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106 断罪からの帰還
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気の抜けた帰りの船内。旅のお供はイマイチ話の弾まないヘクターと弁え過ぎた従者のリッチー。必然的にシェイナと暇をつぶすことになる。
けどちょうどいいかもしれない。シェイナには火事について色々と聞いておきたいこともあったし。
僕はここのところ考えていたことがある。
シェイナの中身が赤ちゃんじゃないことはもう分かっている事実だ。そして彼女は身体機能の向上とともに、出来ることを一つづつ増やしている。その彼女がまだまだ話せないのはあくまで舌とか喉とか声帯とか、そういう問題だ。歯もようやく二本生えてきたばかりだし。
だけど彼女は大きな文字ならなんとか読むことが出来るようになっている。多分今は近眼くらいの視力なんだろう。
エンブリーのあの部屋では、引き出しに入ってた片眼鏡を使って何とか文字を追っていた。
エンブリー初代の文字はあまり上手と言えない。多分平民の初代は、貴族として恥をかかないよう一生懸命文字を覚えたんだろう。もしかしたら誰かに教えてもらいながら必死に書いたのかもしれない。シェイナはその手紙を、半分解読も交えてそれでも中身を理解した。
とにかく、そこで思いついたのがこれだ。
某カードゲームで僕が構築していたデッキにもあった『ウィジャ盤』。欧米の交霊術なんかで使う、ウィジャボードというやつだ。日本で言うこっくりさんといえば分るだろうか?
数字とアルファベット、そしてイエスとノーが書かれた一枚の紙。ここに二人で指を乗せ…る必要はないから、一文字づつ指してもらえば長い会話も成り立つはずだ。
そうして僕は船で過ごす一週間を使ってシェイナから一部始終を聞き取ることに成功した。
「シェイナは印章が違うってすぐ気が付いたの?」
コクリ
「それであの部屋に行きたがったんだね」
コクリ
それだけじゃなくて、シェイナは僕たちがドローイングルームで喧々諤々してた時、外の茂みが不自然に動いたような気がしたのだとか。それで何となく不安になって、あの古紙をどこかに隠しておこうと考えたらしい。その途中で窓がガタガタしたからあわててベッド下に隠れたんだとか。
「ベッドの下に居る時怖かったでしょう…」
コクリ
シェイナは言う。高い位置から彼女を威嚇するブラトワと家令の姿に、壇上からシャノンを断罪したコンラッドとアーロンの姿が重なって、一瞬あの時に、プラムの夜に戻ったのかと思うぐらいの絶望を感じたと。
「シェイナッ…」ギュゥゥゥ!
「ノーン…」
魂に刻まれた恐怖。その傷はきっと癒えることなんてない。傍観者の僕は何も考えずそういうもんだと思ってたし、内情を知った今でもあれをバグのせいって諦めることが出来る。でも当事者のシャノンは有無を言わさず抑えつけられ、誰にも理解されないまま断罪された。それはどれほど辛く苦しかっただろう…
けど…シェイナには伸ばされる手があった。全てを諦めかけた瞬間かけられた救いの声。身を震わすシェイナにとってどれほどの安心をもたらしただろう。
文字を示すシェイナの指は微かに震えていて…あの時の恐怖を思い出したのか、それともあの時の喜びを思い出したのか…
ジェロームの存在が凍えそうなシェイナの心を温めた。事実僕が扉の鍵を壊した時も、彼はずっとシェイナを胸に抱きしめていた。
「よかったねシェイナ。良かったジェロームが居て。うーん、でも妬けちゃうな」
ご・め・ん・ね、と動くシェイナの小さな指は、僕がシェイナにジェラってると思ったんだろう。でもね…
「ううんそっちじゃない。シェイナを守るのは僕だとばっかり思ってたのに、イイトコ取られちゃったな」
キョトンとした後きゃきゃと笑うシェイナ。そうだよ。今世のシェイナには僕もいるからね。味方は一杯、忘れないでね。
「そうだ。シェイナが守ってくれた古紙以外燃えちゃったけど…シェイナは前日色々見てたよね?他には何があったか覚えてる?」
シェイナによると、他に重要な書付けは無かったみたい。けど、多分文字を教えたのは初代の奥さんで、その奥さんはどうやら元東部の修道女だったらしい。初代と出会って恋に落ちて、それで還俗して結婚したんだとか。そのあらましが記された夫人と友人との手紙が残っていたのだとか。
「へぇ…東部の修道女か。だから文字が読み書きできたんだ」
ここでシェイナから爆弾発言。
シェイナが言うには東部の溶岩石はフレッチャー侯爵家の遠縁が王都との取引管理を受け持っているはずだと。
「え?それも書付けが残ってたの?」
フルフル
なんと前世のシャノン情報である!王妃様は国内中の領地領主について詳細に把握している。シャノンも同じようにお妃教育で習ったのだとか。
フレッチャー一族が溶岩石の採掘事業に関わっている…フレッチャーとブラトワ。ロクな結果にならないだろうことが想像つく。
「ありがとうシェイナ。戻ったらそれも調べてみる。そうだ!隊長に調べてもらったらどうかな?」
クイクイ
「ん?何シェイナ?どれどれ…た・い・ちょ・う・は・ろ…え?途中でやめないでよシェイナ。隊長が何って?」
ボードの文字を示しながら、ふと手を止めため息をつくシェイナ。せっつく僕に再び指を動かし始めると…
た・い・ちょ・う・は・ろ・う・ど・う・か・た
隊長は労働過多…?そんなつもりはなかったのだがシェイナに叱られてしまった。ちょっと反省…
さて、そうこうしているうちに景色はすっかり無彩色から多彩な色を取り戻し…ここは王都の船着き場。
到着だー!
けどちょうどいいかもしれない。シェイナには火事について色々と聞いておきたいこともあったし。
僕はここのところ考えていたことがある。
シェイナの中身が赤ちゃんじゃないことはもう分かっている事実だ。そして彼女は身体機能の向上とともに、出来ることを一つづつ増やしている。その彼女がまだまだ話せないのはあくまで舌とか喉とか声帯とか、そういう問題だ。歯もようやく二本生えてきたばかりだし。
だけど彼女は大きな文字ならなんとか読むことが出来るようになっている。多分今は近眼くらいの視力なんだろう。
エンブリーのあの部屋では、引き出しに入ってた片眼鏡を使って何とか文字を追っていた。
エンブリー初代の文字はあまり上手と言えない。多分平民の初代は、貴族として恥をかかないよう一生懸命文字を覚えたんだろう。もしかしたら誰かに教えてもらいながら必死に書いたのかもしれない。シェイナはその手紙を、半分解読も交えてそれでも中身を理解した。
とにかく、そこで思いついたのがこれだ。
某カードゲームで僕が構築していたデッキにもあった『ウィジャ盤』。欧米の交霊術なんかで使う、ウィジャボードというやつだ。日本で言うこっくりさんといえば分るだろうか?
数字とアルファベット、そしてイエスとノーが書かれた一枚の紙。ここに二人で指を乗せ…る必要はないから、一文字づつ指してもらえば長い会話も成り立つはずだ。
そうして僕は船で過ごす一週間を使ってシェイナから一部始終を聞き取ることに成功した。
「シェイナは印章が違うってすぐ気が付いたの?」
コクリ
「それであの部屋に行きたがったんだね」
コクリ
それだけじゃなくて、シェイナは僕たちがドローイングルームで喧々諤々してた時、外の茂みが不自然に動いたような気がしたのだとか。それで何となく不安になって、あの古紙をどこかに隠しておこうと考えたらしい。その途中で窓がガタガタしたからあわててベッド下に隠れたんだとか。
「ベッドの下に居る時怖かったでしょう…」
コクリ
シェイナは言う。高い位置から彼女を威嚇するブラトワと家令の姿に、壇上からシャノンを断罪したコンラッドとアーロンの姿が重なって、一瞬あの時に、プラムの夜に戻ったのかと思うぐらいの絶望を感じたと。
「シェイナッ…」ギュゥゥゥ!
「ノーン…」
魂に刻まれた恐怖。その傷はきっと癒えることなんてない。傍観者の僕は何も考えずそういうもんだと思ってたし、内情を知った今でもあれをバグのせいって諦めることが出来る。でも当事者のシャノンは有無を言わさず抑えつけられ、誰にも理解されないまま断罪された。それはどれほど辛く苦しかっただろう…
けど…シェイナには伸ばされる手があった。全てを諦めかけた瞬間かけられた救いの声。身を震わすシェイナにとってどれほどの安心をもたらしただろう。
文字を示すシェイナの指は微かに震えていて…あの時の恐怖を思い出したのか、それともあの時の喜びを思い出したのか…
ジェロームの存在が凍えそうなシェイナの心を温めた。事実僕が扉の鍵を壊した時も、彼はずっとシェイナを胸に抱きしめていた。
「よかったねシェイナ。良かったジェロームが居て。うーん、でも妬けちゃうな」
ご・め・ん・ね、と動くシェイナの小さな指は、僕がシェイナにジェラってると思ったんだろう。でもね…
「ううんそっちじゃない。シェイナを守るのは僕だとばっかり思ってたのに、イイトコ取られちゃったな」
キョトンとした後きゃきゃと笑うシェイナ。そうだよ。今世のシェイナには僕もいるからね。味方は一杯、忘れないでね。
「そうだ。シェイナが守ってくれた古紙以外燃えちゃったけど…シェイナは前日色々見てたよね?他には何があったか覚えてる?」
シェイナによると、他に重要な書付けは無かったみたい。けど、多分文字を教えたのは初代の奥さんで、その奥さんはどうやら元東部の修道女だったらしい。初代と出会って恋に落ちて、それで還俗して結婚したんだとか。そのあらましが記された夫人と友人との手紙が残っていたのだとか。
「へぇ…東部の修道女か。だから文字が読み書きできたんだ」
ここでシェイナから爆弾発言。
シェイナが言うには東部の溶岩石はフレッチャー侯爵家の遠縁が王都との取引管理を受け持っているはずだと。
「え?それも書付けが残ってたの?」
フルフル
なんと前世のシャノン情報である!王妃様は国内中の領地領主について詳細に把握している。シャノンも同じようにお妃教育で習ったのだとか。
フレッチャー一族が溶岩石の採掘事業に関わっている…フレッチャーとブラトワ。ロクな結果にならないだろうことが想像つく。
「ありがとうシェイナ。戻ったらそれも調べてみる。そうだ!隊長に調べてもらったらどうかな?」
クイクイ
「ん?何シェイナ?どれどれ…た・い・ちょ・う・は・ろ…え?途中でやめないでよシェイナ。隊長が何って?」
ボードの文字を示しながら、ふと手を止めため息をつくシェイナ。せっつく僕に再び指を動かし始めると…
た・い・ちょ・う・は・ろ・う・ど・う・か・た
隊長は労働過多…?そんなつもりはなかったのだがシェイナに叱られてしまった。ちょっと反省…
さて、そうこうしているうちに景色はすっかり無彩色から多彩な色を取り戻し…ここは王都の船着き場。
到着だー!
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