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ジェロームとシェイナ ④

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ジワリと汗ばむ夏も気が付けば終わりを迎え、季節はすでに秋の深まりを見せ始めた。

シェイナの長期滞在を聞かされた時、私は兄であるシャノン様抜きで、上手くシェイナの相手が出来るだろうかと一抹の不安を抱いていた。
だが蓋を開けてみればどうだ。
幼子と言っても大人と同じ思考力を持つシェイナは、騒ぐこともなく、泣き叫ぶことも無く、我儘を言って周囲のものを困らせることも無く、常に微笑みを浮かべ静かに座っている。

だがよく見ていれば気が付くこともあるのだ。

例えばシェイナは香りの強い野菜が好きでは無いようだ。決して避けたり残したりはしないが、それらの野菜を食す時、彼女はそれと分からない程度にだが、皿の上でその葉を二、三度つつく。

ナニーがペーパーナイフで指先を切った時もそうだ。
指先を染める赤い血、騒ぐナニーを余所目に動じないでいたシェイナだが、彼女の瞳はその血を見ないようほんの少しだけ逸らされていた。

シャノン様がいつか彼女に言い聞かせていた言葉を思い出す。
「子供は子供らしくもっとワガママ言ってもいいんだよ」
本当にその通りだ。大人になれば嫌でも物分かりの良いふりをしなければならないのだ。
だからこそ子供だからと許されるうちに、彼女はもっと感情の吐露を学ぶべきだ。

思えばシャノン様は実体験からその大切さをお分かりなのだろう。
永年にわたる王城でのお妃教育。彼が奪われたものは計り知れない。だからこそ彼は今その全てを取り戻そうと、あれだけ自由に振舞われるのだろう。

感情をむき出しにするのは貴族として品の無い行為だ。それは貴族教育の中で必ず学ぶことだが、喜怒哀楽を知ったうえで感情を抑えるのと、感情を出さないために喜怒哀楽に蓋をするのとでは、これから歩む彼女の未来に大きな違いがあるんではないか、子供を育てたことなど無い私だが、そんな風に感じるのだ。

「シェイナ、大人の思考力があるのも考え物だね。君はもっと感情を露にすべきだ」
「ちてまちゅ」
「それでかい?いいや、全く足りないよ」
「ノンもちょーいいまちゅ」

「シャノン様が?ああそうだろうとも。彼は他に何と?」

スッと傍らに引き寄せる文字盤。文字盤を動かす時、彼女はいつもより饒舌になる。

ーいつでも出来るのいつもは来ないかもしれない、いつもが来たとしてもブツリテキに出来ないかもしれない、だからそれが出来るであろう時に我慢ばかりしてはいけない、それは贅沢だってー

「…深い想いが込められているね…、全くその通りだ」

ー言葉を飲み込んではいけないとも。サッシテチャンは良くないと言われました。言葉は分かりませんでしたが、恐らく言葉を惜しんでおきながら自分の心情を察してほしいなど期待してはいけない、そういう意味だと思いますー

「私もそう思うよシェイナ。言葉多足らずは誤解を生む」

ーですが感情を表に出すことは難しいですー

「何故?」

ーその感情を踏みにじられた時、その感情を拒否された時、それを想像するととても怖いー

「だがねシェイナ」

ー独りで我慢する方が楽です。他者の考えはわかりませんからー

「…馬鹿だねシェイナ。だから言葉を尽くしなさいとシャノン様は仰ったんだろう?」
「……」

「私たちには幸い口が、言語がある。シェイナ、せっかくだからエンブリーにいる間特訓しよう。王都へ戻った時にシャノン様が驚くように」

「なにちゅるの?」

「ではまず目の前の薬からだ。昨晩くしゃみをしていただろう?これは風邪に効くハーブだ。少し苦いがひどくなる前に飲んでおこう」

「……」
「ああほら、視線を逸らした。これが嫌なんだね。さあどうしたいか言ってごらん」
「…でちゅ」

「なんだって?」
「やでちゅ!のまないでちゅ!」

「ああ!なんて我儘な子供なんだ!そんな子はお仕置きだ!」
「きゃっ!」

捕まえてくすぐれば一瞬驚いた顔をしながら、それでも今まで見たこと無いような子供らしい顔で声をあげて笑うシェイナ。
この笑顔が見れただけでも彼女がエンブリーに来た意味はあったんじゃないか。

そう考える私は厚かましいだろうか?



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