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78 16歳 secret 温室…

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あっという間の滞在期間も終わり、お祝いに駆け付けてくれた二人と恋心を爆発させた一人は後ろ髪を引かれながらも「今度は王都を案内するな」と言い残して帰っていった。


初めて出来た社交界での友人。その彼らが祝いに訪れてくれたことはとても嬉しい。それは本当だ。けど…

アルバートの歓迎、エヴァの大捕り物、成人の儀、聖なるメイズ攻略、からの治癒…ときて彼らの来訪。少々お疲れなのは否めない…。

今日こそなにがなんでも引きこもるぞ!と心に誓って今僕はヴォルフと陽の差し込む温室に居る。
ここには特注の少し大きめなカウチが置いてあるのだ。もちろんお昼寝用に。今日僕は一切の執務を放棄する。そのためにヴォルフを呼んだのだ。


「いい?誰が来ても追い払って。僕はディナーまでここから出ない。」
「いいだろう。だが報酬は何だ?俺をただで使うつもりか?」

ゴクリ…「何が欲しいの…」

「そうだな。あの裏の鍛練場で木皿を投げてもらおうか。俺が満足するまで何度でもだ。」

「…皿でもボールでも。日が暮れるまでお付き合いさせていただきますね。」






寝心地の良いカウチ、冬だというのに暖かな日差し、そして天然の毛布、純度100%の狼毛だ。
僕がどれだけもぞもぞしてもビクともしないヴォルフの身体。その首元に顔を埋めて爆睡すれば日々の疲れなんて全部吹っ飛ぶ。ああ、いい気持ち…



チュ…

ー…う、うん…?なんか人の腕に抱かれてるような…ー気のせいか…疲れてるんだな…うん、そうだ…よ…ー

一瞬感じた力強い腕の力、強すぎる睡魔に覚醒を諦めた僕はそのまま違和感を放棄して眠り続けた。
今ここにはヴォルフが居る。彼が居れば心配なんて何ひとつあるもんか。なにひとつ…




「んー、フワァァァ、ああ良く寝た。」
「ふっ、疲れは取れたか」

「うんとっても。ヴォルフありがとう。ヴォルフと眠るとなんだかすごく安らぐんだよね。さすがモフモフパワー」
「そりゃよかった。ここのところお前は少し働きすぎだ。狂魔力があろうが所詮お前は人間種。脆弱なのに変わりはない。無理するな」

「…それを言ったらヴォルフとシャリムだってランカスターの事なんか関係ないのに頑張ってたじゃない…。僕は当主だもの。これくらいの事」
「俺とお前じゃ丈夫さが違うと言っているんだ。まあどうせお前はどれだけ言っても聞き入れはしないんだろうがな。」
「ヴォルフ…」

「何かするときは必ず連れていけ。狂魔力を持つお前でも危険な時はあるだろう。その時は必ず俺が助けてやる。」
「あ…」


とても茶化す事の出来ない真摯なヴォルフの言葉…。いつもみたいな誤魔化しのない、こんな言葉をヴォルフの口から聞くなんて…。
今僕は二人の間に確かな信頼が構築されたことを確信したんだ…。


「ほら行くぞ。さっきからチビ犬が夕飯だとうるさい」
「うん、そうしよう。えと…いつもありがとうヴォルフ、これからも頼りにしてる」


照れくさいのかさっさと歩きだすヴォルフ。自分が先に言ったくせに…。僕はその背中に素直な気持ちを念じて飛ばした。

いつでも僕の側に居て守りを固める、強くて優しくて、誰より頼りになる白き狼、僕のリンク。ヴォルフ…、大好きだよ…。





「ヴォルフさん。レジー様はお目ざめですか?」
「ああ。後ろに居る」

「レジー様、お疲れは取れましたか?今夜の食事は滋養の付くものを用意させました。ゆっくりお召し上がりくださいね。公爵様もすでにお掛けになっておられますよ」

「公爵様だなんて…、ううん。行こうか」


父がこのウエストエンドの屋敷へと運び込まれて以来、コリンは父に対して決して儀礼的な態度を崩したりしない。
だがウィルと違い、コリンはまごう事無い父の実子だ。
あのなんちゃって息子パーカーに父の面差しは無い、だけどコリンはその少しとがったあごの形やどんな異音も聞き逃さないであろう大きな耳など、成長するにつれ父との共通点が現れてきた彼を、今では誰もがまごう事無く父の子と認識している。

はぁ…、彼らがランカスターで受けた仕打ちを思えばこの態度も無理無いけど…、いつか和解する日が来たらいいな。


僕は心の底からそう思った…。




チャポ…

「ウィルは父に対してどう思ってるの?もちろんコリンとは立場が違うしあれなんだけど」
「公爵様にですか…?特に何も。」


いつもの入浴タイム、この国では珍しい、ベルト地帯の向こうにある海でしか採れない、スライムの亜種カイメーンの柔らかいスポンジで背中を流してもらいながら思いきってウィルに質問を投げかける。おっと、カイメーンを採って来たのはもちろん僕だ。

とにかく…、コリンもウィルになら何か話しているかもしれないしね。


「母さんが生きている時公爵様はとても良くしてくれました。僕とコリンに情をかけてはくれませんでしたけど生活に困ることはありませんでしたし」

「けど裕福とは言えなかったでしょ?」
「あれは母さんが必要以上の援助を断っていたんだと思います。母さんはそういう人だったから…。だけど公爵様はちゃんと母さんとの約束通り僕たちをお屋敷に入れてくれました」

「だけど…」

「それからのことは公爵様の与り知らない事です。レジー様、どこのお屋敷でもご当主は使用人のことなど差配しないんですよ。」

「でも父がエヴァを放置しなければああはならなかった」

「僕もそう思います。コリンもそう思っています。だから少しだけ思うところはあるみたいです。だけど公爵様にとって僕たちが道端の雑草だったように僕とコリンにとっても公爵様は森の中の山ブドウの樹でしかありませんでした。恵みはくれるけど実のならないときにはそこにあるのも忘れてしまうような…」

「風景の一部って事?それほど影が薄かったの…。まあそうだよね。父が地下や厨房に顔を出すわけがないし。」
「イジワルな親子はわざわざ薄暗い地下に降りて来ては嫌がらせをしていきましたけど…」


本当にあのクソ親子は…、そのマメさを他に生かせよ!ホントに質の悪い…


「でも今回の事であの時にはもうとっくにあの人エヴァの掌だったんだなって分かったから…。」
「そう思いたいけど…」

「コリンが言っていたんです。母さんを見る公爵様の目はいつも優しかったって。きっと公爵様は母さんのことだけは本当に愛してた…。その母さんを失って哀しくて…、気の塞ぐ公爵様はエヴァにとって余計に操り易かったんじゃないかって僕思うんです。コリンは賢い子だから…だからそんなに心配しなくてもきっと大丈夫です。」

「ウィル…君たちは本当に優しい子だね。」


彼らをこんなに優しい子に育て上げた彼らの母親。会って見たかったな…。僕は少しだけ前世の母を思い出した。

コリンと父…。近々必ず訪れるであろう雪解けの時を今は楽しみに待とうと思う。そしていずれその時が来たら…








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