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121 断罪の懐古

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…毎日ジェローム邸に入り浸る、という僕の野望は今のところ順調に阻止されている。何故かって?
僕の前には高く積み上げられた木箱の山がある。お父様から早急に目を通すよう言いつかったからだ。
…いいんだけどね。どうせジェロームも裁判前の打ち合わせで忙しいし。

お父様は僕がこの間教会で不正経理を発見したのも把握済みだ。だから先に目を通させて自分のチェック量を減らそうとの考えなのだろう。迷惑な…。
だがそもそもあれは王妃様の手柄…。僕のこのシーグラスのように曇った(腐的に)眼で何が発見できるだろう。いいや…何も発見できない…

でも問題ない!僕にはちったい王妃様、シェイナがいる。

「さあシェイナ。おおきなルーペも用意したから頑張って!」
「ノーン!あうああうえああうあ!」

よく分からないが、雰囲気的にお前もやれ!ってことだな。ごもっとも…
僕たちはチームを組んで書類整理を開始した。僕はエンブリー、シェイナはブラトワ。目を通しながら気になる記載がちょっとでもあれば後で精査するためわきによけていく。
絶対無関係と断言できる紙片を避けるのに二日間を要し、ここからが本番だ。

初日…二日目…何も発見できず。
三日目…おおっ!ついにシェイナが何かに気付いたようだ!その指は忙しくウィジャ盤の文字をなぞっていく。何々…?

ーこれ…ー

「これが何?」

ー多分昔のブラトワの風景。どれもこれも平原で…山々の絵は一枚もない。不自然だな…と思って。山を抱く領なら山々を描かないかな?ー

「そういえばそうだよね」

ーあの辺りは当時未開拓な部分が多くていろいろ曖昧だったけど。それでもだよ。それからこっちの書類ー

「うん」

ー王都から採掘の為に大勢の人夫を派遣するという通達ー

「何かおかしい?」

ーでも勘定の帳面によれば採掘の日当を支払ったのは領内の農奴たちだよー

「あ、ホントだ。ありえない金額でこきつかってる。…サイテー」

ー宮廷は頼まれもしないのに一領内の産業に人夫を派遣しない。なのにおかしいでしょー

「言われて見れば…」

ー以前見たエンブリー初代夫人の受け取った手紙に確かこんな一文があった。『あなたが東の端に行ってしまい毎日とても寂しいわ。あなたも険しい白き山々の麓で私を思い出してくれているかしら?」ってー

「うん」

ーエンブリーの話をするとき、僕たちは北東と言うよね?あそこはかなり北よりだものー

「うん。…うん?」

ー東に位置するのはブラトワ領だよー

「あっ!」

ー白き山々、これを僕は雪景色のことだと思っていたけど…ー

「険しい白い山。険しい山って岩の多い山に使う表現だよね?エンブリーの山は雪は降っても険しくない。ごつごつした岩肌の山と言えば…」

ー溶岩で固まった山。溶岩石の採掘されるブラトワの山ー

それってつまり…、あっ!!!

ーもし溶岩山を配領されたのがエンブリー初代だとしたらー
「もしかして山をもらったのはジェロームのおじいちゃん!?」

見事にハモった兄妹二人。ゴクリ…だとしたらもしや…
エンブリー初代の叙爵理由は溶岩石の発見!

シェイナは言う。三代前の王様が戴冠した頃なら進軍による進軍で、西に南に国土は拡大し建築ラッシュだっただろうと。
そんな中で溶岩石のレンガは需要も今と比べ物にならないくらい大きかったに違いない。
その大いなる功績に対し、当時の王はジェロームのおじいちゃんに爵位と東の山麓地域、そして人夫を与えたのだろうと。
そこに割り込んだのが当時その辺りではブイブイ言わせていたであろう三代前のブラトワ男爵だ。

「だ、だとしても山の確認とか農地の測量とかなんか…とにかく王都から役人が来るんじゃないの?」

ーその役人は誰だった?ー

ああっ!フレッチャーの遠縁!

ー同じ穴の貉同士。さぞ気が合ったことだろうね。フレッチャーの遠縁はどれほど賄賂を受け取ったかなー

そうした裏工作によって全てはいつの間にかブラトワ男爵の功績になり、溶岩石の山はブラトワ男爵が拝領したように事実が捻じ曲げられ、そのまま伝わってしまったのだろう。

今でも片道二か月かかる東の果て、馬車道の整っていない大昔ならその日数はもっとかかったに違いない。つまり最初で最後のやり取りさえ終えたら後は東の果てで何が起こってようが、税さえ納めて居れば当時の王宮では把握しようとも思わなかっただろう、というのがシェイナの見立てだ。

「叙爵証書の仮印も次世代まで放置だったしね」

けど手柄を横取りするならどうしてブラトワはエンブリー初代の叙爵をスルーしたんだろう?僕は素朴な疑問を口にしていた。

ーわからないけど…少なくとも発見者に報奨が無ければ良くない噂が立つかもしれないでしょう?ー

「だから形だけの爵位を与えて実入りの無い土地を与えて、実利のある部分は全部総取りしたって?」

ーもしかしたらいずれその爵位も手に入れる算段だったのかも。正攻法で下位貴族が一家でいくつも爵位は持てないもの。抜け目ないねー

僕たちは大慌てでシェイナが一度目にした初代夫人にあてた手紙を探した。
シェイナだってあの日全ての書付を読んだわけじゃない。幸いジェロームは邸内のすべての古い書付を持ってきた。
木箱を空けて片っ端から手紙を確認していく。他に溶岩を発見したのがエンブリー初代だって示す文脈はないかと。

「シェイナ!そう言えばエンブリーでは書き損じの紙を全部残してある!古紙の裏側も確認して!」
「あい!」

そうして僕たちははっきり明言されてはいなくとも、うっすらそうだと思えそうな描写の在る手紙を何通か見つけだした。

「う?」
「どうしたのシェイナ?」

『これは国のお役にたつ…縁切り…』
『わたくしの生家…伝手…ジョスを…』
『王に一報…父の許し…』

書き損じの古紙にうっすらと残された気になる文字。美しい文字。これは初代でなく初代夫人の文字だろう。

ー初代に文字を教えたのは夫人だと言ったよね。僕は夫人が修道院で文字を学んだと思っていたけど…彼女は元貴族だったのかもしれないー

「うん。そんな雰囲気」

そして僕は一つの符号に気付く。貴族の令嬢…修道院…それって…だんざ…

ー違うと思う。文面的からは王家への敬意が感じられるー

考えを読まれた…。ほら、僕って顔に出る質だから。

ーでも貴族令嬢がわけもなく修道院には入らないー

シェイナの言う修道院に入る、とは罪を犯して軟禁…ではなく、寄付金を積んで入る志願の方である。そのパターンでは寄付金に準じたそこそこ良い暮らしが保証される。

「えーと、じゃあどんなパターンが考えられる?大事な人を失って世を儚んだとか?でも手紙のジョスってエンブリー初代の名前だよね?」

コンコン
扉を開けたのはカイル。手にはお茶とお菓子を持っている。

「シャノン様、そろそろ休憩をお取りください。シェイナ様にも果実水をお持ちしました」
「ありがとうカイル。もうそんな時間…」

その時ふとカイルに聞いてみようと思い立ったのは何の虫がお知らせをくれたのか…

「ねぇカイル?貴族の子女が修道院に入る気になるってどんなことが考えられる?あ、罪の償いとか夫との死別とか除いて」

「償いや追悼以外…そう言えば私の友人が…」
「カイルの友人?」

ここで補足ね。高位貴族に仕える従者も貴族が多い。子爵家伯爵家辺りの三男四男、ご息女、ってね。カイルもお父様の友人から紹介された子爵家の息子さんだよ。

「お仕えした旦那様が男子修道院に入られるというので彼も共に出家したようですよ」

「 ‼ 」

「カ、カカ、カイル…ちょっと聞くけど、もし僕が修道院に入るっていったらどうする?」
「もちろんご一緒します。シャノン様は私が居ないと何も出来ませんからね」

聞き捨てならないな……ひとりでできるもん!



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