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99 断罪への付属物

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エンブリー男爵領、ここは言うなれば僕にとって第二の故郷。

王都から遠く離れたこの地エンブリーでは僕の顔などほとんど知られていない。
つまりそれは、婚約者のいる身でジェロームとラブラブデートをしたって、誰にも気兼ねは無いということ…だったはずなのに。あの金満親父め…

それはさておき、昨夜の砂金会議では、なかなか満足度の高い話し合いが出来たと思う。

決まったのは三つ。

まず、春を待ってエンブリー男爵領が総力(大したことはない)をあげ採掘準備に入るということ。

二つ目、その事業はアレイスターが治める予定となる北の副王都が、全面的に関わるということ。

三つ目、エンブリーと北部の間は北部の中心貴族となるバーナード伯爵家が、エンブリーと王都の間は採掘にも協力(ほぼ全部)してくれるソティリオ商会が受け持つと言うこと。

「だがそれも全てはアドリアナ様の手腕にかかってくる。シャノン、王妃殿下も話しておられたが、共同統治制を王にご納得いただく成否は神子の存在が鍵となる。いいね」

「いいね」…と言われても…、さてどうするか。
凡人の僕にはよくわからない。けど唯一わかるのは南北を住み分けなければ内乱必至で、それは僕の平穏な日々をも脅かすだろうということ。

「お、お任せ下さい!」

ほい!これでもう逃げられない。
僕は大事な局面ほど自分で自分を追い込むタイプだ。口に出してしまえばもうやるしかない。

かと言ってシェイナに神子の大役など背負わせたくはない…。いっそその辺の猫でも指名してやりたい気分だ。
まあ、その件は旅行から帰りしだい落ち着いて考えようと思う。

「アレイスター、その代わり分かってますよね?(僕の)砂金を使うからにはエンブリーの立場と繁栄を保証してもらわないと」

僕の平穏な未来のために!

「ああ。もちろん分かっているとも」

よし!確約はとった!

「そのためにもエンブリー男爵には砂金事業の開始を以て、伯爵位を与えることになるだろう」

「「えっ!!!」」

ハモる未来の夫婦。気が合うねジェローム。

「なにを驚く事がある。下位貴族のままでは不都合も多い。高位貴族の横やりを防ぐ為にも必要だろう」
「ま、まあそれは…」

不満などない…、僕のジェロームが出世するのになんの文句があろうか…。だがしかし…

高位貴族の仲間入りするということは、面倒な社交や駆け引きが発生するということで…
僕の夢見た、限りなく庶民に近い、でも一応貴族、という一番美味しいポジションに別れをつげることになる。まさに訃報…

「お、おめでとうジェローム…」
「いえ、私もたった今聞いたばかりなので…」

これがサプライズ好きアレイスターの真骨頂。見縊ってたよ…

「シャノン様、それは涙ですか?」
「嬉し涙です。お気になさらず」

「それよりシェイナ様はそのままで良いのですか?部屋でお休みいただいたほうが…」
「ヘクター様。シェイナは僕の鼓動を聞くと安心するんです。だからこのままで」

これは本当。元自分の生存確認でもしているんだろうか?

「今もほら、すやすや眠っています」

これはウソ。僕がネコならシェイナはタヌキになっている。
彼女はここで語られる、僕には理解不能なムズカシイ話にじぃぃっと聞き耳を立てている。

「多くの貴族がここエンブリーと縁を持ちたがるだろう。不用意なつながりを持つ必要はないが…それでも社交の機会は増える。いずれ屋敷も広げなくてはね」

ぐっ…!恐れていた事態が…

「そ、そうですかぁ~?僕はこじんまりした屋敷のままでいいと思いますけど~?うっ!」ドスッ!

シェイナ…、だから肘エルボーはやめてって…

「シャノンは小さな屋敷が好きなのだろうか?では北部に構える私の屋敷は気に入りそうだ」
「そうなんですか?え、でもアレイスターは王族で…」

「取り急ぎクーパー伯が住人の居ない屋敷を用意してくださるそうだ」

なんでもアレイスターのお引越しに合わせて立派な屋敷を作るのは無理があるみたいだ。そこでクーパー伯から空き屋敷を譲り受けるらしい。クーパー伯は一度断絶した子爵領を接収しているのだが、その際ついてきた元の子爵邸が手付かずで余っているらしい。

「クーパー伯はそのお屋敷を使わないんですか?」
「彼は息子のアリソンを君の側近に、と考えている。私が仮初の住居にしてもかまわないそうだ」

そのうえその屋敷は北部の修道院とバーナード伯爵領にも近く、何かと利便性が良いらしい。この場合の利便性とはあくまで北部内限定の話だけど。


そんな感じで話し合いは進み、一夜明け、ジェローム、そしてアレイスター主従はコナーの案内で砂金を見つけた現地に行くそうだ。僕?もちろん行きたいって言ったに決まってる。全員一致で即却下されたけど。

「さすがに雪山へシェイナ嬢は同行できない。君は彼女をたった一人でここに残すつもりか」

そう言われては何も言えない。なので僕とシェイナは誰もいない屋敷内を探索することにした。もちろん何処を見て回っても構わないという、ジェロームの許可ありきで。

コナーも御者も出て行ってしまった邸内。下働きたちは裏で洗い物をしているし、唯一のメイドさんもシェフのお手伝いで厨房から出てこない。つまり完全フリーダム。

この屋敷はこじんまりとした二階建ての屋敷だ。主寝室および客室は全て二階にある。階段を上がったところが小さな二階ホール。それを囲うように5つの部屋があり、あとは水回りでおしまい。見どころはというと…

「ここがジェロームの寝室…ムフフ」
「ノーン!アブー!」

お堅いなシェイナ。見て見たかったのに…。けど、寝室に不法侵入はマズいか、さすがに。しょうがない。監査官からNGが出たので早々に階下へ降りる。

一階は玄関入ってすぐが二階よりは大きめのホール。右側にあるのがドローイングルームとシッティングルーム。正面階段の奥に執事室、書斎があり、左側にダイニングがある。

ダイニングのさらに奥へ進むと厨房やパントリー、一階の水回り、使用人の部屋などがあるのだが、廊下の突き当りには持病のあった先代の部屋がある。
病気を理由に家督をジェロームに譲り、南に移り住んだと言う先代。恐らく階段の上り下りもしんどかったのだろう。後から増設されたっぽいそこは、突き当りというより離れのようだ。

見てまわる…といっても探索できそうなのは書斎と先代の部屋くらい。僕とシェイナは一通り書斎を見てまわると、今度は先代の部屋で、年季の入った(壊れそうともいう)調度品を手に取ってみたり古い書物をめくってみたりしていた。

「見てごらんよシェイナ。すごい古い紙なのに保存状態がすごくいい。これは…先代の印かな?」
「アブ…」

中身がシャノンのシェイナは、さすがにまだペンを持って文字を書くのは困難だけど、文字を読むことは出来ている。興味深そうに眺めていたそれは、王家に提出する書類の書き損じか何かのようだった。
紙が貴重なこの世界、特に困窮した男爵家では、おいそれと紙を丸めて捨てる、などということはしなかったのだろう。
ベッドに広げたそれらをシェイナが楽しんでいる間、僕だけうっかり転寝してしまったのはご愛敬だ。

そんなふうにジェロームたちの戻りを待ってディナーに突入したその時だ。玄関扉がノックされ、対応に出たコナーが一通の手紙を持って戻ったのは。

そしてその手紙は昨日会ったブラトワ男爵のからのもので、そこには…
先々代の残した新たな貸し付け証文が見つかったので明日伺う、と書かれていた。





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