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96 断罪の向こうに夢見た景色
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「ろくなコートも持たず…本当に君は…」
「あの時は夢中で…。忘れてました」
「仕方ない。ほら、これを羽織って」
「わ、あったかーい」
動物愛護にひっかかりそうなアレイスターのコートは、僕が着ると不本意にも萌え袖仕様だ。
予定どおり一週間ほどで到着した北の船着き場。雪の積もったここからの陸路は、世紀末覇者みたいな馬のひく馬車にのって行く。
クーパー伯とはここでお別れ。彼は屋形船での往路を確認し終え今度は復路につく。
船の行きかうこの川は天然の川だが、船便の運行を始める際に多少の手を加えて川幅を広げている。そのためこの先の川幅は急激に狭くなり、また山間に入ることで流れはどんどん増していく。その奥にあるのが…まさにゴールデンドリーム…
それはおいといて、その山間を馬車で抜けエンブリーのお屋敷までは半日強。
真夜中に到着した僕たちは、船で夜が明けるのを待ち、日の出と共に出発することになっていた。
先触れを出していない以上、あまり到着が遅い時間では迷惑だからだ。いや、この時点ですでに十分迷惑なんだけど。
「では私は行きますが…、本当にシェイナ様をお連れしなくてよいのですかな?」
「見ての通りです。シェイナと僕は一心同体です」
シェイナは前ボタンを全部とめた僕のコートの中にインしている。
ヘクターは下を向いて笑っていたが何か文句でもあるのだろうか。これは互いに暖かい、画期的かつ合理的な方法だ。僕は妹に風邪をひかせたりしない。
こうして、ついに僕とシェイナは念願のジェロームに向かって出発した。
さて、エンブリーの領地は話に聞いていたとおり、その大半が手つかずの大自然である。さっきからの道中、民家一つも見あたらない。
「荘園は領主様のお屋敷向こうになるんでさぁ」
そう教えてくれたのは、お馬さんの休憩タイムに親睦をはかった御者の一人だ。要するにお屋敷を挟んで北側が山や川のある大自然。南側が開拓された農耕地というわけだ。
補足だが北部は同じ貧しい地域でも東部に比べ平地の占める割合が多い。
東部の貧しい理由とは、主に農耕地の少ないことと土砂崩れや獣の被害などの山の災害が一因にあげられる。それに対して北部の貧しさとは、長く続く厳しい冬と根本的な土壌の悪さによるものなのだとか。
船で作ってもらったサンドイッチにかぶりつきながら、アレイスターからそんな説明を聞いている間も馬車は雪道を抜けていく。
シェイナは僕の体温で温められたからか、さっきからスヤスヤお休み中だ。
「シャノン、エンブリー男爵に会えるのが楽しみかい?」
「何でそう思うんです…?」
「彼は艶やかな黒髪じゃないか」
「だからそれヤメテ下さい。まるで黒髪なら何でもいいみたいじゃないですか。人聞きの悪い…」
だべったりうたた寝したり、途中で馬車を降りて腰を伸ばしたりしながらかれこれ13時間ほど経っただろうか。
馬車はある古びた洋館の前に停車した。多分これが…
「シェイナ起きて。ここにジェロームが居るんだよ」
「ムニャ…アブ…」
「では到着を知らせて来ましょう」
「待って!」
屋敷に向かって歩き出す従者を僕は後ろから呼びとめた。何故なら…この場合の挨拶は、玄関に出てくるであろう家令のコナーと一番親しい僕がおこなったほうが良いような気がしたからだ。
冬期欠航間際だからと、先ぶれも出さず急遽決まった訪問。
到着次第先ぶれを…とか言いながら、積雪に負けてそのまま来てしまった訪問。
つまるところ、これはノーアポイントの急襲ということだ。
おまけに訪問者は第二王子。いきなりいったら家令とは名ばかりの学者コナーなど、腰をぬかす事請け合いだ。僕というワンクッションは必要だろう。
「それもどうかと思うが…、君の知り合いだ。好きにしたまえ」
「それじゃあ…」
僕は懐にシェイナを入れたまま、馬車にアレイスターを残して扉に近づくとドアノッカーに手をかけた。
ゴンゴン
しばらく待つと中から人の足音が。きっとコナーだろう。
ギィィ…
「どちらさ…、シャノン様…」
「えへ☆来ちゃった」
バタン
うっすら叫び声みたいなのが聞こたような気がするけど…歓喜の叫びだろうか?
分るけど…、でも外は寒いしシェイナも居るし、何より王子殿下をこれ以上お待たせできない。僕は問答無用で扉を開けると、ホールに向かって思いっきり声を張り上げた。
「えーと、外でアレイスター殿下がお待ちです!寒いし暗いので中に入ってもらいますねー!」
なんか…食器の割れる音がしたけど、ジェロームとコナー、何やってんだろう?
とにかく挨拶は済んだと解釈して、僕はアレイスター、ヘクター、二人の従者を屋敷の中へと呼び寄せ、御者に多めのチップと共に料金を支払い、労をねぎらい帰ってもらった。
「シャノン…、それで男爵はどこだい?」
雪をかぶったコートを脱ぎながらアレイスターが当主の姿を確認しようとするが…彼らはさっきからちっとも来ない。
「しょうがない。呼んでみますね。ジェローム?ジェロームー!」
慌てて現れたジェロームは少し息が上がっているようだ。あ、もしかしてトイレにでも居たのかな?
「こ、これは殿下!シャノン様!お、お揃いでようこそエンブリーへ…、というか、…何故ここに?」
「ジェロームに会いたくて来ちゃいまし」
「ゴホン。砂金の件、と言えばわかるだろうか」
アレイスターはそのまま屋形船の試運転の事や冬期欠航の事などを説明し、急な訪問を心から詫びているが、その間もジェロームの視線は僕の胸元から離れない。イヤン、エッチ。
「……シャノン様。そこに居るのはもしや…」
「シェイナです」
「な、何故シェイナ嬢まで!ちょっと失礼!」
ジェロームは僕のコートの前ボタンを外し、それはそれは優しくシェイナを抱き上げた。
「こんな幼い子が船旅など…お疲れでしょうに。コナー、殿下方の案内を頼む。私はシェイナ嬢を客室へお連れして休ませよう」
そこに居たメイドにシェイナ用のスープか何かを申し付けるとジェロームはホールから階上へと上がっていった。
そして僕たちは食事の用意を整えるまで、と小さなサロンに通されたのだが、雇い主に忖度しないで何度もクビになったという強者コナーは、その話通りに雇い主である僕にクドクドと説教を始める始末。だが…
シェイナの件はシェイナのせいだしサプライズ訪問はアレイスターのせいだし、僕は一番罪がないと思うんだけど…違うかな?
「あの時は夢中で…。忘れてました」
「仕方ない。ほら、これを羽織って」
「わ、あったかーい」
動物愛護にひっかかりそうなアレイスターのコートは、僕が着ると不本意にも萌え袖仕様だ。
予定どおり一週間ほどで到着した北の船着き場。雪の積もったここからの陸路は、世紀末覇者みたいな馬のひく馬車にのって行く。
クーパー伯とはここでお別れ。彼は屋形船での往路を確認し終え今度は復路につく。
船の行きかうこの川は天然の川だが、船便の運行を始める際に多少の手を加えて川幅を広げている。そのためこの先の川幅は急激に狭くなり、また山間に入ることで流れはどんどん増していく。その奥にあるのが…まさにゴールデンドリーム…
それはおいといて、その山間を馬車で抜けエンブリーのお屋敷までは半日強。
真夜中に到着した僕たちは、船で夜が明けるのを待ち、日の出と共に出発することになっていた。
先触れを出していない以上、あまり到着が遅い時間では迷惑だからだ。いや、この時点ですでに十分迷惑なんだけど。
「では私は行きますが…、本当にシェイナ様をお連れしなくてよいのですかな?」
「見ての通りです。シェイナと僕は一心同体です」
シェイナは前ボタンを全部とめた僕のコートの中にインしている。
ヘクターは下を向いて笑っていたが何か文句でもあるのだろうか。これは互いに暖かい、画期的かつ合理的な方法だ。僕は妹に風邪をひかせたりしない。
こうして、ついに僕とシェイナは念願のジェロームに向かって出発した。
さて、エンブリーの領地は話に聞いていたとおり、その大半が手つかずの大自然である。さっきからの道中、民家一つも見あたらない。
「荘園は領主様のお屋敷向こうになるんでさぁ」
そう教えてくれたのは、お馬さんの休憩タイムに親睦をはかった御者の一人だ。要するにお屋敷を挟んで北側が山や川のある大自然。南側が開拓された農耕地というわけだ。
補足だが北部は同じ貧しい地域でも東部に比べ平地の占める割合が多い。
東部の貧しい理由とは、主に農耕地の少ないことと土砂崩れや獣の被害などの山の災害が一因にあげられる。それに対して北部の貧しさとは、長く続く厳しい冬と根本的な土壌の悪さによるものなのだとか。
船で作ってもらったサンドイッチにかぶりつきながら、アレイスターからそんな説明を聞いている間も馬車は雪道を抜けていく。
シェイナは僕の体温で温められたからか、さっきからスヤスヤお休み中だ。
「シャノン、エンブリー男爵に会えるのが楽しみかい?」
「何でそう思うんです…?」
「彼は艶やかな黒髪じゃないか」
「だからそれヤメテ下さい。まるで黒髪なら何でもいいみたいじゃないですか。人聞きの悪い…」
だべったりうたた寝したり、途中で馬車を降りて腰を伸ばしたりしながらかれこれ13時間ほど経っただろうか。
馬車はある古びた洋館の前に停車した。多分これが…
「シェイナ起きて。ここにジェロームが居るんだよ」
「ムニャ…アブ…」
「では到着を知らせて来ましょう」
「待って!」
屋敷に向かって歩き出す従者を僕は後ろから呼びとめた。何故なら…この場合の挨拶は、玄関に出てくるであろう家令のコナーと一番親しい僕がおこなったほうが良いような気がしたからだ。
冬期欠航間際だからと、先ぶれも出さず急遽決まった訪問。
到着次第先ぶれを…とか言いながら、積雪に負けてそのまま来てしまった訪問。
つまるところ、これはノーアポイントの急襲ということだ。
おまけに訪問者は第二王子。いきなりいったら家令とは名ばかりの学者コナーなど、腰をぬかす事請け合いだ。僕というワンクッションは必要だろう。
「それもどうかと思うが…、君の知り合いだ。好きにしたまえ」
「それじゃあ…」
僕は懐にシェイナを入れたまま、馬車にアレイスターを残して扉に近づくとドアノッカーに手をかけた。
ゴンゴン
しばらく待つと中から人の足音が。きっとコナーだろう。
ギィィ…
「どちらさ…、シャノン様…」
「えへ☆来ちゃった」
バタン
うっすら叫び声みたいなのが聞こたような気がするけど…歓喜の叫びだろうか?
分るけど…、でも外は寒いしシェイナも居るし、何より王子殿下をこれ以上お待たせできない。僕は問答無用で扉を開けると、ホールに向かって思いっきり声を張り上げた。
「えーと、外でアレイスター殿下がお待ちです!寒いし暗いので中に入ってもらいますねー!」
なんか…食器の割れる音がしたけど、ジェロームとコナー、何やってんだろう?
とにかく挨拶は済んだと解釈して、僕はアレイスター、ヘクター、二人の従者を屋敷の中へと呼び寄せ、御者に多めのチップと共に料金を支払い、労をねぎらい帰ってもらった。
「シャノン…、それで男爵はどこだい?」
雪をかぶったコートを脱ぎながらアレイスターが当主の姿を確認しようとするが…彼らはさっきからちっとも来ない。
「しょうがない。呼んでみますね。ジェローム?ジェロームー!」
慌てて現れたジェロームは少し息が上がっているようだ。あ、もしかしてトイレにでも居たのかな?
「こ、これは殿下!シャノン様!お、お揃いでようこそエンブリーへ…、というか、…何故ここに?」
「ジェロームに会いたくて来ちゃいまし」
「ゴホン。砂金の件、と言えばわかるだろうか」
アレイスターはそのまま屋形船の試運転の事や冬期欠航の事などを説明し、急な訪問を心から詫びているが、その間もジェロームの視線は僕の胸元から離れない。イヤン、エッチ。
「……シャノン様。そこに居るのはもしや…」
「シェイナです」
「な、何故シェイナ嬢まで!ちょっと失礼!」
ジェロームは僕のコートの前ボタンを外し、それはそれは優しくシェイナを抱き上げた。
「こんな幼い子が船旅など…お疲れでしょうに。コナー、殿下方の案内を頼む。私はシェイナ嬢を客室へお連れして休ませよう」
そこに居たメイドにシェイナ用のスープか何かを申し付けるとジェロームはホールから階上へと上がっていった。
そして僕たちは食事の用意を整えるまで、と小さなサロンに通されたのだが、雇い主に忖度しないで何度もクビになったという強者コナーは、その話通りに雇い主である僕にクドクドと説教を始める始末。だが…
シェイナの件はシェイナのせいだしサプライズ訪問はアレイスターのせいだし、僕は一番罪がないと思うんだけど…違うかな?
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