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男爵と文通
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エンブリー男爵様
僕はプリチャード侯爵家のシャノンと言います。いきなりの手紙で失礼します。
ですが僕は訳あって、どうしても男爵と知り合いになりたいと思い、こうしてペンをとりました。
その訳とは…、なかなか一言では表せないのですが、簡単に言うと、僕は男爵に運命を感じているという事です。
もちろんお会いしたこともないし、お顔を拝見したこともないわけですが、それでも僕は男爵を知っている…、もはや他人とは思えない、と言っても過言ではない気持ちでいっぱいです。
何を言っているかお分かりいただけないでしょうが、僕は至ってマジメです。信じて下さい。
と言う訳で、とりあえず切手を貼った封筒を同封します。意味はお分かりですね?
エンブリーの自然は大変すばらしいものです。決して他人に荒らされませんよう。
追伸
後日スコップとシャベルとザル(器付き)をお贈りします。届いたらとりあえず大切に保管しておいてくださいね。
シャノン・プリチャードより
ああ、シャノン様…
第一王子殿下の婚約者でもあられるシャノン様名義で届けられた突然の手紙、初めは趣味の悪い何者かの悪戯か、とも思ったが、王室御用達の便せん、侯爵家の紋が入った封蝋、そして同封された手紙の内容にその疑念は消し飛んだ。
運命…、シャノン様が私に…、ふっ、馬鹿なことを…。勘違いするのではない。私はそう自分自身に言い聞かせた。
シャノン様に初めてお会いしたのは彼がまだ10歳程の時。父から爵位を受け継ぐ手続きのため、二か月もの道中を経て王宮に参じた時だ。
彼は王宮の、人気の無い暗い小さな部屋で、そのか細い背を丸めたまま声を殺して泣いておられた。厳しいお妃教育に泣いていたのだろうか…。無理もない。王太子になられるであろう第一王子に嫁ぐためには学ぶことが山のようにあるのだ。王太子妃とはそう言う立場だ。王子を支え、国を護り、そして国民の手本となり尊び崇められねばならないのだ。だからこそ、このような幼き年ごろからこれほどまでに過酷な教育を王宮にてお受けになるのだ。
だがシャノン様は亡き前々王の妹であられた王女様の血を引き、歳に似合わず大変に矜持の強い方と聞いている。慰め…など却って失礼に当たるだろう。私は黙ってその場を離れようとした。
その時、内ポケットの中に一つの包みがあることに気が付いた。自領を出る時、メイドから持たされた金平糖だ。紙にくるまれた小さな砂糖粒…。まるで宝石のようにキラキラと輝くその金平糖は、幼い彼の心を慰めるのに十分だと思えた。そこでそっと包みを置いたのだ。声もかけず、顔も見ず、ただ黙ってその背後に。
あれが私だと気づいておられたのか…。だからこうして、今度は私に手を差し伸べて下さったのか…。
シャノン様が、どういったいきさつでそれをお知りになったかは分からない。だが、この夏の水不足は私の領に致命的な損害を与えた。父から受け継いだ領は小さな痩せた土地で、何の産業もないこの領では、税を納めたらほとんど何も残らないのが現状である。そのため事あるごとに借財は増えじりじりと追い詰められていた。だがこれ以上は恐らく、どこの当主も助けてはくれぬだろう…。
そこに届けられたシャノン様からの手紙。そこには…大変高価な、第一王子がお生まれになったときに限定で発行された、大変希少な未使用の記念切手が何枚も同封されていたのだ。売れば恐らく向こう数か月はしのげるだろう。それだけの猶予があれば領民を飢えさせることは無い。
シャノン様はこれらの切手を売って、エンブリーの自然、つまり領を守れと仰せなのだ。
当家の窮状にご援助下さるというシャノン様のお気持ち、金平糖のお返しにしては大きすぎるが、今はただありがたく受け入れたいと思う。
ああ…いつかお会いして礼を言えたら…私の心に芽生えたそんな分不相応な考えは、いつまでも消えてくれなかった…。
シャノン・プリチャード様
このたびの温情心から感謝いたします。
シャノン様がおっしゃるよう、私たちは会った事も無ければ話したこともない。もちろん分かっております。
ですが私の窮状をこうしてお救いくださるシャノン様の優しさが今の私を満たしております。
そのお心遣い、決して無駄にはいたしません。必ずやエンブリー男爵領を守ってごらんに入れましょう。
下位貴族である私ごときがシャノン様にお声がけする事など出来ようはずもありませぬが、いつか遠くからでもお顔を拝見出来たら…そう願ってやみません。
追伸
届けられる荷物が何であれ、シャノン様から送られるものであれば何であっても大切に保管するとお約束しましょう。
ジェローム・エンブリー
僕はプリチャード侯爵家のシャノンと言います。いきなりの手紙で失礼します。
ですが僕は訳あって、どうしても男爵と知り合いになりたいと思い、こうしてペンをとりました。
その訳とは…、なかなか一言では表せないのですが、簡単に言うと、僕は男爵に運命を感じているという事です。
もちろんお会いしたこともないし、お顔を拝見したこともないわけですが、それでも僕は男爵を知っている…、もはや他人とは思えない、と言っても過言ではない気持ちでいっぱいです。
何を言っているかお分かりいただけないでしょうが、僕は至ってマジメです。信じて下さい。
と言う訳で、とりあえず切手を貼った封筒を同封します。意味はお分かりですね?
エンブリーの自然は大変すばらしいものです。決して他人に荒らされませんよう。
追伸
後日スコップとシャベルとザル(器付き)をお贈りします。届いたらとりあえず大切に保管しておいてくださいね。
シャノン・プリチャードより
ああ、シャノン様…
第一王子殿下の婚約者でもあられるシャノン様名義で届けられた突然の手紙、初めは趣味の悪い何者かの悪戯か、とも思ったが、王室御用達の便せん、侯爵家の紋が入った封蝋、そして同封された手紙の内容にその疑念は消し飛んだ。
運命…、シャノン様が私に…、ふっ、馬鹿なことを…。勘違いするのではない。私はそう自分自身に言い聞かせた。
シャノン様に初めてお会いしたのは彼がまだ10歳程の時。父から爵位を受け継ぐ手続きのため、二か月もの道中を経て王宮に参じた時だ。
彼は王宮の、人気の無い暗い小さな部屋で、そのか細い背を丸めたまま声を殺して泣いておられた。厳しいお妃教育に泣いていたのだろうか…。無理もない。王太子になられるであろう第一王子に嫁ぐためには学ぶことが山のようにあるのだ。王太子妃とはそう言う立場だ。王子を支え、国を護り、そして国民の手本となり尊び崇められねばならないのだ。だからこそ、このような幼き年ごろからこれほどまでに過酷な教育を王宮にてお受けになるのだ。
だがシャノン様は亡き前々王の妹であられた王女様の血を引き、歳に似合わず大変に矜持の強い方と聞いている。慰め…など却って失礼に当たるだろう。私は黙ってその場を離れようとした。
その時、内ポケットの中に一つの包みがあることに気が付いた。自領を出る時、メイドから持たされた金平糖だ。紙にくるまれた小さな砂糖粒…。まるで宝石のようにキラキラと輝くその金平糖は、幼い彼の心を慰めるのに十分だと思えた。そこでそっと包みを置いたのだ。声もかけず、顔も見ず、ただ黙ってその背後に。
あれが私だと気づいておられたのか…。だからこうして、今度は私に手を差し伸べて下さったのか…。
シャノン様が、どういったいきさつでそれをお知りになったかは分からない。だが、この夏の水不足は私の領に致命的な損害を与えた。父から受け継いだ領は小さな痩せた土地で、何の産業もないこの領では、税を納めたらほとんど何も残らないのが現状である。そのため事あるごとに借財は増えじりじりと追い詰められていた。だがこれ以上は恐らく、どこの当主も助けてはくれぬだろう…。
そこに届けられたシャノン様からの手紙。そこには…大変高価な、第一王子がお生まれになったときに限定で発行された、大変希少な未使用の記念切手が何枚も同封されていたのだ。売れば恐らく向こう数か月はしのげるだろう。それだけの猶予があれば領民を飢えさせることは無い。
シャノン様はこれらの切手を売って、エンブリーの自然、つまり領を守れと仰せなのだ。
当家の窮状にご援助下さるというシャノン様のお気持ち、金平糖のお返しにしては大きすぎるが、今はただありがたく受け入れたいと思う。
ああ…いつかお会いして礼を言えたら…私の心に芽生えたそんな分不相応な考えは、いつまでも消えてくれなかった…。
シャノン・プリチャード様
このたびの温情心から感謝いたします。
シャノン様がおっしゃるよう、私たちは会った事も無ければ話したこともない。もちろん分かっております。
ですが私の窮状をこうしてお救いくださるシャノン様の優しさが今の私を満たしております。
そのお心遣い、決して無駄にはいたしません。必ずやエンブリー男爵領を守ってごらんに入れましょう。
下位貴族である私ごときがシャノン様にお声がけする事など出来ようはずもありませぬが、いつか遠くからでもお顔を拝見出来たら…そう願ってやみません。
追伸
届けられる荷物が何であれ、シャノン様から送られるものであれば何であっても大切に保管するとお約束しましょう。
ジェローム・エンブリー
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