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1 断罪の世界
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自分で言うのもなんだけど、僕の青春には何一つ特筆すべきことが無い。
なにしろ、ノホホン…と過ごした子供時代。ようやく高校に入って、さあ高校デビューだ!と思ったところで病魔に倒れたのだから……。
五年ほど闘病しただろうか…。ベッドの上で悟りを開くに至った頃…ついに僕は白旗をあげ、家族の悲痛な嗚咽の中…暗い闇の中に誘われた。
と思ったら……どこだここ?
--------------------
「う…、ここは…」
「シャノン様!お気づきですか!」
「あ、あれ…これは一体…」
「お身体は大丈夫でいらっしゃいますか?医者は細かな傷以外目立った怪我はないと申しておりましたが…」
「痛い…」
「あれだけの高さから落ちたのですから当然でございましょう。ですが下が植え込みでようございました」
落ち着いて周りを眺める。が、そこに居るのはいつもの看護師さんでもなければ泣きそうな母でもない。そもそも色の無い部屋だったはずの個室がゴージャスな調度品満載のアンティークな部屋へと変貌している。これは一体…。
状況を把握できない僕にかけられたのは冷たい声。その声の主は僕を「兄さん」と呼んだが…、僕に歳の近い兄弟は居ない。
「…兄さんがいけないのですよ。あんな場所でアーロンに難癖をつけたりなさるから」
「ブラッド様!貴方様は弟でありながら兄でなく平民の子であるあの男を庇うと言うのですか!」
「シャノン様は2階の窓から落ちたのでございますよ!何故お助けになりませんでした!」
「よもや死ねばいいとそう思われましたか?」
「だ、黙れ!」
室内にいる従者たちからの追及に、まるで逆ギレのように怒鳴り返すと大きな音をたてて乱暴に閉められる扉。
それよりちょっと待って。情報が…、情報量が多い…
今の会話だけでほとんどのことが理解できた気がする…。シャノン、アーロン、ブラッド、それらは全て、病室のベッドの上で僕が楽しんでいたBLゲー『愛は光の向こう側』にでてくるキャラの名前だ。BLゲーと言ってもそれはいわゆるアドベンチャーゲーム。分岐を選びながら自分だけのストーリーを作り上げる…、攻略…とか育成…とか、そういうのとは無縁の、ノベルゲーと言われるゲームだ。そしてシャノンが二階の窓から落ちたという場面もハッキリと記憶にある。
ここでお分かりだろう。僕はちゃきちゃきの腐男子だ。ここ大事。ゲイじゃなくて腐男子ね。男性と恋愛をしたいと思ったことは無い。そういうお話を読むのは大好きだけど。というか、思春期以降を全て病室で過ごした僕には恋愛経験が無い。だから真の性癖は分からないというのが正直なところだ。
ノベルゲーは始まりと大筋が大体決まっている。ただ途中で差し込まれるエピソードと結末の話が分岐によって変わるだけ。
この『愛は光の向こう側』において、シャノンの立ち位置はヒロイン(♂)と王子様の間に立ちふさがるちょっとしたアクセントだ。
BLゲーらしくこの世界観ではナチュラルに恋愛、結婚の性別的区別はない。
そんな世界観で繰り広げられる男だらけの恋愛模様の中で、あの手この手でヒロインを虐めるストーリー上の賑やかし、それがシャノンの役割だ。
シャノン…、シャノンか…。よりにもよって…
ここでざっくり説明しよう。
シャノンはこの国の侯爵令息。シャノンの父親はこのルテティア国で大きな権勢を誇るプリチャード侯爵家の当主なのだ。
シャノンが幼い頃に亡くなった母親は前々王の又姪にあたり、病床で愛息シャノンと第一王子の婚約をまとめあげ、安心してあの世へと旅立った。
顔はキレイだが王家の血を引く母の教育により天より高いプライドを育てたシャノンは、周囲の人間から『茨姫』と呼ばれている。
そんな彼は5才の時からいずれ王太子となる第一王子の婚約者として王宮に通い、とても過酷なお妃教育を受け続けている。
第一王子は冷たいシャノンをあまり好きではない。シャノンが王宮を訪れても形式ばった挨拶をしてすぐに席を立ち、幼馴染である伯爵子息のロイド、シャノンの義弟であるブラッドを連れ出し、わざと動物嫌いのシャノンが立ち寄れない馬場や訓練用の狩場で遊んでいたのだ。
正直僕は当時からこの行動にはドン引いていた。BLファンタジーの王子様とは思えない陰険さだ。
もっともこの描写の前には、どれほどシャノンが高飛車か、と言うエピソードが挟まれているのだが…それにして、無いわ~…
そして場面はながれ、さすがに15歳から入学する貴族学院では、卒業後の正式な結婚に向けてまともな交流を計るのかと思いきや…、そこに登場するのがヒロイン、アーロンである。
アーロンはこの国でもかなり珍しい『聖なる力』の適正者として、特例で貴族学院に入学を許可された孤児である。
そのアーロンが同級生として入学を果たすと第一王子、そして王子の側近として従うロイド、ブラッドまでもが、明るく健気で優しいピュアなアーロンの虜になったのだ。
役割とはいえ、婚約者に二股かけられてはシャノンが怒るのも無理はない。
彼は事あるごとにアーロンに冷たく当たり、時には酷い意地悪をして、ついに婚約破棄を望んでいた第一王子によってこれ幸いと断罪され、侯爵家からも追い出されて辛酸をなめることになるのだ。
その後『聖なる力』に目覚めたアーロンは、王子と国難を解決しながら最終的には国中から祝福されて末永く幸せに暮らす…、って言うのがざっくりしたあらすじだけど…、その合間合間のエピソードが分岐によって変わるのがノベルゲーの醍醐味だ。
さて、問題は今がノベルのどの部分かと言う事だが…このエピソードは、シャノンと王子の関係性がテキストロールで延々と流れた後に出てくる、まさしくスタート地点である。
日本方式で4月に入学を果たす貴族学院はわずか3か月後の7月半ばから夏休みに入る。
ブラッドの誘いを受け、プリチャードの(つまりシャノンの)屋敷へ遊びに来たアーロンとアーロンにのぼせ上った男たち。
鉢合わせたシャノンとアーロンは口論になり(って言っても一方的にシャノンがまくし立てた)もみ合いになりバランスを崩し、正面階段を上がったところにある壁一面に嵌められた侯爵邸自慢の大窓に倒れ込み…、最終的にシャノンは一人で落下し美しいプラチナの髪を茂みに散らしたのだ。
アーロンには彼の身体を引き寄せる救いの腕があったからだ。それも何本も。
その内の一本がさっきここにいたシャノンの弟ブラッドであり、もう一本がロイド、そして何と言っても…シャノンの婚約者、第一王子であるコンラッドの腕だ。
あの王子は婚約者を見殺しにして想い人であるアーロンを庇ったのだ。
…シャノンは落下した。落下して…今僕がここに居る。この身体のどこを探してもシャノンは居ない…。つまり…、シャノンはもう存在しない。おそらく彼は逝ってしまったのだ。文字列の無い空虚の世界へ…可哀そうにシャノン。
15で入院生活を余儀なくされた僕には15で散ったシャノンの無念が痛いほどわかる…。
シャノン、せめて安らかに眠れ…。
なにしろ、ノホホン…と過ごした子供時代。ようやく高校に入って、さあ高校デビューだ!と思ったところで病魔に倒れたのだから……。
五年ほど闘病しただろうか…。ベッドの上で悟りを開くに至った頃…ついに僕は白旗をあげ、家族の悲痛な嗚咽の中…暗い闇の中に誘われた。
と思ったら……どこだここ?
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「う…、ここは…」
「シャノン様!お気づきですか!」
「あ、あれ…これは一体…」
「お身体は大丈夫でいらっしゃいますか?医者は細かな傷以外目立った怪我はないと申しておりましたが…」
「痛い…」
「あれだけの高さから落ちたのですから当然でございましょう。ですが下が植え込みでようございました」
落ち着いて周りを眺める。が、そこに居るのはいつもの看護師さんでもなければ泣きそうな母でもない。そもそも色の無い部屋だったはずの個室がゴージャスな調度品満載のアンティークな部屋へと変貌している。これは一体…。
状況を把握できない僕にかけられたのは冷たい声。その声の主は僕を「兄さん」と呼んだが…、僕に歳の近い兄弟は居ない。
「…兄さんがいけないのですよ。あんな場所でアーロンに難癖をつけたりなさるから」
「ブラッド様!貴方様は弟でありながら兄でなく平民の子であるあの男を庇うと言うのですか!」
「シャノン様は2階の窓から落ちたのでございますよ!何故お助けになりませんでした!」
「よもや死ねばいいとそう思われましたか?」
「だ、黙れ!」
室内にいる従者たちからの追及に、まるで逆ギレのように怒鳴り返すと大きな音をたてて乱暴に閉められる扉。
それよりちょっと待って。情報が…、情報量が多い…
今の会話だけでほとんどのことが理解できた気がする…。シャノン、アーロン、ブラッド、それらは全て、病室のベッドの上で僕が楽しんでいたBLゲー『愛は光の向こう側』にでてくるキャラの名前だ。BLゲーと言ってもそれはいわゆるアドベンチャーゲーム。分岐を選びながら自分だけのストーリーを作り上げる…、攻略…とか育成…とか、そういうのとは無縁の、ノベルゲーと言われるゲームだ。そしてシャノンが二階の窓から落ちたという場面もハッキリと記憶にある。
ここでお分かりだろう。僕はちゃきちゃきの腐男子だ。ここ大事。ゲイじゃなくて腐男子ね。男性と恋愛をしたいと思ったことは無い。そういうお話を読むのは大好きだけど。というか、思春期以降を全て病室で過ごした僕には恋愛経験が無い。だから真の性癖は分からないというのが正直なところだ。
ノベルゲーは始まりと大筋が大体決まっている。ただ途中で差し込まれるエピソードと結末の話が分岐によって変わるだけ。
この『愛は光の向こう側』において、シャノンの立ち位置はヒロイン(♂)と王子様の間に立ちふさがるちょっとしたアクセントだ。
BLゲーらしくこの世界観ではナチュラルに恋愛、結婚の性別的区別はない。
そんな世界観で繰り広げられる男だらけの恋愛模様の中で、あの手この手でヒロインを虐めるストーリー上の賑やかし、それがシャノンの役割だ。
シャノン…、シャノンか…。よりにもよって…
ここでざっくり説明しよう。
シャノンはこの国の侯爵令息。シャノンの父親はこのルテティア国で大きな権勢を誇るプリチャード侯爵家の当主なのだ。
シャノンが幼い頃に亡くなった母親は前々王の又姪にあたり、病床で愛息シャノンと第一王子の婚約をまとめあげ、安心してあの世へと旅立った。
顔はキレイだが王家の血を引く母の教育により天より高いプライドを育てたシャノンは、周囲の人間から『茨姫』と呼ばれている。
そんな彼は5才の時からいずれ王太子となる第一王子の婚約者として王宮に通い、とても過酷なお妃教育を受け続けている。
第一王子は冷たいシャノンをあまり好きではない。シャノンが王宮を訪れても形式ばった挨拶をしてすぐに席を立ち、幼馴染である伯爵子息のロイド、シャノンの義弟であるブラッドを連れ出し、わざと動物嫌いのシャノンが立ち寄れない馬場や訓練用の狩場で遊んでいたのだ。
正直僕は当時からこの行動にはドン引いていた。BLファンタジーの王子様とは思えない陰険さだ。
もっともこの描写の前には、どれほどシャノンが高飛車か、と言うエピソードが挟まれているのだが…それにして、無いわ~…
そして場面はながれ、さすがに15歳から入学する貴族学院では、卒業後の正式な結婚に向けてまともな交流を計るのかと思いきや…、そこに登場するのがヒロイン、アーロンである。
アーロンはこの国でもかなり珍しい『聖なる力』の適正者として、特例で貴族学院に入学を許可された孤児である。
そのアーロンが同級生として入学を果たすと第一王子、そして王子の側近として従うロイド、ブラッドまでもが、明るく健気で優しいピュアなアーロンの虜になったのだ。
役割とはいえ、婚約者に二股かけられてはシャノンが怒るのも無理はない。
彼は事あるごとにアーロンに冷たく当たり、時には酷い意地悪をして、ついに婚約破棄を望んでいた第一王子によってこれ幸いと断罪され、侯爵家からも追い出されて辛酸をなめることになるのだ。
その後『聖なる力』に目覚めたアーロンは、王子と国難を解決しながら最終的には国中から祝福されて末永く幸せに暮らす…、って言うのがざっくりしたあらすじだけど…、その合間合間のエピソードが分岐によって変わるのがノベルゲーの醍醐味だ。
さて、問題は今がノベルのどの部分かと言う事だが…このエピソードは、シャノンと王子の関係性がテキストロールで延々と流れた後に出てくる、まさしくスタート地点である。
日本方式で4月に入学を果たす貴族学院はわずか3か月後の7月半ばから夏休みに入る。
ブラッドの誘いを受け、プリチャードの(つまりシャノンの)屋敷へ遊びに来たアーロンとアーロンにのぼせ上った男たち。
鉢合わせたシャノンとアーロンは口論になり(って言っても一方的にシャノンがまくし立てた)もみ合いになりバランスを崩し、正面階段を上がったところにある壁一面に嵌められた侯爵邸自慢の大窓に倒れ込み…、最終的にシャノンは一人で落下し美しいプラチナの髪を茂みに散らしたのだ。
アーロンには彼の身体を引き寄せる救いの腕があったからだ。それも何本も。
その内の一本がさっきここにいたシャノンの弟ブラッドであり、もう一本がロイド、そして何と言っても…シャノンの婚約者、第一王子であるコンラッドの腕だ。
あの王子は婚約者を見殺しにして想い人であるアーロンを庇ったのだ。
…シャノンは落下した。落下して…今僕がここに居る。この身体のどこを探してもシャノンは居ない…。つまり…、シャノンはもう存在しない。おそらく彼は逝ってしまったのだ。文字列の無い空虚の世界へ…可哀そうにシャノン。
15で入院生活を余儀なくされた僕には15で散ったシャノンの無念が痛いほどわかる…。
シャノン、せめて安らかに眠れ…。
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