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子爵と焼き菓子
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「お待たせしましたアシュリー。元気でしたか?」
「これは…シャノン様。制服姿もなんてお可愛らしい」
初めて見る制服姿。先日お会いした豪華な刺繍の施された貴族服とはまた趣の違う姿。
私の学生時代からは一新された学院の制服。
紺地に銀でパイピングされたジャケットはシャノン様のプラチナの髪をひきたてる、まるで彼のためにあつらえたかのようなデザインだ。
首元には鮮やかな青のリボンタイ。これはスクエアタイと2種あるのだが、主に夫を迎える者はリボンタイ、妻を迎える者はスクエアタイと、一目で分かるようになっている。
殿下をフィアンセに持つシャノン様は当然リボンタイだ。これがまた良く似合う…。
下の着衣はタイと同じ鮮やかな青のトラウザーズ。布地の上からでも彼のスラリとした足の形がよく分かる。
「あの、注文してくるので待っててくださいね」
「シャノン様私が」
「カイルも待ってて。自分で行くから」
「そう言う訳には…」
「いや、いいから」
「ですが…」
「一人で出来るから」
ふふ、平民街のときと同じで、今日もご自身でなさりたいのだろう。おやおや、従者の彼が右往左往しているではないか。困ったお方だ。
この焼き菓子店は小さなカフェテリアが併設されている。
店内で思い思いに菓子を選んで店員に注文すると、数分後、クリームなどで飾られた菓子がお茶と共に運ばれてくるという仕組みだ。
その店内には、彼と同じ学生の姿も多く見える。その誰もが驚きに目を見開き、事の成り行きを見守っている。が、その可愛らしい一挙手一投足を目の当たりにして、見蕩れているものも少なくない。
「ふー、いっぱい買っちゃった。あ、お待たせしました。それで今日お呼びしたのは」
「分かっております。スキッド地区の経過報告でございますね」
山盛りの焼き菓子を注文されたシャノン様。いつもながら豪快なお方だ。ふふ、きっと食べきれないだろうに…。ほら、やはり従者に「一緒に食べて」と促しておられる。従者の彼も困りながら、それでもどこか楽しそうだ。
私はこの一か月の成果を話して聞かせた。たかが一か月、されど一か月。彼の提案により労働を課せられた彼らは、自分たちの住まう場所を日々整えている。少しづつだが家屋は修繕され、雨風を防げるようになった建物には一人、また一人と住人が戻りつつある。
3時間の労働と引き換えに食事の支給が受けられるのだ。何も寝場所は治療院である必要はない。
そして一部の者は3時間を超え、僅かだが報酬を得て平民街の屋台で酒を嗜む者まで現れ始めた。
酒…というのが呆れるが、それでもこれは良い兆候なのだろう。
「そうですよ。お酒は百草丸の長って言って、少しなら薬になるんですよ。人間楽しみは必要です」
「これはこれは」
「あ、でも酒は飲んでも飲まれるなって言っといてくださいね」
「わかりました。シャノン様からのお言葉とあれば彼らも喜んで聞き入れるでしょう」
彼らはその目で見たシャノン様に、漏れ聞こえる噂を全て塗り替えた。無邪気で慈悲深いシャノン様。それが今平民街で語られる彼の姿だ。
「お聞きしたいんですけどアーロンの居る教会はスキッド地区へ施しには来ないですか?同じ平民街ですけど」
「彼らは王家の保護下にありますから。昔は月に一度訪れていましたが、アーロンが神子候補とされてからは、川を超えること自体を止められております」
「誰に?」
「殿下の名のもと、フレッチャー侯爵家の派遣した騎士たちによって。フレッチャー侯は川向うを中流地区と呼び、平民街との分断を図っております」
「ふーん、…それは好都合…」
聡明なシャノン様はそれだけで何かに気付かれたようだ。うっすら微笑み、ぶつぶつと何かをお考えになられている。
「そういえば子爵、よければこれを」
「これは…?」
「種です」
「先日買い入れていた野菜の種ではないですか?どこかに送られるのかと思っておりましたが…」
「えーと、まあうん。これ差し上げます」
そうか…、健全な運営のため、これもまた労働に含めよと仰せなのだな…。自給自足させよ、と。
建物裏手の荒れ果てた茂み。あそこはやぶ蚊が多く人が入りたがらぬ場所だが、あのままでいいわけあるまい。蚊は病気を運ぶ…。
先日のあの短時間でそこまでお気付きだったとは…なんたる慧眼…!
麻袋に入った種や種芋は少し発芽している。お屋敷の適切な環境で芽吹きまで育てて下さったのか…、高位貴族であられるシャノン様が、なんという心配りだ!
「ついでにこれも」
「これは?」
「タンポポの種です。…いっぱいあるので蒔いてください」
「タンポポ…」
タンポポの花言葉は『愛の神託』…。
そうか…これは『神託』、シャノン様からの『愛の神託』なのだ…。平民街を愛で埋めよと、その種をこの私に蒔けと、そう仰せなのか…!
「ア、アシュリー…なに泣いて…、あ、ちょ」
「身命を賭して…シャノン様、私はシャノン様の種を必ずや咲かせて見せます…」
オロオロとしながらも目が合うとはにかむシャノン様。ああ…このように得難い主に出会えた私は、…ルテティア一の幸せ者だ…。
「これは…シャノン様。制服姿もなんてお可愛らしい」
初めて見る制服姿。先日お会いした豪華な刺繍の施された貴族服とはまた趣の違う姿。
私の学生時代からは一新された学院の制服。
紺地に銀でパイピングされたジャケットはシャノン様のプラチナの髪をひきたてる、まるで彼のためにあつらえたかのようなデザインだ。
首元には鮮やかな青のリボンタイ。これはスクエアタイと2種あるのだが、主に夫を迎える者はリボンタイ、妻を迎える者はスクエアタイと、一目で分かるようになっている。
殿下をフィアンセに持つシャノン様は当然リボンタイだ。これがまた良く似合う…。
下の着衣はタイと同じ鮮やかな青のトラウザーズ。布地の上からでも彼のスラリとした足の形がよく分かる。
「あの、注文してくるので待っててくださいね」
「シャノン様私が」
「カイルも待ってて。自分で行くから」
「そう言う訳には…」
「いや、いいから」
「ですが…」
「一人で出来るから」
ふふ、平民街のときと同じで、今日もご自身でなさりたいのだろう。おやおや、従者の彼が右往左往しているではないか。困ったお方だ。
この焼き菓子店は小さなカフェテリアが併設されている。
店内で思い思いに菓子を選んで店員に注文すると、数分後、クリームなどで飾られた菓子がお茶と共に運ばれてくるという仕組みだ。
その店内には、彼と同じ学生の姿も多く見える。その誰もが驚きに目を見開き、事の成り行きを見守っている。が、その可愛らしい一挙手一投足を目の当たりにして、見蕩れているものも少なくない。
「ふー、いっぱい買っちゃった。あ、お待たせしました。それで今日お呼びしたのは」
「分かっております。スキッド地区の経過報告でございますね」
山盛りの焼き菓子を注文されたシャノン様。いつもながら豪快なお方だ。ふふ、きっと食べきれないだろうに…。ほら、やはり従者に「一緒に食べて」と促しておられる。従者の彼も困りながら、それでもどこか楽しそうだ。
私はこの一か月の成果を話して聞かせた。たかが一か月、されど一か月。彼の提案により労働を課せられた彼らは、自分たちの住まう場所を日々整えている。少しづつだが家屋は修繕され、雨風を防げるようになった建物には一人、また一人と住人が戻りつつある。
3時間の労働と引き換えに食事の支給が受けられるのだ。何も寝場所は治療院である必要はない。
そして一部の者は3時間を超え、僅かだが報酬を得て平民街の屋台で酒を嗜む者まで現れ始めた。
酒…というのが呆れるが、それでもこれは良い兆候なのだろう。
「そうですよ。お酒は百草丸の長って言って、少しなら薬になるんですよ。人間楽しみは必要です」
「これはこれは」
「あ、でも酒は飲んでも飲まれるなって言っといてくださいね」
「わかりました。シャノン様からのお言葉とあれば彼らも喜んで聞き入れるでしょう」
彼らはその目で見たシャノン様に、漏れ聞こえる噂を全て塗り替えた。無邪気で慈悲深いシャノン様。それが今平民街で語られる彼の姿だ。
「お聞きしたいんですけどアーロンの居る教会はスキッド地区へ施しには来ないですか?同じ平民街ですけど」
「彼らは王家の保護下にありますから。昔は月に一度訪れていましたが、アーロンが神子候補とされてからは、川を超えること自体を止められております」
「誰に?」
「殿下の名のもと、フレッチャー侯爵家の派遣した騎士たちによって。フレッチャー侯は川向うを中流地区と呼び、平民街との分断を図っております」
「ふーん、…それは好都合…」
聡明なシャノン様はそれだけで何かに気付かれたようだ。うっすら微笑み、ぶつぶつと何かをお考えになられている。
「そういえば子爵、よければこれを」
「これは…?」
「種です」
「先日買い入れていた野菜の種ではないですか?どこかに送られるのかと思っておりましたが…」
「えーと、まあうん。これ差し上げます」
そうか…、健全な運営のため、これもまた労働に含めよと仰せなのだな…。自給自足させよ、と。
建物裏手の荒れ果てた茂み。あそこはやぶ蚊が多く人が入りたがらぬ場所だが、あのままでいいわけあるまい。蚊は病気を運ぶ…。
先日のあの短時間でそこまでお気付きだったとは…なんたる慧眼…!
麻袋に入った種や種芋は少し発芽している。お屋敷の適切な環境で芽吹きまで育てて下さったのか…、高位貴族であられるシャノン様が、なんという心配りだ!
「ついでにこれも」
「これは?」
「タンポポの種です。…いっぱいあるので蒔いてください」
「タンポポ…」
タンポポの花言葉は『愛の神託』…。
そうか…これは『神託』、シャノン様からの『愛の神託』なのだ…。平民街を愛で埋めよと、その種をこの私に蒔けと、そう仰せなのか…!
「ア、アシュリー…なに泣いて…、あ、ちょ」
「身命を賭して…シャノン様、私はシャノン様の種を必ずや咲かせて見せます…」
オロオロとしながらも目が合うとはにかむシャノン様。ああ…このように得難い主に出会えた私は、…ルテティア一の幸せ者だ…。
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