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ブラッド

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あの悪夢のような出来事の後、リアムとアリソンを無理やり起こすと僕たちは先に少しばかりの打ち合わせをした。
何も知らぬ4人の上級生には、彼らの友人であるヘクター先輩が
「すまない、気を利かせたつもりでブランデーをたらしたのだが多すぎたようだね」
と、誤魔化してくださった。彼は友人方に小突かれていたが、おかげで何とか何があったかを知られず済むことが出来た。

色々と話し合う必要を感じ、僕はそのままアリソンの屋敷であるクーパー伯爵邸で夕食をご馳走になることにした。
そこにはハワード伯爵家のリアム、チャムリー侯爵家のミーガン嬢、そして、少し遅れて裏口からロイドも合流した。
アーロンは未だ厳しい教会の規律の中で暮らしている。王家からの呼び出し以外で、全ての講義が終わった学院にいつまでも居残らないのも、教会の外をフラフラと出歩かないのも、それらの規律があるがゆえ。今の僕たちにはとても幸いに思えた。

思えばこの5人で顔を突き合わせて話し合う日が来るなどと考えたことも無かったが…、あれほど形式主義の集まりに思えた彼らが、今では貴族の鏡に見えてくるのだから、いかに歪んだものの見方をしていたか、自分の浅はかさが身に染みる…

「ロイド、今回は本当に助かった。君のおかげだ」
「いや、私も彼が何をするかまでは分からなかったのだし…」
「それで信者たちはどうでしたの?」
「あの様子では何も分かっていないだろう。彼らは蚊帳の外だ」

愚かな信者たち。アーロンの唱える博愛の世界に、真の幸せがあると本気で考えているのか。

「だがあの場の全員を眠らせるとは大胆なことをする」
「彼は話をしたいだけだと嘯いていたらしいが…とてもそうは思えない」
「アリソン、それはつまり…?」
「人には言えない真似をする気でいたと思うね…。そうすればシャノン様の口封じが出来る」

「……」パキ…「ああすまない。思わずグラスを…」
「かまわない。メイドに言って取り替えさせよう」

ロイドの怒りはもっともだ。僕もアリソンの言葉が考えすぎだとは思えない。シャノンを舐めるように見ていたアーロンのあの目、あの視線。もしもシャノンが一瞬でもアーロンの言葉に揺れたら…きっと絡めとられた。
アーロンはその隙を見逃さず、強引にシャノンに印をつけただろう…。そう、背徳と言う、罪の印を。

「君たちは大丈夫なのか、ブラッド、ロイド」

あれだけ始終側に居たのだ。疑われるのも無理はない…

「僕もロイドも簡単にはコンラッドを裏切らない。僕たちは親友だ」
「そうだ。だからこそアーロンはあれほど念入りに、神との対話デボーションと称し、私たちに歪んだ博愛を説いたのだ」

そう…。もう少しで信じるところだった。コンラッドと共にアーロンを愛する未来が正しいものだと…

そして僕たちは情報を共有する。一足先にロイドと検討を続けていた僕たちは多少の事実を確定していた。

まず一つにアーロンの標的となるのは不幸な者だということ。だがその不幸には様々な形がある。事実かどうかは関係ない。本人がどう思っているかが重要なのだ。満たされていなければいないほど、アーロンからの慈愛は増していく。
そして二つめ、アーロンは何も強制しない。彼はいつだって自分からは何も望まない。彼は巧妙に示唆するだけなのだ。どうすべきなのかと。そして誘導し、…彼はいつでも自身で選ばせ行動させるのだ。まるでそれが己にとって心からの望みであったかのように。

「だからこそ恐ろしい。人は自分の選択を間違ったとは思いたくないものだ。下手に否定すればするほど頑なになる」
「ロイド…」

「だが逆もまた叱りだ」

以前よりも堂々とした態度でロイドが言う。

「それゆえシャノン様は自分自身で気付かせる。何故なら…選ばされた先に真の成長はないからだ」

そうして彼は気付いた。後を追ってこの僕も、危うい所だったが気付くことが出来た。
コンラッド…。彼はまだ、間に合うのだろうか…

蛇足だが、シャノンからのハンカチをロイドは震えた手で受け取り、丁寧に箱に仕舞うと空を見上げ、そして静かに、つ、と涙を流した。

その顔はまるで聖遺物を手にした巡礼者のようで…彼が幸せならばそれでいい、僕は声をかけるのを躊躇い、そっとその場を離れることにした。



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