのフォローを入れつつ皿にたっぷりとよそおった。
「あいよ大盛り。」
「あ、ありがとうマルファさん・・・。」
レオンはオリガだけでなく彼女に対しても頭が上がらないのか、引きつり笑いながらその皿を受け取った。
先に配膳が済んだレオンはモニカに手を振って、空いている席を探しに行った。
彼は周りに人がいない庭の景色がよく見える明るい席を見つけてそこに座った。
モニカがそんな彼の様子を微笑まし気に見ていると、レオンにマルファと呼ばれていた中年女性が、次に配膳するモニカに向かって話し掛けてきた。
「お嬢さん。
あんたが噂のレオンハルト様の専属メイドだろ?」
「あら私、噂になっていますの?」
と言ってキョトンとするモニカ。
「そりゃあもう朝から中庭でレオンハルト様とグリント様が大層綺麗な異国人のメイドさんを取り合って決闘なさったって有名だよ?
それであんたが”若禿なんかやっつけちゃえ!”みたいな愉快な声援をレオンハルト様に飛ばしたって皆大騒ぎさ!
ま、ココだけの話、あの若禿は威張り散らしてばかりで民のためにちっとも働きゃしないしアタシは大嫌いだから、ハッキリ言ってやったアンタのことは大歓迎だよ!」 
「まぁ!ありがとうございます!
改めまして本日からレオンハルト様の専属メイドとなりましたモニカです。
今後ともよろしくお願いしますわね!」
「ああ!
アタシはここの料理長のドミトリーの妻で、調理補助と配膳を担当してるマルファだよ。
こちらこそよろしくね!
で、ビーフストロガノフ、何盛にするんだい?」

モニカは残さずに食べ切れるようマルファから標準より少しだけ少なめによそおってもらったビーフストロガノフのトレーを持って、レオンのところへと向かった。
「お待たせしましたレオン様。
先に召し上がっていてくださっていても宜しかったですのに。」
「いや、君と一緒に食べたいから当然待つよ。
それじゃあ冷めないうちに食べようか。」
「えぇ、いただきます!」
「いただきます!」
二人はそう言って手を合わせると、ビーフストロガノフに手を付けた。
「あら・・・とても美味しい・・・!」
モニカが最初の一口を味わい、目を輝かせながらそう言った。
「だろう?
ここの料理は何でも美味いけど、ビーフストロガノフは僕のイチオシなんだ!
君も気に入ってくれて良かった・・・。」
と言ってレオンは嬉しそうに微笑んだ。
「ビーフストロガノフ、レオン様のイチオシということは、好物なのですか?」
と、今度はちゃんと正しい料理名を用いて尋ねるモニカ。
「・・・好物か・・・。
あまり考えた事がなかったけど、そうなのかもしれない。
僕はパンよりもライスのほうが好きなんだが、アデルバートではライス料理って少なくてね。
ビーフストロガノフはライスが沢山食べられる上、シチューがかかってることで更に食べやすくて美味くなるからな。」
そう言いながらビーフストロガノフを美味しそうにパクパクと口に運ぶレオン。
「あら!
レオン様はパンよりライスがお好きなのですか?」
モニカがぱあっと表情を輝かせながら尋ねた。
「うん!
母様が好きだからその影響かもしれないな。」
とレオン。
「それでしたらアンジェリカ様とレオン様は、ジャポネ料理にハマられるかもしれませんね?」
と更に表情を輝かせるモニカ。
「ジャポネ料理に?」
「えぇ!
ジャポネの主食はライスですからね!
ライスに合うお料理が沢山ございます!」
「へぇ・・・!
ライスに合う料理か!
どんなのがあるんだ!?」
興味津々に身を乗り出してくるレオン。
「ジャポネは海に囲まれた島国ですから、お魚や海藻から出汁という旨味を取り出したスープをお料理に使う事が多いです。
そのスープでお野菜等を煮込み、味噌という大豆から作られた調味料で味を整えた味噌汁というスープをジャポネの人はライスと一緒に毎日飲みます。
他には握ったビネガーライスの上に新鮮なお魚の切り身を生のまま乗せたお寿司という食べ物もございますし、海老やお野菜や山菜に、小麦粉と卵と水から作られた衣をつけて油でサクサクに揚げる天ぷらや、家畜や魔獣肉をスパイスや大豆が原料の調味料でつけ込んで焼く肉料理もライスと合いますし、本当に挙げ出したらキリがありません。
ビーフストロガノフに近い見た目をしたカレーライスという料理もございますよ?」 
「へぇ・・・!
ジャポネ料理か・・・!
是非とも食べてみたいな!
この国でジャポネ料理を作ることは可能なのか?」
と尋ねるレオン。
「えぇ、このビーフストロガノフに使われているライスはモチモチしていてジャポネのものと同じ感覚で扱えそうですし、このライスとニーナさんのお家に置かせていただいている鞄の中のジャポネから持ち込んだ調味料や保存食を使えば、ごくシンプルなジャポネ料理ならば作れますよ!
最も私は料理人ではございませんので、所詮素人の家庭料理にしか過ぎませんけど、それでも宜しければこれからお世話になるご挨拶の意味も含めまして、今晩にでも振る舞いますよ?
勿論アンジェリカ様もご一緒に!」
(鞄の中の調味料や保存食は、私が故郷の味が恋しくなったときにこっそりと食べようと思って持ってきたものでそれ程の量は無いのですが、レオン様の喜ばれるお顔が見たいですし、思い切って使ってしまいましょう!)
と、限りある調味料と保存食達を少しだけ惜しく思いながらも、目の前の主人の為にそう決断するモニカなのだった。
「今晩の夕食を君が!?
いいのか!?
しかも母様のぶんまで!」
「ええ、勿論ですわ!
ですがお味噌汁を作るのには最低でもお鍋、まな板、包丁、お玉、そしてお野菜やお魚かお肉等の食材も必要ですから、鞄を取りに行くついでにそれらも買っておきましょう!」
しかしレオンはそのモニカの言葉に対して、顎に手を当ててむむっと難しい顔をした。
「どうかされましたか?レオン様。」
と心配そうに主人の顔を見るモニカ。
「いや・・・調理道具は大通りに売っていそうだが、食材が売っていそうな店はあの辺りには無いぞ?
教会のあるあの通りとは反対方向にある市場通りまで行かないとならないし、流石に今日両方を巡るのは無理だ。
仕方が無いから今日は調理道具だけ揃えておいて、市場へはまた明日同じ時間帯で良ければ案内するよ。
君の料理は明日のお楽しみにして、今日のところは宮廷で出される夕食を食べることにしよう。」
そこでレオンが座る席の後ろに、濃灰色の髪をお下げに結った地味な顔のメイドが座った。
レオンは特に気にも止めなかったが、モニカは沢山空いている席があるのにも関わらず、わざわざ位の高いレオンの後ろの席についた彼女に少しだけ違和感を覚えたが、レオンがまだ話の途中だったので、そちらに耳を傾けた。
「それで君にお願いなんだが・・・配膳の時間になったら調理場まで夕食を取りに行ってもらってもいいかな?
あ、でも母様を僕の部屋に招いて食べるのは変更無しにしたいから、君には母様のぶんの夕食も一緒に僕の部屋まで運んで欲しいんだ。
・・・頼めるかな?」
「勿論ですわ!レオン様。
ですが貴方様のお世話をすることが私のお仕事なのですから、そんな風に頭を下げてお願いなんてなさらなくても宜しいのに!」
モニカはそう言って謙虚な主人をクスクスと笑った。

食堂で食事を済ませた二人は、さっそく町へと降りた。
ニーナは昨日あんなことがあったばかりのためか、今日は家の隣の教会前にワゴンを出しており、こちらへ向かって歩いてくるモニカとレオンの姿を見つけて嬉しそうに手を振ってくれた。
「モニカさんが金獅子様と一緒にこちらに向かって来られているお姿が見えましたので、もしかしたら・・・とは思っていましたが、その制服はまさしく専属メイドさんのものですね!
モニカさん、ご採用おめでとうございます!
金獅子様も、素敵な専属メイドさんがお決まりになって良かったですね!」
とニーナ。
「ありがとうございますニーナさん!」
「ありがとうニーナ。」 
と二人はそれぞれ笑顔で返した。
「ニーナさんは今日は教会の前にワゴンを出されているのですね?」 
とモニカ。
「えぇ、ここなら私の家の真ん前ですから私に何かあれば家の者が気づいてくれますから。
でも今日は教会でイベントがあるわけでもありませんから、ここにワゴンを出していてもあまりお花は売れないのですけどね!
モニカさんは鞄を取りに来られたのですよね?」
「えぇ!
昨日は泊めていただいて本当に助かりましたわ!
宿泊のお礼はまた改めさせてください。」
「いえいえそんな!
私を助けてくださったお礼にお泊めしたのですから、お礼なんてとんでもありません!
モニカさんの鞄、今店にいる家族に持ってきてもらいますね!」
ニーナがそう言ってワゴンを置いたまま店の方に走って行こうとしたので、モニカがそれを引き止めた。
「大丈夫ですわ!
自分で声をかけてきますから!」
モニカとレオンはニーナに手を振り一旦別れると、花屋で旅行鞄を受け取った。
「大きな鞄だな。
僕が持つよ。」
レオンがそう申し出てくれたので、モニカは素直に甘えることにした。
「ありがとうございます、レオン様!」
そしてもう一度ニーナのところまで戻ってくると、レオンの部屋に飾る黄色い薔薇と、自分の部屋に飾る桃色のダリアを購入した。
「モニカさんは私の一番のお友達なので、うんとお安くしちゃいますね!
そういえば私の彼、今度モニカさんに会ってくれるって今朝会った時に言ってましたよ!」
と花を包みながら言うニーナ。
「まぁ!良かったですわ!
それではお互いの都合の合うときに、お茶でもしながらお話しましょうとお伝え下さい!」 
モニカはそんな会話をしてからニーナと別れた。

「・・・今、ニーナの彼と会うとかそんな話をしていなかったか?」
モニカの旅行鞄を運びながら、レオンがそう尋ねた。
その表情には明らかに嫉妬の色を含んでいた。
「はい。
ニーナさんがまた昨日のような目に遭わなくても済むように、私からニーナさんの彼を説得してみようと思っていまして、そのために彼に私と会ってもらえるようニーナさんに取り次いでもらっているのです。
レオン様・・・ニーナさんと彼が結ばれる手助けをしたら、気になりますか?」
それに対してレオンは迷うことなく頭を振った。
「いや、ニーナが誰に一番花をあげようと、君と出会えた僕にはもう関係がないよ。
ただ君が僕以外の男と会うならその理由が知りたかった。
でも、そういう理由なら別に咎める気はないよ。
別に彼とふたりきりで会うわけじゃないんだろう?」
「えぇ、ニーナさんも一緒ですわ。」
「それならいい。
でも君はまだこの町の危険な場所などを良く知らないのだから、一人で町に出るのは僕からの町の案内を一通り済ませてからのほうがいいと思う。
町全体の案内は昼食後のこの時間だけではとても無理だし、朝からゆっくり町に出れる日を今週中に調整するから。」
「えぇ、わかりました。
よろしくお願いしますわ!」
とモニカは微笑んだ。
「うん、任せてくれ!
というか、その日は今よりもっと本格的な外出になるし、デートと言っても過言じゃないよな・・・。
ふふっ、今からとても楽しみだ・・・。」
レオンがそんな独り言を呟いていると、眼の前に調理雑貨屋が見えてきたので、彼はぱあっと明るい表情になりその店を指差しながらモニカに向けてこう言った。
「あ、モニカ!
あっちに調理器具の売っている店があるぞ!」
「あら本当!
立ち寄っても宜しいですか?」
「勿論!
荷物は全て僕が持つから好きなだけ買うといいよ。」
「まぁ本当に?
ですが、見目麗しい公子様にお鍋なんて持たせてしまっても良いのかしら?」
そう言いながらもちゃっかり鍋数種類とフライパン、ケトル、ボウル、ザル、まな板、包丁、レードル、フライ返し、木ベラ、トング等の調理器具、必要となりそうな食器や食具をどんどんカートに入れているモニカなのだった。
そんな買い物の最中、おそらくスパイス等を入れるためのものなのだろう。
色んな大きさの空瓶がズラリと並べられた棚があったので、モニカはそこで足を止めた。
(この小瓶、ファルガー様から頼まれたを入れるのにちょうど良さそうですわ・・・。
5つ買っておきましょう・・・。)
モニカがそう思って瓶をカートに追加していると、それを見たレオンが訪ねてきた。
「小瓶をそんなに買って何に使うんだ?」
モニカは内心では驚き瓶を落としそうになったが、それを悟れないようニコッと笑顔で彼を振り返ってこう答えた。
「ジャポネでは見かけない花を幾つか庭園でみかけましたので、後で庭師さんにお願いして種を分けてもらおうかと思いまして。
他にもジャポネにない調味料やスパイス等を手に入れた時に使うかもしれませんから、多めに買っておこうと思ったのです!」
楽しい買い物の時間のはずなのに、こうして何も知らないレオンに嘘をつかなければならないことを、心苦しく思うモニカ。
そんな彼女に対し、レオンは優しく微笑むとこう言ったのだった。
「君は故郷にはない珍しいものもとても好きなんだな!
なら今度町を案内するとき、君が好きそうな店に案内出来るよう同期の騎士見習い達から情報を仕入れておくよ。
彼等はデートスポットにとても詳しいからさ。」
モニカは彼の優しさを改めて尊く感じ、彼に今全てを明かせないのなら、せめてメイドとして精一杯彼のために尽くしていこうと心に誓うのだった。

「・・・調理器具の他にはっ・・・何が欲しいんだ!?」
大きな旅行鞄を持った上に更に沢山の鍋、食器が入った袋をガシャガシャと両腕に下げたレオンがモニカにそう尋ねた。
彼が歩く度に金属音がするので、近くにいた主婦たちが何事だと彼のほうを見るが、その音をさせているのがあまりにも綺麗な、しかも身分がこの国で一番高いことを示す白い騎士服を着た少年で、その傍らを歩く専属メイドのモニカのほうがハンドバッグと花束のみしか持たずに悠々と歩いているのを見て、
『まぁ・・・お若い騎士様、荷物持ちをさせられてお可哀そうに・・・』
『あのメイドさん、あんなに荷物を持たせて女王様気取りかしらね?
ドSにも程があるでしょう・・・』
等とヒソヒソ話しているのが聴こえた。
モニカはそれらの会話に苦笑すると、
「やはり鞄だけでも私が持ちますわ、レオン様。
まるで私が公子様をこき使っているドSメイドみたいに周りの人には見えているようですから・・・」
(まぁ実際性癖はドSなんですけどね・・・)
と心の中で付け足しながらもレオンに調理雑貨屋を出てから何度目かわからない声をかけた。
だが、
「全然平気だ!
君の荷物は全部持つ!」
と言ってレオンが荷物を持たせようとはしなかったので、
「・・・失礼いたしますわね。」
と軽く断りを入れてから幼い弟にしたのと同じ様に、彼の小脇を絶妙な加減でくすぐった。
「あははははっ!
モニカっ!や、やめっ・・・くすぐったい!
あははははっ!」
と堪らず鍋の入った袋を落として笑い脱力するレオンから、旅行鞄を奪い返すことに成功するモニカなのだった。

そのお陰で鍋だけに集中して運べるようになったレオンは、少しだけいつものスマートさを取り戻してからもう一度モニカに尋ねた。
「それで、他に何か買うものは?」
「あっ、はい!
後はネグリジェと便箋だけですわ。」
「ネグリジェ・・・」
レオンは目の前のモニカで何やらいかがわしい想像をしてしまったらしく、みるみる顔を真っ赤に染めて彼女から目を逸らした。
「どうされましたか?レオン様。」
と不思議そうに小首をかしげるモニカ。
「ネグリジェって・・・母様が夜に着てたりジェイド兄さんのお下がり女達が着てたようなあれだろ?
・・・あれをモニカに着られるのは相当マズイぞ・・・。
僕はモニカに信頼を裏切らない騎士でいられるよう努めると言ったが、あんな格好のモニカと夜中に会えば、を裏切らないどころかに連れ込んでエッチな事をしてしまいたくなるかもしれない・・・・・。
具体的にはまずモニカの豊かで形の良い胸に顔を埋めてこねくり回して、モニカの甘い喘ぎを聴きながら全身にくまなく舌を這わせて・・・」
「あの・・・レオン様?
お考えが全てお声に出てらっしゃいますが、お気付きでしょうか・・・?
それからおそらくレオン様は、ネグリジェとベビードールを勘違いなされているのではないかと思います。
ネグリジェというのはああいうのですわ。」
そう言ってモニカは通り向かいにある寝具屋のごく普通のワンピースタイプのネグリジェを着たマネキンを指差した。
「あれがネグリジェ・・・?
な、なんだ・・・。
普通のワンピースと相違ないじゃないか。
世の女性は皆、夜寝る時にはあの透け透けの下着みたいなやつを着るのかと思っていたが、あれは宮廷だけのことなのか・・・」
とレオンが真面目な顔で頷いた。
「うふふっ!
レオン様ったらおかしい!
まぁ宮廷だけとは限らずに、あの様な下着は女性が男性を誘う時とか夜伽の際に着るものという認識で宜しいかと思います。
宮廷の方でもその必要がない場合は皆さん普通のネグリジェで就寝なさると思いますよ?
あっ、折角ですからあの寝具屋さんでネグリジェを買ってきても宜しいですか?
レオン様はお鍋を沢山持っていてお店には入れないでしょうから、少しだけお店の外で待っていて貰えますか?
極力お待たせしないように致しますので!」
「あぁ、わかった。
まだ時間はあるしゆっくりでいいよ。」
そうしてモニカは寝具屋にてネグリジェ2枚と、夜は冷えることを見越して上に羽織れるカーディガンも1枚購入するのだった。

「後は便箋だけですわね・・・。
アデルバートらしい騎士様のイラストがついたものだと梅次うめつぐが喜びそうですが・・・」
とモニカがベンチの上に旅行鞄を広げ、ネグリジェとカーディガンの入った袋を押し込みながら小さく微笑んだ。
「うむぇつ・・・ぐぅ・・・?
・・・・・誰だ?」
非常に発音しにくいのだろう。
レオンが梅次の名について、再び嫉妬の色を含んだ顔で尋ねてきた。
「梅次ですわレオン様。
ジャポネにいる私の10歳の弟です。」
「へぇ・・・!
うむぇつぐ・・・というのは君の弟か・・・!!
・・・今10歳なのだな・・・」
とレオンはモニカの初めて聞くプライベートな話に興味津々に目を輝かせた。
「えぇ。
その梅次と父にこちらでの仕事が無事に決まったことを手紙で知らせようかと思いまして。」
モニカは旅行鞄を閉め終えると、再びレオンと並んで通りを歩き始めながらそう答えた。
「そうか、それがいい!
きっと安心するだろうから・・・。
ところで君の母様がその中に含まれていないようだが・・・?」
とレオン。
「母は梅次が産まれてくるときに亡くなりましたの。
元々身体の弱い人でしたから・・・。」
とモニカは少し眉を寄せながらそう答えた。
「・・・・・!
そうか・・・・・。
すまない・・・・・。
辛いことを訊いてしまった・・・」 
「いいえ・・・!
母様の代わりに梅次が産まれてきてくれましたし、私達姉弟には父のような方がもう一人いらっしゃるので、母がいないことでさみしいと感じたことはありませんのよ?」
そう言ってモニカは胸に手を当て、大好きな人の姿をそっと頭に思い浮かべた。
「父のような方?
君の言葉遣いからして目上の相手・・・ということは、君の父様の主人だろう。
違うか?」
レオンが思いがけずファルガーのことを言い当てたので、モニカはドキッとした。
(私の父がジャポネでそれなりの地位のある人物の執事のような仕事をしていることは既にレオン様にお話しましたから、きっとそこから連想されたことなのでしょうけど・・・レオン様からファルガー様のことを言い当てられるとは思いませんでした・・・。
ですが、私の父の主人であるその人がジャポネの統率者であることは、レオン様にもお話しないほうが良いでしょう・・・。
ジャポネの統率者がヘリオス神様の神使であり、この世界の”監視者”を担うファルガー・ニゲル様だということは、一国の上の方に立つ方々であれば知っていてもおかしくはありませんから・・・。
勿論レオン様ならお話しても誰にも言わないでいてくれるとは思いますが、その彼が実のところ、私が処女を捧げた相手だと知れば、その情報をどう扱われるかわかりません・・・。
それがレオン様から神避けをしている人物に伝わるようなことがあれば、私がその潜入捜査のためにここに来たと教えるに等しくなります・・・。
なので父の主人については嘘にならない範囲で特定できないよう暈しておきましょうか・・・)
とモニカは考え、こう答えた。
「えぇ!
大正解ですわレオン様。
その方は私と梅次を実の子のように可愛がってくださっていて、本当に二人目の父様のような方なのですよ。
その方も私がアデルバートで念願のお仕事に着けたことをお知らせしたら喜んで下さると思いますわ!」
「あぁ、そうだろうな!
その人にも是非手紙を書いてあげるといい!」
とレオンは頷いた。
「・・・でもレオン様は梅次にまで嫉妬されたのに、その方には嫉妬をなさらないのですのね?」
クスクスと笑いながらモニカが尋ねた。
「えっ?
だって君が父のようだと言うということは、君の父と同世代もしくはそれ以上の年齢なのだろう?」
とレオン。
「えぇ、確かに父様よりはずっと歳上ですわね・・・。」
とモニカは本当のことを答えた。
「やっぱり!
ならもう父というよりは祖父じゃないか!
流石の僕でもおじいさん相手に嫉妬はしないよ!」
と言ってクツクツと笑うレオン。
「・・・レオン様は鋭いのか鈍いのかわかりませんわね・・・」
「ん?
何か言ったか?」
「いいえ、何でもございませんわ!
それよりもご覧になってください!
あちらのお店、便箋が沢山売っていますわ!
レオン様、選ぶのを手伝って貰えますか?」
モニカはそう言って眼の前に見えてきた文具店に駆け寄った。
「あぁ、騎士のイラストが入っているのが良いのだったな?
それならこれなんかどうだろう?」
そうしてモニカはレオンが選んだ愛らしくディフォルメがされた騎士のイラストが描かれた便箋を手に入れたのだった。
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