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ブラッド 

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シャノンの口にする提案は何もかもが急転直下で…こうして自室に戻ってからも、未だ信じられずにいた。
だが翌日の夕食後、義父はシャノンと過ごす食後の団らんに僕を呼び出し、同席するように仰った。

シャノンは義父に「自分も悪い所はあったから」と言ったそうだ。そして
「僕の10年を無駄にしてはいけないと言うなら、ブラッドの10年も思い遣って欲しい」
そう言ったというのだ。

涙が止まらない。
僕はシャノンの何を見てきたのか。彼は僕をプリチャードの一員だと、僕の目をみてはっきりと告げる。まるで僕の不安を払拭するかのように。
そして「ブラッドならやれるから」「人はなりたい自分にしかならない。ブラッドがなりたいのはどんな自分?」と何度も繰り返した。なりたい自分。それは自らの足で立った自分だ。

僕はシャノンの前で義父に誓った。この信頼は二度と裏切らない。二人の期待に必ず応えて見せると。
そして義父の前でシャノンに心から謝罪した。僕の過ちを許して欲しいと。シャノンは少し考え、今まで見たことの無い悪戯な顔で「このお礼とお詫びは出世払いで」そう笑った。

シャノンと和解し、僕は母も交えたティータイムを共に過ごすようになった。
そこで交わされるたわいもない会話。シャノンは僕を「いい男にする」と笑い、様々な女性への振舞いを教えてくれる。
いろいろな欠点を指摘されたりもした。その最たるものが、僕には余裕がないということだ。

「イイ男の絶対条件は垣間見える余裕と少しの遊び心、それからほんの少~しのワガママだよ。あ、大事なのは少しの部分ね」
「…遊び心…」

「ふふ、シャノン様は女心をよくお分かりね」

アーロンからもコンラッドからも離れて過ごす心穏やかな時間は、落ち着いて自分を見つめ直すいい機会になった。そう。アーロンと過ごす時間はいつも、とても切なく、そして心の締め付けられるものだったのだ。
彼はコンラッドの想い人だ。なのにアーロンは僕をあの目で見つめる。まるで僕の欲望を見透かすように。手を伸ばせ。アーロンの目はいつもそう語りかけた。

その時ふと気付いた…。
シャノンの言うモテる話術。つまり人の心を捕らえるためのすべ。それらはすべてアーロンがしている事なのだと。

シャノンは言った。

「モテる男は相手を否定しない。相手がどんな考えや価値観を持っていてもいったん受け止める。ここポイントね」
アーロンは僕の全てを肯定した。「ブラッドはそれでいいのです。僕には分っております」そう言い続けた。

「大切なのは、相手を常に一人の人間として尊重して、理解しようと努めることだよ」
アーロンは常に僕に寄り添い、シャノンに逆らえない悔しさも、周囲からコンラッドに取り入っていると思われていることへの惨めな気持ちも、その全てに「誰に理解されなくともいいではありませんか、僕にはいつでもブラッドの真実が見えております」そう言って理解を示した。

「相手との仲を深めたいなら鏡になるといい。相手の言葉をそのまま返したり、相手の仕草を真似したり、それから相手の感情を言葉にしたり」
思い返せば、アーロンと僕は同じ動作をすることが多かった。そのたびアーロンは「ふふ、僕たちは共鳴しあっているのでしょうか?」そう言って微笑んだ。
そして、ことあるごとにアーロンは、僕自身でも気付かないような感情を引き出した。「苦しいのですね」「解き放たれたい、そうお思いなのですね」彼にそう言われるたび、それが自分の気持ちなのだと思い込んでいたが…

果たして本当にそうだろうか…。
あれらの感情は自分でも思いがけなかったのだ…。解放されたい…などと、僕は本当に考えていただろうか…。

「それからいつも言うけど、絶対アドバイスしようとしないで。何?その上から目線。必要なのは共感だよ。これ絶対大事!」
アーロンは僕に言った。
「ブラッドが辛い時は僕も辛い。ブラッドが楽しければ僕も楽しい。ブラッド、例え世界中の誰もがあなたの敵になっても、僕だけはあなたの側にいます」
そして、こう言うのだ。

「さあ、この手を取って」

アーロンの手は僕の心を絡めとる。アーロンの言葉は妖しい術のように僕を狂わせる。

アーロンは僕に「そのまま変わらなくていい」と言った。
シャノンは僕に「なりたい自分になるため頑張れ」と言った。

僕を心から思い、信じているのは……



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