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84 断罪と告白

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コンラッドの手配した学内の警備が男を連行していく。バード卿と呼ばれた男の素性は直に明かされるだろう。
アーロンはそのコンラッドの後ろに乗って、そして僕はアレイスターの後ろに乗って、ブラッドと数人の護衛に囲まれ、元居た場所、一時保管庫のある裏門から、人目を避けて学長室へと場所を移した。

事情を聞いて学院長は慌てふためいている。直ちにプリチャード家、教会、王城に事態は報告され、急遽会談になるだろう。そしてそこには恐らく、フレッチャー侯も呼び出されるはずだ。

大人たちが揃うまでの僅かな時間、僕たちは改めて互いの顔を見渡した。
もしかしたら一番落ち着いているのは僕かもしれない。
アレイスターはヘクターさんと隣の部屋で何やら相談中だし、アーロンは未だ泣きじゃくったままコンラッドに抱きしめられている。
そんなカオスな状況に、ブラッドはさっきからどうすべきかと思案中だ。

「ふぅ…、ところでコンラッドはこの中で誰が一番ピンチだったか分かってます?」

大窓から落下したシャノンを置き去りにしたときからちっとも変ってないコンラッドの優先順位。僕は地味に根に持つタイプだ。だけどまあ…なんだかんだ言ったって、コンラッドとアーロンは、やはり運命シナリオで結ばれた恋人同士なんだろう。

「もちろん分かっている。だが君は乱闘に加わるほど元気だったじゃないか。あのような状態のアーロンを放っておけばよかったと言うのか」

…確かに?…今もまだしゃくりあげながら肩を震わすアーロンは、BLゲーヒロインの名にふさわしい可憐さだ…

「だが良い機会だ。アーロン、正直に話して欲しい。君は国教を裏切りカマ神に傾倒しているのか」
「僕は…、だって僕は…」

アーロンの大きな瞳は涙で溶けてしまいそう。思わずお邪魔ポジの僕でさえ「ああヨシヨシ」ってしたくなる破壊力だ。

「だって僕には何もない。自分だけのものは何一つ…」
「アーロン…」

アーロンは言う。教会は訪れる全ての人のもので、あそこは自分だけの家じゃないのだと。彼の親は国教神様で、だけど万人の神様を独り占めする事は出来なくて…

「だから…だから僕は…」

彼は飢えていたのだ。愛に、温もりに。

「誰にも分からない!生まれた時から何も持たない僕の気持ちなんて!」

興奮するアーロン。その言葉を繋ぎ合わせて分かった事は、フレッチャーの領地からカマ教の村がある南東の端はかなり近いということ。それでも一か月はかかる距離だが、王都から南東の端へ三か月もかかる事を思えば、それでも御の字なのだろう。
アーロンはその村への拠点が欲しくて、王の神子への執着、アーロンに抱く確信を好機と見たフレッチャーに言われるがまま、神子になどまるで興味はなかったが黙って従ったのだという。

「あの方が僕を市井の捨て子と見下しているのには気付いてた!教会のことも、所詮平民の教会と陰で馬鹿にしていたのも知ってた!でもそんなのどうでもよかった!彼が都合よく僕を利用していたのだとしても…彼が領地内に僕の神殿を建ててくれると約束してくれたから…これもまた共有の形なのだと僕は納得することにした…」

「アーロン…、それは共有などではない。もうわかっているだろうが…」
「う…うわぁぁん」

泣きじゃくりながらアーロンは懺悔室と同じことを繰り返す。が、先日よりも今日の方が裸の言葉に聞こえるのは気のせいなんかじゃない。

アーロンは母親の呪縛こんやくに絡み取られたまま、自由を失い務めを課され、感情の無い微笑みを張り付けたシャノンに同じ魂を見つけたのだ。

「…シャノン様なら僕の気持ちをお分かりくださるでしょう?」
「アーロン、分かる。分かるよ。それがどれほど辛い毎日だったか。僕には痛いほどわかる」

慰めなんかじゃない。身体は自由にならず、治療という名の務めを課され、心配をかけないように笑い続けた僕と、シャノン、そしてアーロンに大した違いはない。その僕の言葉はアーロンに真っすぐ伝わったようだ。

「シャノン様…ああっ!欲張ったばっかりに、たった一人の理解者を僕は失うところだった!」
「理解者…」

「あなたを失ったら…僕はまた孤独になる!」

また…つまり一度失ったということ。ブラッドがこちらを見る。ああ分かった。孤児院で会ってた女性、母親のことだ…

「アーロン。欲張っちゃダメって誰かに言われたの?」
「司祭様が!司教様が!そして国教の神が!うぅ…僕の欲を許してくれたのは…」

「カマ神だけ。そう言うんだね」

「う、うぅぅ…」

ストイックが過ぎた結果がこれなんだろう。抑圧とは時に暴走を生む。キレる若者…とはよく言ったものだ。ならば僕は解放してやらねばなるまい。アーロンの魂を。真の博愛へと。

「アーロン、欲望は確かに過ぎると今日の男みたいに身を亡ぼす。けどね、上手に持てばそれは自身の活力になる。目標になる。生きる支えになる。持てばいいんだよ、いっぱい、いくらだって」

「でも…」

「それをどう生かすか。僕はその方法をもう確立してある」
「方法…」

これはマンガを読みだした頃、母親への言い訳に生み出したメソッドでもある。
ラノベを読むために漢字を覚え、マンガを楽しむことで想像力を鍛え、計画的に推しグッズを買うことで金銭感覚を養い、そしてそれは結果的に…、好きな作品の完結を見るまでは生きる!という支えにまで成長した。
欲望とはポジティブに生かすものだ!

「だからアーロンにも教えてあげる。欲望が生み出す力を!真の博愛と解放がどういうものかを!」
「シャノン様…、僕は」

そう。すでにアーロンは解放という名の扉に手をかけている。あと一押し!何か…何かないか…!

ここで割り込んできたのがコンラッドだ。彼は何かの決意を秘めた表情で、アーロンの手を握りしめ、目を見て言葉を紡いでいく。

「アーロン…君には私が居る。シャノンだけではない。私にも分かる。得られぬ辛さなら私にも…。王族である私が何をと思うだろうが…、それでも分かる」

「コンラッド様…」

「この数か月私は悩み続けてきた。一度は君を諦めようとした。だがやはり君は私にとって特別な人だ。母への畏怖とも畏敬ともつかぬ感情、もつれたシャノンへの感情、そのシャノンと比べられる焦燥、そういった中で疲弊したあの時の私にとって、アーロン、君の存在、君の言葉がどれほど支えになったか。それは決してまやかしなどではない」

目の前でシャノンへの僻み根性をこれほど堂々と告白されるのも…なんだかな…

「だからこそここで誓おう。私は君を永遠にを愛する。私の愛は君だけのものだ。だからアーロン。君にも誓って欲しい」
「な、何をでしょう…」

「博愛を掲げる君にそれを望んではいけないのだと今まで思い込んできた。だが…、もっと早くに言うべきだった。アーロン、これからは私以外を愛さないで欲しい。君の愛は私だけに捧げて欲しい」

「コンラッド様…」

コンラッド…お前…

一見実に感動的な良い場面に見えるが、それを婚約者の前で言うこと自体が正直どうかと思う。だが今大事なのはそこじゃない。むしろこれはチャンス!僕はここで畳みかけるべくアーロンの方に向き直った。

「コンラッド、後で話がある。それは置いといてアーロン、前にも言ったよね。愛されることを望むより愛した方がいいって。そうしたらアーロンだけの特別な愛が手に入る。わかる?アーロンが一人占めしていいアーロンだけの愛情だよ。誰かを愛する気持ちは誰にも奪えない。奪えっこない。アーロンは最初から持ってるはずだよ…心の聖域に。人を愛するアーロンだけの愛を」

「僕だけ?僕だけの…ふぇ…コンラッド様ぁ…」

やった…のか?アーロンを改心させられた…のか?はっ!

その時気付いた。
コンラッドの胸に抱き留められながら泣きじゃくるアーロンのローブは…泥だらけでビリビリで、シナリオの強制力は゛ローブが汚れてボロボロになる”という形で無事消化されたのだと。相当脱線したと思ったのに、恐ろしいな…

そうか…となると残るイベントはあと一つ。

゛王家のルビー”







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