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ジェローム
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何度も何度も私を救ってくださった慈愛の神託、それがプリチャード侯爵家長子であり第一王子殿下の婚約者であるシャノン様だ。
私と彼との出会い、そして経緯については既に社交界では周知のことだ。
だからこそこの陞爵に関し、誰も彼もが好意的というわけでないこともわかっている。
小さな恩で最大の見返りを釣り上げた。くちさがない者は口々にそう噂する。
プリチャード侯は放っておけという、社交界など魑魅魍魎の住む伏魔殿だと。
人々の陰口など普段であればどうということもない。もともと私は貴族とは名ばかりの無作法な田舎者で、事実爵位継承の折でさえ、ずいぶんと嘲笑されたものだ。
だがそれがあの人に関わることであれば気にするなと言うのが無理な話だ。
そのシャノン様の口から発せられた途方もない告白。まさかこの私に求婚なさるとは…
ああ…この方の隣に並べたらどれほど幸せかと何度夢見たことか。だがそれはあり得ないからこそ見ることの出来た夢でしかない。
それが現実となれば…そこにあるのは互いの置かれた立場の違い。
彼はこの国で最も名誉な立場、王妃となるべく子供の頃より教育を受けた才子。ましてや今では『神託』の称号さえ背負われている。
方や私は小さなエンブリーすら豊かに出来ぬ田舎男爵。賜ることになった伯爵位でさえ、それすら全てシャノン様から与えられた恩恵に過ぎない。
そんな私が果たして彼の隣に立っても良いものだろうか…
シャノン様はあのたわいもない思い出を美化しておられるのだ。
あの煌びやかで華やかな、それでいて熱を感じぬ凍えた王宮。その一室で誰の目にも触れぬよう隠れて肩を震わせていた小さな背中。
私はその背中を慰めて差上げたいと思った。たとえ一瞬でもいい。彼を悲しませるその何かから解放してあげられたら、と。
だからこそ、日々押しつぶされそうな重責の中でひたむきに耐え忍ばれる彼を、どんな形でもいい、支えて差上げられたら、そう夢見た自分はなんと安易だったのだろう…
こうしてすべての苦難を乗り越え成長された彼は眩しい程の生命力で。
友人に囲まれ嬉しそうに談笑されるシャノン様にも、妹であるシェイナを守り抜かれるシャノン様にも、何も持たない私のこの手が、いまさら必要だとは思えないのだ。
とりわけ第二王子殿下アレイスター様と共にお過ごしになる時、彼は子供のように率直で無防備になる。
そこにはなんの取り繕いもない。体裁を整えようともなさらない。可笑しければ笑い、腹が立てば頬を膨らませ、その姿はこれがシャノン様の本来なのだと私に思わせた。私の前ではお見せにならない、年相応の等身大の彼…
だからこその驚き。シャノン様がこの私を夫に望まれるとは。
戸惑いを口に乗せる私に、悲しみのあまり眦を滲ませるシャノン様。ああ…このような顔をさせたいわけではなかったのに…
挙句自分自身こそが幻滅させるのではないかなどと、見当違いの不安まで抱かれる始末。私は何をしているのだ。誰よりお守りしたいと願ったシャノン様をよもや私自身が苦しめるなど…
お助けしたいと思った。彼を二度とあんな寒々とした部屋で一人泣かせたくはないと、私は彼からの手紙を受け取るたび、強くその想いを募らせたのだ。
彼が何も持たぬ私の存在で笑顔になれるのなら、それ以上の幸いがあるだろうか。
そうだ。身の丈に合わぬ縁だからと二の足を踏むくらいなら、身の丈に合う男になればいいのだ。この私こそが。
幸いこの話は早急に進む話ではないのだ。彼は未だ第一王子殿下の婚約者であられるのだし、プリチャード侯が簡単にこの様な縁談を受け入れるとは思えない。
力を尽くそう。与えられた時間の中で最大限の奮励を。
シャノン様を受け入れるに相応しい男になるべく。北東のエンブリー男爵でなく、東部のエンブリー伯爵として。
私と彼との出会い、そして経緯については既に社交界では周知のことだ。
だからこそこの陞爵に関し、誰も彼もが好意的というわけでないこともわかっている。
小さな恩で最大の見返りを釣り上げた。くちさがない者は口々にそう噂する。
プリチャード侯は放っておけという、社交界など魑魅魍魎の住む伏魔殿だと。
人々の陰口など普段であればどうということもない。もともと私は貴族とは名ばかりの無作法な田舎者で、事実爵位継承の折でさえ、ずいぶんと嘲笑されたものだ。
だがそれがあの人に関わることであれば気にするなと言うのが無理な話だ。
そのシャノン様の口から発せられた途方もない告白。まさかこの私に求婚なさるとは…
ああ…この方の隣に並べたらどれほど幸せかと何度夢見たことか。だがそれはあり得ないからこそ見ることの出来た夢でしかない。
それが現実となれば…そこにあるのは互いの置かれた立場の違い。
彼はこの国で最も名誉な立場、王妃となるべく子供の頃より教育を受けた才子。ましてや今では『神託』の称号さえ背負われている。
方や私は小さなエンブリーすら豊かに出来ぬ田舎男爵。賜ることになった伯爵位でさえ、それすら全てシャノン様から与えられた恩恵に過ぎない。
そんな私が果たして彼の隣に立っても良いものだろうか…
シャノン様はあのたわいもない思い出を美化しておられるのだ。
あの煌びやかで華やかな、それでいて熱を感じぬ凍えた王宮。その一室で誰の目にも触れぬよう隠れて肩を震わせていた小さな背中。
私はその背中を慰めて差上げたいと思った。たとえ一瞬でもいい。彼を悲しませるその何かから解放してあげられたら、と。
だからこそ、日々押しつぶされそうな重責の中でひたむきに耐え忍ばれる彼を、どんな形でもいい、支えて差上げられたら、そう夢見た自分はなんと安易だったのだろう…
こうしてすべての苦難を乗り越え成長された彼は眩しい程の生命力で。
友人に囲まれ嬉しそうに談笑されるシャノン様にも、妹であるシェイナを守り抜かれるシャノン様にも、何も持たない私のこの手が、いまさら必要だとは思えないのだ。
とりわけ第二王子殿下アレイスター様と共にお過ごしになる時、彼は子供のように率直で無防備になる。
そこにはなんの取り繕いもない。体裁を整えようともなさらない。可笑しければ笑い、腹が立てば頬を膨らませ、その姿はこれがシャノン様の本来なのだと私に思わせた。私の前ではお見せにならない、年相応の等身大の彼…
だからこその驚き。シャノン様がこの私を夫に望まれるとは。
戸惑いを口に乗せる私に、悲しみのあまり眦を滲ませるシャノン様。ああ…このような顔をさせたいわけではなかったのに…
挙句自分自身こそが幻滅させるのではないかなどと、見当違いの不安まで抱かれる始末。私は何をしているのだ。誰よりお守りしたいと願ったシャノン様をよもや私自身が苦しめるなど…
お助けしたいと思った。彼を二度とあんな寒々とした部屋で一人泣かせたくはないと、私は彼からの手紙を受け取るたび、強くその想いを募らせたのだ。
彼が何も持たぬ私の存在で笑顔になれるのなら、それ以上の幸いがあるだろうか。
そうだ。身の丈に合わぬ縁だからと二の足を踏むくらいなら、身の丈に合う男になればいいのだ。この私こそが。
幸いこの話は早急に進む話ではないのだ。彼は未だ第一王子殿下の婚約者であられるのだし、プリチャード侯が簡単にこの様な縁談を受け入れるとは思えない。
力を尽くそう。与えられた時間の中で最大限の奮励を。
シャノン様を受け入れるに相応しい男になるべく。北東のエンブリー男爵でなく、東部のエンブリー伯爵として。
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