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126 断罪の風薫る南の地

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ジェロームの両親を訪ねて南へ行くと話したところ、「せっかく我が領へお誘いしようと思いましたのに!」とミーガン嬢はオカンムリだ。ごめんねミーガン嬢。それはまた夏休みにでも。

といいうわけで、ついに到着したのが…南に位置するスタンホープ伯爵領。この領内にあるなだらかな山のふもとにその村はあるのだという。

「父はその家の窓から見える風景がエンブリーに似ていると言って家屋の購入を決めたようです」
「じゃあ山間部なんですか?」
「いいえ。山の反対には緑の平原が広がっていると書いてありました」

おじいさんの知人はここでも木こりをしていたそうだ。
そして今現在ジェロームのお父さんは、ジェロームが持たせたなけなしのお金で彼らの残した家屋を買い、あとは少しばかりのお金を稼ぎ、日々慎ましく暮らしているのだという。

「お仕事は何をしてるんですか?」
「代書人です。祖母から教えを受けた父はとてもきれいな字を書きます。それに父は曲がりなりにも元男爵です。嘆願書などの難解な書の代筆も請け負えますから」

なるほど。
この国の識字率はそれほど高くない。

平民は当たり前のように読み書きが出来ないし、それどころか貴族であっても、入学を拒み勉強を疎かにした下位貴族の三男四男あたりにも文字が読めないバカ息子は存在する。

そして当然、エンブリーのように僻地の、それも貧乏な貴族なんかも、王都の学院までわざわざ行かないし家庭教師すらつけなかったりするのは普通だ、とジェロームが以前言っていた。

なのにジェロームは王都での振る舞いだって全然問題ないし、いや!むしろスマート!
これって、貴族の出だというおばあさんが居たからこそ、エンブリー、ひいてはジェロームも素朴とはいえ立派な貴公子に成長出来たんだろう。そう思うとおばあさんには感謝してもしきれない。

庶民上等の僕だが王都でジェロームがバカにされるのなんて…絶対許せない!
強いて言うなら、もう少し恋愛に対しての強引さを鍛えておいてもらえると良かっ、…ううんワガママ言っちゃダメ、こっちにもハンデはあるんだから。ここはガマンガマンっ…と。

「それは結構なことですね。代書人なら室内で出来ますし身体にもそれほど負担はかかりません」

心の声が忙しい僕を我に返したのはブラッドの一言。
転地して健康を少し取り戻したジェロームのお父さんは、無理のない範囲で村長や商人に頼まれて手紙の代筆をしているらしいのだが、これがまぁまぁいいお金になるのだとか。

夫人と二人のんびりと余生を過ごすお父さんは、エンブリーの領地がいきなり何倍にもなったと聞いたらどれほど驚くだろうか…


そうこうしているうちに僕たちはスタンホープ伯爵邸に到着した。
シェイナとアノンまで含め総勢六名、プラス従者十名。これくらいでビクともしないのがカントリーハウスの良いところだ。

一か月に満たない春休みは二か月ある夏休みや一か月半の冬休みに比べ少し短い。
ってことで往復に時間をとられる都合上、滞在期間はたったの数日。つまり…今回は道中そのものが行楽のようなもの。スケールのデカいスモールザワールドとでも言おうか。
もちろん同じ国内、衣装や文化は変わらないが、領ごとに同じ田園風景でも多少の特色は違ったりする。背の高い建物が多かったり石造りの建物が多かったり、…そこら中に当主のオブジェがあったり…当主の個性が出る。

話を戻し、滞在日数の限られるジェロームはご当主であるスタンホープ伯爵に事情を話し明日からは別行動だ。可能ならあちらに宿泊するらしい。とはいえ、木こりの夫夫が住んでいた自作の家。客間とベッドがあるかどうかは…甚だ疑問である。

平原の多いスタンホープ領では放牧が盛んだ。僕たちはその晩思う存分羊肉に舌鼓をうち、チーズを味わい、ヨーグルトのデザートを楽しんだ。

そうして翌朝。ついに今回のメインイベント、エンブリー分家への出発だ!
今日からブラッド、アノン、そしてニコールさんはスタンホープ伯爵の案内で領内を散策することになっている。
その間に僕とシェイナは代表でジェロームの両親にご挨拶と諸々のお礼に伺うってわけ。

馬車に揺られて一時間ほどの場所にそのこじんまりとしたログハウス風のお家はあった。
二階はない平屋のログハウス。ちゃんとポーチまで付いている。メインのログハウスの横に物置のように小さなログハウスがもう一つ。
ピーンときたね。こっちが多分子供部屋だ。木こりの夫夫は養子のためにちゃーんと増築したらしい。良かったねジェローム。宿泊可だって。

「さあ行きましょうシャノン様」

そっと僕の手を取るジェローム…ああん!こんなのもう結婚の挨拶(みたいなもの)じゃない?
ノックするジェローム。開けられる扉。気分は最高潮を迎えた僕の目の前には…ジェロームにそっくりの…いけシルバーが現れた!うっひょぉう!

「おおジェローム!まさかここで会える日が来るとは…」
「お父さん、ああ…随分顔色がよくなられて…安心しました。さあもっとお顔をお見せください」
「まあジェローム…よく来てくれたわ。お父様が再びエンブリーの地を踏むことは出来ないだろうし…あなたに会えるのはてっきり…」

「エンブリーを手放した時だと思いましたか?私もそう思っていました。ですが…すべてここにいるプリチャード家のご長子シャノン様の計らいによるものです。お父さんお母さん、どうかお二人からも礼を」

「お礼だなんて!」

エンブリー一家総出で降り注がれる感謝の言葉。

「ジェロームは僕の特別な人ですから…お礼だなんてやめてください。それより…、ささお義父様、こちらにおかけを」

細かく小刻みに点を稼ぐ。大事なことだよね。良き妻としての第一印象。今日の僕はネコどころかオオトラをかぶっている。

「ところでジェローム。プリチャード家のご子息であられるシャノン様とどういった経緯で知り合ったのだい?」

「実はある日手紙が届いたのです。シャノン様から」

カバンから取り出されたのは僕が送った手紙の数々。ジェローム…そんな大切そうに…ジーン…
手紙を見たシェイナは少し興味深そうだ。僕が送った手紙を覗き込むと、その簡潔かつ分かりやすい文面に「ふっ」っと片眉をあげて笑いながらやれやれポーズでため息をついた。ん?何で?

「その封筒には切手が入っていました」
「切手…?」
「ぷっぺ?」

あっ…と、シェイナには話してなかったっけ?返信用の切手を同封したこと。

「いやー、あれくらいのこと常識人として当然のことです」ニコニコ

「お父さん、同封されていた切手とは…第一王子殿下生誕記念の切手です…」
「なんと!」
「バブッ!!!」

へー?あれそんな切手だったんだ。センス悪い。コンラッドの顔が付いた切手ねえ…じゃあ不敬だったかな…?いや、あのタイミングならむしろアリだ。
見るがいい。僕の(無意識化の)あっぱれにシェイナまで卒業したはずのバブ語が飛びだす程喜んで…喜んで?いるじゃないか。

「そ、そのようなものを…」
「ほんの数枚ですよ?お父様からも許可を(事後)いただいてますし…問題ないです」

再びの感謝祭。大げさだなぁ。返信用切手くらいで。

「だが何故シャノン様が面識もないジェロームに手紙を?」

むむ…。なにをどう説明すればいいものか。「転生前からの運命でした」とは言えないし…
と、ここでジェロームが不思議な発言を。

「シャノン様。このままでは流石に不可解でしょう。両親にだけは説明しても良いでしょうか?私たちの出会いを」
「…????…どうぞ?」

私たちの出会い…何の…ことだろう。船着き場の出会いでは前後がおかしい。うーん、何のことかさっぱりわけが分からない。けどジェロームの言動行動に僕がNGを出す、なんてことはありえない。絶対的信頼感。どんとこい。さあどうぞ。






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