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ジェロームとアレイスター

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シャノン様が体調を崩されたため、一人で訪れることになった慈善治療院。そこは、古びた建物だがよく清掃され丁寧に修繕されている。下町全体が同じように、彼らの丁寧な暮らしぶりを伝えてくるが、ここは本当に気持ちのいい場所だ。

「これらは全てシャノン様からの提案なのですよ。いや、以前はひどいものでした」

紹介されたモリセット子爵は、実に温和で誠実そうなお方だ。彼は快く2週間の滞在を快諾してくださると、「モリセット卿などと堅苦しい。どうぞアシュリーと」と言ってくださった。なるほど。シャノン様にも同じことを言ったのだな。気の良いお方だ。

屋敷へ戻られたシャノン様に少しの落胆を見せた彼だが、それは私も同じ気持ちだ。アシュリー殿から見せられた゛働かざる者食うべからず”と書かれた計画書。出来ることならシャノン様の涼やかな声で案内されたかった。

「それにしても、これは実によく考えられた発案ですね…」
「シャノン様はこれを問題なく実行に移すようにと、総ダイヤのティアラをお預けくださいました。またそれを換金するのにプリチャード家お抱えのソティリオ商会までご紹介下さり…おかげで今も健全に運営が出来ております」

「なんと…!そうですか。あの抜け目ない会頭、マーシャル氏を…」
「ご存じでしたか」
「ええ少々」

彼は本物の商売人だ。その目利き、言葉巧みさときたらコナーが居なければ私など簡単に転がされていただろう。さすが一代で商会を国随一に育てただけのことはある。その彼があれほどまでに、まだお若いシャノン様に便宜を図るのだ。きっと何かを感じているのだろう。

私に送って下さった切手だけでも相当な額だというのに、シャノン様には富や財への執着などないのだろうか。
その反面、嬉しそうに下町の露天で木彫りの人形を買い占める彼が私は愛おしくてたまらない。文面ににじみ出るお人柄だけでも十分私を虜にしたというのに、実際お会いしたあの方はますます私を夢中にさせる。
ああ…、あの日溺れたのは私自身だったのか。もちろんこの想いを口にすることなど出来ないが。

彼らは立つことすら気力の湧かぬ幽鬼のような人々だったという話だが、視界に入る人々は皆、生への喜びに溢れている。人にはこれほど何かを変える力があるのか…。

「全てはシャノン様のおかげです。私はこれからも『愛の神託』シャノン様に従います」
「同感ですアシュリー殿。私はとうに誓いを捧げておりますよ。ふふ、勝手にですが」

「これは気の合うお方だ。ジェローム殿、今夜は思う存分語り合いましょう」

そう言いながら貴族街の一角にあるモリセット子爵邸に案内されると、そこは簡素にまとめられたとても気の落ち着く屋敷だった。

一昨日の晩、昨日と、クーパー伯爵からは船便の改良点、川の様子のみならず、ずいぶんと東や北の状況を聞かれたが…クーパー伯も又、シャノン様に少なくない可能性を感じているように見受けられた。
私とシャノン様の文に綴られた内容を知りたがった彼だが、もちろん私的な部分を明かすことなど出来ない。それでも私がどのようにして窮地を脱し、シャノン様がどれほど尽力くださったかお伝えする際には思わず熱が入ってしまった。呆れておらねばいいのだが。

何度も頷いていたクーパー伯。その心中は一介の田舎貴族である私には計り知れない…。

案内されたモリセット邸の私室でようやく息をつく。王都に来てから三日目、想像もしなかったことだ。私が王都の洗練された方々と既知を得るなど。

そうして荷をほどき上着を脱ぎ捨てしばらく横になっていると、何やら階下から騒がしい気配が伝わってくる。しばらくすると部屋の扉が申し訳なさそうに叩かれた。
何事かと顔を出せば、そこに居たのはモリセット邸の執事。

「今から第二王子、アレイスター殿下がお越しになります。急ぎ晩餐の支度を整えておりますが、エンブリー卿も必ず同席するようにと仰せでございます」

「…なんと仰いましたか?」

「殿下との晩餐にご同席ください」

何を言われたのか、理解するのは難しい…。
私の身に一体何が起こっているのか。その答えをあの方ならご存知だろうか…


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