イケメン大好きドルオタは異世界でも推し活する

新生活順応編

ある家令のため息

アデル様をこの邸に連れ戻して以来、旦那様の表情が緩みっぱなしでございます。
物言いや振舞も随分と柔らかくなられ、皆安堵に胸をなでおろしております。
はっきり言ってこのような表情は王宮に居た時分よりここバーガンディでの暮らしに至るまで、ついぞ見たことはございませぬ。
愛は寛容であり愛は悪を思わぬと神は申されますが、まさにそれを体現したかのような変化でございます。

アデル様がこのお屋敷にお見えになられた日、離宮より戻られた旦那様は肩を震わせ、その深紅の眼から誰も正面には立てない程の威圧を振りまき激情のまま無体な仕打ちを、我ら使用人そして討伐隊の皆様にお命じになられました。

理不尽な仕打ちの中、アデル様はつらさを隠し過ごしておいでのようでした。楽しそうなお姿をお見せになられますが、そのような訳がございません。ですがどれほど日々が過ぎても、誰を恨むでもなく、怒りもぶつけず。目が合えばペコリと頭をお下げになる貴族家の子息には考えられないその振舞に皆、驚きと、好ましさと、そして言いようのない後ろめたさが日々積みあがっておりました。

怒りに支配されいつも以上の瘴気をまき散らす旦那様を誰も諫める事すらできぬまま幾月かが過ぎ、ついにアデル様がでていかれてしまいました。いえ、旦那様がそう申されたのです…
あまりの所業に排斥を覚悟し進言しようかとまで思いましたが、アデル様の行動の速さは予想をはるかに上回るものでした。

裏木戸にほど近い通用口で荷の運び入れを行っていた雑役夫からその報告を受けた時、すでに数刻は過ぎており、旦那様の目を盗みすぐさま信用のおける者に探させましたが…まるで煙のようにアデル様はそのお姿を消してしまわれたのです。
その後も関所から桃色の髪した少年の出奔報告は無く、領内の宿屋や治療院などにも該当するお姿は確認できず、秘密裏に探すことに限界を感じ行き詰まっていた頃、ついにそこには居ないアデル様のお心を知ることとなったのです。


こう言ってはなんですが、あれだけの仕打ちを受けて旦那様に好意をもつ理由が私にはわかりかねます…
温和な私も些か憤っているのです…
ですがこの世に一目ぼれというものがあるのならば、…それがたとえどんなに趣味が悪くとも…それこそがアデル様をここに留めておいでだったのだとそう納得することにしました。

ようやく堂々と捜索できる運びとなりましたが、それでもアデル様は一向に見つかりません。焦りに気をもんでいる渦中、疑似スタンピードが発生しそれどころではなくなったのです。

疑似スタンピードは、邸に膨大な後処理業務と多量の素材、そして…なんとっ、アデル様をもたらしました。
アデル様は王国内でも数人しか確認されていない変身メタモル魔法の習得者だったのです。
なんということでしょうか！
アデル様を腕に抱えながら足取りも軽く戻られた旦那様は、それ以来かれこれ24時間片時もアデル様をお傍から離されようとなさいません。



そうしてこの半年にも及ぶ波乱の日々が終わりを告げたわけですが、このあどけなくもしっかり者のアデル様とそれに翻弄されすっかり大人しくなった旦那様…
…これからも波乱の日々は続くのでしょうな。おかしくも幸せな波乱の日々が…