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102 17歳 at 夜の裁判所

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「エトゥーリアがそのような事態に…」


夜の裁判所。人気の無いそこへシュバルツを呼びよせ急遽開かれた秘密の会合。お屋敷でなく裁判所なのはパーヴェルの耳に入れるのを躊躇ったためだ。
ローランドが同席することに一瞬表情をこわばらせたシュバルツ。だけどすぐさまローランドが秘密を共有している事実に気付いたようだ。


「ロートリンゲン家はやりすぎた、エトゥーリアは共和国であるというのにあれでは独裁国家も同じだ。それを都合良しとするいずれかの大商会より支援を受け増長したのだろうが…」
「ウォーデモン…」


目を瞑り何かを考え込むシュバルツ。過去のあれやこれやと照らし合わせているのだろう…。


「ウォーデモンには慈善家としての表の顔以外に裏の顔があるようだな。レジナルドから話を聞き個人的に色々と調べてみたのだが驚くほど何も出ない。あれほどの大商会頭取がだ。そこが逆に怪しさを感じさせる。」

「一代であそこまで商会を大きくしたんだ、そのうえ息子にも代替えしないで君臨し続けている。そんな海千山千、一筋縄じゃ行かないって。」

「だが彼がゲスマンのある富豪と結びついていることだけは分かった。私はウォーデモンを『クーザ』の地下組織に関わりがあるのだと睨んでいる。何か国もまたにかける大商会…、ましてやウォーデモンの旗を掲げていれば…」

「関所はほぼノーチェック…か!」


クラレンスやウルグレイスの様に税関が機能していない小国ならば堂々と流通させ放題か…。


ゲスマン…、合成麻薬『クーザ』の原料となる特殊な鉱物。それはゲスマンの山中奥深くでのみ採掘されるという噂だ。
そしてそのゲスマンにおいて一二を争う富豪と言えば…僕から鋼鉄の処女アイアンメイデンならぬ鋼鉄の貞操帯を仕掛けられたあの絨毯工房主…。そのうえあいつの妻は皇室の縁者で…、だが…


「『クーザ』の事は一旦置いておこうか。今はエトゥーリアの内乱に集中したい。シュバルツ、あなたはどうしたい?もしエトゥーリアの侯爵位を取り戻したいなら今しかチャンスはない気がする…。」

「もしもそれを望めるのであれば…。だがそのために動くのはレジナルド殿、貴方になるのだろう?これ以上貴方の立場を危険にさらすわけには…」

「私も居る。未だ学生の身ではあるが助力は惜しまない。」


学生であってもローランドの知力はゲーム内でも屈指だった。きっと役に立つ!


「代々守り続けた家名…、先祖が大切に伝え継いできた様々なものを私の代で全て失ってしまった。だがそれはもういいのだ。全ては身から出た錆。私の目はとうに未来へ向いている。心残りはパーヴェルの事だ。」

「パーヴェル?」


その名前に反応したのはローランドだ。


「幼い頃あの子はその虚弱さゆえ高名な医師のいる王都で育った。だが父はあの子にも領地を分け与えるつもりでおられたのだ。あの子に家を出て外で生きることは難しいだろうからと。当然私もそのつもりでいた。」

「穏やかで賢いパーヴェルならきっと良い領主になっただろうね…」

「あの悲劇は成長とともに少しづつ健康を取り戻しようやく領地への移住を考えていた矢先の事だったのだ…。まさかお取り潰しなどと…」

「非道な真似を…!」


パーヴェルの事が無くてもきっとローランドは憤っただろう。彼は多少偏向的だが曲がった事を良しとはしない男だ。


「レジナルド殿、あの夜言っておられたな。手に入れるはずだったものを少しでいいから与えたかったと…」

「コリンの事だね」

「ああ。手に入れるはずだったもの全てを失ったあの子に与えられるものがまだあるのなら、その機会を得られるのならば私は何だってして見せよう。」

「お止めください兄さま!」


飛び込んできたパーヴェルに思わず息をのむ僕達。
傍らのチェストに置かれたトレーの茶器や軽食に彼が待ち人を待ちきれず自らやって来たことが伺える…。


「私は…、私は今更あの国に未練などありません!あの場に居なかった兄さまはお分かりでないのです。あの国がどれほど疲弊し腐敗しきっているか…。それは兄さまが考えるよりはるかに根が深い…。」
「だからこそこうして奮い立ち決起した者達が居るのだろう。ならばそれを成就へと導けば必ずや再興の道が…」

「その政変が上手くいったとしてすぐに全てが変わるとお思いですか?いいえ、それほど簡単なものならあの時クーデンホーフ侯爵家がよもやお取り潰しにまでなるはずがない。事はロートリンゲンとその派閥だけの問題ではないのです。」

「パーヴェル…」

「議会権を取り戻したところでまとまりのないあの国では一層混乱するでしょう。すると社交界にも市民にも不安は高まりまた別の諍いがおこる…そしてしたたかなものはそれに乗じまた不正へと走る、権力を握る家名が変わるだけなのです。」


分家をたらいまわしにされ最後にはボロ雑巾の様に修道院へと放り込まれたパーヴェル。

地獄を見た兄弟。シュバルツは命の価値が枯葉よりも軽い物理的な地獄を、そしてパーヴェルは…この世になんの未練も持てなくなるほど醜い人の裏側という、形のない地獄を見てきたのだ…。
それはどちらがマシなのだろうか…。


「確かに大国クラレンスであれば不正を糾弾する制度が満足とは言えないまでもそれなりに構築されている。少なくとも宮廷の掌握出来る範囲でそのようなことは起こり得ない。むしろ共和制のエトゥーリアこそ本来そうあるべきだろうに。」

「黎明期なんだよ…。あと一歩がまだ足りてないんだ。」

「私を受け入れた一族、私を守ろうとした友人がどんな目に合ったか…。そしてその結果私への感情がどう捻じれていったか…。人は変わる…良くも悪くも…。余裕が無ければ尚のことです…」

「彼らも父には世話になっていたであろうに…」

「私はあの方々を恨みに思いはしません。彼らもお家を守るためああするより仕方なかった。それは重々理解しています。ですが私に投げ掛けられた呪詛のような言葉の数々…、そしてあんな…あんな…、うぅ…私はそれを水に流すことは出来ない…。無かった事には出来ないのです、兄さま!」

「だがパーヴェル、存在の消された己はともかく私はお前だけでも自由にしてやりたいのだ…」

「…兄さまが屋敷や領地を取り戻したいと思うのであればそうなさいませ。ですがそれらが明らかな作為の元奪われることに誰も声を上げなかった。その事実を覚えておいてください。」

「パーヴェル…」
「私の平穏を壊さないで!」


身をひるがえし部屋を走り去るパーヴェル。その瞳からは堪えきれず涙が流れていた。


「パウル!」
「シュバルツ殿、ここは私が。」


走り去るパーヴェルの後を追うのはローランド。

そしてそれを見送り立ちすくむシュバルツ。苦悩が彼を包む。彼は依然としてやはり自分を責めているのだ。どれほど吹っ切れたように見せかけようが…。






「パーヴェル、パーヴェル待つんだ、落ち着いて」
「ローランド様…」

「シュバルツ殿も君を思って言ったまでのことだ。心を乱す必要はない。」
「…ローランド様はご存じだったのですね。私の出自を…」

「何もかも知りたくてレジナルドに無理を言った。パーヴェル、いや、パウル、貴方の事を何もかもすべて知りたくて。」
「あ…私は…あ…あぁ…」

「貴方を守りたい。貴方を傷つけ苦しめる全ての事から…。」


青い月に照らされた二人のシルエット、それはいつしか一つに重なっていた…。






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