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54 断罪親衛隊

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夏休みのカフェは少しばかり閑散としている。
何故ならこの時期、領地を持つ貴族とその家族は、自領へ行ってしまうことが多いからだ。

ブラッド、そしてお父様も今朝からそれぞれプリチャード侯爵領、ボイル伯爵領に向かい、お父様は初冬、ブラッドは夏休みの終わりまで戻ってこない。それに次期当主のリアム君も婚約者であるミーガン嬢を連れてハワード伯爵領へと出向いて行った。お戻りは8月の半ばだ…。

そんなわけで静かなカフェ。店主もどことなく退屈そうだ。店の奥では店員が一人、こちらを見ないようにグラスを磨いていたりする。
なんてね。実は思いきって、僕はカフェの午後営業をドーンと貸し切ったのだ。これぞセレブ…

あっ、いたいた。

お花の人は店内だというのに帽子をかぶっている。
徹底しているな…。だからこそ側近でもないのに、あれだけコンラッドに近い情報を集められるのか。

カタン「攻め」
「…受け」

「ふふ、お待たせしました。もう大丈夫です。帽子をお取りください」

帽子を置く気配。

さて、どこから切り出すか。でも、その前にお礼をしておくべきだろう。

「あの…、一度キチンとお礼をしたいって思ってました。お花もクッキーも、それから手紙も。ありがとう」

「いえ…。あなたのお役にたてて何よりです」

くぐもった声。はっ!ハンカチかなにかで口元を押さえているのか…!プロだ!彼はプロの諜報員だ!

彼のプロ意識にほとほと感心しながら、僕はアーロンのことを話し始めた。

と言っても、取り巻きたちと既に連携をとっている彼は、基本情報ならとっくに把握している。アーロンが熱心なカマ教の信者で、僕の美貌に目がくらんで、仲間にしようとしていること。それを拒否られて逆ギレかましていることなど。
僕は言ったのだ。アーロンが何を信仰しようが、人様にさえ迷惑を掛けなければ、それは個人の自由だと。

「でも僕は…、ある人からの…お願い?でコンラッド様を助けてやりたい」
「ある人…」

「その人に教えられた。コンラッド様は思春期をこじらせている」
「シシュンキ…とは一体…?」

しまった。思春期とは日本独特の概念だったか。
自立心とか自己責任を大切にする欧米では思春期が無いと臨床心理士の先生が言っていたのを忘れていた。ましてやノブレスオブリージュを叩きこまれる貴人たちなら、尚のことその傾向が強い。って事は…、コンラッド!お前何やってんだ!じゃなくて。

「え、ええと…、親子関係に難を抱え、行き場のない怒りを反抗という形で表現する一過性の年代のことです。ですが時々中年期にまで引きずることもあります」
「親子…反抗…、ああ…、そうなのかもしれません。彼は口には出さないが王妃アドリアナ様に対し、なにか鬱屈した思いを抱えていたように思う…」

「だからあれほどいつも縮こまってるんですか?」

そう考えればコンラッドのあの態度にも納得がいく。前世でも親が口うるさい同級生ほどイキってたものだ。それくらい王妃様はコワい…。

「それだけではありませんが…。ともかく、シシュンキをなんとかすればコンラッドは目が覚めると、そう仰るのですね?」
「ええまあ。ですがそれは僕が何とかします…」
「あなたはコ、第一王子殿下と不仲だとばかり…」

「不仲じゃないですよ。イキったボンボンなんかチョロいものです。相手にもなりません、って言うか相手にしてません」

オタクの攻撃力(内輪限定)を舐めてはいけない。オタクの言語能力は時にナパーム弾並みの威力がある。だがオタクは地雷を踏むのが得意でもある…。どうでもいいけど…

「シャノン様はお強いのですね…」
「強い…?」

僕は昔から神経が太い、とはよく言われたが強かったことなど一度もない。これは同じなのか?でももしそう見えるのならそれは…

「正直…、こんな僕でも絶望に枕を濡らしたことが無くはないですが…、僕のために一生懸命頑張ってくれる人や、僕のために色んな我慢を強いられる人を見ていたら…わがまま言ったら罰が当たるな、って思って。…辛く苦しい毎日でしたが、お陰で気合と根性と精神力が鍛えられました」

ついでに他力本願にも開眼した。だからこそこれだ!

「お花の人にお願いしたいのはアーロンのことです」
「といいますと?」

「僕の…助言者が、アーロンを何とかするカギはアーロンの過去にあるって言ってました。調べてください。どうか僕の代わりに。アーロン、アーロンの保護された教会、それから彼の母親のことを」

一番大変そうな部分は他力本願!これぞ入院患者の極意!

「彼の教会…」

「大変な任務だと思いますがお願いしますね、僕の親衛隊長」
「…隊長…?」

「えと、今日からあなたをシャノン親衛隊ファンクラブの隊長に任命します。響きがカッコいいかなって思って。構いませんか?」

ガコッ!
ぎょっ!な、何の音…?

「あ、ありがたくお受けいたします…。う…身命を賭して…。ああ…私のシャノン様…」

……これ…ま、まずかっただろうか?でもモチベーションアップは大事かなー…って。

「た、隊長これを」

そっと手渡した隊長のマント。僕は常に形から入るタイプだ。一瞬触れた彼の手は、ビクッ!となって離れていった。




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