61 / 308
ブラッドとロイド
しおりを挟む
「ブラッド、今日は呼んでもらえて助かったよ。私一人では来たくともさすがに来れなかった…」
「僕の方こそこれは良い機会だと思ってね。ロイド、君とは一度二人だけで話したいと思っていた」
シャノンの大いなる慈悲に触れたあの日から、僕は胸に一つの疑念を生じさせていた。
そしてそれを話す相手は、…コンラッドではなくロイドだと、そう考えていた。
「ほう?と言うと?」
「君は誰よりも先にシャノン、兄さんに対し態度を改めた。そうだったね」
「ああ。私はシャノン様と言葉を交わすごと、自分の浅はかさと誤解を知った」
ロイド。彼もまた僕と同じ。仮面を捨てたシャノンによって気付きを得ている。
「つまり?」
「彼は私を導くためにあえて強い言葉を選んでいたんだよ。彼への対抗心で私が己を鼓舞し高みをめざすようにと」
「何故そう思う?」
「彼の言葉はそういう意味だ。前を行けと。分かるだろうか。彼は私に自分を信じ、自分自身を認め、己の問題に向き合えと、そう言っていたんだ。アーロンとは正反対だ…」
「ロイド!まさしくそれだ、僕が今日話したかったのも」
「ブラッド…」
僕は言った。アーロンの存在は自分自身の思考力を奪い停滞させるものだと。
「君にも心当たりがあるはずだ。アーロンに言われたことはないか?「そのままでいい」「あなたは間違ってない」と」
「いつも言われた…。で、ではアーロンはブラッドにも同じことを?」
「そうだ。気が塞ぐとき、心が沈むときには必ずどこからか現れて…」
僕は続けた。アーロンの言葉はいつも優しくささくれた心を慰める。だが…彼の言葉は抱えた悩みを一時的には晴らすが、問題の本質に触れてはこないのだと。「僕はいつでもあなたのそばに」アーロンの口癖とも言うべき甘い言葉。だが彼は側に居るだけ。僕たちを奮い立たせることはない。
「確かに…」
アーロン、彼はまるで聖母のように傷ついた心に寄り添うが…、彼にかけられた言葉の数だけ、僕たちは彼に依存するのだ。まるで母を失えば生きていけない幼子のように…
「心当たりがある…」
「だがそれだけじゃない。問題は彼が実に巧みに、空っぽになった思考や持て余した感情を都合よく誘導するということだ」
「誘導…」
「それはすでに洗脳に近い」
腑に落ちたといわんばかりにロイドは言う。アーロンと居る時、彼は常にアーロンの言葉を欲し、そしてアーロンを欲した分だけ、喪失感に襲われたのだと。それを埋めるために…、更にアーロンを欲する。僕と一緒だ。甘くて苦い、負のループ…
「分かるだろう?シャノンとの関係があれほどまでに歪んだ原因の一端はアーロンだ」
「…アーロンへの思慕で分別を失っているのだとばかり…」
僕もそう思っていた。だがアーロンが現れるまで、僕とシャノンの関係は、歪ながらもあれほど剣呑ではなかったのだ。アーロン…、彼が真実慈愛に満ちているなら、僕とシャノンの関係性、何故それに何も言わない!彼は僕に言うべきだったのだ!博愛の名のもと、シャノンに怒りを抱いてはならないと!
「貴族街にあるプレチオーセス大教会、大司教様は王妃と同じく、『神託』なくしてアーロンを受け入れることは出来ないと、そう申されている。ブラッド、君はどう思う?」
「だが『神託』とはなんだ。どういった形で表わされるものだ?王の信じる王家の伝承。その文言以外に『聖なる力』を示すものはない」
王の側近である父を持つロイドは、僕よりも少し内情に詳しい。プリチャードの父はカサンドラ様がいたがゆえに、側近にはならなかった。力の肥大化を防ぐために。
ロイドは続ける。王の求める、世界統一という大いなる野望。それを可能ならしめるのが『聖なる力』なのだと。いや、少なくとも王はそう信じているのだと。
「陛下がアーロンを神子とお信じになられる限りアーロンの立場は揺るがない…」
「アーロンの望みは、向かう先はなんだ?」
「分からない…。だが…、だがそれは危ういことだ」
それだけはハッキリしている。人の心を停滞の闇に縛り付ける慈悲など慈悲ではない!
「待て!ではコンラッドはどうする?このままでは…」
「そうだ。絡めとられる。いや、すでに遅いのかもしれない」
「だがどうする?アーロンの保護は陛下の命だ」
そして陛下はその命を解かないだろう。真実の神子が、姿を現さない限り…
「僕の方こそこれは良い機会だと思ってね。ロイド、君とは一度二人だけで話したいと思っていた」
シャノンの大いなる慈悲に触れたあの日から、僕は胸に一つの疑念を生じさせていた。
そしてそれを話す相手は、…コンラッドではなくロイドだと、そう考えていた。
「ほう?と言うと?」
「君は誰よりも先にシャノン、兄さんに対し態度を改めた。そうだったね」
「ああ。私はシャノン様と言葉を交わすごと、自分の浅はかさと誤解を知った」
ロイド。彼もまた僕と同じ。仮面を捨てたシャノンによって気付きを得ている。
「つまり?」
「彼は私を導くためにあえて強い言葉を選んでいたんだよ。彼への対抗心で私が己を鼓舞し高みをめざすようにと」
「何故そう思う?」
「彼の言葉はそういう意味だ。前を行けと。分かるだろうか。彼は私に自分を信じ、自分自身を認め、己の問題に向き合えと、そう言っていたんだ。アーロンとは正反対だ…」
「ロイド!まさしくそれだ、僕が今日話したかったのも」
「ブラッド…」
僕は言った。アーロンの存在は自分自身の思考力を奪い停滞させるものだと。
「君にも心当たりがあるはずだ。アーロンに言われたことはないか?「そのままでいい」「あなたは間違ってない」と」
「いつも言われた…。で、ではアーロンはブラッドにも同じことを?」
「そうだ。気が塞ぐとき、心が沈むときには必ずどこからか現れて…」
僕は続けた。アーロンの言葉はいつも優しくささくれた心を慰める。だが…彼の言葉は抱えた悩みを一時的には晴らすが、問題の本質に触れてはこないのだと。「僕はいつでもあなたのそばに」アーロンの口癖とも言うべき甘い言葉。だが彼は側に居るだけ。僕たちを奮い立たせることはない。
「確かに…」
アーロン、彼はまるで聖母のように傷ついた心に寄り添うが…、彼にかけられた言葉の数だけ、僕たちは彼に依存するのだ。まるで母を失えば生きていけない幼子のように…
「心当たりがある…」
「だがそれだけじゃない。問題は彼が実に巧みに、空っぽになった思考や持て余した感情を都合よく誘導するということだ」
「誘導…」
「それはすでに洗脳に近い」
腑に落ちたといわんばかりにロイドは言う。アーロンと居る時、彼は常にアーロンの言葉を欲し、そしてアーロンを欲した分だけ、喪失感に襲われたのだと。それを埋めるために…、更にアーロンを欲する。僕と一緒だ。甘くて苦い、負のループ…
「分かるだろう?シャノンとの関係があれほどまでに歪んだ原因の一端はアーロンだ」
「…アーロンへの思慕で分別を失っているのだとばかり…」
僕もそう思っていた。だがアーロンが現れるまで、僕とシャノンの関係は、歪ながらもあれほど剣呑ではなかったのだ。アーロン…、彼が真実慈愛に満ちているなら、僕とシャノンの関係性、何故それに何も言わない!彼は僕に言うべきだったのだ!博愛の名のもと、シャノンに怒りを抱いてはならないと!
「貴族街にあるプレチオーセス大教会、大司教様は王妃と同じく、『神託』なくしてアーロンを受け入れることは出来ないと、そう申されている。ブラッド、君はどう思う?」
「だが『神託』とはなんだ。どういった形で表わされるものだ?王の信じる王家の伝承。その文言以外に『聖なる力』を示すものはない」
王の側近である父を持つロイドは、僕よりも少し内情に詳しい。プリチャードの父はカサンドラ様がいたがゆえに、側近にはならなかった。力の肥大化を防ぐために。
ロイドは続ける。王の求める、世界統一という大いなる野望。それを可能ならしめるのが『聖なる力』なのだと。いや、少なくとも王はそう信じているのだと。
「陛下がアーロンを神子とお信じになられる限りアーロンの立場は揺るがない…」
「アーロンの望みは、向かう先はなんだ?」
「分からない…。だが…、だがそれは危ういことだ」
それだけはハッキリしている。人の心を停滞の闇に縛り付ける慈悲など慈悲ではない!
「待て!ではコンラッドはどうする?このままでは…」
「そうだ。絡めとられる。いや、すでに遅いのかもしれない」
「だがどうする?アーロンの保護は陛下の命だ」
そして陛下はその命を解かないだろう。真実の神子が、姿を現さない限り…
3,908
お気に入りに追加
5,790
あなたにおすすめの小説
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話
黄金
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。
恋も恋愛もどうでもいい。
そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。
二万字程度の短い話です。
6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる