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カイルとジェローム

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シャノン様のご指示である「鏡を見せるな」。それはシャノン様の口から説明があるまで若返りに気付かせるなという意味で間違いないだろう。

あの貯水槽での事件を乗り越え、私とシャノン様の間にはすでに、ただの主従を超えた尊い信頼が生まれている。
ならばこのお役目も滞りなく完遂しなければ。
私は水場に向かう廊下に目を凝らし、注意深くジェローム様の視線を鏡から遠ざけた。

「ではお湯加減を見てまいります。衣類を脱いでお待ちください」

第一関門は無事突破できたが…次は浴室か。ああいけない!

ガッシャーン!

「どうしましたカイル殿!」
「ああいえ、うっかり鏡を割ってしまいまして。私としたことがまったく不調法で。困ったものです」

「以前こちらで湯をお借りした時そこの壁にかかっていた鏡ですか?」
「そう。その鏡です。すぐ片しますのでご心配なさらず」

これでいい。浴室内の鏡は一つ。あとは衣裳部屋さえ気をつければ…。そうだ。彼が身体を休めている間に一揃いここに運んでしまおう。

「ジェローム様、お湯加減はいかがでしょう。着替えはこちらにご用意しておきますね」
「カイル殿、お気遣いありがとうございます。ところであの」

「はい?」
「手鏡をお貸しいただけませんか。少し気になることがあって…」

「…気になる事とは?」
「その…、どうも手のひらが、あの…」
「…手のひらが何か?」
「手のひら…というか、目に入る部分全体に違和感がありまして…」

「…違和感…ですか?例えばどのような?」
「それがうまく言葉に表しにくいのですが…」

「表しにくい…、では気のせいでしょう。後程ご説明があると思いますがジェローム様はずいぶん長くお休みだったのですよ。それで違和感を感じるのでしょう」
「長く…そうだったのですね」

「ええそうなのです。ですのでゆっくり湯につかり身体をお伸ばし下さい」

「そう…なのですね。では手鏡は」
「シェイナ様も今ごろ身だしなみを整えていらっしゃいます!ジェローム様、お急ぎを!」

「え、ええ…」

ああ…、どうなる事かと思った。だが違和感を感じるのも無理もない。まさに男盛りといった風情の彼が、まるで若葉のように青々とした、成年なりたての貴公子姿になってしまったのだから…

シャノン様はこの奇跡をどう説明なさるのだろう…そんなことを考えていた私に訪れたのは第二の危機。

「…カイル殿、少しよろしいか…」
「何でしょうジェローム様」

「水面に映る私の姿が…些かその…」
「あっ!」バチャン!「失礼。うっかり石鹸を落としてしまいました。このまま泡立ててしまいましょうね」バシャバシャバシャ

「…カイル殿、もう一つよろしいか…」
「何でしょうジェローム様」

「そこに立てかけてある銀盆に映る姿が…どうにも…」
ガッ!カラ~ンカラ~ンカラ~ンカラカラカラ…「おっといけない。腕を引っ掛けてしまいました」

「カ、カイル殿?」
「ジェローム様は眠りからお目覚めになられたばかりでまだ視力がお戻りでないのでしょう!そうだ!後程ブルーベリーのジュースをご用意しておきましょう」
「ブルーベリー…?」
「シャノン様がブルーベリーは目に良いと仰っていたので」
「そうですか。それはご親切に」

ホッ「お早く湯をお済ませください。皆さまサロンでお待ちですよ」
「え、ええ」

ああ…心臓に悪い。だがもうあと少しだ。

キィィィ
「旦那様。エンブリー卿をお連れしました」

「うむカイル。茶を」
「畏まりました」

…お役目終了…。全身から力が抜ける。あとはシャノン様の登場を待つばかり。

「ジェローム、加減はどうだね」
「おかげさまで何とか…。なんでも今から何があったかご説明いただけるとか」
「だがいろいろと難解でね。私も詳しくは理解出来ていないのだよ」
「難解…」
「ふー…、お互いシャノンとシェイナが戻るのを待つとしようではないか」

「ジェローム様、紅茶をどうぞ」スス…
「ありがとう、では…」カチ「……」カチャリ…「ふー…カイル殿」

「ジェローム様?どうかなさいましたか?」
「…銀スプーンの中に若かりし頃の自分が居るのですが…」

「……」
「……」
「……」

「…セバス」
「はい旦那様」
「今日も良い仕事ぶりだ」

「ありがとうございます」

そういえばセバスの趣味は銀食器磨きだったな…


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