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高等部1学年
84 家族の再生②
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新しく割り当てられた本邸の西の棟。
日当たりの良いその部屋に入るとそこにはすでに僕を待つハインリヒ様の姿があった。
「父上からも義母上からも家族として許されたようだが、どうした?お兄様とは呼ばないのか?」
「…お兄様とお呼びしたいのは一人だけです。ハインリヒ様はハインリヒ様…そうですね、ハインツ様とでもお呼びしましょうか?多少は親しみがわく気がしませんか?」
「はあ?…まぁいい、好きに呼べ。あの殿下に愛称で呼ばれるよりはまだましだ」
そういえば殿下は折につけハインツと呼んでいた。筆頭侯爵家の嫡男ともなれば僕や社交界から離れていたお兄様と違い、王家との付き合いもけっして少なくはなかったのだろう。
「そういえば、お兄様をあきらめるなんて…ずいぶん殊勝ではありませんか。いったいどうしたって言うんです?本気ですか?」
「テオを悲しませるのは本意ではないのだよ。それに考え方を変えてみたのだ」
「考え方を変えた…それは一体…」
「テオドールが一番心を許し、大切にするものは何だと思う?友人か?仲間か?いや違う。家族だ。あの子は何より家族というものを大切にするのだ。父親という存在の喪失感ゆえだろうか…。あの泣き叫んだテオを見ただろう?お母様を幸せにと、そしてこの私、お兄様に謝ってと、あの父上に食って掛かった。お前だってそうだ。テオとお前の間にも実際血のつながりは無いというのに、義弟というだけでテオはお前を守り続けた。」
「それは僕も思いますが…」
「お前は何か誤解をしているが、テオドールが家に居たがったのは本当なのだ。あの子はこの屋敷に来た3歳の頃から、暗闇に怯え、物音に怯え、知らぬ者を怖がり、そうしていつも私の陰に隠れ母の手を握りしめた。いつも部屋の中で静かにコマやビー玉で遊んでいるようなそんな子供だったのだ。そんなテオドールがあの離れには不思議とよく行きたがった。思えば何かを感じ取っていたのだろうか…?ともかく、分かり易くテオを可愛がる私や義母上と違い、父上は当時よりテオドールに一線を引いていてね。義母上の連れ子とはいえあれほど愛らしい子供に対しよくここまでそっけなく出来るものだと思っていたが…父上の事情は今回の事で理解した。そして当時のテオドールはそんな父上の気を引こうといつも必死に後を追ったものだ。」
「えっ?そうなのですか?」
初めて聞く話だ。僕の知ってるお兄様はお父様に対し委縮はしてもけっして関心があるようには見えなかった。まさに無関心と言えるほどに。それはお父様も同じことで、僕は密かに安堵したのだ。お父様のあの態度は嫡男以外、誰に対しても同じなのだと。この愛らしいお兄様でも目を向けられることは無いのだと。
「そう、お前がこの屋敷に連れて来られる少し前、テオドールが階段から落ち生死の境を漂ったことがあった」
「ええっ!それは…大丈夫だったのですか⁉」
「外傷はなかったのだ。ただ意識だけが戻らず…。あの時ばかりは領地にいた父上も血相を変え様子を見にいらしたものだ。そうして3日後意識が戻ると…あの子はそれまで以上に家に固執するようになった。どんな子供の集まりにも決して行かず、誰もが行きたがる王室主催の催しにもまったく興味を示さず、ひたすら屋敷に籠り…そして父上の後を追わなくなったと思ったら私と義母上に依存するようになったのだ。まるであの子の世界には母と私しか居ないかのように…私がテオドールに執着していると義母上は言ったが無理も無いと思わないか?あの子はどんな些細な事でさえも常に私だけを頼ったのだ。」
「それは…まぁ…」
「まぁ、そんな時お前がこの屋敷にやってきて…あの子がお前に関心を持ったのは青天の霹靂だったよ。」
「お兄様は僕を辛い目に合わせたくなかったと…そう言いました」
「そうだ。分かるだろう?あの子と話して気づいたのだ。あの子は家族というものへの想いが想像以上に深い。兄弟という形が必要なのだ。ならば兄でいる事こそがテオドールの一番でいることに他ならない。そうは思わないかアリエス。名より実を取ったのだよ、私は。」
「…ハインツ様?兄弟はここにも一人いるのですよ。次点になったらどうします?」
「そうはならないさ。お前と私では兄弟としての重みが違う。」
「…否定はできませんね…」
「テオドールがそう望む以上、お前と兄弟のまねごとをするのもやぶさかではない。私の邪魔をけしてするな。ならば私もお前の行動に口は出さないでおこう。」
ハインリヒ様を見送って一人部屋で思案する。
お兄様は家族という形を欲しがっている…そう言われればそうなのかもしれない。昨日の話とも符合する…アルタイルたちと険悪だったころでさえ僕の事はすぐに許してくださった。殿下に対してさえもすぐに心は開かなかったのに。そうだ、あれほど孤児院を気にかけるのは家族を持たない子供たちへの憐憫の情が深いからだ。救護院の老冒険者たちをおじいちゃん、そう呼ぶのもきっと…。家族愛…ハインリヒ様は本質の部分で諦めている訳ではないのだ多分。もしかしたら一番厄介な敵になるかもしれない…あの人は、お兄さまさえ絡まなければ本当に有能で…。おそらくこの読みは確信を突いている。
だけど手の内を僕の前で晒したのは間違いでしたね。いくら僕とアルタイルをそういう仲だと信じていたとしても。
ハインリヒ様のその作戦に便乗するのが最善なのか?それにしてもお兄様の身辺は果たしてどうなっていくのだろう…。
日当たりの良いその部屋に入るとそこにはすでに僕を待つハインリヒ様の姿があった。
「父上からも義母上からも家族として許されたようだが、どうした?お兄様とは呼ばないのか?」
「…お兄様とお呼びしたいのは一人だけです。ハインリヒ様はハインリヒ様…そうですね、ハインツ様とでもお呼びしましょうか?多少は親しみがわく気がしませんか?」
「はあ?…まぁいい、好きに呼べ。あの殿下に愛称で呼ばれるよりはまだましだ」
そういえば殿下は折につけハインツと呼んでいた。筆頭侯爵家の嫡男ともなれば僕や社交界から離れていたお兄様と違い、王家との付き合いもけっして少なくはなかったのだろう。
「そういえば、お兄様をあきらめるなんて…ずいぶん殊勝ではありませんか。いったいどうしたって言うんです?本気ですか?」
「テオを悲しませるのは本意ではないのだよ。それに考え方を変えてみたのだ」
「考え方を変えた…それは一体…」
「テオドールが一番心を許し、大切にするものは何だと思う?友人か?仲間か?いや違う。家族だ。あの子は何より家族というものを大切にするのだ。父親という存在の喪失感ゆえだろうか…。あの泣き叫んだテオを見ただろう?お母様を幸せにと、そしてこの私、お兄様に謝ってと、あの父上に食って掛かった。お前だってそうだ。テオとお前の間にも実際血のつながりは無いというのに、義弟というだけでテオはお前を守り続けた。」
「それは僕も思いますが…」
「お前は何か誤解をしているが、テオドールが家に居たがったのは本当なのだ。あの子はこの屋敷に来た3歳の頃から、暗闇に怯え、物音に怯え、知らぬ者を怖がり、そうしていつも私の陰に隠れ母の手を握りしめた。いつも部屋の中で静かにコマやビー玉で遊んでいるようなそんな子供だったのだ。そんなテオドールがあの離れには不思議とよく行きたがった。思えば何かを感じ取っていたのだろうか…?ともかく、分かり易くテオを可愛がる私や義母上と違い、父上は当時よりテオドールに一線を引いていてね。義母上の連れ子とはいえあれほど愛らしい子供に対しよくここまでそっけなく出来るものだと思っていたが…父上の事情は今回の事で理解した。そして当時のテオドールはそんな父上の気を引こうといつも必死に後を追ったものだ。」
「えっ?そうなのですか?」
初めて聞く話だ。僕の知ってるお兄様はお父様に対し委縮はしてもけっして関心があるようには見えなかった。まさに無関心と言えるほどに。それはお父様も同じことで、僕は密かに安堵したのだ。お父様のあの態度は嫡男以外、誰に対しても同じなのだと。この愛らしいお兄様でも目を向けられることは無いのだと。
「そう、お前がこの屋敷に連れて来られる少し前、テオドールが階段から落ち生死の境を漂ったことがあった」
「ええっ!それは…大丈夫だったのですか⁉」
「外傷はなかったのだ。ただ意識だけが戻らず…。あの時ばかりは領地にいた父上も血相を変え様子を見にいらしたものだ。そうして3日後意識が戻ると…あの子はそれまで以上に家に固執するようになった。どんな子供の集まりにも決して行かず、誰もが行きたがる王室主催の催しにもまったく興味を示さず、ひたすら屋敷に籠り…そして父上の後を追わなくなったと思ったら私と義母上に依存するようになったのだ。まるであの子の世界には母と私しか居ないかのように…私がテオドールに執着していると義母上は言ったが無理も無いと思わないか?あの子はどんな些細な事でさえも常に私だけを頼ったのだ。」
「それは…まぁ…」
「まぁ、そんな時お前がこの屋敷にやってきて…あの子がお前に関心を持ったのは青天の霹靂だったよ。」
「お兄様は僕を辛い目に合わせたくなかったと…そう言いました」
「そうだ。分かるだろう?あの子と話して気づいたのだ。あの子は家族というものへの想いが想像以上に深い。兄弟という形が必要なのだ。ならば兄でいる事こそがテオドールの一番でいることに他ならない。そうは思わないかアリエス。名より実を取ったのだよ、私は。」
「…ハインツ様?兄弟はここにも一人いるのですよ。次点になったらどうします?」
「そうはならないさ。お前と私では兄弟としての重みが違う。」
「…否定はできませんね…」
「テオドールがそう望む以上、お前と兄弟のまねごとをするのもやぶさかではない。私の邪魔をけしてするな。ならば私もお前の行動に口は出さないでおこう。」
ハインリヒ様を見送って一人部屋で思案する。
お兄様は家族という形を欲しがっている…そう言われればそうなのかもしれない。昨日の話とも符合する…アルタイルたちと険悪だったころでさえ僕の事はすぐに許してくださった。殿下に対してさえもすぐに心は開かなかったのに。そうだ、あれほど孤児院を気にかけるのは家族を持たない子供たちへの憐憫の情が深いからだ。救護院の老冒険者たちをおじいちゃん、そう呼ぶのもきっと…。家族愛…ハインリヒ様は本質の部分で諦めている訳ではないのだ多分。もしかしたら一番厄介な敵になるかもしれない…あの人は、お兄さまさえ絡まなければ本当に有能で…。おそらくこの読みは確信を突いている。
だけど手の内を僕の前で晒したのは間違いでしたね。いくら僕とアルタイルをそういう仲だと信じていたとしても。
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