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エンタメ充実編
殿下とお兄様 ⑤
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「ワイアット、ワイアットはいるかい?」
「はいクリフ、ここに」
「何故まだそのような古びたコートを着ているんだい。新調するようにと予算は回したはずであろう?」
「あ、…それは…その、会計官殿が他に回されたようでございます」
「なっ、それは一体…他とはなんだ…」
「他は他でございます…」
懐に入れたと言いう事か…私は舐められているのだな。
父王から遣わされた使用人達や父の下で政務に従事る官吏達にとって私は侮っていい存在なのであろう…
「いいえ、クリフではございません。私でございますよ。若輩にして弱小領地の、それも次男では侮られぬはずがありませぬ。いつもの事ゆえ殿下が気にされることではございませんよ。それにほら、このコートはトールキン兄上から譲られたもの。兄上がそばにいるようで…、ふふ、これは困りましたね、見張られているようで気が落ち着きません。」
いつものようにワイアットは冗談めかして笑って見せる。だが私は…
「其方が侮られるのは…私自身が侮られるより許せぬのだ…」
「…クリフ…お気持ちは嬉しいですが、今は良いのです。これはたいした問題じゃない、そうではありませんか?もっと大局に目をお向けなさい。王都のスラムをお見せしましたね。地方の領地も重税に喘いでおります。カマーフィールドのように徴税官の食い物にされている力のない領地も一つ二つではございません。それらの民達が救われるのなら、今私がぼろをまとう事などなんのことはありませんよ」
「そうか…。そのために私がすべきことは他にあるという事か…。…むしろ侮られていることを良かったと思うべきか…油断を招けると」
ワイアットがニコリと微笑む。正解だったらしい。そうだ、ワイアット一人が暖かいコートを身に纏っても仕方がないのだ。それでも私は…私は…
「な、ならばこれを。私の古いコートだが、其方に下賜することとしよう。古いと言っても仕立ての良いものだ。兄上殿に見張られているよりは良いであろう?」
「それはっ!いやしかし、…あ…ありがたき幸せに「そのような堅苦しい言葉はよせ!」」
「…私が其方に着せたいと思ったのだ。其方を、私の物で包みこみたいと…」
「え、あ……その…や、やはり…やはり殿下とお呼びした方が良いようですね…」
いくら若く見えてもワイアットは私より年上である。私の恋慕などお見通しなのだろう。だが、ワイアットが私を殿下と呼び距離を置こうとした事実が途方もなく私の飢餓感を搔き立てた。
「何故だワイアット。傍に居ると言ったではないか。いつでもここに居ると。なのに…お前も…私を独りにするのか…」
「い、いいえ!そのような!違いますクリフ、そうではなく、あ…」
私に駆け寄り弁明しようとするワイアットを気付いた時には抱きしめていた。
「私を支えると言ったのは方便かい?」「まさかっ!」
「では支えておくれ、私の望むままに」「そ、それは…」
「其方がおらねば…何一つ成し遂げられる気がせぬのだ…」
「…変革のために傍に居ろと仰せですか?」
「違う!わかっているくせに!」
されるがままでありながらワイアットが身を固くしたのが分かった。
「せ、正妃様がおられます…私は…たとえ殿下のお相手でも、妾になるつもりは…」
「そんなことはせぬ…正妃は…この叛乱が上手くいけば、否が応でも処罰の対象になるだろう。デボン家の降爵と妃の離縁は既に決まっている…」
「わ、私では身分が足りませぬ…クリフの、足枷になりたくはない……」
目の前の愛しい人が顔を伏せて静かに涙を落した時、この想いが独りよがりではないという喜びとともに、身体の奥深く久しく無かったその熱がゆらりと灯ったのが感じられた。
だが、このような何の保証も出来ぬ中、無理やり彼を手に入れ傷つけることは本意ではない。
アデルの言った〝絶対譲れない大切な物” その言葉が今本当の意味で分かった気がする…。
「はいクリフ、ここに」
「何故まだそのような古びたコートを着ているんだい。新調するようにと予算は回したはずであろう?」
「あ、…それは…その、会計官殿が他に回されたようでございます」
「なっ、それは一体…他とはなんだ…」
「他は他でございます…」
懐に入れたと言いう事か…私は舐められているのだな。
父王から遣わされた使用人達や父の下で政務に従事る官吏達にとって私は侮っていい存在なのであろう…
「いいえ、クリフではございません。私でございますよ。若輩にして弱小領地の、それも次男では侮られぬはずがありませぬ。いつもの事ゆえ殿下が気にされることではございませんよ。それにほら、このコートはトールキン兄上から譲られたもの。兄上がそばにいるようで…、ふふ、これは困りましたね、見張られているようで気が落ち着きません。」
いつものようにワイアットは冗談めかして笑って見せる。だが私は…
「其方が侮られるのは…私自身が侮られるより許せぬのだ…」
「…クリフ…お気持ちは嬉しいですが、今は良いのです。これはたいした問題じゃない、そうではありませんか?もっと大局に目をお向けなさい。王都のスラムをお見せしましたね。地方の領地も重税に喘いでおります。カマーフィールドのように徴税官の食い物にされている力のない領地も一つ二つではございません。それらの民達が救われるのなら、今私がぼろをまとう事などなんのことはありませんよ」
「そうか…。そのために私がすべきことは他にあるという事か…。…むしろ侮られていることを良かったと思うべきか…油断を招けると」
ワイアットがニコリと微笑む。正解だったらしい。そうだ、ワイアット一人が暖かいコートを身に纏っても仕方がないのだ。それでも私は…私は…
「な、ならばこれを。私の古いコートだが、其方に下賜することとしよう。古いと言っても仕立ての良いものだ。兄上殿に見張られているよりは良いであろう?」
「それはっ!いやしかし、…あ…ありがたき幸せに「そのような堅苦しい言葉はよせ!」」
「…私が其方に着せたいと思ったのだ。其方を、私の物で包みこみたいと…」
「え、あ……その…や、やはり…やはり殿下とお呼びした方が良いようですね…」
いくら若く見えてもワイアットは私より年上である。私の恋慕などお見通しなのだろう。だが、ワイアットが私を殿下と呼び距離を置こうとした事実が途方もなく私の飢餓感を搔き立てた。
「何故だワイアット。傍に居ると言ったではないか。いつでもここに居ると。なのに…お前も…私を独りにするのか…」
「い、いいえ!そのような!違いますクリフ、そうではなく、あ…」
私に駆け寄り弁明しようとするワイアットを気付いた時には抱きしめていた。
「私を支えると言ったのは方便かい?」「まさかっ!」
「では支えておくれ、私の望むままに」「そ、それは…」
「其方がおらねば…何一つ成し遂げられる気がせぬのだ…」
「…変革のために傍に居ろと仰せですか?」
「違う!わかっているくせに!」
されるがままでありながらワイアットが身を固くしたのが分かった。
「せ、正妃様がおられます…私は…たとえ殿下のお相手でも、妾になるつもりは…」
「そんなことはせぬ…正妃は…この叛乱が上手くいけば、否が応でも処罰の対象になるだろう。デボン家の降爵と妃の離縁は既に決まっている…」
「わ、私では身分が足りませぬ…クリフの、足枷になりたくはない……」
目の前の愛しい人が顔を伏せて静かに涙を落した時、この想いが独りよがりではないという喜びとともに、身体の奥深く久しく無かったその熱がゆらりと灯ったのが感じられた。
だが、このような何の保証も出来ぬ中、無理やり彼を手に入れ傷つけることは本意ではない。
アデルの言った〝絶対譲れない大切な物” その言葉が今本当の意味で分かった気がする…。
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