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102 断罪内定者

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「うっ!うぅ…うぐぇ…お、遅くなってごめんね…。この部屋の鍵がなくて…ヒック…」
「合鍵は無かったのですか?」
「な、ながった…」

僕は片手に斧を握りしめたまま力任せにシェイナを抱きしめていた。シェイナは僕の鼻水や涙で顔中べたべたにしながら、それでも逃げ出そうとはしなかった。きっとすごい力が入っていただろうに…

ジェロームは言う。ブラトワ卿は鍵を持っていたと。では誰かが持ち出していたのか…

「きっと辞めた者の中にブラトワで雇われた人間が居るのでしょう。ですが使用していなかった部屋とはいえ…全ては私の管理不行き届きだ」

「それをいうなら私もです。初めての執事職とは言え…不用意でした」

何時の間にか部屋に来ていたコナーがジェロームに状況を報告する。

理系の彼はすぐさま除雪あとの雪山を消火にと思いついた。そしてすぐさま屋敷の者全員に指示を出した。確かに重い水を往復して運ぶより目の前の雪を使ったほうが早い。
その場所に僕が贈ったシャベルがいっぱい立てかけられていたのも幸運だったと思う。
それだけじゃない。屋根に残っていた雪は暖められて軒下へと滑り、飼い葉の火が広がるのを防いでくれた。あれも自然の消火活動と言える。

「部屋が樫の木材で幸いでした。あれは火に強い」
「そ、そうなの…?」

結果としてあの火の勢いの中、離れの半焼で済んだのはこの上なく上出来と言える。それもこれも素晴らしい連係プレーがあってこそだが、発見が遅ければ無事とはいかなかったかもしれない…

幸運の連鎖。一つでも欠けたら間に合わなかったかも。そう思うと身震いがした…


あの時僕はアレイスターたちと必死になって問題解決の糸口を話し合っていた。そしてしばらくたったころ、姿の見えないジェロームがシェイナの様子を見にへ行ったと聞き、ふと、前日見た部屋の様子が脳裏に浮かんだ。
離れ…、先代の部屋…、お部屋探索…、引き出しの中の羽目板…、使い古された紙…、古い紙?古い紙!
そうだ!あの時僕は何て言った?

『見てごらんよシェイナ。これは…先代の印かな?』

…僕のバカー!なんでもっと早く気が付かなかったんだ!僕は自分で言ったんじゃないか!先代の印…、どうしてそう思った?つまりあれは…、僕の知るジェロームの手紙に押されていた印とは違ったってことだ!

「アレイスター!もしかしたら証拠があるかもしれない!ちょっと待ってて!」

ああ!だからシェイナはあれほどあの部屋に行きたがってたのか!それなのに…バカバカバカ!僕の目は飾り物か!

なのに離れの扉には鍵がかかってて…そのうえ隙間からは煙が漏れだしてて…
僕はシェイナがうっかりランプを倒したのかと思い慌ててコナーを連れ窓側へ回った。そして窓を塞ぐように燃え盛る火の手を発見したのだ。その時の気持ちと言ったら…

だけどそこからの行動は迅速だった。一分一秒の猶予もない。コナーは厨房で食事をとる全員に向かって、今すぐ裏庭に来て雪を火に撒くよう言いつけた。

そして僕は前日探索済みの書斎は放置し、ピンポイントで執事室に鍵を探した。なのにどこにも鍵は無いじゃないか!なので躊躇することなく裏にあった斧を取りに行った!




事の顛末を話す間も僕の涙は止まらない。僕の大事なジェロームとシェイナ。シェイナ…ああシェイナ。僕の相棒シャノン。僕は彼を二度も失うところだった…

「もうお泣きにならないでくださいシャノン様…」

「へ、部屋…シェイナが…火…グス…び、びっくりし…ひぃぃっく」

「エンブリー卿。それで一体何があった」

そこへ現れたのはアレイスター。
何かをしていたであろう彼は、涙が止まらない僕に代わって今すべきことをする。
そしてジェロームはシェイナが命がけで守り抜いてたという二枚の古紙を差し出した。

「これは…?」

「それは僕が取りに行こうと思った古紙!」
「シャノン。説明を」

「説明なら私から。これは恐らくエンブリーの初代当主と当時の王の間で交わされた仮の叙爵証書です」
「仮の叙爵証書?叙爵証書に仮などあるものか」

「その理由がこちらに。初代当主が王家にあてた手紙の仕損じです」

何度も何度も横線で訂正された読みにくい手紙。シェイナが昨日眺めていた古い紙。

ここで補足だが、この国では叙爵に際し王家から紋章のモチーフが与えられる。そして新たに爵位を得た当主は、そのモチーフを用いた印章を作成し叙爵式に持参する。そして叙爵証書の最下部に、当主自らサインし捺印するのだ。

それをふまえて、この文章は要約すると、叙爵式に必要な印章を用意できなかった当時の当主が困り果てて王様に送った手紙だ。

--今から作成しても叙爵式には到底間に合わないだろう-- 
--そもそもそんな資金もなければ印章を作れる工房もここにはない--
--エンブリーから王都へは易々と行き来は出来ない距離だ--
--此度は仮印での証書捺印を許可していただきたい--

そんな事がミミズの這いつくばったような文字で書かれている。さらに

--再度王城へ出向く機会あらば、改めて正式な印章で叙爵証を作成し直す許可も欲しい--

文章はそう続いていた。

ジェロームは書斎から保管してある叙爵証を持ってきて僕たちの前でテーブルに広げて見せた。

「これが当家に伝わる正式な叙爵証です」

それは何度も見た、僕の知るエンブリーの印。一本の剣を挟んで二羽の鴉が羽を広げるお家の紋だ。そして彼が言うところの仮の叙爵証書には、同じモチーフの、でも、どこから見ても素人が彫った、少し不格好な鴉がはためいている…

…こう見えて僕は、ここに居る誰よりもエンブリーの領史には詳しいと言う自負がある。なんなら現当主のジェロームより詳しいかもしれない。何故なら僕の父親は全領地の領史を保管する尚書で…この僕は断罪に備え、転生直後に気が狂うほどエンブリーのことを調べ尽くしたからだ。

「思うんですけど…エンブリー初代はその不格好な印を使い続けたんじゃないですか?」

僕の知るエンブリーの歴史。何かの功績をあげた初代は男爵位とエンブリーの名、そしてぺんぺん草も生えない形ばかりの領地を与えられた。
領民一人居ない不毛の地、それでも当主は奥さんと幼い息子、三人で自ら斧や農具を持ちなんとか生計をたてていた。

「そんな平民気分の抜けない初代に印章の価値が分かったとは思えません。余裕も工房もないのに、わざわざ作り直しますかね?」

僕は言い切った。紋章をかたどった正式な印章は開拓が進み少しずつ入植者が増え、外部との社交が生まれた時点で初めて必要になったんじゃないか、と。

「お父様は尚書です。王家に送られた過去の書簡も保管しています。もしかしたら他にも初代エンブリー当主から送られた手紙があるかもしれない」

「いい視点だシャノン。他にもその印が押されていれば、初代の印が現在と違う証明になる」

ジェロームを包む緊張が少し和らぎ全員に安堵が広がる。バカめブラトワ。これぞまさしく三日天下だ。

「シェイナ…全部シェイナのおかげだよ。お手柄だったね。よくやっ…う…ぶぇ…」
「ノーン…ウブ…フェェ…」

ヒシッ!僕たちは力の限りに抱きしめ合った!






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