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高等部2学年
110 対決!!
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ある朝、その日届けられた山なりの手紙類、その一つを手に取るなり私の仕える主君、この国の王太子レグルス殿下が眉を寄せる。
大きなため息をこれ見よがしにひとつつくと、その手紙をひらひらさせながら外套の埃を払う私を呼び寄せた。
「ケフィウス、宮廷に使いをやってハインリヒを呼んでくれないか。」
「どうかなさいましたか。」
「どうもこうも…全く底意地の悪い…」
ハインリヒ様、この国の期待を一手に背負う若き文官、筆頭侯爵家の次期当主だ。
税関長補佐として国境に出向くことの多い彼だが国境付近は一部を除きこの時期雪に覆われている。
冬の間は宮廷で執務につくのが当たり前の慣習だ。
「これはこれは王太子殿下、今日は一体どうなされた。」
「ああ、ハインリヒ、君から送られたこの結婚式の招待状…日付は4月4日…テオドールの誕生日…何故この日に?」
「なにもおかしいことなどないだろう。婚約から通例通り半年となる。オーリィ令嬢との婚礼は盛大に行うつもりだ。何が問題なのだ」
レッドフォード家の隠された問題が、あの日堰を切ったように溢れ出した。ちょうどいい機会でもあったのだろう。ヴィクトリア様はもう限界だったのだ。それにしても大した女性だ。それまで何一つ誰にも気づかせないでいたのだから。
その後急遽すすめられたハインリヒ様のお相手探し。
大勢の侯爵令嬢が色めき立ったが、選ばれたのは箸にも棒にもかからない、地方の一侯爵家、モーリィ侯爵家の令嬢だった。
「私はその日テオドールを呼び出すつもりでいたのだよ。宮殿の庭で私の命においてテオドールの誕生日を祝い、この婚約を正式なものとするためにね。」
「テオドールはまだ返答をしていない」
「色よい返事をもらって見せるさ。とても嫌われているとは思えないのだよ。」
「好いているとも思えぬが?」
殿下はテオドール様を諦めてはいない。こうと決めたら決して引かないお方だ。あと3か月、じわじわと外堀から固めていくつもりだろう。
だがテオドール様は何度聞いてもその返事を曖昧にされる。
はぁ…後回しにしたからと言ってその問題が無くなるわけではないというのに…愚かなことだ。
「…言うね、ハインツ…。ともかく君の婚礼に水を差すことは出来ないし、筆頭侯爵家と王家が続けざまに祝い事などと…そのような訳にもいかないだろうね。」
「ええ全く。レッドフォードや王家への祝いの品をそこらのもので済ませられるはずがない。となれば商会も職人も、質の良いものを用意するにはかなりの時間を要する。貴族家にしても大きな出費が続けざまでは、困らぬまでも良い顔はしないだろう。せめて数か月は開けねば歓迎はされまいよ、どちらも無理を通せば不満を持つのは目に見えている。後発の王家に対してね。」
「分かっていてこの日に当ててきたのだな。性格の悪い…。思えば君は昔からそうだった」
婚儀は婚約式から半年以上開けるのがこの国の通例だ。仮にこの日正式な婚約届が受理されたとしても、肝心の婚約披露が延期になればそれに合わせて婚儀も伸びる。…考えたな…流石はハインリヒ様だ。
「殿下、あなたも昔から少しも変わらない…。貴方の理想の高さを否定はしない。だがその理想にテオドールを付き合わせるのはやめてもらおう。正直なところ、私はあなたを類を見ない傑物だと思っている。いずれは歴史に名を遺す君主となるのかもしれない。そのあなたがテオドールに目をつけるのは至極当然、慧眼と言えなくもないが…、だがほんとうにテオドールが王宮でやっていけると思うのか!だとしたらあなたはなんと傲慢なのだ!」
「テオドールはハインツが考えるよりずっと強いし柔軟だ。下々を思う気持ちも持ち合わせている。己の立場を理解しさえすれば、王太子妃として振舞うことも出来るはずだと考えるがね。」
「それはテオドールに我慢を強いると言うことだっ!」
「人前での話だ。王太子妃としての振舞いが必要な場だけそのように取り繕えばそれでいい。それ以外はいつも通りの無邪気なテオのまま、」「詭弁だな!」
「レグルス!あなたのように仮面を使い分けろというのか!」
徐々に熱を帯びる二人の言い争い。止めたくとも私に口が挟めるはずもない。
お二人は分かっていないが、私からみればよく似たお二人だ。その冷徹さを隠すか隠さないか…ただそれだけの違いでしかない。
似た者同士…だからこれほど反発するのだろう。
「そこまでだハインリヒ、少し落ち着くといい。レグルス、お前も少しは人の意見に耳を傾けるべきだ。僕はどちらが正しいとは言わないが、…ずいぶんと我慢を強いられ続けてきたテオドールだ。彼が好きに選べばいい。そうだ、彼自身が言っていた、分岐の数だけ選択肢があると。二人の勝手でテオドールの選択肢を奪う事だけは許さない。」
それまで黙って聞いていた公爵家のデルフィヌス様、お二人とこの場で唯一対等に話の出来るお立場の方。
エジプシアンダンジョンでバスティト神と遭逢を果たされてから、すっかりその信奉者となられた生真面目な方。
そしてあのテオドール様がお兄ちゃんと慕うお方でもある。つまり人格者だと言うことだ。
「いいか、テオドールは魔力はなくとも神獣バスティトの加護を持つれっきとした聖人だ。なんにせよ二人とも無理強いはしない事だ。この国が神の怒りに触れるなど、僕はごめんこうむる。」
その言葉にはさすがの二人もそろって息をのんだのだった。
大きなため息をこれ見よがしにひとつつくと、その手紙をひらひらさせながら外套の埃を払う私を呼び寄せた。
「ケフィウス、宮廷に使いをやってハインリヒを呼んでくれないか。」
「どうかなさいましたか。」
「どうもこうも…全く底意地の悪い…」
ハインリヒ様、この国の期待を一手に背負う若き文官、筆頭侯爵家の次期当主だ。
税関長補佐として国境に出向くことの多い彼だが国境付近は一部を除きこの時期雪に覆われている。
冬の間は宮廷で執務につくのが当たり前の慣習だ。
「これはこれは王太子殿下、今日は一体どうなされた。」
「ああ、ハインリヒ、君から送られたこの結婚式の招待状…日付は4月4日…テオドールの誕生日…何故この日に?」
「なにもおかしいことなどないだろう。婚約から通例通り半年となる。オーリィ令嬢との婚礼は盛大に行うつもりだ。何が問題なのだ」
レッドフォード家の隠された問題が、あの日堰を切ったように溢れ出した。ちょうどいい機会でもあったのだろう。ヴィクトリア様はもう限界だったのだ。それにしても大した女性だ。それまで何一つ誰にも気づかせないでいたのだから。
その後急遽すすめられたハインリヒ様のお相手探し。
大勢の侯爵令嬢が色めき立ったが、選ばれたのは箸にも棒にもかからない、地方の一侯爵家、モーリィ侯爵家の令嬢だった。
「私はその日テオドールを呼び出すつもりでいたのだよ。宮殿の庭で私の命においてテオドールの誕生日を祝い、この婚約を正式なものとするためにね。」
「テオドールはまだ返答をしていない」
「色よい返事をもらって見せるさ。とても嫌われているとは思えないのだよ。」
「好いているとも思えぬが?」
殿下はテオドール様を諦めてはいない。こうと決めたら決して引かないお方だ。あと3か月、じわじわと外堀から固めていくつもりだろう。
だがテオドール様は何度聞いてもその返事を曖昧にされる。
はぁ…後回しにしたからと言ってその問題が無くなるわけではないというのに…愚かなことだ。
「…言うね、ハインツ…。ともかく君の婚礼に水を差すことは出来ないし、筆頭侯爵家と王家が続けざまに祝い事などと…そのような訳にもいかないだろうね。」
「ええ全く。レッドフォードや王家への祝いの品をそこらのもので済ませられるはずがない。となれば商会も職人も、質の良いものを用意するにはかなりの時間を要する。貴族家にしても大きな出費が続けざまでは、困らぬまでも良い顔はしないだろう。せめて数か月は開けねば歓迎はされまいよ、どちらも無理を通せば不満を持つのは目に見えている。後発の王家に対してね。」
「分かっていてこの日に当ててきたのだな。性格の悪い…。思えば君は昔からそうだった」
婚儀は婚約式から半年以上開けるのがこの国の通例だ。仮にこの日正式な婚約届が受理されたとしても、肝心の婚約披露が延期になればそれに合わせて婚儀も伸びる。…考えたな…流石はハインリヒ様だ。
「殿下、あなたも昔から少しも変わらない…。貴方の理想の高さを否定はしない。だがその理想にテオドールを付き合わせるのはやめてもらおう。正直なところ、私はあなたを類を見ない傑物だと思っている。いずれは歴史に名を遺す君主となるのかもしれない。そのあなたがテオドールに目をつけるのは至極当然、慧眼と言えなくもないが…、だがほんとうにテオドールが王宮でやっていけると思うのか!だとしたらあなたはなんと傲慢なのだ!」
「テオドールはハインツが考えるよりずっと強いし柔軟だ。下々を思う気持ちも持ち合わせている。己の立場を理解しさえすれば、王太子妃として振舞うことも出来るはずだと考えるがね。」
「それはテオドールに我慢を強いると言うことだっ!」
「人前での話だ。王太子妃としての振舞いが必要な場だけそのように取り繕えばそれでいい。それ以外はいつも通りの無邪気なテオのまま、」「詭弁だな!」
「レグルス!あなたのように仮面を使い分けろというのか!」
徐々に熱を帯びる二人の言い争い。止めたくとも私に口が挟めるはずもない。
お二人は分かっていないが、私からみればよく似たお二人だ。その冷徹さを隠すか隠さないか…ただそれだけの違いでしかない。
似た者同士…だからこれほど反発するのだろう。
「そこまでだハインリヒ、少し落ち着くといい。レグルス、お前も少しは人の意見に耳を傾けるべきだ。僕はどちらが正しいとは言わないが、…ずいぶんと我慢を強いられ続けてきたテオドールだ。彼が好きに選べばいい。そうだ、彼自身が言っていた、分岐の数だけ選択肢があると。二人の勝手でテオドールの選択肢を奪う事だけは許さない。」
それまで黙って聞いていた公爵家のデルフィヌス様、お二人とこの場で唯一対等に話の出来るお立場の方。
エジプシアンダンジョンでバスティト神と遭逢を果たされてから、すっかりその信奉者となられた生真面目な方。
そしてあのテオドール様がお兄ちゃんと慕うお方でもある。つまり人格者だと言うことだ。
「いいか、テオドールは魔力はなくとも神獣バスティトの加護を持つれっきとした聖人だ。なんにせよ二人とも無理強いはしない事だ。この国が神の怒りに触れるなど、僕はごめんこうむる。」
その言葉にはさすがの二人もそろって息をのんだのだった。
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