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153 断罪と幸運 ②

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日焼けを気にしながら陽が傾くまで魚と戯れ…そしてその日の夕食には大量のマスが並べられた。

「あー美味しい!さすがマルシェで仕入れた魚ですね」
「…入れ食いになる予定だったのですが…」
「リアム様ったら…、シャノン様に良いとこお見せになると仰ったじゃありませんの」
「弁解のしようもないよ」

結局釣れたのはアリソン君の二匹だけ。僕とリアム君は…動物愛護の精神であえて魚は釣らなかった。可哀想だし。…その視線は何?

「ところであの壁画…というか堤防?すごく可愛いデコレーションですね」
「子供の想像力はとても自由で…時に目を見張りますわ」

「そう言えばガラスの欠片で描かれた鳥がいて…尾羽が本物の羽根だったんですよ。子供のセンスも侮れないです」

「あれは子供ではございませんよ」
「そうなんですか?」

そう口を挟んできたのは年の頃六十くらいのヨボヨ、…年老いた執事さんだ。彼は息子に跡を継がせて引退した執事さんだが、息子が野暮用で屋敷を留守にするときはこうして今も代理を務める。

「あの羽根は大昔こちらへ滞在された男爵家の夫人が記念にと飾っていったのです」
「滞在の記念ですか?」

「いえ、その男爵家は一代貴族でしてね。当主の逝去に合わせて爵位を失い新天地に向かっていたのですよ」

「一代貴族…」

このルテティアにおいて男爵位に重みはない。売買が許されるのも男爵位だけだし。
これは国の発展途上期において、北や東の僻地を開拓するのに、大富豪や野心家の皆様に男爵位をエサにして開拓資金を出させた…とかいう歴史があってのことで、叙爵時に跡継ぎの居なかった家はほとんど一代貴族となった。そんなわけで男爵位において一代貴族は珍しくない。

「ご存知だったんですか?」
「あの土壁へ案内したのは当時まだ使い走りをしていた子供時代の私ですから」

懐かしい思い出に頬を緩める執事のおじいさん。おじいさんの家系は代々チャリムー家の執事なんだとか。

「あ、もしかして鳥は執事さんが?」
「そうです。それを隣でご覧になっていた男爵家、いえ、元男爵家の奥様は貴族であった記念にと仰り、帽子飾りの羽根を一枚抜き取ると埋めていきました」

「でもどうしてそれが記念なんですか?」
「男爵家の紋章は鴉の羽根だったのですよ」

「…え?」

マジすか?
紋章のモチーフがカラスの羽根で一代男爵って…、それもう決定じゃん。
運命とは実に異なものである。僕は神の奇蹟など信じてはいないが人々を見守る者として神は存在すると常々思っている。
つまり…頑張る者にはちょっとした恩恵がある。それがいわゆる小さな幸運というやつだ。まさしくコレみたいな。

「…執事さんはその男爵家のこと詳しいですか?」
「いえ…取るに足らない家門でしたので」

ま、まあ男爵家だし。それも一代貴族の。…無理ないか。

「本来ならこのチャムリー侯爵邸にお泊めするほどの家門ではございませんが…、あの場合は事情が事情でしたので」
「事情?何か切迫した事情があったんですか?」

カラスの羽根はナニーの生家。まさかロアン絡みで危険な目に…

「いえいえ。あのご夫人は前々王の妹様、ああ、シャノン様にとっては大伯母様にあたりますね。そのお方に侍女として呼ばれましてね、隣国へ参る途中だったのでございます。王族の御用向きということで礼を尽くしたと、当時の執事であった私の父が話しておりました」

アレシアにいたー!それも前々王の妹と!…と言ってもさすがにもう生きてはいないだろうけど。ポーレットの長老は規格外に長生きだから。

それにしてもナニーの母親(考えてみればジェロームのひいばあさんになるんだろうか?)がここを通過したとは…縁とは不思議なものである。

「爺、そのご夫人は他に何か埋めてはいきませんでしたの?」
「さあ…?私は鳥を作るのに夢中でしたので…、ですが一緒になってガラスの嵌め絵に興じていたような気もします…定かではありませんが…」

「何を描いていらしたんですの?」
「すみませんお嬢様。何しろ大昔の事ゆえ記憶があいまいでして…」

夫人の描いた嵌め絵は今もチャムリーの堤防にあるだろうか?

食後僕たちはそのことを話題にしながらトランプで遊んでいた。
貴族の紳士淑女はポーカーを嗜むのだが、生憎僕はポーカーが苦手だ。なのでみんなにはババ抜きをお教えした。
これも互いの駆け引きが重要なカードゲーム。貴族の遊びにはピッタリだ。

「それにしてもポーレット家の大伯母様に仕えてらしたとは…はい一枚どうぞ」
「男爵夫人の時代からご縁があったのでしょうね。あらペアですわ」パサリ

ご縁…。娘は被害者れいじょうのナニーで…ポーレットの大伯母様は加害者おうたいしの妹だ。縁が無いかと言われれば…少しかすっている気もする。

「夫人が描かれた嵌め絵は何でしょうね?…っ!」
「なるほど。ジョーカーを引いたのだね。リアム」
「アリソン、何の話だろうか…」
「ふふ、誤魔化しても無駄だよ。君は実に分かりやすい」

「……」

ふんふんなるほど。リアム君のことなら何でもお見通し、っと。

ーおや?こんなところでどうしたんだいリアムー
ーいや、野暮用でちょっとねー
ー私が通りかかるのを待っていたんだろう?ー
ーそ、そんなわけないじゃないか!ー
ーふふ、誤魔化しても無駄だよ。君は実に分かりやすいー

…みたいな?

「シャノン様の番ですわ。…シャノン様?」
ビクッ!「あ、そ、ちょっと考え事を!」
「ええ。分かっておりましてよ。ご心配なく」

訳知り顔で頷くミーガン嬢…って、何を?


思いがけない過去との遭遇はさておき、二日後僕たちはハワード領へと場所を移した。

「おお!これはシャノン様。カサンドラ様の面影を残すあなたをこの地に迎え入れる日が来るとは…実に感無量ですな」
「相変わらずですねハワード伯。お父様に言いつけますよ」

「なに。プリチャード侯も私がカサンドラ様に懸想していたのはご存知です。婚姻当時も笑って「すまないね」と勝ち誇っておられましたしね」

当時のことを今でも忌々しそうに語るハワード伯。上からドヤる恋の勝者はさぞウザかっただろう…

「しかしカサンドラ様は本来なら王の正妃になられたであろうお方。私には高嶺の花でしたから」
「その話って有名なんですか?王妃様も言ってましたけど…」

確か血が濃いから一代下げたって…

「ええ。何でも前々王と王妹であられたエレクトラ様で取り決めた約束だったそうなので」
「大おばあさまは血筋を王家に戻したかったんでしょうか?」

「そのようですわね」

割り込んできたのはもうすぐ義理の娘となるミーガン嬢だ。彼女はすでに家人のように振舞っている。
ミーガン嬢はチャムリー領から出発する時もギリギリまで何かの指示を出していた。きっとここでも領主夫人として賢く采配を揮うのだろう。

「それよりシャノン様、明日の朝はマルシェへ出向きませんこと?以前お持ちしたワッフルの出店もございましてよ」
「わ!あのワッフルとっても美味しかったんですよね!」

リアム君ちは王都邸のシェフも腕利きだし…、どうやらハワード伯はグルメなのかもしれない。そう言えばどことなくふっくらしている。
リアム君にはぜひ体型に気を付けてもらいたいものだ。





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