溺愛男爵は僕を離してくれない!

kozzy

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19 鬼ごっこ

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「コラー!待たんかー!」

「うおっ!なんだなんだ!」
「あの子供を捕まえてくれー!」

「獣人の子供!?」
「おい!とまれ‼」
「やだよー!」

「そっちは行かさぬ!」
「じゃぁこっち!」


タタタタタ…
僕は逃げ足の速いハムスターだよ?捕まるわけないじゃん。ママだってソウタだって僕を捕まえるのにはすごく苦労してたんだから。僕は2日間逃げ切って隠れてた、言わば逃亡のプロ、これくらいお手の物だよ?

するり…、ぬるり…、ぺしょり…、上にだってスルスルっとな!天井裏に入っちゃえばこっちのもの。それよりグレアムさん。グレアムさんを探さなくっちゃ!

クンクンクンクン……



🐹🐹



ああ…一体何が起きているのか…。

今回の登城にあたり、私は現在戦争中である隣国の重要な作戦が書かれた文書の解読を依頼された。
一見すると意味を成さない乱雑な文章。それは困難な作業であったが、私の持つ魔法の力はなんとかそれを読み解くことに成功した。
これは諜報が手に入れた重要な機密文書である。

私の持つ『解読』の魔法は、見知らぬ外国の言語であったり、また創作された言語、つまり暗号を正しき言語に直してくれるものだ。だが、それを意味ある文章にするためにはあらゆる知識を加味せねばならない。そしていくつもの情報を綜合的に判断する必要がある。つまりこの場合、隣国の地理や軍部の構造、重要人物の名、過去の戦いなどと言ったものだ。

実際私の『解読』により交戦が有利に運んだことも一度や二度ではない。
その成果と王からの信頼を以て、今回私には大きな褒章が与えられると伝えられていた。
普段はなかなか表に出ることの無い地道な作業である『解読』。それがこうして評価を得ることは散々社交界で見下げられてきた私にとって溜飲の下がる想いであった。

なのに今私は王城内にある兵舎の一室に軟禁されている。
提出した書類、…それらに不備があったためだ。
その不備を補うまでこの部屋を出ることは罷り成らぬと長官の指示により押し込められたのだ。ご丁寧に見張りまでたてて…。だが手元に何の資料もない状態で全てを思い出すことなどどうして出来よう。
だがそれが出来なければ、王は私に失望され、今のこの地位さえ奪われるやもしれぬ…。
…どうしてこんなことに…。

何故だ…。私は全てを完璧に仕上げ、最終確認も怠らず、何もかもを整えこの登城に備えたはずだ。
だが提出したそれは何枚もの項が不規則にとんだ使い物にならぬもの…。

騎士を束ねる長官は大変に激昂なされた。当然だ。私の提出する最終局面の敵方戦術書をあてにして、騎士たちはすでに出兵している。今からそれを中止にすることは多大な経費の無駄を生む。人的経費、食糧、時間、そして長官の手柄…諸々だ。

何とかして思い出すのだ!だがどうすればいい…!1日も早くここを出て屋敷に戻らなければあの小さなアプリコットは…、私のルーイはどうなってしまう、彼の世話が出来るのは私だけなのだというのに…!

それにしても先程から城内が騒々しい。だが扉の外には守衛が居る。私には何が起きたか知る由もない。

カリ…、カリカリ…

この音は?不思議と耳に馴染みのいい…どこかで聞いたような…


「見つけたグレアムさん!」
「ルーイ!?」


幻聴?ルーイを想う余り居もしない彼の声が聞こえたというのか⁉ いいや違う。天井から聞こえてきたのは間違いない!ルーイの声だ!

カタン…ガタガタ


「グレアムさん、ここ開けて!」

「ルーイ!!!何故ここに!どうやって来た!?」
「いいから開けて!この羽目板重たいの」
 

あり得ない事態に頭の中が混乱する。だがルーイは私の言葉を聞かずに天井裏でガリガリと引っ掻き続ける。
  

「ルーイ、開けられるか?」
「分かんない」

「困った…、マズイ!守衛が近づいて来る!ルーイ!静かにするんだ!」

「えっ?えっ?そんなぁ…」カサカサ…スルリ…「じゃあこれだけ…」


羽目板の間にあるほんの僅かな隙間、そこから差し込まれたのは数枚の紙…、これはっ!これは欠損した提出書類!これを何故ルーイが⁉


「ルーイ!これをどうした!何故?どういうことだルーイ!」

「グレアムさんの悪いお兄さんたちが燃やそうとしてたから取り返したの。ジュウヨウなトジョウだもんね。これで大丈夫?」

「ルーイ…ああなんと…ルーイ…」


では兄たちがこれをどこかで抜き取ったというのか?屋敷を出る前、私は確かに書類を確認した。そこからは肌身離さず傍らに置いていた。書類の束から離れたのは…、そうだ。酒場近くの道で馬車がゴロツキどもに絡まれた時。仲裁するため下車する際、何かあってはならぬと置いて馬車を離れたのだ…。ではあの時に…
私を貶めるためにこの様な事まで…何という…、だが思考はそこで遮られた。


「男爵殿、何か物音がしたようだが…」
「いや、少し椅子を動かしただけだ。それよりその後ろに居るのは…?」


守衛の背後に居たのは裏門の門番。彼は私を確認に来たという。聞けば獣人の子供が王城に侵入したと大騒ぎになっているらしい…。


「子供の言うグレアムとは男爵殿で相違ないか?」
「ああ。私のことだ」


長官に命ぜられた守衛は扉の外だ。そこで私は躊躇なく懐から金貨を数枚抜き取りその門番に差し出した。
裏門の門番は騎士でなく従士であったはず。つまりは平民位、おそらく裕福とは言えまい。


「すまないが門番殿。その子供を見つけたら警備に突き出さず黙って城門の外に連れ出してはくれないだろうか…。何も悪事に加担するわけではない。彼は私を恋しがっただけ。お願い出来ないか」
「…、いいだろう」チャリ「だが私が見つける保証はないぞ?」

「…いや。獣人の彼は鼻が利く。必ずこの部屋近くで見つかるはずだ」
「そうであるか?」


私は天井裏に潜むルーイに聞こえるよう声を上げた。


「門番殿!ここから右には空き部屋が続いていたな?そのどれかに子供は居よう。早く探してやってくれ!」
「分かった!分かったから興奮するな!」


後で分かった事だがこの守衛はメルビンからも金貨を受け取っていた…。なるほどな。道理でやけにすんなりと…、いいや、だがそれで収まるなら何も言うまい。



🐹🐹



「不審者は見つかったのか!」
「侵入者とはこの子供のことか?」
「大袈裟な…、子ネズミが1匹走り回っただけではないか。それを大の大人が寄ってたかって…大人気なかろう」
 

えええっ!失礼な!僕はネズミじゃないってば!このまあるい顔が愛くるしいハムスターをネズミと一緒にするなんて…この人たち目、悪いのかな。


「とにかくこれは城外へ放り出すことにする」
「それだけか?」
「大事にするほどのことでもないだろう。長官は侵攻に備え忙しい。それは王とて同じことだ」


ポイッ!


「これでよい。おい子供!もう勝手に入るなよ!」
「はーい」


まぁいいや。グレアムさんとの約束だもんね。僕をネズミって呼んだのは見逃してあげる。あとはグレアムさんが出てくるのをどっかで待ってれば…
ここでいいかな。人通りの少ない路地に隠れて…あっ!

ガバッ!

キュー!!!いきなり何この袋!

頭から大きな袋をかぶせられて…これがホントの袋のネズミ、違った。袋のハムスター…



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