上 下
1 / 295

1 断罪の世界

しおりを挟む
自分で言うのもなんだけど、僕の青春には何一つ特筆すべきことが無い。

なにしろ、ノホホン…と過ごした子供時代。ようやく高校に入って、さあ高校デビューだ!と思ったところで病魔に倒れたのだから……。
五年ほど闘病しただろうか…。ベッドの上で悟りを開くに至った頃…ついに僕は白旗をあげ、家族の悲痛な嗚咽の中…暗い闇の中に誘われた。

と思ったら……どこだここ?


--------------------


「う…、ここは…」
「シャノン様!お気づきですか!」
「あ、あれ…これは一体…」
「お身体は大丈夫でいらっしゃいますか?医者は細かな傷以外目立った怪我はないと申しておりましたが…」

「痛い…」
「あれだけの高さから落ちたのですから当然でございましょう。ですが下が植え込みでようございました」

落ち着いて周りを眺める。が、そこに居るのはいつもの看護師さんでもなければ泣きそうな母でもない。そもそも色の無い部屋だったはずの個室がゴージャスな調度品満載のアンティークな部屋へと変貌している。これは一体…。

状況を把握できない僕にかけられたのは冷たい声。その声の主は僕を「兄さん」と呼んだが…、僕に歳の近い兄弟は居ない。

「…兄さんがいけないのですよ。あんな場所でアーロンに難癖をつけたりなさるから」
「ブラッド様!貴方様は弟でありながら兄でなく平民の子であるあの男を庇うと言うのですか!」
「シャノン様は2階の窓から落ちたのでございますよ!何故お助けになりませんでした!」
「よもや死ねばいいとそう思われましたか?」

「だ、黙れ!」

室内にいる従者たちからの追及に、まるで逆ギレのように怒鳴り返すと大きな音をたてて乱暴に閉められる扉。
それよりちょっと待って。情報が…、情報量が多い…

今の会話だけでほとんどのことが理解できた気がする…。シャノン、アーロン、ブラッド、それらは全て、病室のベッドの上で僕が楽しんでいたBLゲー『愛は光の向こう側』にでてくるキャラの名前だ。BLゲーと言ってもそれはいわゆるアドベンチャーゲーム。分岐を選びながら自分だけのストーリーを作り上げる…、攻略…とか育成…とか、そういうのとは無縁の、ノベルゲーと言われるゲームだ。そしてシャノンが二階の窓から落ちたという場面もハッキリと記憶にある。

ここでお分かりだろう。僕はちゃきちゃきの腐男子だ。ここ大事。ゲイじゃなくて腐男子ね。男性と恋愛をしたいと思ったことは無い。そういうお話を読むのは大好きだけど。というか、思春期以降を全て病室で過ごした僕には恋愛経験が無い。だから真の性癖は分からないというのが正直なところだ。


ノベルゲーは始まりと大筋が大体決まっている。ただ途中で差し込まれるエピソードと結末の話が分岐によって変わるだけ。

この『愛は光の向こう側』において、シャノンの立ち位置はヒロイン(♂)と王子様の間に立ちふさがるちょっとしたアクセントだ。

BLゲーらしくこの世界観ではナチュラルに恋愛、結婚の性別的区別はない。
そんな世界観で繰り広げられる男だらけの恋愛模様の中で、あの手この手でヒロインを虐めるストーリー上の賑やかし、それがシャノンの役割だ。

シャノン…、シャノンか…。よりにもよって…



ここでざっくり説明しよう。

シャノンはこの国の侯爵令息。シャノンの父親はこのルテティア国で大きな権勢を誇るプリチャード侯爵家の当主なのだ。
シャノンが幼い頃に亡くなった母親は前々王の又姪にあたり、病床で愛息シャノンと第一王子の婚約をまとめあげ、安心してあの世へと旅立った。

顔はキレイだが王家の血を引く母の教育により天より高いプライドを育てたシャノンは、周囲の人間から『茨姫』と呼ばれている。
そんな彼は5才の時からいずれ王太子となる第一王子の婚約者として王宮に通い、とても過酷なお妃教育を受け続けている。

第一王子は冷たいシャノンをあまり好きではない。シャノンが王宮を訪れても形式ばった挨拶をしてすぐに席を立ち、幼馴染である伯爵子息のロイド、シャノンの義弟であるブラッドを連れ出し、わざと動物嫌いのシャノンが立ち寄れない馬場や訓練用の狩場で遊んでいたのだ。

正直僕は当時からこの行動にはドン引いていた。BLファンタジーの王子様とは思えない陰険さだ。
もっともこの描写の前には、どれほどシャノンが高飛車か、と言うエピソードが挟まれているのだが…それにして、無いわ~…

そして場面はながれ、さすがに15歳から入学する貴族学院では、卒業後の正式な結婚に向けてまともな交流を計るのかと思いきや…、そこに登場するのがヒロイン、アーロンである。

アーロンはこの国でもかなり珍しい『聖なる力』の適正者として、特例で貴族学院に入学を許可された孤児である。
そのアーロンが同級生として入学を果たすと第一王子、そして王子の側近として従うロイド、ブラッドまでもが、明るく健気で優しいピュアなアーロンの虜になったのだ。

役割とはいえ、婚約者に二股かけられてはシャノンが怒るのも無理はない。
彼は事あるごとにアーロンに冷たく当たり、時には酷い意地悪をして、ついに婚約破棄を望んでいた第一王子によってこれ幸いと断罪され、侯爵家からも追い出されて辛酸をなめることになるのだ。

その後『聖なる力』に目覚めたアーロンは、王子と国難を解決しながら最終的には国中から祝福されて末永く幸せに暮らす…、って言うのがざっくりしたあらすじだけど…、その合間合間のエピソードが分岐によって変わるのがノベルゲーの醍醐味だ。

さて、問題は今がノベルのどの部分かと言う事だが…このエピソードは、シャノンと王子の関係性がテキストロールで延々と流れた後に出てくる、まさしくスタート地点である。

日本方式で4月に入学を果たす貴族学院はわずか3か月後の7月半ばから夏休みに入る。
ブラッドの誘いを受け、プリチャードの(つまりシャノンの)屋敷へ遊びに来たアーロンとアーロンにのぼせ上った男たち。

鉢合わせたシャノンとアーロンは口論になり(って言っても一方的にシャノンがまくし立てた)もみ合いになりバランスを崩し、正面階段を上がったところにある壁一面に嵌められた侯爵邸自慢の大窓に倒れ込み…、最終的にシャノンは一人で落下し美しいプラチナの髪を茂みに散らしたのだ。

アーロンには彼の身体を引き寄せる救いの腕があったからだ。それも何本も。

その内の一本がさっきここにいたシャノンの弟ブラッドであり、もう一本がロイド、そして何と言っても…シャノンの婚約者、第一王子であるコンラッドの腕だ。

あの王子は婚約者を見殺しにして想い人であるアーロンを庇ったのだ。

…シャノンは落下した。落下して…今僕がここに居る。この身体のどこを探してもシャノンは居ない…。つまり…、シャノンはもう存在しない。おそらく彼は逝ってしまったのだ。文字列の無い空虚の世界へ…可哀そうにシャノン。
15で入院生活を余儀なくされた僕には15で散ったシャノンの無念が痛いほどわかる…。

シャノン、せめて安らかに眠れ…。




しおりを挟む
感想 819

あなたにおすすめの小説

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

処理中です...