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高等部1学年
73 あるモブの一日
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学院の休みは冬、春、夏の三度あり、2週間、4週間、6週間と伸びて行く。
領地を持つ貴族家の子弟は休みに領地へ行く者も多く、春と夏の休みが長いのはその時期領地での手伝いも多いからだ。
だが、私のような辺境の田舎貴族は冬と春は帰省をせずに王都に残る。そうして家族と共にありとあらゆる社交をこなし、将来への保険をかけるのだ。
そんな社交の一環で今週だけで3件の茶会に参加予定だ。夜会ほどの負担はないがそれでもけっこうな経費はかかる。ある同級生の後押しで多少の余裕が出来たこともあり、これは先行投資なのだと今日もローゼン伯爵夫人主催のお茶会に母上とともに参加する。
「アンネ様。このたびはご招待いただきありがとうございます。今回は恵まれぬ寡婦に花の苗を配るための寄付金集めでしたわね。」
「ええそうですの。先日市民街からやってきた寡婦の雑役婦がたいそうひねくれておりましてね、ああ、貧しい暮らしの中では心も貧しくなってしまうのねって思いましたの。ですのでわたくしこんな時こそ花を愛で心にゆとりを持つことが必要なんじゃないかって考えましたのよ。魂を磨くといいますか」
「ローゼン夫人、まこと素晴らしいお考えにございます。誰も思いつかなかったこの先進的な発想、この私、若輩者ながら大変感動いたしました。夫人はまさに淑女の中の淑女でございますね。私もぜひ夫人のような伴侶を得たいものです」
「まあ、お恥ずかしい。わたくし至極当たり前の事しかしておりませんのに」
本心を隠し夫人の好きそうな言葉を集めて褒めそやす。耳障りの良い名目ではあるが実際の所、心底ゆとりのないものは花の苗より明日のパンを貰ったたほうが喜ぶだろうに。それが間違っているわけではないがどこか独りよがりな気がするのだ。まさにこのローゼン夫人を体現していると言えるだろう。
模範的な伯爵夫人。夫や子供のためにと昼夜問わず社交に励み、高貴な義務も忘れない。だがその手段はいつでも見栄えだけが良く、そう、この目の前のお菓子のように、見た目はとても華やかだがボロボロとくずれ食べにくいことこの上ないしお世辞にも美味しいとは言えない。夫人のドレスはいつでも最新の意匠で社交界では評判だが、使用人への賃金はかなり渋っていると聞いている。
とにかくこのご婦人は目立つこと、感心されること、先駆けとされることが好きなのだ。
「夫人ほど世相にくわしいお方でしたらあの噂はもうご存じで?」
「えっ?え、ええ、もちろんですとも。あ、あの噂でございましょう。当然知っておりますわ」
「酷いものです、あのテオドール様は…」
「テオドール…神童テオドール・レッドフォードでございましょう?メイドたちに随分逆恨みされたという…」
「ええ、あの件はそうでございましたね。ですがあの件ですっかり世を拗ねたご子息はその才智を持って恐ろしい武器を…」
「武器がどうしたっていうのかな?その続き私に詳しく聞かせてくれるかい?」
いつの間にか私の背後に、よりにもよってテオドール様を伴侶にと望んでおられる王太子殿下その人が立っていた。
「やぁ、ローゼン伯爵夫人。此度は夫人の深い見識に感銘を受け、お忍びながら私も寄付をとやって来たのだよ。」
「まぁぁ…殿下、そういって頂けて…実に光栄の至りでございますわ」
「これほど知性に長けた夫人であれば噂話などという根拠のない話などに惑わされたりはしないだろう?どうかな?夫人も一緒に私の婚約者、テオドールのおかしな話を聞いてみては」
「い、いえ、殿下にお話しするような内容では…その、下らない事を申しました。ただのよもやま話の類です。申し訳ございません。私はこれにて失礼を…」
「私の婚約者、テオドールの話だろう?今この場を離れる事こそ礼を欠くとは思わないかい?構わないから聞かせてもらおう。その内容も、誰から聞いたのかも」
ピリつく空気を感じ、伯爵夫人はそっとその場を立ち去った。だが私は蛇に睨まれたカエルのようにその場で硬直するばかりだ。
「それで?」
「いえその…」
「君は学院の生徒だろう?実はね、ここへは君に会いに来たのだよ。先日参加した夜会の場でもテオドールの噂を面白おかしく話す者たちがいてね、」
「…うっ…」
「デアハイテ男爵夫人、知っているだろう?君の母君が懇意にしているご婦人だ。気の良い婦人だが少し口が軽くてね、その場の女性たちを集めてまるで漫談師かのように喝采をあびていたよ。」
「そ、その…、デアハイテ夫人は…」
「私は薬漬けにされた操り人形らしい」
「な、なんて不敬な事を…」
「不敬?君から聞いたと夫人は言った。ならば君こそが不敬だろう?」
「私はその…そんな噂があると話しただけで…私はけしてそんなこと思っては…」
「で、拗ねたテオが武器をどうした?君の知ってる噂とやらを包み隠さず話してもらおう」
この状況では逃げることも隠すことも出来るはずがなく…私は震える舌で噂話をお聞かせするしかなかった。
「テ、テオドール様は、で、殿下や、その、ご友人がたを薬で操り…あの、発明したぶ、武器を利用して…国に戦火を広げようと…なんというか、画策していると、あ、あれは誰だったか…何しろたくさんの茶会に参加しており…アッカーマン夫人…いや、ゴルツ夫人だったか…そうだ、ホーフェン夫人もいた…。す、すみません…はっきりとは覚えておりません…」
「…そうか。…では思い出したら早急に教えに来てくれたまえ。いいね、君がもし最悪の中で最善を尽くそうと思うのなら…」
殿下の属性。その眼には青い炎が浮かんでいる。一見冷たくすら見える青い炎。だがその青い炎は…どんな炎よりも熱いのだ……
領地を持つ貴族家の子弟は休みに領地へ行く者も多く、春と夏の休みが長いのはその時期領地での手伝いも多いからだ。
だが、私のような辺境の田舎貴族は冬と春は帰省をせずに王都に残る。そうして家族と共にありとあらゆる社交をこなし、将来への保険をかけるのだ。
そんな社交の一環で今週だけで3件の茶会に参加予定だ。夜会ほどの負担はないがそれでもけっこうな経費はかかる。ある同級生の後押しで多少の余裕が出来たこともあり、これは先行投資なのだと今日もローゼン伯爵夫人主催のお茶会に母上とともに参加する。
「アンネ様。このたびはご招待いただきありがとうございます。今回は恵まれぬ寡婦に花の苗を配るための寄付金集めでしたわね。」
「ええそうですの。先日市民街からやってきた寡婦の雑役婦がたいそうひねくれておりましてね、ああ、貧しい暮らしの中では心も貧しくなってしまうのねって思いましたの。ですのでわたくしこんな時こそ花を愛で心にゆとりを持つことが必要なんじゃないかって考えましたのよ。魂を磨くといいますか」
「ローゼン夫人、まこと素晴らしいお考えにございます。誰も思いつかなかったこの先進的な発想、この私、若輩者ながら大変感動いたしました。夫人はまさに淑女の中の淑女でございますね。私もぜひ夫人のような伴侶を得たいものです」
「まあ、お恥ずかしい。わたくし至極当たり前の事しかしておりませんのに」
本心を隠し夫人の好きそうな言葉を集めて褒めそやす。耳障りの良い名目ではあるが実際の所、心底ゆとりのないものは花の苗より明日のパンを貰ったたほうが喜ぶだろうに。それが間違っているわけではないがどこか独りよがりな気がするのだ。まさにこのローゼン夫人を体現していると言えるだろう。
模範的な伯爵夫人。夫や子供のためにと昼夜問わず社交に励み、高貴な義務も忘れない。だがその手段はいつでも見栄えだけが良く、そう、この目の前のお菓子のように、見た目はとても華やかだがボロボロとくずれ食べにくいことこの上ないしお世辞にも美味しいとは言えない。夫人のドレスはいつでも最新の意匠で社交界では評判だが、使用人への賃金はかなり渋っていると聞いている。
とにかくこのご婦人は目立つこと、感心されること、先駆けとされることが好きなのだ。
「夫人ほど世相にくわしいお方でしたらあの噂はもうご存じで?」
「えっ?え、ええ、もちろんですとも。あ、あの噂でございましょう。当然知っておりますわ」
「酷いものです、あのテオドール様は…」
「テオドール…神童テオドール・レッドフォードでございましょう?メイドたちに随分逆恨みされたという…」
「ええ、あの件はそうでございましたね。ですがあの件ですっかり世を拗ねたご子息はその才智を持って恐ろしい武器を…」
「武器がどうしたっていうのかな?その続き私に詳しく聞かせてくれるかい?」
いつの間にか私の背後に、よりにもよってテオドール様を伴侶にと望んでおられる王太子殿下その人が立っていた。
「やぁ、ローゼン伯爵夫人。此度は夫人の深い見識に感銘を受け、お忍びながら私も寄付をとやって来たのだよ。」
「まぁぁ…殿下、そういって頂けて…実に光栄の至りでございますわ」
「これほど知性に長けた夫人であれば噂話などという根拠のない話などに惑わされたりはしないだろう?どうかな?夫人も一緒に私の婚約者、テオドールのおかしな話を聞いてみては」
「い、いえ、殿下にお話しするような内容では…その、下らない事を申しました。ただのよもやま話の類です。申し訳ございません。私はこれにて失礼を…」
「私の婚約者、テオドールの話だろう?今この場を離れる事こそ礼を欠くとは思わないかい?構わないから聞かせてもらおう。その内容も、誰から聞いたのかも」
ピリつく空気を感じ、伯爵夫人はそっとその場を立ち去った。だが私は蛇に睨まれたカエルのようにその場で硬直するばかりだ。
「それで?」
「いえその…」
「君は学院の生徒だろう?実はね、ここへは君に会いに来たのだよ。先日参加した夜会の場でもテオドールの噂を面白おかしく話す者たちがいてね、」
「…うっ…」
「デアハイテ男爵夫人、知っているだろう?君の母君が懇意にしているご婦人だ。気の良い婦人だが少し口が軽くてね、その場の女性たちを集めてまるで漫談師かのように喝采をあびていたよ。」
「そ、その…、デアハイテ夫人は…」
「私は薬漬けにされた操り人形らしい」
「な、なんて不敬な事を…」
「不敬?君から聞いたと夫人は言った。ならば君こそが不敬だろう?」
「私はその…そんな噂があると話しただけで…私はけしてそんなこと思っては…」
「で、拗ねたテオが武器をどうした?君の知ってる噂とやらを包み隠さず話してもらおう」
この状況では逃げることも隠すことも出来るはずがなく…私は震える舌で噂話をお聞かせするしかなかった。
「テ、テオドール様は、で、殿下や、その、ご友人がたを薬で操り…あの、発明したぶ、武器を利用して…国に戦火を広げようと…なんというか、画策していると、あ、あれは誰だったか…何しろたくさんの茶会に参加しており…アッカーマン夫人…いや、ゴルツ夫人だったか…そうだ、ホーフェン夫人もいた…。す、すみません…はっきりとは覚えておりません…」
「…そうか。…では思い出したら早急に教えに来てくれたまえ。いいね、君がもし最悪の中で最善を尽くそうと思うのなら…」
殿下の属性。その眼には青い炎が浮かんでいる。一見冷たくすら見える青い炎。だがその青い炎は…どんな炎よりも熱いのだ……
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