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74 断罪と食欲の秋
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さて、秋と言えば読書、芸術、そして…食欲の秋である。
読書と芸術はオールシーズン堪能しているのでここは食欲だろう。…秋以外食欲が無いか、といったらウソになるが…
なにしろ昨年の秋とは違い今年の僕には余裕がある。最近お父様を含めた大人たちが何やら忙しそうだが、そんなこと学生の僕には関係ない。未成年で良かったな~…と実感するのがこんな時である。
するとある週末、王妃様からブドウ園へのお誘いをいただいた。ここの品種は秋が収穫時期なんだとか。
この世界のブドウとは、大部分がジュースやワイン、加工品の原料になる。生食用ももちろんあるが、今回王妃様が見に行こうと誘ってくれたのは、王城内の一角にあるワイン用のブドウ園である。
王都のワインは主に修道院で作られる。修道士、修道女の皆さんにとってワイン造りは年間のお務めなのだ。
そこで王城内のブドウも時期が来ると、修道院から選定された、いわゆる清らかな乙女アンド乙メンがブドウをフミフミしに来て果汁を抽出するのだが、僕は正直言って、処女性と清潔感は別物だと思っている。せっかくの行事に水を差すから言わないけど。
そんなわけでやって来た王城内の一角にある専用ブドウ園。今からここでは10名ほどの選ばれし乙女、乙メンのブドウ踏みが開催される。が、楽しみか…と言えばそうでもない。何故なら…僕は知らなかったのだが、これが一種の神事だったからだ。
おかげで今ブドウ園には王家の面々、そして招待を受けた高位貴族の方々が集まっている。
お父様は領地に行ってて居ないが、ニコールさんはブラッドと来ているし、ポーレット侯爵夫妻もお越しになっている。
あとは…ミーガン嬢がお父さんと来ていて、おおっ!ロイドもマーベリック伯爵と並んでいる。
なんでもこの後ガーデンパーティーへ突入するんだとか。
「王妃様にうまくやられましたね」
「カイル…、どういう意味?」
「シャノン様はお誕生日以外に夜会をお開きではありませんし、ご出席もほとんどしていません」
…人見知りだしね。知り合いの家以外には行きたくないな…なんて。気を遣うし。疲れちゃう。
「昨年はあんなことがありましたし…シャノン様は社交の招待をことごとく断られたではないですか」
ま、まぁ…いろいろボロが出そうだし…
「普通に招待しても欠席されると思われたのでしょう」
なるほど。言われて見ればフレッチャー侯爵なんかもいて、バランスよくいろんなお家が招待されている。
当然そこにはコンラッド、そしてアレイスターも揃っている。少し背の伸びた、相変わらず少し目の死んだトレヴァーくんも。
何故トレヴァー君の目が死んでいるか…。それは婚約者の居ないトレヴァー君には四方からお嬢さん方の熱い視線が集まっているからだ。気の毒に…。アレイスター?彼は存在を消すのが得意だから…
「大変です修道院長!」
「何事ですか。王妃殿下の御前で騒々しい」
「修道女が一名不浄に…」
不浄とな?一斉に難しい顔になった修道士たち。まあ、何のことかは検討ついてるけど…
大昔の価値観とは分かっていても、月一の使者を毒だとか穢れだとか不浄だとか…これはとても失礼な話だ。空気読んでいちいち言わないけど。
「…シャノ…代わり…」
ん?名前を呼ばれた気がしたのは…幻聴?
「…に…聖なる…」
うん。気のせいだ。
と思ったのに、気が付いたらいつの間にかいつものパンツからひざ丈のハーフパンツに着替えさせられていた。
「え?え?えーと、あの…王妃様これは…」
「ごめんなさいねシャノン。修道院長がどうしても、と。わたくしは無理だと言ったのだけど…」
「なにがごめんなさいで、なにが無理なのかすら…」
「桶が五つ、桶一つに付き二名。なのに人員が九名、分かるわね」
え?え?全然分からない。それと僕に何の関係が?
王都におけるワインは天上の飲み物、だからこそ修道院で聖職者によってつくられるのだ。だからこそ言って見れば開幕式…的な行事であるブドウ踏みは神事なのに、何故僕が…?
「『神託』であるあなたは聖人も同じ。葡萄を踏むのに最も適した存在であると、修道院長がそう主張して譲らないのよ…」
「ええ…」
ワイン造りに参加するのは全然構わない。むしろ面白そうなイベントなら積極的に参加したい意向だ。けど…、どうしても現代日本の若者だった僕としては、食物を踏みつける、というのに一抹の抵抗が…。ましてや足で踏んだ果汁を飲むとか…、うどんなら平気なんだけどな…
「そうよね。あなたが目立った振舞いを好まないのは知っているわ。だけど樽入れは満月の日と決まっているの。お願いできるかしら」
「いいですけど…」
ほとんどこじつけである。
待て。左斜め後方からなんか視線を感じる…
視線の主、一人はコンラッド。その眼は何とも言えない色を浮かべている。
そしてもう一人はアレイスター。以前の彼なら目立たないよう少し離れて立っていた。けど今の彼は違う。
王妃様の前だというのに堂々と声をかけてくるじゃないか。珍しい。
「シャノン」
「アレイスター様…」
「君が踏むとはね。今年のワインの出来が楽しみだよ」
「アレイスター様ってお酒好きですよね。この間うちに来たヘクター様も良く飲んでました」
「ほう?」
酔っぱらいの主従にはこの言葉を捧げておこう。これは病院でどこかのおじさんが看護師さんに言われていた言葉だ。
「いいですか、お酒は一杯目は健康のため、二杯目は喜び、三杯目は心地よさ、四杯目は愚かさのために飲むって言われてるんですよ。覚えておいてくださいね」
深酒厳禁。酒は飲んでも飲まれるな。
「…君の言葉は深い。肝に銘じておこう」
どの辺が?
さて、そんなやりとりを経て僕は大きくて深いタライの前に居る。タライの中には何日も寝かせたブドウがいっぱい詰まっている。これを今から踏んでいくのだが、そうするとタライに着いた蛇口から果汁が絞り出されていくという仕組みだ。う、うほぉう…、足がもにょる…
「おお!これは愛らしい」
「白いおみ足に葡萄の赤が何とも言えませぬな」
バッカ!普通にセクハラだから、それ!
それにしても何とも言えない感触…。安定しないし滑るし、こ、転びそう…
「シャノン様、お気をつけあそばせ」
「ミーガン様…手、手を…」
救いを求めた僕に差し出されたのは白魚のようなミーガン嬢の指ではなく、剣で固くなった男の掌。そう、コンラッドだ。
「シャノン、私の手を」
「へ?あ、あぶ、わっ!」
「大丈夫だ」
僕を支える婚約者であるコンラッドの姿に、周囲からは感嘆のため息が漏れ聞こえてくるけど…残念でした。そんなロマンチック、僕とコンラッドには存在しない。
「ありがとうございます…」
「いや。…シャノン、これが終わったら二人で話したい」
「いいですけど…」
そんな僕とコンラッドを見つめる、喜色を浮かべた王妃様と無表情なアレイスターが対照的過ぎて少し笑えたのはここだけの話だ。
読書と芸術はオールシーズン堪能しているのでここは食欲だろう。…秋以外食欲が無いか、といったらウソになるが…
なにしろ昨年の秋とは違い今年の僕には余裕がある。最近お父様を含めた大人たちが何やら忙しそうだが、そんなこと学生の僕には関係ない。未成年で良かったな~…と実感するのがこんな時である。
するとある週末、王妃様からブドウ園へのお誘いをいただいた。ここの品種は秋が収穫時期なんだとか。
この世界のブドウとは、大部分がジュースやワイン、加工品の原料になる。生食用ももちろんあるが、今回王妃様が見に行こうと誘ってくれたのは、王城内の一角にあるワイン用のブドウ園である。
王都のワインは主に修道院で作られる。修道士、修道女の皆さんにとってワイン造りは年間のお務めなのだ。
そこで王城内のブドウも時期が来ると、修道院から選定された、いわゆる清らかな乙女アンド乙メンがブドウをフミフミしに来て果汁を抽出するのだが、僕は正直言って、処女性と清潔感は別物だと思っている。せっかくの行事に水を差すから言わないけど。
そんなわけでやって来た王城内の一角にある専用ブドウ園。今からここでは10名ほどの選ばれし乙女、乙メンのブドウ踏みが開催される。が、楽しみか…と言えばそうでもない。何故なら…僕は知らなかったのだが、これが一種の神事だったからだ。
おかげで今ブドウ園には王家の面々、そして招待を受けた高位貴族の方々が集まっている。
お父様は領地に行ってて居ないが、ニコールさんはブラッドと来ているし、ポーレット侯爵夫妻もお越しになっている。
あとは…ミーガン嬢がお父さんと来ていて、おおっ!ロイドもマーベリック伯爵と並んでいる。
なんでもこの後ガーデンパーティーへ突入するんだとか。
「王妃様にうまくやられましたね」
「カイル…、どういう意味?」
「シャノン様はお誕生日以外に夜会をお開きではありませんし、ご出席もほとんどしていません」
…人見知りだしね。知り合いの家以外には行きたくないな…なんて。気を遣うし。疲れちゃう。
「昨年はあんなことがありましたし…シャノン様は社交の招待をことごとく断られたではないですか」
ま、まぁ…いろいろボロが出そうだし…
「普通に招待しても欠席されると思われたのでしょう」
なるほど。言われて見ればフレッチャー侯爵なんかもいて、バランスよくいろんなお家が招待されている。
当然そこにはコンラッド、そしてアレイスターも揃っている。少し背の伸びた、相変わらず少し目の死んだトレヴァーくんも。
何故トレヴァー君の目が死んでいるか…。それは婚約者の居ないトレヴァー君には四方からお嬢さん方の熱い視線が集まっているからだ。気の毒に…。アレイスター?彼は存在を消すのが得意だから…
「大変です修道院長!」
「何事ですか。王妃殿下の御前で騒々しい」
「修道女が一名不浄に…」
不浄とな?一斉に難しい顔になった修道士たち。まあ、何のことかは検討ついてるけど…
大昔の価値観とは分かっていても、月一の使者を毒だとか穢れだとか不浄だとか…これはとても失礼な話だ。空気読んでいちいち言わないけど。
「…シャノ…代わり…」
ん?名前を呼ばれた気がしたのは…幻聴?
「…に…聖なる…」
うん。気のせいだ。
と思ったのに、気が付いたらいつの間にかいつものパンツからひざ丈のハーフパンツに着替えさせられていた。
「え?え?えーと、あの…王妃様これは…」
「ごめんなさいねシャノン。修道院長がどうしても、と。わたくしは無理だと言ったのだけど…」
「なにがごめんなさいで、なにが無理なのかすら…」
「桶が五つ、桶一つに付き二名。なのに人員が九名、分かるわね」
え?え?全然分からない。それと僕に何の関係が?
王都におけるワインは天上の飲み物、だからこそ修道院で聖職者によってつくられるのだ。だからこそ言って見れば開幕式…的な行事であるブドウ踏みは神事なのに、何故僕が…?
「『神託』であるあなたは聖人も同じ。葡萄を踏むのに最も適した存在であると、修道院長がそう主張して譲らないのよ…」
「ええ…」
ワイン造りに参加するのは全然構わない。むしろ面白そうなイベントなら積極的に参加したい意向だ。けど…、どうしても現代日本の若者だった僕としては、食物を踏みつける、というのに一抹の抵抗が…。ましてや足で踏んだ果汁を飲むとか…、うどんなら平気なんだけどな…
「そうよね。あなたが目立った振舞いを好まないのは知っているわ。だけど樽入れは満月の日と決まっているの。お願いできるかしら」
「いいですけど…」
ほとんどこじつけである。
待て。左斜め後方からなんか視線を感じる…
視線の主、一人はコンラッド。その眼は何とも言えない色を浮かべている。
そしてもう一人はアレイスター。以前の彼なら目立たないよう少し離れて立っていた。けど今の彼は違う。
王妃様の前だというのに堂々と声をかけてくるじゃないか。珍しい。
「シャノン」
「アレイスター様…」
「君が踏むとはね。今年のワインの出来が楽しみだよ」
「アレイスター様ってお酒好きですよね。この間うちに来たヘクター様も良く飲んでました」
「ほう?」
酔っぱらいの主従にはこの言葉を捧げておこう。これは病院でどこかのおじさんが看護師さんに言われていた言葉だ。
「いいですか、お酒は一杯目は健康のため、二杯目は喜び、三杯目は心地よさ、四杯目は愚かさのために飲むって言われてるんですよ。覚えておいてくださいね」
深酒厳禁。酒は飲んでも飲まれるな。
「…君の言葉は深い。肝に銘じておこう」
どの辺が?
さて、そんなやりとりを経て僕は大きくて深いタライの前に居る。タライの中には何日も寝かせたブドウがいっぱい詰まっている。これを今から踏んでいくのだが、そうするとタライに着いた蛇口から果汁が絞り出されていくという仕組みだ。う、うほぉう…、足がもにょる…
「おお!これは愛らしい」
「白いおみ足に葡萄の赤が何とも言えませぬな」
バッカ!普通にセクハラだから、それ!
それにしても何とも言えない感触…。安定しないし滑るし、こ、転びそう…
「シャノン様、お気をつけあそばせ」
「ミーガン様…手、手を…」
救いを求めた僕に差し出されたのは白魚のようなミーガン嬢の指ではなく、剣で固くなった男の掌。そう、コンラッドだ。
「シャノン、私の手を」
「へ?あ、あぶ、わっ!」
「大丈夫だ」
僕を支える婚約者であるコンラッドの姿に、周囲からは感嘆のため息が漏れ聞こえてくるけど…残念でした。そんなロマンチック、僕とコンラッドには存在しない。
「ありがとうございます…」
「いや。…シャノン、これが終わったら二人で話したい」
「いいですけど…」
そんな僕とコンラッドを見つめる、喜色を浮かべた王妃様と無表情なアレイスターが対照的過ぎて少し笑えたのはここだけの話だ。
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