断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy

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166 断罪は後悔と共に

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アシュリーの家であるモリセット邸に来た理由はもう一つある。

下位貴族である子爵のアシュリーは高位貴族に比べ色々と緩い。屋敷の警備もほとんどないし。それに一番大事なのは、アシュリーの屋敷が貴族街でも一番端っこ、準貴族街にとても近いということだ。

貴族の邸宅エリアは、敷地面積の大きい大貴族ほど船着き場に近い東に向かって広がっていく。そして下位貴族は高級商業地のほど近くにひしめき合って屋敷が並んでいたりする。こっちのほうが利便性が良いって?そういう問題じゃない。前世に当てはめてみても、閑静な住宅地とは往々にして少し不便な立地だったりするものだ。

準貴族街…それはフレッチャーのテリトリー。そして今回僕を呼び出した場所だ。

準貴族街の最奥には少しだけ手を付けていない藪が残っている。そこは運河の最終地点だ。
大きな川から分岐して引かれた運河は、準貴族街の最奥にある細い方の川へと合流しその役割を終える。そしてその運河の手前には水車がある。ここで脱穀とか製粉とかをおこなっているためだ。
フレッチャーがこの元中流地区を欲しがったのは、この製粉利潤もあったりする。粉物は必需品だからね。

そして水車の横、藪の中には石造りの貯水槽がある。この場合は…窓のない四角い石の、納屋みたいな建物が二つ。これは大雨が続いたときとかに川の水量を調節するためのものだ。雨が少ない時は空っぽだったりする。今は空っぽのはずだ…

人気もなく、また頑丈な作りのそこは入ってしまえば声ひとつ外には漏れないだろう…。犯罪現場にはピッタリの場所だ。ヤロウ…さすが目の付け所がいい。

モリセット邸の馬車を借りて準貴族街の奥近くまで送ってもらうと、そこからは徒歩で水車を目指すことにする。時刻は夕刻、晩秋の日暮れは早い…

「ぐあー!藪がヒドイ!フレッチャーめ。ここの管理者なら草刈りくらいすればいいのに!」


準貴族街と下町を隔てるのは運河だけじゃない。僕のアドバイスによりリバーサイドに植樹した、背の高いセコイヤ群だ。これによりあちらからこちら、こちらからあちらは見えなくなっている。

そのセコイヤの目隠しが途切れた運河越しにチラッと見えるのは治療院、僕の名前のシャローナ地区だ。あっ!あそこで手を振るのは孤児院のスリッ子ジョンじゃないか。一応手でも振っとくか。

「はいはい」ヒラヒラ~

ジョンは思ってもみないだろう。僕が今悲壮な覚悟でこの道を歩いているだなんて…。スリっ子バイバイ。今度会えたらゴム付きの財布あげるからね…

「だー!バカバカ、僕のバカ!絶対大丈夫!何とかなる!」

なるかなぁ…

「いいや!きっとカイルは上手くやる。言霊を信じるんだ!」

自分自身を鼓舞しながら到着した貯水槽。片方の扉には鍵がかかり、片方の扉は開放されている。

ガチャガチャ!ドンドン!

鍵のかかった貯水槽の中から物音はしない。居る…のか?居ない…のか?よく見ると扉の端に、僕がこの間お土産でミーガン嬢にあげた、花柄のコートと同じ柄の切れ端が見える…

「うそ…」

ハッ!その時風にあおられ大き開いた隣の貯水槽の中に小さなテーブルがチラリと見えた。貯水槽の中にテーブル?まさか。じゃあこれは僕のために置かれたものだ。

イヤイヤ待て待て。こんなベタな罠ってあるかぁ?いやダメでしょ入っちゃ…ああでも…

「て、テーブルだけ確認してすぐ出よう…」

そぉっと入ったもう一方の貯水槽、見渡すが特に何も変わったものはない。あるのは四角いテーブルだけ。
そのテーブルには天板へ直にこう書かれていた。

ーご友人は隣で椅子に掛け眠っている。陽が沈むころには目覚めよう。だが身体は縛られ身動きは取れぬ。その貯水槽はこの日の為にある細工を加えておいた。弁を緩めた運河からの水は今も着々と溜まり続けているだろう。試算では目覚めた直後に頭まで浸かる予定だ。断末魔の叫びはあった方が愉快だからなー

「ふ、ふざけんな!」

今は日暮れだ…なら水位はすでに相当な高さだってことじゃないか!

ーご友人を助けたいだろう。だがその細腕で鉄製の鍵を壊すことは出来まい。出来たとしても間に合わぬ。だが一つだけ手がある。流水を止めたければその槽の扉を閉め、内側からそのかんぬきをかけるがいい。その閂は隣の槽への弁と連動させてある。だがその仕掛けは一度きりだ。やり直しは無い。その閂を戻せば水路は隣の槽に固定されるー

水路が固定…どういう意味だろう?鎖に持ち上げられた太くて頑丈そうな鉄の閂…これを内側からかける…、早い話が自主監禁ってことか…。するとどうなる?

ガタン、ドォォォ!

ぎょっ!こっちの部屋に水が流れ込んできた!

あー…けど分かった。なるほど、そういうことか…

上手いやり方だ。さすが悪のサラブレッド。

この手の殺人発生装置は時間稼ぎと犯人のアリバイ、両方の役に立つ。尚且つ僕の心理を巧みに操り、犯人不在で最後のスイッチをオンにする。
窓のない部屋で内側からかけられた閂…完全密室ってことじゃないか。そして唯一の証拠となるこのテーブルの文字も…水が溜まれば溶けて消える…

閂を戻せば水路はされる。…選択肢はないわけか…
やっちまった…って、思うじゃん?
けどあっちの部屋と違って僕の肢体は自由だ。テーブルの上に立ってればあっちの部屋より猶予がある。その間に待つんだ。カイルの手配した最良の助け…

ああーーー…やっちまった…




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