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151 18歳 at クーデンホーフの書庫

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「なるほどドワーフの国へ…、残念ながら私は何も存じ上げないのだが…。」


ガクリ…。
いいや。シュバルツは何にも悪くない。ウルグレイスであっさりエルフの国が見つかったもんだからエトゥーリアでも楽勝?って勝手に期待しちゃった僕が悪い…。


「す、すまないレジナルド殿。だが家名お取りつぶしの際に屋敷に残されていた値の付かぬほとんどの物が売り払われるか処分されるかしてしまってね、私の元には領都の屋敷に越されていた調度品ぐらいしか戻ってきてはいないのだよ…。」

「大旦那様の日記でもあれば違ったのでしょうが…。私がふがいないばかりに、申し訳ございませんシュトバルツ様。」


執事のカールまでもが済まなそうな顔でシュバルツの言葉をフォローする。でもその内容はいかに彼らが着の身着のまま放り出されたかっていう事実に他ならない。それに思い至って僕の顔は思わず歪む。


「そんな顔をしないで欲しい…。そうだ。分家の若者が当主の命で少しばかり分家の書庫に残されていた家系の記録書やエトゥーリアの歴史書などを持ちこんでくれてね、失われたそれらの代わりにと。」

「分家からお詫びの印?」

「そういう事だ。だがもしかしたら何か記載があるかもしれない」」

「じゃあ見てくれる?」
「ああもちろん。今日はここへ泊まられるのだろう?では一緒にいかがか?」
「ぜひ!」


「じゃあ俺は開拓地の打ち合わせに行っていいか?」


一連のやりとりを見てアーニーが口を挟む。

そう。彼を今日ここに連れてきたのは、ドワーフ国への訪問目的、新しい魔映写具カメラ魔通話具ガラケーの開発にあたり、誰かに来てもらうか、技術協力を結び自力で再現するか、どちらにしても、このクーデンホーフ領を鍛冶錬金の拠点にしよう、そう考えているからだ。

偏屈で職人気質の彼らは招聘するにしたって呑気で大らかなウエストエンドよりかっちりしたエトゥーリア民の多いこのクーデンホーフ領の方が気質的に合うだろう。

そのためアーニーには工房エリアの開拓をお願いしてあるのだ。



「うん。明日の昼前には帰るからその予定でね。あっ、鍛冶工房は一軒づつ広めに取るよう言っといて」
「分かってるって」

「では。カール、レジナルド殿を書斎へ。そして該当する書物を揃えてくれないか。私は彼を送ってすぐ戻る」

「心得てございます」


こうして僕とカールは一足先に書斎へ向かった。
シュバルツとアーニーが二人でどんな会話を交わしているかなんて何も知らずに…。







「お帰りシュバルツ。僕はこっちから目を通すからシュバルツはそっちからよろしくね」

「ああ」

「それではシュバルツ様、私はこれにて下がりますゆえ必要があればベルをお鳴らし下さい」
「ご苦労カール」


1時間も経たないうちに戻ったシュバルツは歴史書を手に取り、一足先に作業を始めていた僕の隣でパラリと紙をめくる。
数冊の本とは言え一冊当たりの厚みが途方もない。目を通すのも楽じゃない。

それなのにお茶やおやつや、世話をするカールを下げたことに違和感を感じるものの…目の前の歴史書に今は釘付け、些細な事だろう。どうせ夢中になったら水も飲まないのがいつもの僕だ。

いつもより距離の近い横並びのソファ、僕とシュバルツは時々言葉を交わしながらも黙々とページをめくっていく。

生真面目で無駄口をたたかないシュバルツと過ごす時間は案外心地いい。時に彼の足を引っ張っる頑固さすら僕は嫌いじゃない。彼は融通の利かない頑固な人だが高圧的ではないし、互いに納得できるまで意見を交わす時間も手間も決して惜しまない。
中身が日本人の僕とはとても親和性が高いのだ。

特にクーデンホーフの名を取り戻してからのシュバルツは、僕に抱いていた上下関係…的な何かが影を潜め、対等であろうとする彼の姿は僕をいっそう安心させた。






「…。レジナルド殿、これはいかがだろうか?」

「んーどれどれ?『その橋を超えるとそこに見えるのは急勾配。その道沿いに進むとその先には多くの工房が立ち並び、火入れの済んだ窯の中では灼熱の魔石が魔鋼剣へと姿を変える。』…間違いない!多分これだ!シュバルツこれは?」

「4代前の分家当主による漫遊記…だと思うが、前後の文を読み解くに、恐らく道に迷い紛れ込んだのであろう。一晩納屋を借り翌日にはその地を発ったと、そう記されている。だがこれだけでは…誰とも何処とも記載はない」

「ううん。エルダーに、あ、これエルフの長ね。彼におおよその方角は聞いてるから目印さえあれば絞り込める。その記載の前後も目を通してくれる?何処ら辺からそこへ迷い込んで、発った後どこへ行ったか」


手分けして本を読み漁って3時間ほど経った頃だろうか。ついにシュバルツはその一文を見つけ出した。
彼は法務官として領主として、細かい書類を見続けるのには慣れている。すでに半分目が滑っていた僕とは大きな違いだ…。


「お茶を淹れようレジナルド殿。疲れただろう。少し休むといい」


侯爵様手づからのお茶…。カールも呼ばずに何でまた…。でもその表情は硬く、何かの緊張を感じさせる。一体何だろう…。


「レジナルド殿…、食事のあと大切な話がしたい。供は付けず私と二人…、ザラキエル湖の散策に付き合ってもらえないだろうか」
「それはいいけど…、どうしたの?悪い話?」
「悪い話か良い話か…、それはあなた次第だ、レジナルド殿」


そんなこと言われたら余計気になるじゃん…。

ともかく、今せっついても始まらないのでとりあえず美味しいヴルストを中心としたエトゥーリア料理をごちそうになる。このヴルストはカールのお手製なんだとか…。実に美味しい…。


「それにしてもクーデンホーフ領の繁栄を考え産業までお譲り下さるとは…。あれだけの魔道具。製品化に成功すれば大変な益を呼ぼう。本当にいいのだろうか…?」

「ええっ!鍛冶工房の事?考えすぎだから!あれはただ適材適所…的な?うちにドワーフの職人は多分合わない…」
「いいのだ、分かっている。貴方はいつもそうだ。私の重荷にならないよう、さりげなくご助力くださる。」

「いやいやホントに」

「私たちを初めてウエストエンドに受け入れて下さった時も、恐らくは貴族であった私たちに配慮いただいたのだろう。法の仕事、教育の仕事、役場の仕事、慣れぬ農耕で困らぬよう役人に取り立てて下さったではないか。」


あれは文官不足の神タイミング。win-winってやつで…そりゃそういう気持ちもあったにはあったけど。


「常時対応などと言って裏手にあれほど立派な屋敷まで…。私やパウルが庶民暮らしに戸惑わぬよう慮って下さった…。」


いや実際24時間領民が揉め事共に駆け込むブラック勤務だったじゃん!


「私は貴方に報いたい…」
「シュバルツ…」


確かに僕はシュバルツにとって恩人だろうけど…、以前から感じていた。彼は僕への感謝の気持ちが天元突破しすぎてて…申し訳なさすら感じる今日この頃。
シュバルツのこれを止めるにはどうしたらいいのか…。



そんなことを考えながら食後の僕たちは夜のザラキエル湖へと場所を移した…。







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