断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy

文字の大きさ
上 下
223 / 308

ジェロームとシェイナ ③

しおりを挟む
シェイナの助言もあり、思いのほか順調にエンブリー伯爵領は整いを見せていった。

何しろ五歳の頃より王宮でお妃教育を受けてきたシャノン様の英知を、神子の力により産まれた時より受け継いでいるのだから、子供であっても侮る事など決して出来ない。それは屋敷中の者がこの二か月の中で十分過ぎるほど実感している。

その一方で言葉や動きなどはまだまだおぼつかないのだから彼女はとても不均衡だ。その差異が時に微笑ましくもあるのだけれど…、それを揶揄うと彼女はプイとそっぽを向く。その姿もまた皆の目を楽しませているとは思ってもみないことだろう。

「ああ、ほらシェイナ。無理してナイフを使う必要はない。こちらのスプーンを使うといい」
「やでちゅ」

シェイナが今まで使っていたのはプリチャード邸でシャノン様が製作させたという先端が三つに割れたスプーンだ。フォークの機能が組み合わされたそのスプーンを見たコナーなどは、「実に合理的だ!」と興奮していた代物だ。
そのスプーンを使って彼女は器用に柔らかく煮込んだ食事を口に運んでいたのだが、ほとんど大人と同じようなものが食べられるようになってきたとあって、シェイナはどうやら正式なカトラリーで食事がしたくなってきたらしい。

「ふふ、君は意外と頑固なんだね。だけどまだ上手く握れないだろう?」
「できまちゅ」
「困ったお嬢様だ。ではこうしよう」

横からシェイナの小さな手の甲を包み込みほんの少し力を加え手助けをする。

滑らかな断面で切れていく鶏肉のローストレモン添え。これはプリチャード邸でご馳走になった、シャノン様のお好きなメニューだ。
高価なレモンを肉料理に添える、贅沢という感覚が抜けきらないわけではないが、これもまた慣れていかなければならないのだろう。高位貴族とは何より矜持を大切にするものだ。

その矜持を子供ながらに持ち合わせるシェイナは、一人でカトラリーを上手く扱えないことが恥ずかしいのか、気が付けばその頬はほんのり染まっている。

「恥ずかしがる必要はない。私も子供の頃は母にこうして教わったものだ」
「う…」

恥じらう姿もまさに小さなシャノン様だ。恥じらい深い彼もまた私と過ごすときよくこうして頬を染められる。

「君を見ていると想像してしまうよ。シャノン様も幼い頃はこんな様子であられたのだろうか、とね」

それをきいたシェイナは少し遠い目をして、ナイフから手を放すと常に携帯している文字盤を動かした。

ーシャノンは王宮の講義室でテーブルマナーを学びながら日々の食事をとりましたから。お妃教育にあがって半年くらいには完璧にカトラリーを使いこなしていましたー

「そうなのかい?何故知って…、ああ、もしや記憶も一部受け継いでいるのかい?」

コクリ

「驚いたな…、では本当に二人で一人なのだね」

ニコリ

「ではシャノン様が幼い頃の…そうだな、テーブルマナーの失敗談なんかももしや君は知ってるんだね」

ーいいえジェローム、シャノンが食事を共にしたのは講師を務める伯爵家のご婦人で、彼女はとても厳しく失敗は許されませんでしたー

「そ、それは…」

ーこんな風に楽しく語らい合う食事などしたこと無かったのですよ。ですからきっと今は食事が楽しくて仕方ないのじゃないか、そう思いますー

ほんの軽口のつもりだったのだが…思いのほかそれは辛い思い出を呼び起こしてしまったらしい。
だが次の瞬間には何事も無かったかのように微笑むシェイナの表情は…覗き見た記憶の向こうに居る幼い兄の心情を思い遣ると言うよりはまるで…

…まるでそこに居たのが彼女自身なのではないかと、そう錯覚させるような、そんなもの哀しい憂いを私に感じさせた。



しおりを挟む
感想 865

あなたにおすすめの小説

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

処理中です...